とある写しの恋煩い

―6話・とある本丸の問題検証―



火輪の審神者に仕える山姥切が、手合わせのために単身鴇環(ときわ)の審神者の本丸を訪れた日の晩。
波打つ蘇芳色のポニーテールを振り乱し、火輪はずいぶん慌しい様子で本丸にやってきた。
現世の服から内番用のTシャツとジャージに着替えるが早いか、
執務室の据え置き端末を立ち上げる。
様子を見計らって入室した山姥切は、珍しいもの見る目を主に向けた。
「もう遅いが、今から執務か?」
「ううん、通信。花ちゃんとバンブーと約束しててね。」
火輪が慣れた手つきで起動したのは、多人数で映像通信が出来るソフトだ。
立ち上げると、審神者の執務室が2つ映し出された。
片方は少年の審神者、もう片方は少女の審神者。いずれも火輪の友人である。
“おっそいぞー!”
口を尖らせるのは、陸奥守が近侍を務める老竹色の波打つ短髪の少年。
火輪がバンブーというあだ名で呼ぶ、若竹の審神者だ。
灰緑色の狩衣に、ちょうちんのように膨らんだ赤茶のハーフパンツを着た彼は14歳。
16歳の火輪より2歳年下で、彼女の審神者友達の中では最年少である。
「ごめんねー、ちょい帰りが遅れてさ。」
火輪が少しすまなそうな声音で応じる。
彼女が撮影現場を出た時はほんの数分のずれ込みだったのだが、
その後諸々あって、結局30分近く遅れてしまったのだ。
“ううん。連絡もらったし、わたしは気にしてないよ〜。
さっきまで、バンブーが馬鹿な話してただけだしねぇ。”
のほほんとした調子でフォローをするのは、火輪と同い年の風花の審神者。
下の方で二つ分けにした長い紺色の髪に紫の耳つき頭巾を被り、
頭巾と共布の狩衣と膝上丈の桃色のワンピース。
そこに合わせた、犬のような白い付け尻尾が風変わりな少女だ。
彼女と若竹は、何の話をして時間を潰していたのだろうか。火輪は少し気になった。
「馬鹿な話って?」
“鴇環っちゅー子は、どがな子?って話じゃ〜♪”
“ちょっ、陸奥にい!”
にやにやしながらのたまう陸奥守の口をふさごうとして、あっさりかわされる若竹が画面に移った。
やましい内容と判断した山姥切の目が、一気に鋭くなる。
「……ほう、詳しく聞かせてもらえないか。」
“別にあんたが怒るような話はしてないって!!
っていうか、何なんだよ!まだあんた片思いだろ?!”
「ばっかだねー。今フリーだから必死こくんじゃん。」
“どんだけだよ……。”
若竹はドン引きしているが、火輪の指摘はもっともである。
鴇環に恋人が居ないからこそ、山姥切は必死なのだ。仮に相手が居たら、彼は今頃涙で枕を濡らしている。
“まんば君も、バンブーにだけは言われたくないと思うなぁ。
またこの前も、10歳位年上のお姉さんに振られたんでしょ〜?婚活必死すぎー。”
“フリーっぽいから、いけるかなーって思ったんだってば〜!!
婚活必死で悪いかよ〜〜?!”
「……。」
若竹の必死な言い訳に、山姥切は閉口する。
彼はまだ14歳の分際で、花嫁探しの熱意がいやに高い。
本人曰く、天涯孤独で乳児期から11歳まで施設育ちだったから、家族への憧れが人一倍なのだという。
もっとも、どう弁解しようが彼の結婚願望は年齢不相応過ぎる。
相変わらずの事だが、火輪も呆れていた。
「いつもみんな言ってるじゃん。
あんたの年じゃ、結婚前提にしてる女なんて普通引っかからないってさー。
いい加減諦めればー?先送りしなよ、先送り〜。ほーれ、政治家みたいにさ〜。」
“いーやーだー!”
「はいはい、言ってな。んじゃ、もう遅いし本題いこっか。」
“はーい。”
馬鹿な雑談を引っ張っても仕方がないので、火輪はさっさと話を切り替える。
「明日は前に言ったとおり、鴇ちゃんの本丸に言って、皆で鍛刀するわけ。
で、師匠さんが言ってた通り、式神がおかしいって証拠も調べないとだめなんだよね。
だから、調べられそーな刀を連れてきたいって件、バンブーどうよ?」
“おう、ばっちり!次郎は来てくれるってさ。”
「ん?あんたの所の刀にしては、ずいぶん協力的なんだな。」
山姥切がいぶかしげに問う。
次郎太刀はこの件に必要な知識を持つ神刀であり、気のいい性格。
普通は何ら疑問に思うところではないが、若竹の本丸は少し事情が違う。
彼の本丸は、以前は俗に言うブラック本丸だったからだ。
若竹の前任である審神者は、自分の担当者と共謀して悪事を働いていたろくでなし。
その頃の経験は、今でも所属刀剣の多くに影を落としている。
だから他の本丸と比べると、主従の距離はぎこちない。だから意外に感じるのだ。
“次郎は主が打った刀じゃき。古株とは違うんじゃ。”
「なるほど……そうか、あんたの主が就任するまで居なかったのか。」
それなら主の頼みも快諾して不思議ではない。山姥切は納得した。
“前の主は、次郎のなりが気に入らんかったみたいじゃ。主がこの本丸に来た時は居なかった。
一度位は顕現したはずやけど、嫌がって使わなかったんじゃろう。”
事情を説明する陸奥守も、伝聞でしか自分の本丸の過去は知らない。
だが、聞き及んだ範囲から大体察しはつくのだ。
「希少刀の飼い殺しにも呆れたが、そんな所にまで私情を入れていたのか。
どこまでも救いのない奴だな。」
山姥切が呆れ返るとおり、以前の審神者は本当に褒める所のない人物だった。
良くある短刀蔑視や手入れの怠りはもちろん、希少刀剣は出陣も内番もさせず、本丸ではべらせるだけ。
時には、優先的に希少な刀剣の譲渡で便宜を図ってもらうなど、悪質であった。
そういう人物だったので、容貌が気に入らない刀剣は手元にすら置かなかったというのも納得だ。
次郎太刀は花魁のような出で立ちだから、男の癖に気持ち悪いとでも思ったのだろう。
失礼な話である。
「とにかく、じろちゃんが来るんならラッキーだわ。
よーし、バンブー頑張ったじゃん♪」
“そうだろー?”
火輪に褒められた若竹は、得意満面。少々調子がいいが、この辺は彼の長所でもある。
「さーて、役者も揃ったし……。さくさく話を進めなきゃねー。」
訪問準備はこれで万端。ひとまず出足の良い展開になって、火輪はにんまりと笑った。


翌日。
火輪達は鴇環(ときわ)の審神者の本丸を訪れた。
火輪は山姥切を、若竹は次郎太刀を、風花は鳴狐を連れての訪問だ。
訪問客としては少々大所帯の一行は、ゲートの前で待っていた鴇環と加州に出迎えられる。

「やっほー鴇ちゃーん♪」
丹色の着物ドレスを翻し、火輪が軽い調子で挨拶する。
出迎えた鴇環も、紅鳶色の巫女袴風スカートと鴇色のショールが特徴の、いつもの審神者装束だ。
「あ、こんにちは。えっと、そちらの皆さんが、お友達の?」
「うん、そうだよ!わたしは風花!よろしくねぇ〜。」
人見知りで声も緊張しがちな鴇環とは対照的に、風花は人懐こい。挨拶も元気なものだ。
しかし鴇環の目は、その背後で揺れる大きな白い巻き尾に釘付けである。
ゆったりした服に隠れて、正面からでは普段目に付きづらいのだが、
たまたま大きく揺れたせいもあって視界にちらつく。
「あ、あの……その尻尾は?」
「あ〜、これ?これねぇ、フリマで買った付け尻尾なんだよ〜。
ちょっと付喪り気味で、わたしの気分でパタパタするけど、気にしないでね♪」
「は、はあ。」
――何度見ても、面妖だな……。――
鴇環が反応に困ったような声を上げたのを見ながら、山姥切は内心そんな事を考える。
演練でも多くの審神者を見かけるが、生きているように動く付け尻尾など風花位のものだ。
動くのは宿っている幼い付喪神が原因だが、そんな物品を見る機会は早々ない。
「そしてこちらは、近侍の鳴狐と申します。
わたくしはお供の狐。主殿からは『おこげ』と呼ばれております。」
鳴狐の肩で、本人に代わってお供の狐が挨拶した。
鳴狐はよく風花の近侍を務めており、かの本丸では初期刀の加州に次ぐ古参の打刀だ。
「2人とも、今日はよろしくー。」
「あ、よ、よろしくお願いします。」
加州につられるように、鴇環があわてて頭を下げる。
「おれは若竹!こないだまで見習いだったんだ。
今日は次郎と一緒に、問題を調べに来たよ。よろしく!」
風花の鳴狐に続いて、若竹も元気に名乗りを上げた。
「んで、あたしは綺麗な次郎ちゃんでーす♪」
「は、はい!よ、よ、よろしくお願いします!」
「ちょっと、主をあんまりびっくりさせないでよ!」
大柄な次郎に驚いた鴇環は、思い切り声が裏返りかけている。
加州がたしなめると、次郎は悪びれなくペロッと舌を出した。
「ごめんごめーん♪逆に緊張させちゃったか〜。」
「……。」
どこからつっこむべきかと思いながら、山姥切は瞠目する。
次郎は気のいい性格なので、本当に悪気がないのは分かるのだが。
「ええっと、じゃあ……鍛刀場に行きましょうか。
こんのすけちゃんが用意してくれているので、もうすぐに鍛刀出来ますよ。」
「わーい、さっそくだ〜!」
きゃっきゃと喜ぶ風花の付け尻尾が、興奮でぶんぶん揺れる。
「なら、俺と鳴狐は道場の方に行ってくる。」
「また後ほどお話しましょう、鴇環殿!」
こうして一行は、鍛刀場に行く組と道場に向かう組の二手に分かれた。


鴇環が言うとおり、鍛刀場の準備は整っていた。
すでに炎の熱気も高まっていて、暑い位だ。
「じゃあ、誰が先にやる?」
「んー、じゃあわたしと火輪ちゃんでどうー?」
「手伝い札持ってきたしね。ちゃちゃっと、やっちゃうよー!」
打刀以上の刀剣のみが顕現する配合で、火輪と風花が早速取り掛かる。
刀匠式神が資源を受け取って忙しく鉄を打ち始めると、それぞれの時計に1時間半の表示が点灯した。
それを確認してから、彼女らはそれぞれ手伝い札を使った。
急ピッチで作業を進める式神達は、あっという間に刀を仕上げた。しかし。
「わーっ、ほんとに真っ黒になったー!!」
「あたしも。マジでガチ炭だわ。」
出来たのは、刀二振り分の失敗作。
鴇環が作ってしまったものと同じく、刀の形をした炭としか言いようのない黒い物体だ。
「うぇ〜、わたし、今まで鍛刀でミスった事ないのに〜……。」
「あたしも初だわ。マジかー。」
余った木炭で、風花が刀型の炭をつついている。火輪も、初めて見る惨状をしげしげと眺めていた。
「うへー。おれ、うまく行くかなー?」
「いけそう?」
嫌そうな声を発した若竹を、加州が気遣う。
「おれは検査だと鍛刀得意ってなってるけど、この流れだとなー。」
本人が言うとおり、若竹は鍛刀適性が高い。
しかし2人が失敗した後では、さすがに自信満々とは行かなかった。
風花や火輪の鍛刀適性は平均的な数値だが、平均の審神者なら普通失敗はしないのである。
「二口まとめてやってみてはいかがでしょう?
サンプルは多い方がよろしいですし。」
「そっか。最悪かたっぽは上手くいくよな。」
こんのすけの提案で気を取り直し、若竹は二口分鍛刀することになった。
先程と同じように作業を進める。今度は3時間と2時間半。
片方は太刀や一部の打刀、もう片方は大太刀か打刀のへし切長谷部が顕現する時間だ。
わぉっと、風花がいささか気の抜けた歓声を上げた。
「さすがバンブーだ〜。」
「……!」
「マジ?」
鴇環と加州の主従にいたっては、時計の時間を何度も見直している。
ここでは、時計にこの数字が2つ並んだ事は一度もないのだ。
「よーし!じゃあ、いっくぞー。」
気を良くした彼は、手伝い札を使って一気に完成にまで持っていく。
今度は、無事に二振りの刀が完成した。
「出来たー!」
「おーっ、さすがじゃ〜ん!」
次郎と風花の歓声が同時に上がった。
「へへっ、だろー?」
つい先程の及び腰はどこへやら。褒められた若竹は、すっかり得意顔だ。
「す、すごいです……あの、どうやって……?」
面布の下で目を真ん丸にした鴇環が、驚嘆のあまりしどろもどろになっている。
一度も打刀以上の刀を打てないでいる彼女にとっては、夢でも見てるような心地なのだ。
「うーん。どうやってって言われても、おれはいつも通りだしなー。」
「今、鍛刀してて気付いた事とか、あんたはないわけ?」
今日の主題は、鍛刀の失敗原因を解明することだ。
だから火輪がそう尋ねたのだが、ぴんと来ない若竹は首をかしげる。
「え、どういう意味?」
「あんたねー。」
何にも意識してないのが見え見えの発言に、火輪は大げさにため息をついた。
その代わりにと言うわけではないのだが、風花が口を開く。
「う〜ん、うちの刀匠さんと、ちょっと違うかもー。」
「どういう事ですか?」
鴇環が聞き返すと、風花はこう続けた。
「あのねぇ、うちの子だともっと上手な感じ。火輪ちゃんもそう思わなかった?」
「あー、確かに。もっと手元に切れがあるわ。花ちゃん所もそうでしょ?」
火輪も具体的に式神のどこが悪いとまでは言えないが、動きに違和感があるのは確かだ。
ぎこちないという表現が適切だろう。
「うん。もしかして、不良品ってこういう事?」
「だと思う。」
「あんたは分かってなかったでしょ!」
さりげなく風花の推論に同調した若竹に、火輪のつっこみが飛んだ。
「やっぱり交換後も不良品って事じゃん!あいつ〜……今度あったら切ってやる!!」
こぶしを固めた加州が、うなるように憤った。
鴇環の担当者に対する彼の好感度は、とっくの昔に底辺を這っている。
今の瞬間に、底を割って地底に達しただろう。
「お止めはしませんよ。加州清光様。」
「♪ぎったんぎったんぼーこぼこ、くそ担当はー吊るし上げ。」
「あ、あの……危ない事はやめてね。」
澄ました顔で加州の背中を押すこんのすけと、物騒な鼻歌を歌いだす風花。
両者の様子に、おとなしい鴇環はやや引きつっている。
一番の理由は、加州の剣幕が洒落にならないせいだが。
「今のではっきりしたね。この子じゃなくて、こっちが変ってのは確定だよ。
ただし主の師匠が言ってたみたいに、
式神だけじゃなくて、鍛刀場自体も変かはまだわかんないけどねー。」
次郎がまとめたとおり、鍛刀失敗の原因は鴇環ではない事は確実になった。
しかし、検証はこれだけではまだ不足している。
「本当なら式神を交換して調べたいのですが……。
刀匠式神の交換手続きには時間がかかりますし、許可が下りる保障もありません。
何しろ、交換後も不良品を送りつけてきた担当者ですから。」
「分かってるって。だから、まず今日はこっち。鍛刀場を調べよう。
術式の場所を探して、そっちがまともか見るよ。」
「術式ってどこにあるんだろ?」
それならと、さっそく若竹が辺りを見回し始める。
すると、風花が首を傾げてこうぼやく。
「んー……炉の中?」
「危なっ!」
「そんなとこにあったら、メンテ困んね?」
若竹と風花のあほらしい掛け合いに、火輪がもっともな指摘を入れた。
この二人は、寄ると触るとすぐに気の抜けるやり取りを展開する。
「鍛刀場の術式って、こんすけは知らないわけ?」
「ええ……。本丸のセキュリティ保護措置の一環で、本丸の構造全ての知識は与えられていないんです。
ですから、術式の場所はちょっと分からないんです。」
火輪に尋ねられたこんのすけが、しゅんと尾を垂れた。
本丸の稼動に関わる全ての知識をこんのすけに与えるのは、それはそれで危険が生まれるのだろう。
もっとも、通常はこんのすけですらそれで困る事もない。
こういう事は、技術者だけが知っていればよいという領域だ。
とはいえ、その技術者と掛け合える本丸の担当者が非協力的な現在は、困った事になるのだが。
「場所以外で、何か分かることはあるかい?」
「術式は暗号化されていまして、見つけてもすぐには読み解けません。
次郎太刀様は、暗号化についてはご存知でしょうか?」
「んー、まあ大体分かるかな。
術式に幻術をかけたりして隠しちゃうってのは、昔からあるんだよね。」
「さっすがじろちゃん!
どっかのバンブーと違って頼りになるわ〜。」
「何でおれの悪口入るんだよ?!」
火輪の当てこすりに、すかさず若竹が噛み付いた。
妙なあだ名にこそ慣れっこだが、他は聞き捨てならない。
「だってバンブー、11歳で審神者になったのにそっちの知識全然じゃない。」
「歴史は壊滅してるしねー。」
「ほっといてくれよ!!」
風花の追撃まで食らって、彼はほとんど捨て台詞めいた叫びを上げた。
悲しい事に、指摘はただの事実である。
「ねえ、年号とか何時代とか分からなくても、審神者出来ればいいって思わない?」
「えっ?!あぁー……そ、そうですね。
歴史が出来ても、鍛刀出来ないとどうしようもないですし……実際。」
急に若竹から話を振られて、鴇環がしどろもどろで答える。
彼女としてはフォローのつもりだったが、部屋の空気は凍った。
「……ごめん、何かごめん。ほんとごめん。」
「謝る位なら、主の傷をえぐるのやめてくれない?」
加州がため息をつく。
悪気がない事は分かっているが、一言言わずには居られない状況でもある。
再び謝る若竹を尻目に、次郎はもう術式がある場所の当たりをつけていた。
「大体この辺に……お、あったあった!」
「えっ、もう見つけたの?!」
「はっや!」
風花と火輪が口々に驚きの声を上げた。
「霊力の流れを探ればすぐさ。あたしはこういうのが得意なんだよ。」
次郎が指差しているのは、鍛刀場の中央の土間。
目に見えるものは何もないように思えるが、ここに術式が隠されている。
「解除にはちょっと主の手を借りるけどね。
これ、多分術式を解ける種族に制限かかってるよ。」
「え、そうなの?」
「めんどいねー。」
次郎から急に白羽の矢を立てられた若竹は目を丸くした。
それを横目に見る火輪は、頭をかきながらぼやく。
楽な問題とは当初から予想していないのだが、抱く感想は別問題である。



一方その頃、道場に向かった山姥切と鳴狐は、ちょうど手合わせの小休憩。
その暇に、互いの情報交換を兼ねて鴇環の短刀数名と雑談していた。

「鳴狐さん、そちらの本丸ではいかがですか?」
鳴狐の右隣に座った前田が尋ねる。
「手合わせでは、たまに対抗戦も行いますなあ。
場所の都合がございますので、さすがに6対6とはいきませんが。」
「いいなあ〜。うちももっと刀があればなあ。」
人手のない鴇環の本丸では、対抗戦なんて夢のまた夢である。
乱はあからさまに羨んで見せた。
「みだれ、うらやましがってばかりはだめですよ?」
「分かってるてばー。言うだけならただでしょ?」
今剣にたしなめられるが、むくれた乱は言い返す。
まあまあと、それを隣に居た薬研がなだめる。
「この問題が解決すれば、うちの叔父貴も来るさ。
欲しがり過ぎると、えーっと……そうだ。物欲センサーって奴に引っ掛かっちまうぜ?」
「大丈夫。『鳴狐』は、呼ばれたらすぐ来れるから。
主達が問題を片付けたら、呼んでもらおう。」
「わーん、叔父様〜!」
「日々苦労してるのですねえ……。」
鳴狐に抱きついた乱の様子を見て、お供の狐が呟いた。
これが一期一振なら、長兄が恋しいのだろうと思うところだ。
しかし、にじみ出るのは日々の苦労である。
「僕らでは、昼の戦場だとどうしても及ばない事が多くて……。」
「その度に、いち兄や鳴狐が居たらって、思うんだよ。」
「そうか……。」
前田と薬研が、揃って顔を曇らせる。
短刀達の得意とする戦いは、闇夜にまぎれて懐にもぐりこむ戦法だ。
日が明るく隠れにくい戦場では、本来の強みが生かせず不利になりがちである。
主による陰陽術の援護を得ても、厳しい戦いを強いられるのだ。
「次郎殿が、無事に解明出来れば良いのですが。」
「不具合が明らかになったとして、担当者は認めると思うか?」
「どうでございましょう。
ぐうの音も出ない証拠でなければ、なりませんが。」
「あいつ、加州を何べんもマジ切れさせた下衆野郎だからな。
遡行軍の餌にしちまいたいぜ。」
「本当に口汚くて、意地悪なんです……。」
「まさか、あんた達も何か言われたのか?」
「さすがに、直接は……。」
「でも、いいかげんに、ほかのかたなをだせ!と、いってたことはあります。
そもそも、あるじさまへのぶじょくは、ぼくらへのちょうはつですよ!」
「そうだね。」
頬を膨らませて怒る今剣に、鳴狐が静かに相槌を打つ。
刀剣男士にとって、持ち主への侮辱は意味が重いのだ。
「聞けば聞くほどろくでなしだな。」
「でしょー?女の子相手に態度がでかい奴に、ろくなの居ないんだからさ!」
そうやって話していると、ちょうど加州が向かいからやってきた。

「あ、隊長〜!ねえねえ、どうだった?」
「鍛刀場の確認は終わったよ。次郎と若竹の2人でやってくれた。」
めざとく見つけた乱が声をかけて駆け寄っていった。
まつわりつく彼の頭をぽんぽんと軽く撫でてやりながら、加州は仲間に状況を報告する。
「何か分かった事はあったか?」
山姥切が尋ねると、加州は渋い顔をした。
「うーん。やっぱり式神換えなきゃだめっぽい。
式神と鍛刀場の術式を両方見てもらったんだけど、術式は大丈夫だったし。」
「やっぱり、しきがみがわるいんですね。」
「困りましたね……刀匠式神は作れないんですよね。」
今剣と前田が、困り顔を見合わせてぼやく。
二人のみならず、客人である鳴狐や山姥切も神妙な顔をしているが、それにはわけがある。
「確か刀匠式神は、改造も自作も罰則対象でございましたなあ。」
「あれをいじると、大体の審神者は壊すというからな。
高度な代物だから、めったな術者じゃ作る事さえ出来ないんじゃなかったか?」
「らしいよね。俺もこんのすけの受け売り位で、あんまり詳しくないけど。」
鳴狐のお供の発言を受けて、山姥切と加州が口々に呟いた。
彼ら刀剣も知るように、刀匠式神は数ある式神の中でもトップクラスの製造難度だ。
改造の難易度も高く、山姥切が言うように、大抵は改造の結果鍛刀機能自体を喪失させる結果となる。
「じぶんでつくれたら、こまらないんですけどね……。
あるじさまなら、まなべばきっといけるとおもうんです。」
「そういえばあんたの主は、形代を使う術を扱うんだったな……。
式神全般が得意なのか?」
「そうです。僕達がいち兄が居なくて寂しいだろうって、
こんないち兄を作ってくれたんです。」
前田が取り出したのは、彼の両手に乗る大きさのぬいぐるみだ。
二頭身程度の丸っこさだが、どう見てもモデルは一期一振である。
「おやおや、これは確かに可愛らしい!」
「話しかけると、ちょっとしたお喋りしてくれるんだよ!
主さんは、調べた説明どおりにやっただけって言ってたけど、すごいよね〜。」
「ほほう。はじめまして、ちいさな一期殿。」
「はじめまして、こんにちは。」
鳴狐のお供が試しに挨拶すると、ぬいぐるみの一期一振は丁寧に挨拶を返した。
「……本当に喋った。」
声こそ実際の一期一振とは違うものの、思いがけず流暢な喋りに山姥切は目を丸くした。
たまたま、主の火輪がこういったものを作らない審神者であるため、余計に驚きだ。
「あまり動かしてしまうと、入れて頂いた霊力がなくなってしまうので、
大事に使っているんですけどね。」
そう言って、前田はぬいぐるみをしまった。
主への負担を気遣う辺りは、短刀らしい心がけというべきか。
「鍛刀出来なくてごめんねって言って、主さんは色々してくれるけど……。
僕達が主さんに出来る事って、何だろうね。」
「たたかうこと。と、いいたいですが、それもさっぱりですからね。」
はぁ、と鴇環の短刀達からため息が漏れる。
その言葉にならない嘆き節から深刻さが伝わって、山姥切と鳴狐は神妙な面持ちで顔を見合わせる。
これは、何としてでもこの問題を解決しなければ。
山姥切は自分が思いを寄せる少女のため。鳴狐は、他本丸に住む親戚の刀達のため。
優先対象の違いはあっても、考える事はおおむね同じだ。
「……そんな、あんた達だけじゃどうにも出来ない問題を何とかするために、俺達はここに来た。」
「大丈夫。味方は、たくさん居るから。」
知恵と人手を合わせれば、この問題はきっと解決出来る。
そんな想いを込めて、二人は口々に励ました。


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シリーズ6作目。訪れる仲間も増えて大所帯。