虹の黄昏

―6話・手掛かりを求めて―


トリスメギストスを倒してから2年後。
旅先でクレインとリイタは南北エスビオール地方で妙な騒ぎが起きている事を聞き、
知り合いの様子が気になって久しぶりに船でアコースへ向かった。
ブレアから妙な騒ぎの話を聞かされた2人は、その翌日にカボックへ出発。
第2の故郷ともいえるカボックでは、ビオラを始めとして知り合いとの再会が続いた。
聖堂ではかつての仲間、マレッタ・デルサス・ノルンと再会。
その後、マレッタからカボックでけが人が出た妙な事件の話の詳細を聞かされる。
事件は夜だったが、妖精のような姿を見たという目撃情報も知らされた。
マレッタやデルサスの話から、一連の妙な事件の解明は南エスビオール地方の情報だけでは不可と判断。
てがかりを北エスビオール地方に求めたクレイン達は、
酒場・ワイルドモスでノーマンから北エスビオール地方の情報を得る。
それを聞いたクレイン達は北エスビオールに向かおうと決めたものの、
あまりの交通の不便さと道中の危険さに頭を抱える。
そんな時デルサスの相棒・ピルケに名案を教えられ、
クレイン達は北エスビオール地方に向かうための準備を各々で取り組むことになった。
デルサスはワープゾーンへデランネリ村に防寒具の調達に、
マレッタは副隊長に留守の間のことを頼むために、ノルンはピルケの手伝いに、
そしてクレインとリイタはアイテムの調達のために魔法屋に寄ってアイテムを購入。
翌日、ピルケの家でフェーリング陣を使い、
一気に北エスビオール地方へ。
一行はスレイフ王国の首都・レイナンにたどり着き、アーリンと再会。
町で最大の酒場・「雪明り」で、
大賢者が住むといわれる魔道士の里・ズィーゲル・ゲベートに向かうことにした。
しかし、その里は錬金術士を嫌っているらしい……。


※スレイフ王国の設定
北エスビオール地方全域を治める大国。
デランネリ村よりさらに北にあるため、
不毛で貧しい土地の国と思われがちだが、実際はとても豊かな国である。
近海には豊かな漁場があり、平地では耐寒性に優れた作物を育てて、さらには遊牧も行う。
また山では良質の金属や宝石も多数産出しているので、
冶金や金属加工、宝石の加工もトップクラス。
ちなみに最高級のステンド草やティンクルベリーなども育ち、
工芸品などと共に重要な産物になっている。
首都のレイナンは国中の人や商品が集まり、
カボックやアコースの2倍以上の規模を持つ大都市として栄えている。
城には「久遠の炎」という、永久に消えることのない白い炎があることで有名。
久遠の炎から白炎のたいまつに移された久遠のともし火は、
レイナン中の施設や家庭に配られている。


食事を取ったクレイン達は、
少し買い物をしてから先に予約した宿屋に行くことにした。
騒動の手がかりを探すために向かう魔道士の里ズィーゲル・ゲベートまでは、
街道に沿って歩いて5日。
だが、街道も整備されているとはいえ、慣れない土地だ。
ここに来る前にもビオラの魔法屋で準備は整えてきたのだが、
アーリンが加わったこともあり、改めて準備を最終調整することにしたのだ。

―北門通り・商店街―
大きな町に来てすることといえば、酒場での情報収集だけではない。
多くの人や品物が集まる以上、そこには当然珍しい物や便利なアイテムも集まるものである。
そしてそれはここレイナンでも例外ではない。
「にゃ〜、きれいなのにゃ〜!」
「きゃ〜、これかわいい〜〜!どうしよ、買っちゃおうかな〜?」
リイタとノルンが、店先に並べられたかわいらしいアクセサリーの類を見て、
女の子らしい歓声を上げている。
色とりどりの宝石や、細かい細工の施された腕輪や首飾りは、
年頃の女性なら思わず惚れ惚れしても無理はない。
「こらこらお前ら、へばりつくな!たかるなら役に立つもんにたかれ!
余計な物見てる時間はねーよ!!」
「まあまあデルサス……ん、これはなかなかいい品物だな。」
「マレッタ、おめーまで……。」
最後の砦が崩れたような顔で、デルサスが情けないセリフをもらした。
しかし、マレッタはただきれいなだけの物に目がいったわけではなかったようだ。
「おや女剣士さんお目が高い。それ、何かわかりますか?」
店の奥から出てきた店主のおばあさんが、
感心した様子でマレッタに声をかけた。
「いや……何となく触って暖かかったから何かと思って。
これは一体何なんですか?」
「それはライフウォーマーというマジックアイテムでしてね、
この辺より寒い所に行ったら、これなしでは暮らせない程の生活必需品ですよ。
そうだ、そこの寒そうな顔をしているお嬢ちゃん、ちょっと腕を出して。」
「はいにゃ。う〜……出してるだけで寒いのにゃ。」
まだ1分もたっていないのに、ノルンはとても寒そうにしている。
あっという間にぶつぶつと鳥肌が立ったノルンの腕に、
店主のおばあさんはライフウォーマーをはめた。
すると、変化は即座に訪れる。
「にゃ……?なんだかぽかぽかしてきたのにゃ。」
ノルンはきょとんとして、目をしばたたかせる。
見れば袖をまくったままで居ることにもかかわらず、腕の鳥肌が収まっていた。
心なしか、寒さで硬くなっていた体の力まで緩んだようだ。
ほーっと、デルサスが感心して声を漏らす。
「これはすごいな。」
普段は冷静なアーリンも、この効果には驚いたようだ。
リイタやクレインにいたっては、驚きで我も忘れていそうな顔をしている。
「す、すごい……!これは一体そういう仕組みなんだ?」
クレインは、心なしか目を輝かせて店主に尋ねた。
さすがに振る舞いはそれほどでもないようにしているようだが、
その目と興奮気味の声音は、彼の知的好奇心を隠し切れていないさまを示していた。
「これはね、レイナンの魔道士が作ったものさ。
他にもうちには色々なものがあるけど、ついでに見ていくかい?」
「どうしようかな……。」
クレインはしばし考える。
ちらりと見たライフウォーマーの値段は、一つ800コール。
この地方の気候を考えれば、体力の消耗を少しでも防ぐために全員分購入したいところだ。
しかし、手持ちにそんなに余裕があるわけではないので、
これ以上ここで買い物するのは出来れば避けたい。
だがこの地の寒さは尋常ではない。
身を刃物で切るような寒さは、時として体温はおろか生命すら奪うほどだ。
寒さになれていないクレインたちにとって、
寒さはある意味魔物以上の敵となりうるのだ。
防寒具があるから大丈夫とか、そういう次元の問題ではない。
「それじゃ、これは人数分買っていこう。
それと、他にもいい物があったら買ってくか。」
「そうこなくっちゃねぇ。
まぁ、邪魔はしないからじっくり選んでおくれ。」
そう言って笑うと、店主はカウンターのほうに戻っていった。
あれこれ口出しする様子を見せないのは、選ぶ方としてはありがたい
悩んだ末、クレインはこの店でライフウォーマー6つの他に、
ノルン用に防御効果の高い腕輪をひとつ買っていくことにした。
「クレイン、それはなんなのにゃ?」
「ああ、これは身を守る魔法の力がある腕輪らしい。
ノルンは重い防具をつけられないから、良いと思って。」
じゃあこれでとクレインが店主に声をかけようとしたとき、
後ろからむんずとリイタがクレインのマントを引っ張った。
「ねぇクレイン、あたしには〜?」
「え……。」
リイタににっこりと微笑まれ、クレインはたじろぐ。
このおねだりが本気なのか、
それともからかってるだけなのか判断のつかないクレインは、
財布の残金のためもあって冷や汗が流れる。
「リイタ、オメーは馬鹿力なんだから、いざとなったら鎧でも着てろよ。
オメーならぜってーいけるって。」
「デルサス……あたしにけんか売ってるの?」
マレッタのようなごついメイルを着込んだ自分を想像したリイタは、
我が事とはいえあまりにシュールで顔をしかめた。
が、それもつかの間。半ば条件反射でデルサスを半眼でにらむ。
「いや、たくましくていいなーっと。俺には真似できねーわ。」
「あんた……後で覚えときなさいよ!」
さすがに公衆の面前でパンチを見舞うほど、もうリイタは青くない。
デルサスに地の底を這うような低い声で宣言して、
それでも腹ただしさを押さえきれずに、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
ちなみに、さっきのおねだりは冗談である。
「リイタが鎧を着たら、意味がなくなる気がするが……。」
「にゃ?意味って何なのかにゃ?」
ポツリとつぶやいたマレッタの言葉に、耳のいいノルンはすかさず反応した。
「リイタは身の軽さが武器だろう。
それなのに重い鎧を着たら、せっかくの特長が台無しになると思わないか?」
「それはそうにゃ。
ところで、昔から思ってたんにゃけど、
アーリンはマレッタみたいに鎧は着ないのかにゃ?
武器は同じ剣なのに、防具が違うのはなんでにゃ?」
「……俺は、動きの妨げになるものが嫌いなだけだ。」
別に鎧を着る体力がないわけではないが、アーリンは鎧が嫌いらしい。
前線で戦うものにとって、軽装備は動きを妨げない代わりに大きなリスクが付きまとう。
例えば、しっかりと腹まで覆うメイルと、
軽いが胸しか覆わないブレストプレートなどをくらべると、
後者はどうしても受けるダメージが多くなるのだ。
防御を犠牲にしてまで素早さを重んじるアーリンの思考は、浅はかなものではないだろう。
「たしかに、マレッタみたいに重い鎧を着たら、
ちょっと動きにくそうな気はするにゃ。」
「まぁ、鎧を着るには体力もいるからな。」
初めて鎧を着たときの重さを思い出して、マレッタは苦笑した。
歩こうとした途端によろけて、兄・ベグルに笑われたものだ。
「おーい、会計終わったぞ。」
「あ、クレインが呼んでるのにゃ。」
会計を済ませた一行は、この跡はあまり物は買わずに、ほとんどまっすぐ宿に戻った。


―宿屋―
買ってきた食糧などの荷物を、
泊まる部屋に備え付けられたベッドの横にドサドサと積み上げる。
一応寝る時には男女3人ずつで分かれる予定だが、
まだ6人全員が同じ部屋に留まっていた。
明日以降の予定を詰めるというよりも、外では出来なかった話を切り出すためだ。
「あそこでは、ああ言ってごまかしちまったけどな〜……。
どうするよ、クレイン。」
「どうするって……行くしかないだろ。」
デルサスの問いかけに、クレインはためらいがあるもののそう答えるしかなかった。
もちろん、クレインをためらわせる理由は一つだけだ。
「いや、もう100年も錬金術士が行ってないし、どうなるかわかんねーけど……。
ばれてお前が吊るし上げ食らったら困るからなあ。」
デルサスがため息混じりにつぶやいた言葉。
目的地であり、国王も頼る大賢者が住まう魔道士の里、ズィーゲル・ゲベート。
ようやく手がかりが見つかると思って期待したクレインたちは、
里の住人が錬金術士を嫌っていると聞いてから、内心気が気ではない。
デルサスの言葉ではないが、本当に吊るし上げを食らうかもしれないのだ。
「黙ってればばれないと思うのにゃ〜。」
「それで済めばいいが……相手は魔道士だぞ?」
マレッタが半ばあきれたようにノルンをたしなめる。
プラス思考はいいことだが、そううまく事が進むかどうかは分からないのだ。
どういったきっかけで勘付かれるか分からないので、
黙っていればいいというものではないだろう。
むしろ、黙っていた分相手の怒りは大きくなる。あまりに危険な賭けだ。
「う〜ん……でも、そん時はそん時でいいんじゃない?
もしあれなら、クレインだけ里の外で待っててもらうとか。
そうしたら、クレインがそんな目に会わなくてすむと思うんだけど。」
「それならありかもしれないな。」
リイタの提案に、アーリンが少し遠まわしに賛同の意を示した。
「お前らもいい加減だな、おい。クレイン凍死するぞ。」
冗談のような調子でデルサスが口を挟むが、
この地方の気温を考えると冗談ではなく凍死しそうだ。
「な……俺はそこまで軟弱じゃない!」
おいていかれることについてはつっこまないのかとマレッタは少し気になったが、
クレインにしてみれば遠回しに弱い者扱いされたことの方が重要らしい。
負けず嫌いなところは2年前と全く変わらないようだ。
「別に軟弱じゃなくても凍えると思うけど……。」
しかし、リイタのつっこみがクレインの耳に届くわけは無い。
燃え上がった少年の怒りは、そう素直に収まりそうもなく。
なだめるのも面倒になったリイタは、放っておくことにした。


―翌日―
準備を整えたクレイン達は、翌朝早々にレイナンから旅立った。
天気は快晴とは言わないまでも、晴れていて視界を悪くする要素は皆無。
低すぎる気温にさえ目をつぶれば、出発には最高とも言えるコンディションである。
「出発にゃ〜♪」
「オメーは朝から元気だな〜。寒くねえか?」
「ばっちりにゃ!この腕輪のおかげで、今は寒さなんてへっちゃらにゃ〜。」
ノルンが平気なら、他のメンバーは大丈夫だろう。
少なくとも、これで凍死する危険だけは減った。
「それじゃあ、急ごう。」
雪に足をとられて移動するペースは落ちるが、
寒さが気にならないのだからどうにかなるだろう。
目指すは東だ。

―封魔の森―
それから5日後。
クレイン達は、目的地である魔道士の里ズィーゲル・ゲベートがある森にたどり着いた。
うっそうと茂った木々に、それらをこんもりと覆う純白の雪。
しかしその奥へと伸びる広めの道は整備されていて、
人の往来が頻繁なことを示していた。
明るさとは無縁だが、未開というわけではない。
曰くありげな名前とは裏腹に、どこにでもありそうな感じの大きな森だ。
深く積もった雪を除いては。
「ここが封魔の森か……。」
「どんなとこかと思ってたら、案外普通なのにゃ。」
拍子抜けというよりは、期待はずれといった色の濃い声でノルンがつぶやく。
純真で好奇心旺盛な彼女のことだ。
恐らく、絵本に登場する魔女が住むような森でも想像していたのだろう。
「普通でよかったじゃないか。
もし妙な雰囲気だったら、ノルンは怖がるんじゃないのか?」
「の、ノルンはそんなに弱虫じゃないのにゃ!」
マレッタに言い返すものの、表情はぎこちない。図星だったのだろう。
「そんなにムキになんなよ。ほら、行くぞ。」
「あ、デルサスだけ先に行くなんてずるいにゃ!待つのにゃ〜!」
別に他の全員においていかれたわけではないのに、
ノルンは先頭に立って歩き始めたデルサスの後をあわてて追いかけていく。
別にあわてて追いかけなくても、デルサスはちゃんとついてこれるスピードで歩いてくれるのだが。
「こらノルン、走ると雪が……。」
積もった深い雪に足をとられそうになって、
今にも転びそうな危なっかしい足取りで走るノルンを、
マレッタがそうたしなめたのだが。
「ふにゃ〜!!!」
「あーあ、言ってるそばから……。」
早速雪に足をとられて派手に転ぶノルンを、
苦笑いしながらリイタが助け起こす。
「にゃ〜……これだから、寒くなくても雪道は嫌いなのにゃ〜……。」
パンパンと毛皮のマントについた雪をノルンが払う。
幸いパウダースノー状なので、払えば簡単に落ちるのが
ところで、穏やかな森の入り口にある看板を、クレイン達は誰も気に止めなかった。
「錬金術士、立ち入るべからず。
禁を犯したその代償は、死を持って償わせる。」
そう、記されていたのだが。
これがただのはったりなのか、それとも本気の警告なのか。
気づきもしなかったクレイン達に、それを知る術はない。



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前回アップが11月。2ヶ月以上たってますねぇ。
しかも出来が微妙……。次からはストックがあるし、
書きたいところに差し掛かるので楽ですが。ああ……コメントも少ない。