とある写しの恋煩い

―4話・とある主従の本丸訪問―



涼やかな風が吹く、爽やかな空気。どこからか、鳥の鳴き声が聞こえる。
鴇環の審神者の霊力が満ちた本丸は、刀剣の数が少ない分、他の本丸よりも人気がない。
当然、物音も少なくなって静かである。
訪れた火輪の審神者と山姥切の主従を出迎えてくれたのは、
鴇環の初鍛刀で顕現したという短刀・今剣だ。
「すみません。あるじさまは、まだたんとうしゃとめんだんちゅうです。
あんないするおへやで、すこしまっててくださいね。」
「はいよー。気にしないで。」
火輪は、狐面に覆われていない口元だけで愛想よく笑った。
気分を害していないという意思表示だ。
事前に、担当者がやってくる日である事は聞いている。
時間が予定より延びたところで、別におかしくはない。
彼女は連れてきた山姥切と共に、今剣の案内に従った。

廊下を歩いていると、面談に使っている客間から声が聞こえてきた。
まだ話途中であろう事は3人とも想像していたものの、その内容に思わず足が止まる。
「こっちもね、いつまでも待ってられないんだ。わかる?」
「はい、すみません……わ、分かって、います。」
ふすまの向こうにまで聞こえる男の声。
政府の役人のものだろう。高圧的な物言いだ。
耳をそばだてれば、鴇環が小さくわびる声も聞こえる。
「資源だってなあ、ただじゃないんだ。
お前みたいな無能に無駄遣いされちゃ困るんだよ!
いつになったらまともに鍛刀出来るようになるんだ?」
「はぁ?好きで失敗する奴がどこにいるんだよ?!」
今度は鴇環の声ではなく、主をかばう加洲の怒鳴り声が返る。
「お言葉ですけどねえ、加州清光さん。
普通の審神者はですね、今頃打刀どころか太刀も大太刀も出してるんですよ?
そんな『当たり前』の事も出来ない奴が、『低能』な給料泥棒以外の何だって言うんですか?
こっちはね、何度も改善してくれってお願いしてるんですよ?」
付喪神にはいくらか敬意があるのか、役人は多少言葉を丁寧に整える。
だが、言っている内容はさっきよりもさらに酷い。
主人を侮辱されて、加州の怒りは当然高まった。
「最初に用意した式神に不良品よこしといて、よく言うよ!
っていうか、審神者になれって『赤紙』で勝手に呼びつけといて、
まだ新米の主が困っててもろくに相談にも乗らないくせに!
何にも教えないけど、仕事は完璧にやれって?ふざけんな!!何様なんだよ!!」
まるで雷を落としたように響く、加州の怒声。
赤紙とは、審神者召集令状の俗称だ。
これを政府から送られたが最後、よほどの事情がなければ、
誰であろうが強制的に審神者の任につかされる。
その事から、大戦期の召集令状になぞらえて、皮肉をこめてそう呼ばれている。
鍛刀で苦しむ主人の日々の苦労を知る彼にとって、担当者の言葉は到底聞き捨てならない。
怒鳴るだけではなく、殺気を込めて睨み付けでもしたのか、
相手はすぐに次の言葉を発さなかった。
やや間が空く。
「……っ。とにかく、次の査定までに何とかしろ。
さもなくば、支給資源の削減だからな。」
気を取り直すように言い放つ声が聞こえた後、がらっと間仕切りが開く。
役人が火輪達の存在に気づいて、じろっと値踏みするような目を向けてきた。
「ふん。こんな頭空っぽなガキと、のんきに遊んでる暇はあるくせに。」
蘇芳色の波打つポニーテールに負けず劣らず華やかな、火輪の着物ドレス。
彼女の出で立ちを一瞥して、役人は通りすがりに暴言を吐く。
自分の主人と想い人双方への無礼な発言に、危うく山姥切は鯉口を切り掛けた。
先程から聞こえてきていた罵声の内容とあいまって、彼の忍耐はすでに限界だったのだ。
今剣も思い切り眉根を寄せている。 
すると、まさにすれ違うその一瞬。にやりと火輪が皮肉たっぷりに唇を歪めた。
「あっれぇ〜?
そーいうあんたは、審神者『様』に対する口の聞き方も知らない『税金泥棒』様じゃーん。」
「なっ……?!」
まさか反撃を食らうと思っていなかったらしい。
役人は目を白黒させている。
「いいよねー。あんたらは、毎日うちらがタマのやりとりしてる間に、
のんきに机でテッキトーにだーらだら端末打ってりゃ、天下りできちゃうもんねー♪
ん〜、人生お気楽イージーモードでうらやましーわー。
あたしは頭空っぽだからさ〜、何でそんなに人生舐められんのか、ぜーんぜんわかんなーい♪」
一つ言えば十倍返し。役人は顔を真っ赤にして絶句している。
今剣は遠慮なくぷっと吹き出して、口元を押さえていた。
「はっ!うちらが居なきゃ、あんたらの職場もないって分かってるぅ?
せいぜいうちらのご機嫌とってよねー、税金泥棒さん!」
言いたい事は山のようにあっても、口が回らないのかぱくぱくさせている。
もう少し自制心のない人間だったら、ここで手が出たかもしれない。
しかし、そうなれば傍に控えた刀剣に絞められるし、さらにその状態で正当防衛も成立する。
さすがにそこまで馬鹿ではなかったので、役人はけっと悪態を付いて大股で去っていった。
「いっそ天晴れな程の切り返しだな。」
感心して山姥切は呟く。
言われっぱなしとは思っていなかったが、
完膚なきまでに叩きのめすとも、彼は予想していなかった。
「おみごとですね!すっきりしました!」
「ふっふーん、言ってやったわ♪
でも、ほんとの事言っただけなのにねー。」
手放しで褒め称える今剣に、機嫌を良くして火輪は応じる。
「ごめんねー。あの馬鹿、いっつもああでさ。
まさかよその審神者にまで、あんな態度するとか。ほんっと、あり得ない!」
部屋の中から、加州が本当にすまなさそうな顔で火輪と山姥切にわびる。
もっとも、山姥切はともかく、主人の彼女は大して気にしていない。
「ん?あー、あれ位へーきへーき。」
「あの、本当にすみません。
せっかく来てもらったのに、待たせちゃうし、嫌な思いまで……ごめんなさい。」
火輪がとりなすものの、すっかり萎縮している鴇環は青い顔で詫びる。
面布でも顔色の悪さは隠せていない。
何しろ、廊下に聞こえる程の声だったのだ。
男に怒鳴られれば、小心な彼女は人一倍萎縮してしまう。
うつむき加減の顔に沿って、亜麻色のツーサイドアップの髪が流れていた。
巫女袴に似た紅鳶色のスカートと、鴇色のショールをそれぞれ握る姿が、悲哀に満ちている。
――まさか、あれが常態化してるのか……。――
先程の役人の物言いから、山姥切はそう感じた。
心底気の毒に思う一方、帰り際に役人の足を少し引っかけてやらなかった事を後悔する。
鴇環の心労は十中八九あの無礼者のせいで悪化しているであろうと思えば、
それ位の意趣返しはあってしかるべきだろう。
山姥切は決して底意地の悪い刀剣ではないが、やられて黙っている性分でもない。
「ところで、あるじさま。
あのやくにんのことはわすれて、たんとうばへいってきたらどうですか?
ここのかたづけは、ぼくがやっておきますから。」
「ありがとう。
えっと……火輪さん。うちの鍛刀場、案内しますね。こっちです。」
今剣に促された鴇環は、気を取り直そうといった流れで立ち上がった。


案内された鍛刀場には、すでにこんのすけが待機していた。
傍にある書き物用の台には、印刷した資料が置いてある。
「主様、お客様。お待ちしておりましたよ!」
「ごめんね、面談に時間掛かっちゃって。」
鴇環が申し訳なさそうな声でわびる。
こんのすけは首を横に振った。
「いえいえ。あの担当者が時間を守らないのは良くあることですから。」
「こんのすけ。朝に仕込んだ分は?」
加州が尋ねると、彼は待っていたとばかりにうなずいた。
「受け取っておきましたよ。……こちらです。」
「ああ……やっぱり。」
こんのすけが、自分の横においてあった布の包みを解く。
中から出てきたのは、真っ黒な鉄の棒だ。
「うわ、真っ黒じゃん!これが刀の炭?」
「ええ、そうでございます。
もし完成していれば、打刀が顕現したはずなのですが……。」
「マジか。あ、確かにサイズはそれっぽい。」
火輪は目をしばたたかせて、しげしげと失敗作を眺める。
いびつなシルエットで、刃紋も拵えもない。ここから完成品の推測は不可能だ。
それでも刃渡りから、打刀となるはずだった事は納得がいく。
「ねえ、清ちゃん。これっていつもは捨てちゃうの?」
「資源に戻せなくもないけど、刀解しても短刀並の資源しか残んないよ。
ほんっと、こうなっちゃうと使い道ないも同然でさ。主も困ってるわけ。」
恐らく、失敗の過程で素材自体がだめになってしまっているのだろう。
炭化した料理では、残り物のアレンジ料理には出来ない理屈である。
「とりま、鍛刀データ見せて。」
「はい、こちらでございます!」
「サンキュー。」
受け取ったデータをぱらぱらと見る。
使った資源の量と、予想完成時間。そして鍛刀結果。
見ればその悲惨さは一目瞭然だ。火輪も山姥切も、驚いて主従で目を丸くした。
打刀以上の大きさが出来上がるはずの配合が、ことごとく失敗している。
一つの例外もない。
「何これ!おかしくない?!」
「そう、そうだよね!俺もこんのすけも、おかしいと思うんだよ!!」
思わず漏れた火輪の感想に、加洲が俄然勢いづく。
その言葉を待っていたと言わんげだ。
「でも、担当者さんは問題ないって……。やっぱり私が原因なんですよ。」
「何をおっしゃります!
あれは、再度対応するのが億劫なだけですよ!」
「そうだよ主!あいつ、何だかんだ主に文句言いたいだけだって!」
しょんぼりと肩を落とす鴇環を、加州とこんのすけがよってたかって励ましている。
このやり取りを見るだけでも、彼らだけでの状況打開が難しいのは良く分かった。
あの担当者、礼儀知らずなばかりか、職務怠慢まで付いてきているとは。
山姥切は内心呆れ返るほかない。
「オーケー、わかった。この資料と炭、もらってってもいい?」
「資料は写しでないとまずいんじゃないか。」
念のため確認しろという意味を込めて、山姥切が指摘する。
原本は電子情報であったとしても、
紙の資料を無条件に持っていっていいというものでもないだろう。
「あの、大丈夫です。
それ、こんのすけちゃんに頼んで、コピーしてもらったものなんで……。」
「マジ?サンキュー♪」
「すまないな。手間をかけさせて。」
「い、いえ……!お礼なら、こんのすけちゃんに言ってください。
私なんか、ほんとに何にもしてないですもん。」
そう言って、鴇環は首を横に振る。
謙虚だと一瞬山姥切は思いかけたが、これはむしろ卑屈かもしれない。
この反応は、どうも我が身で覚えがある。
「ま、とにかくもらってくわ。それと、せっかくだから道場も見てっていい?」
「あ、はい!今日はみんな、今の時間は手合わせしてると思います。」
再び鴇環の案内に従い、今度は道場に向かった。


他の本丸と様式は変わらない、刀剣が手合わせに勤しむための道場。
ちょうど試合中だったので、勇ましい掛け声が空間一杯に響いている。
「はぁっ!」
「そこです!」
対戦しているのは、秋田と前田だ。身のこなしが軽い短刀同士の対決である。
立ち回りが、まるで蝶の踊りのように軽やかだ。
「おー、やってるやってる。」
自分の本丸でも見慣れている光景に、火輪が感心とばかりに声を上げた。
座って兄弟の試合を見ていた五虎退が、主人と客の姿を認めてぱっと立ち上がる。
「あ、主様!お客さんも、ご一緒ですか?」
「うん。ここも見たいんですって。」
「ゆっくりしていくといいよ。
じっくり隅まで、舐めるように眺めていって構わないからさ。」
五虎退の隣に座った青江が、意味深長な笑みを浮かべる。
妙にいかがわしさの漂う言い回しは、ここの本丸の青江も他と変わらない。
「そ、それはさすがに、試合中の2人が気が散っちゃいますよ。」
少し口元を引きつらせて、鴇環がたしなめる。
今も彼らは真剣勝負の真っ最中なのだ。邪魔をしてはいけない。
「ふふ。冗談だよ。ところで、山姥切君。」
「何だ。」
ぱっと表情を切り替えて、青江が声をかけてくる。
仕事の話であろう事は予想がついた。
「僕らの本丸の状況は、聞いてると思うけど厳しいんだ。
何しろ、打刀も脇差も一振りずつだからねえ。
太刀や大太刀のあしらい方を日頃学べないのも当然だけど、色々と偏りが、ね。」
「ああ。あんた達も、同じ刀種との戦いが訓練出来ないのは、さぞ不便だろう。」
刀剣男士は、武具に宿る付喪神である。人間と違い、刀の扱いは最初から達者だ。
付喪神全般に言えることだが、本体である器物の扱いを本能的に心得ているためである。
それでも実戦での対応力を養うには、日々の鍛錬が欠かせない。
この本丸は刀種の偏りが著しいため、不便する事は簡単に予想がついた。
「そういう事だよ。心ときめく運命的な出会いも、なかなかないしねえ。」
「……それは、拾ってこれないといいたいのか?」
まるでひと夏の恋か何かのような言い草だが、恐らく正しい解釈はこれだろう。
何となく頭痛を覚えながら、山姥切は聞き返す。
「そうとも言うかな。」
「あ、青江さん……。わかりやすく言わなきゃ、だめですよ。」
鴇環が横からおずおずと口を挟んでくる。
だが、言った本人は全く悪びれた様子がない。
「んー、僕は顕現しやすいし、彼らの所にも居ると思うけどねえ。」
「まーね。いやー、『あんた』はどこでもあんたなんだね。ある意味安心するわ。」
火輪は呆れ半分、笑い半分でそう評した。
こういう物言いは、彼女の本丸に居る同源別個体もよくしている。
「そう褒められると照れるなあ。」
「照れる要素ないだろ。ったくー。」
鴇環の横で、加州が深いため息をついた。
この本丸の初期刀たる彼は、どうも色々と苦労しているようだ。
主の知人である、風花の審神者。
彼女に初期刀として仕える別の加州を思い出しながら、山姥切はそう思った。
あちらの彼もしっかりした一面は持っているが、どちらかといえば、主人に甘え上手な一面も強い。
――環境が異なれば、当然俺達分霊も少しずつ変化するものではあるが……。――
先程、政府の役人を怒鳴っていた時の加州の剣幕。
気弱な主人をかばって矢面に立たんとするその姿勢は、刀剣としては褒めるべき事だ。
しかし、そうあらざるを得ない逆境に、山姥切は同情を禁じえない。
自分の主人についている担当者が、
あれよりは断然まともであるだけに、なおの事であった。


自分の本丸に戻った後、火輪は執務室で早速依代の審神者に連絡を取った。
彼女は大学で心霊学を専攻する、豊富な知識と確かな技能を持つ審神者だ。
“あらまあ……そんな事が。”
映像通信で端末に映る、藤色の袴の巫女装束の彼女は、
白い面布の下で恐らく目を丸くしているだろう。
それでも、隙なく結われたリボン形の髪同様、驚きの表し方はごく上品だ。
「代ちゃん、これってやっぱ式神の不良品だと思う?」
“そうね。普通に考えれば、あり得ないもの。”
友人の問いを、依代ははっきりと肯定した。
「あんたが言うなら、確かだろうな。」
「伊達に大学で勉強してないもんねー。」
火輪と山姥切は、主従揃ってうなずいた。
依代が学ぶ心霊学は、陰陽術や式神などに関する分野も含んでいる。
学業の外でも熱心に学ぶ彼女であるので、なおの事その言葉には信頼が置けた。
“あいにく私は大学の課題があるから、すぐに見てあげる事は出来ないけど、
そうね……笠氷さんにも相談してみるといいわ。
もしかしたら、予定が空いてるかもしれないし。”
笠氷とは、知人の男性審神者の事だ。
依代よりも少し年上で、彼女達が懇意にする審神者の中では最年長。
知人の中では唯一の、現世での職や学業を掛け持たない専業の審神者でもある。
若竹という、つい最近まで見習いだった14歳の少年審神者を、
11歳から面倒見てきた事から、火輪などからも「師匠」と親しみをこめて呼ばれる青年だ。
「この後すぐに連絡するか?」
「うん、やるけど。」
「それならいい。あれだけ気を落としていたんだ。
早く原因を証明して、せめて少しでも憂いを減らすべきだろう。」
山姥切は、珍しく率先して提案した。
機微にはやや疎い彼でも一目瞭然だった、鴇環の落ち込みよう。
小さく細い肩をますます縮こまらせた姿は、痛ましいものだった。
“あちらの審神者さんがご心配なのですね、山姥切国広様。”
「えっ、いや……まあ、主が気にかけているからな。」
“そのお心遣いは、きっとあちらの方も嬉しく思われますよ。”
画面の向こうで、にこやかに依代が言う。
それを聞いた瞬間、鴇環がほっとしたように笑う姿が彼の頭をよぎった。
「?!――そう、か。」
自分の心遣いを、相手も悪く思ってはいない。
たとえ第三者の推測でも、そう言われると山姥切はにわかに嬉しさがこみ上げる。
はらりと桜の花弁が一枚落ちたのがたまたま見えて、
火輪は心底うんざりした面持ちになった。
「ねー、代ちゃん。あんまこいつに餌やんないでくれる?」
“餌って……特別に、お世辞を言ったりはしてないのよ?”
「そういう素っぽさが餌なんだってば。
あーもー、調子ぶっこくなって。聞いてる?まんばさん。」
困惑する依代に、火輪は思わずため息がでる。
彼女は、神と名のつくものに甘い。ついでに、喜ばせる言動も多い。
気遣いのたまものではあるが、心にもない見え透いたお世辞ではないからこそ、
好ましく受け取られるのだろう。
「巫女。あんたはそのままでいい。おかげで精が出そうだ。」
“左様でございますか。お力になれたのでしたら、何よりでございます。
あなた様に天が味方をするよう、お祈り申し上げます。”
そう言ってから、依代は画面の向こうで伏礼する。
山姥切には少しいたたまれない対応だが、丁寧さ自体は嫌いではない。
何より今日は、心強い言葉をくれたのだ。
――同じ人間の女である、巫女が言うんだ……信じなければな。――
気をつけないと、すぐに卑屈や不安が勝りそうな彼にとって、
己の心遣いは喜ばれているという推測は、これ以上ない天恵だ。
何しろ、長く険しい事が見えている恋路である。
心を強く持たねば始まらない。
それ故に彼女の言葉は、投げかけた本人が全く想定できないほど大きかった。


依代との映像通信を切った後、今度は笠氷の元に繋いだ。
近侍の蜂須賀を傍に置いた彼は、青い袴の神職装束をまとった、灰氷色の短いおかっぱの青年だ。
穏やかな性格の彼は、火輪の話にじっくりと耳を傾けてくれた。
“なるほどねえ。確かに、式神が不良品って言われれば納得するかな?”
「あー、やっぱりね〜。」
“依代もそう言ってたなら、確定だとは思うけど……。
どうも、その子の担当者はあまり親切な人じゃあないみたいだね。”
「え〜、もー、親切じゃないどころじゃないっすよー、師匠!
そのおっさん、あたしにいきなり『頭空っぽ』ってぶっこいてさ〜。」
“それは……災難だったね。
主もたまに会うけどね、そういう鼻持ちならない役人は。”
蜂須賀が労いの言葉をかける。
そういう手合いは、やはりどこでも居るのだ。
「師匠も会うんだ。大変だね〜。」
“時々だけどね。だけど、担当者がそれかあ……きついねえ。”
後半は独り言染みながら、笠氷は画面の向こうで腕を組んだ。
頭の中では、色々と思案をめぐらせている。
“もちろんそういうのは、褒められた態度じゃないけどね。
多分その担当者は、こっちで式神の不良の証拠をきちんと調べて出さないと、
不具合を認めないと思うんだよね。
場合によっては、それでも交換にすぐ応じないかもしれない。”
「……どういう事だ?」
山姥切が眉根を寄せて聞き返す。ずいぶんと不穏当な予測だ。
これではまるで、嫌がらせのようではないか。
“何故か分からないけどもね。
話を聞く限り、よっぽど個人的に嫌いなのか、ずいぶん冷たく当たってるみたいだから。
だとすると、何だかんだ理由をつけて、交換を引き延ばそうとすると思う。”
「式神の交換手続きって、そんなめんどいかな?」
“僕もその書類を作った事は無いからねえ。
でも、刀匠式神は、外部にこっそり持ち出されたりしたら、困るはずだ。
在庫管理とか、新規の支給以外の持ち出し理由は、
結構うるさく言っていたとしても、不思議じゃないけどね。”
いまいち腑に落ちない火輪に対して、笠氷も難しい顔で答える。
審神者経験は彼女より長いものの、式神はそう滅多に交換するものではない。
交換申請が出来るということは知っているものの、
実際に手続きを行ったことはないのだ。
まして、政府内でどのような処理になっているかなど、知る由もない。
「仮に成績の悪さが気に食わないなら、なおの事、
鍛刀位は真っ当に出来るように、采配すべきだろうにな。」
“俺もそう思うよ。”
眉をひそめた山姥切に、画面の向こうで蜂須賀が同意する。
審神者の仕事は、歴史改変を防ぐという国を挙げた大義だ。
瑣末な私情ごときで、足を引っ張っていいものではない。
“担当者の査定がどうなってるかは分からないけど、仕事の出来が全く影響しないって事はないよ。
最低限の任期後とか、普通の引退ならともかく、
万が一罷免なんて出したらねえ……。担当者も成績悪くなると思うぞ。”
「ひめん?って何だっけ、まんばさん。」
「はぁ……要するに、首にする事だ。」
「うっわ、やばいじゃんそれ!」
物知らずな火輪に、呆れ顔で山姥切が補足すると、彼女はとたんにぎょっとした。
罷免はさすがに穏やかではない。
“うん、そうなんだよ。担当者にとってもまずいんだ。
そうなる前に、ちゃんと指導する義務が彼らにはあるからね。”
「えー、じゃあ自分の成績もやばいじゃん。何がしたいわけ?」
「性悪な人間の思考なんか、理解に苦しんで当然だ。」
本当なら理解できる事に越した事はないが、共感しがたいものは理解もしがたい。
響きこそ冷淡な山姥切の言葉だが、そこに主をけなす意図はなかった。
“ただね、僕も今ちょっと別件で政府に借り出されててね。
すぐには見に行けそうに無いんだ。
もしかしたら式神の不良だけじゃなくて、鍛刀場そのものも変かもしれないし。”
「え、そういうのもあり?!」
次から次にあがる問題候補。
どんどんと話が大きくなっていくように感じて、火輪はさすがに慄いた。
さすがに脅かしすぎてしまったと考え直し、笠氷は手を横に振った。
“ああ、すまないね。あくまで可能性の話だよ。
何しろその子の適性データをもらったわけじゃないから、素の鍛刀適性もわからない状態だしね。”
「あーそっか、それももらってくればよかった〜……ぬかったわ。」
あの場ではそこまで気が回らず、火輪はむうっとうなった。
そこに山姥切が助け舟を出す。
「数値では示せないが、
俺が見た所、主よりも鍛刀にかかわる素養……特に金の気は乏しく感じたな。
無論、審神者として不適格な程ではないはずだが。」
“なるほどね。ありがとう、切国。
そうか……元々苦手な所に、悪い条件が重なってるってのは間違いないね。”
“鍛刀適性が低いと、それだけで鍛刀の成功率が落ちるというからね。”
真剣に呟く笠氷の言葉に対して、蜂須賀も難しい顔で応じる。
彼の主人は、そつなく仕事をこなす優秀な審神者だ。
鍛刀の失敗について、伝聞調になるあたりがそう物語っている。
「師匠さん、忙しいのに話聞いてくれてありがと。
とりあえず、今はあたしらで出来る範囲でやってみまーす。」
“都合がついたらこちらから連絡するよ。
依代の方が早いかもしれないけど、別にどちらが先でもいい事だからね。”
ああ、それと。と、笠氷が付け足す。
“もしあちらさんがOKしてくれたら、お前さんがあっちの鍛刀場で一振り鍛刀してみるといいよ。
そうしたら、式神か鍛刀場のどちらかに不良があるかだけは、はっきりするからね。”
「オッケー、りょうかいー♪」
“それじゃあ、またね。”
「はーい。」
これなら、次回火輪が訪れた時にでもすぐに検証可能だ。
通信を終えた後、彼女は早速携帯端末で予定の確認を始める。
その横で、山姥切は難しい顔をしていた。
「それにしても、厄介な事になったな。
場合によっては長引くという事か……。」
彼は眉間にしわを作りつつ、もらってきた資料の写しを確認し始めた。
再び見直しても、見ているだけで暗くなってくる失敗の山だ。
「どうする、主。
今打てる手は限られているが、だからといって放置するわけには行かないだろう?」
「まーね。でもあんた、地味に慌ててない?」
「別に焦っては……。だが、あの担当者の行動がどうも不可解だからな。
なるべく急いだ方がいいだろう?」
担当者の思惑がはっきりしない以上、不安要素は大きい。
状況を好転させる手は、可能な限り早く打つべきだ。山姥切はそう考えている。
その点については、火輪も当然異存はない。
「んー、早い方がいいとは思うけどさ〜。」
ところで、と彼女が言う。予定確認が終わったのだ。
「あたし、明日からまた2日仕事なんだよね。で、その間さ。あの子んちに行っといで。」
「……え?」
「ほら、清ちゃんとかがいってたじゃん。
短刀以外は1振りずつしか居ないから、手合わせできなくて困るーって。」
「ああ、言ってたな。」
鴇環の本丸に居た青江が、そう言っていた事は記憶に新しい。
あの本丸は刀種が偏っているばかりに、訓練事情も良くないのだ。
日頃出来る訓練が限られる事は、戦績の低迷の一要因でもあるだろう。
「だから、あんたが手合わせ付き合ってやんなよ。
でもさ、あんた以外の奴を連れてって、そっちになびかれても困るじゃん?
だからあたしが留守の間、
近侍の仕事無くて暇ーって事にして、行ってくりゃいいんじゃね?」
「留守番中は、色々と取り仕切るのに忙しいんだがな……。」
火輪の留守中は、暇どころか代わりに取り仕切ることが増えて、こんのすけ共々忙しい。
正直に言って、嘘でも暇とは言いがたいのだ。
だが、山姥切が正直な本音を漏らすと、
通信の間に被っていた狐面を外した彼女の顔は、見事なじと目となった。
「ふーん。
じゃあ他の奴送って、そいつに『キャー素敵ー☆』ってなってもいいんだ〜。」
「誰がそんな事を言った?」
「結局行くんじゃん!今の焦らしいらなくね?!」
「あんたがしっかり話を聞かないだけだ。
俺は、自分が抜ける間の采配を事前に段取りしないと、本丸がうまく回らなくなるという話をしたかっただけだ。」
立腹して声を荒げる主に、淡々と彼は言い返す。
彼に、今の茶番のような流れを振る意図はなかった。
「はいはい、あたしが悪い悪い。」
「ふてくされるな。で、どうするんだ?」
「洗濯マスター堀川と兼さんに任せといたら?
あいつら何だかんだで出来るでしょ。こんすけも居るし。」
堀川も和泉守も、この本丸の中では古株だ。
近侍業務の手伝いをする事ならしょっちゅうであり、山姥切の普段の仕事の勝手もかなり理解している。
彼らなら、長くて半日程度の不在も十分取り仕切れるだろう。
「分かった。後であいつらと相談しておく。
で、先方に俺が行く話をいつ通したんだ?それとも、これからか?」
「そ、これから。」
今日は通信日和だねといいながら、再び火輪は据え置き端末に手を伸ばした。



火輪から通信が入り、後日山姥切が訪れる事になった鴇環の本丸。
廊下を通りかかった加州が、間仕切りの開いた執務室をひょこっと覗き込む。
執務用のローテーブルの据え置き端末には電源が入っており、
周囲には刀剣達の資料が多数、開いた状態で置かれていた。
「主、何調べてるの?」
「明後日、うちに火輪さんの山姥切国広さんが来るでしょ?
どんな人かなって、ちょっと研修で聞いた事の復習しようかなって。
ほら、失礼な事言っちゃったりしたら、いけないから……。」
「そっか。んー、主なら大丈夫じゃない?」
彼に言わせれば、鴇環は人見知り故に初対面ではあがりやすいが、失礼な言動をするタイプではない。
むしろ、そういう事をしでかさないか警戒しすぎな位である。
だから心配はしていないのだが、当人である鴇環は難しい顔だ。
「でも、何かちょっと……とっつきにくいっていうか、怖いって言うか……。
あ、意地悪そうって意味じゃないの。
私、あんまりその、元々男の子と話すの、そこまで得意じゃないから……。」
「えー?俺と青江で、結構慣れたと思うけど。」
「そ、それはどっちかっていうと、2人に慣れたって感じで……。」
打刀としては細身の体つきにマニキュアと、中性的な容貌の加州。
脇差であるためか、やはり加州同様に細身で、割ときさくな部類の青江。
元々異性相手は特に緊張してしまう彼女でも、確かに2人には慣れる事が出来た。
だからといって、彼らより明らかに接しづらい山姥切に、
従来より初対面でも緊張せずに接せるのかといえば別だ。
「ま、そんなに心配しないでよ!ちゃーんと俺達がフォローするからさ。」
「う、うん。ごめんね、ありがとう。」
初期刀の彼には、就任以来頼りっぱなしである。
「山姥切かあ。俺もちょっと気になるな。
ね、一緒にこれ見てもいい?」
「うん、いいですよ。今、さにわネットのスレッドを見てるところなの。」
「へぇ、こういう風になってるんだ。」
加州が興味心身に画面を覗き込む。
政府が審神者のために用意した総合サイト・さにわポータル。その内部に設置された交流掲示板がさにわネットだ。
そこには相談事以外にも、単なる雑談を目的としたスレッドも多く、
その中には、刀剣達を話題にするスレッドも存在している。
現在開いているスレッドもまさにその1つで、山姥切国広を話題とする場だ。
「ふーん……。
ね、ここに書いてある事って、研修用の冊子に書いてあった事と大体一緒?」
「うん、性格なんかはそうだね。」
ここはかの刀剣を贔屓にする審神者の雑談場であり、
彼の美点も欠点も愛情たっぷりに語られている。
「山姥切長義の写しって出自のせいで、卑屈な態度。
ぶっきらぼうで、特に最初のうちは、主の命令は聞くけど距離を置きがち。
おまけに、見た目を褒めると嫌がる、か〜。」
テーブルに置いてあった、研修用資料の記載と比較しながら、加州が呟く。
改めて資料を当たれば、彼の主人が不安に思うのも仕方のない性格だ。
どう考えても、これは気の小さい彼女にとって恐怖でしかない。
「そういや山姥切は、初期刀を選ぶ時に、真っ先に外した候補って言ってたっけ?」
小心で臆病な彼女にとっては、そもそも外見が自分と同輩か年長の男性を、
仕事上の仲間として付き合えというのが難問だった。
当然、とっつきづらいと感じたタイプから却下していくわけである。
「うん。蜂須賀さんもだけど……。何ていうか、私なんかには絶対無理ってなっちゃったの。
やっぱりその……男の人の不機嫌そうな空気って、怖いもん。」
真作の矜持高く高潔な蜂須賀は、気後れするという理由で外したが、
山姥切については完全に彼女自身の苦手意識先行だ。
――まー……ぶっちゃけ分かる気がするな〜。
今の状況で、俺じゃなくて山姥切が初期刀だったら、青江が来る前に主の胃に穴が開きそうだよ。――
先日の茶会での会話を思い出して、加州は引きつった半笑いになる。
悪気がないのは分かるのだが、鴇環の鍛刀下手の話を聞いた時の反応から想像するに、
恐らく女性を上手に慰める事なんて、彼には至難の業だろう。
人懐こい性格の自分でよかったと、こっそり加州は確信する。
「悪い人じゃないってのは分かるんだけど……無理かなって……。」
どの初期刀候補のページにも、性格の長所短所はきちんと偏りなく記載されている。
「ここ見てても、みんなすごく好きって思ってるみたいだもん。
何ていうのかな……ええっと、手間かかるのがいい?みたいな。」
「手のかかる子ほど可愛いって奴?」
「あ、そう。それです!」
我が意を得たりと、鴇環が声を高くする。
山姥切国広のスレッド住人には、モンスターペアレンツを自称審神者も居る位だ。
的確な表現である。
彼は気難しくて打ち解けるのが難しい分、信頼関係を築けた時の報われようも大きい。
不器用なりに周囲を思いやる気遣いが、言動の端々に含まれると気付いた時、
モンペを自称する審神者達は、魅力にはまっていくのかもしれない。
もっとも、それは当然信頼を勝ち得た審神者だけである。
「……どう考えても、私には無理ですけどね。」
鴇環は諦観たっぷりにそうぼやいた。
接する側の社交性が問われる相手なのに、彼女は大の人見知り。
その時点で大いに分が悪い。
「主、やる前から諦めちゃだめだよ。そういうの伝わっちゃうからね。
とりあえず、やるだけやってみようって気分じゃないと。」
「うう……ばれちゃいます?」
「うん。あいつが超鈍感だったら、知らないけどさ。」
「ひぇっ……!
わ、わ、私の態度が悪くて嫌われたりなんかしたら、最悪じゃないですか……!
き、嫌われないように気をつけなきゃ!
ば、馬鹿にされてるとか、そんな風に思われたら大変……!!」
一気に心配事が脳内を占めて、鴇環は青ざめた。
資料に記載があるし、スレッド内でもいくらか触れられているが、
山姥切は卑屈な一方で傑作の矜持も高い性格だ。
その矜持が写しという出自と結びつくことで、卑屈さと気難しさが生まれている。
これを鴇環が解釈すると、不興を買ったら死ぬ。位になるのであった。
「大丈夫だって。そんなに心配しなくても、主はちゃんと出来るって。
それに手合わせに来るんだから、態度に気をつけなきゃいけないのは、むしろ俺たちの方だよ?
主は挨拶したりとか出迎えとか、そっちだけ考えてればいいじゃん。ね?」
この本丸の将来がかかっているだけに、余計に緊張するのだろう。
それが分かっているから、わざとらしい位明るい声音で、加州は鴇環を励ます。
「う、うん……頑張ってみます。
この前は、嫌な思いもさせちゃってるし……。」
気を取り直したものの、彼女は先日の面談日の事でため息をつく。
あの担当者は、よせばいいのに客人である火輪にまで暴言を吐いていったのだ。
自分で10倍返しに言い返していたとはいえ、
主人を侮辱された山姥切は大層気分を害したであろう事は、想像に難くない。
あの時ばかりは、鴇環はさすがに担当者を恨めしく思った。
もう二度と、面談日に客人を招くまいとも決めている。

と、何か気配に気付いた加州が、部屋の入口に顔を向けた。誰か来たようだ。
「主様、加州清光様。お二人で調べ物ですか?」
「あ、こんのすけちゃん。うん、そうなの。
さっき話したけど、山姥切国広さんがうちの本丸に来るでしょう?
だから、どんな性格なのかなあって、調べてたの。」
「なるほど、熱心ですね。
彼は初めのうち、なかなかとっつきづらい刀剣ですからね。
事前に調べておくのは、良い心がけですよ。」
広げた資料を眺めるこんのすけは、いたく感心している様子だ。
「あ、そうだ……。あのね、ちょっと聞いてもいい?」
「どうしました?」
きょとんと首をかしげて、こんのすけはゆったりと一度尾を振った。
「えっと、山姥切国広さんじゃ、長いよね?
でも、近侍さん、ってのも変だよね。いつも近侍だって言ってたけど。」
近侍は役職名であり、名前ではない。
相手は気にしないかもしれないが、鴇環は少し気になっていた。
何かの都合で名前を呼ばないといけない局面も、今後あるかもしれない。
そんな時、呼び方に困るのは避けたいのだ。
「そうですね。
彼は製作経緯上、号も彼固有のものではありませんし、性格が性格ですからね。
号か銘のどちらかに区切って呼びますと、大抵初回は怪訝な顔をされますね。」
「……だよねえ。
でも、さにわネットみたいに、切国さんとか姥国さんってのは、ちょっと馴れ馴れし過ぎると思うの。
うちの子じゃないし。でも、やっぱり国広さんって呼んだら、まずい……かなあ?」
予想通りの回答に、彼女は眉根を寄せた。
山姥切は様々な呼び方があるだけに、かえって悩ましいのだ。
「でもだからって、いちいち全部呼ぶのも長いでしょ。」
「そうですよ。そこまで気にされずとも、お好きなように呼んで大丈夫です。
確かに怪訝な顔はしますが、そこまで呼び方にこだわりの強い刀ではございませんので。」
加州とこんのすけが、口々に言う。
だが、それでも鴇環の不安はなかなか拭えない。
「で、でも気になるじゃない!怒られちゃったら、すごく怖そう……。」
「あ、それは否定しませんけども。」
「そ、そうだよね?!怖いよね……!!」
本人が聞いていたら、卑屈精神をこじらせて鬱々と沈みかねない応酬。
とはいえ顔の造作が凛々しい部類に入る山姥切は、怒れば迫力のある顔だ。
認識は大体当たっている。本人の自覚があるかは不明だが、彼はそういう顔立ちなのだ。
「さにわネットだと、最初嫌そうな顔するけど大丈夫って書いてる人多いけど、
あれって主従だから許されてるのかなって思うし……。
他の人が変に馴れ馴れしくしたら、怒ったりするんじゃないかなって……。」
「大丈夫ですよ、主様。
刀剣男士は主優先という傾向がありますが、他の審神者にも敬意はきちんと払います。
契約した主人の顔を立てますから、露骨に嫌そうな顔はしませんよ。」
付喪神である刀剣達は、基本的には契約した主人を最も重んじる。
だが、元々人間好きの種族であり、武士や貴人が使った道具である。
他の審神者も、自分の主人と同じ家臣を従える城主のように扱うため、比較的接しやすい。
「むしろ自分の主人ではない分、呼び名の事ならかえって抵抗しないと思いますよ。」
「そうなの……?」
腑に落ちないという顔をする鴇環に対して、
こんのすけは自信を持ってうなずいて見せた。
「大丈夫ですよ。それに、自分の主から『まんばちゃん』と呼ばれている分霊もいますしね。
見た目の印象よりも、結構寛容なお方です。」
「あー、そこのスレッドにもあったね、その呼び方。」
「そ、それは比べちゃっていいのかな……?」
別に、ちゃん付けが似合う顔ではないとまでは言わない。
だが、自分で呼ぶ気はせずに、鴇環は引きつった顔で呟いた。


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シリーズ4作目。鴇環の審神者の本丸が抱える問題点の詳細が判明。
まんば君への印象が割とアレなのは、単に怖がられているだけなので仕方がない。