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「こんにちは。」
昼下がりのお3時のにぎわいを乗り越えて、続きましたるわ夕食前の"ロー・ティ"のお時間を迎えようという時間帯。学校帰りの学生さんたちなどで混み合い始める喫茶店"バラティエ"を訪ねたのは、
「おお、園長先生。」
あの少年の真の素性を知るもう一人、アラバスタ保育園の園長先生である。夕方は立て込むからと何人か雇っているアルバイトくんたちにお店を任せて、サンジはイガラム先生を店の奥の自宅部分へと招き入れた。保育園は春休みに入っているから、こんなところに彼が出向いて来ても特に不審ではないのだが、何となく…特別な話があるという雰囲気がしたため、そのように取り計らった彼であり、
「ルフィくんはどうしてます?」
イガラム氏に居間のソファーを勧めつつ、自家製の特選コーヒーを淹れるべく、サイドボードに向かったサンジは、
「今日は出掛けてますよ。」
やはりなと感じながら肩をすくめて見せた。
「何だか覇気が無くなってたんで、俺の知り合いに花見にでも連れてってやってくれって頼みまして。」
「そうですか。」
それは良かったことと、イガラム氏もホッとしたような顔をし、
「ですが、彼にも大変な事態になりつつあるようですね。」
園長先生も先日のお花屋さんでの騒ぎを聞いたそうで、
「昼日中にも現れるようになっただなんて。相手も見境がなくなって来たということでしょうか。」
「そうですね。広く見咎められてもいいと、そういう構えではありそうですよね。」
そうともなれば、くどいようだが警察や機動隊だって黙ってはいないだろうから、
"短期集中決戦を狙っているのかな。"
相手は恐らく、ルフィと同じ異次元人で、空間移動がこなせる存在だから、こちらの世界の人間が捕縛することはそう簡単には適わないのかも知れない。とはいえ、だったらもっと大っぴらに傍若無人な行動を起こしていても良かった筈で、
「これまでのこそこそとした行動は、追っ手である公安関係者のルフィがいたことへの警戒もあったと思うんですよ。」
彼が"遭難者"であるとは、向こうにも分かっていなかったのかも。薫り高い淹れたてコーヒーをテーブルへと運び、サンジはどこか感慨深げな顔になってそうと説明し、
「けれど、何だか頼りない坊やが一人という態勢に、ようやく気づき始めたのかも。」
「だとすれば、これからはますます大変なことに?」
これまでだってあまり安んじてはいられなかったというのに、と。どうしたもんかと溜息を零す二人だったが。
――― ……………ぅぁぁああああーーーっっっ!
どこか物凄く遠い遠いところから。何だか声がしたようなと思ったら、
「…でっ!」
「おううっ!」
丁度サンジの頭上を目がけて、どこやらから突然降って来た何かがあって。それがまともに激突したから堪らない。
「痛ってぇーっ!」
ガツンとぶつかった衝撃に押されて、前へと身を屈めたサンジの頭の上から。眼前のローテーブルへと転がり落ちた物体があって、
「おっとと…。」
咄嗟に立ち上がり…熱いコーヒーカップを2つとも、ソーサーごと持ち上げて避けさせたイガラムさんが、
「…はい?」
テーブルの上、コロンと丸くなって転げている"それ"を見て、絶句した。茶褐色のムクムクとした"それ"は、保育園の園長先生であるイガラムさんにはちょっとばかり、馴染みが有るような無いような。そして、
「何だってんだ、てめぇはよーっ!!」
気が遠くなるほど痛かったらしいが、何とか"彼岸"にまでは飛んで行かなかったらしいマスターさんが気勢を盛り返し、がばぁっと上体を起こすと、自分に激突した物体をむんずと掴み上げる。
"てめぇって…。"
ただの物体が落ちて来たのではなく、意志あるものがぶつかって来たと解釈したサンジに、イガラムさんが感心する。というのが、
「ふにゃああぁぁ…。」
その茶色のむくむくは、サンジに緋色の山高帽子を掴み上げられると、何とも気の抜けたような"声"を発したからで。
「目が、目が回るよう…。」
サンジと違い、まだ意識が曖昧模糊としたままなのか、ふにゃふにゃと頼りない語調でそんなことを言うものだから、
「…喋った。」
掴み上げた"それ"が発した"言葉"に、サンジが吊り上がっていた青い眸を真ん丸く見開いた。………って。
「言葉が通じる相手だと思って、さっき怒鳴ったんじゃないんですか?」
そんな分析を持ち出す…案外と冷静なイガラムさんに、
「いや…あれは、単なる八つ当たりというか。痛かっただろうがこの野郎っていう、ストレスの発散というか。」
律義に応じるサンジさんもサンジさんで。ぶらんとぶら下がったままな"それ"は、兎唇みつくちになった口からちょろりと舌を出していて。声こそ出したが…本人からの申告通り、目が回っている状態であるらしい。
「どっから落ちて来たんでしょうね。」
「そりゃあ、やっぱり…。」
二人して頭上を見上げてみるが、そこはただのクロス張りの天井だ。そんなに凝った作りの家屋でなし、高さはさほどない。どうやってかは知らないが天井に忍者のように張りついていて、途中で力尽きて落ちて来た…というのではないような気がするのだが………となると?
「…まさか。」
二人が顔を見合わせていると、
「ただいま~vv」
ばたばたっとこの住居部分へ直接入って来れるドアの方からお元気な声が走り込んで来た。ピクニックが楽しかったらしき、少年の弾んだ声であり、
「あ。おう、おかえり、ルフィ。」
「楽しかったようですね。」
一瞬、現在の状況を忘れて、穏やかそうな笑顔を向けるところはさすが大人の心遣い。色々と気に病んでいる彼だという話をしていたところだったから…なのだが。
「あれ? 園長先生も?」
こんにちはと改めてご挨拶の会釈を向けたルフィが、
「………あ。」
サンジがその手にぶら下げていた"もの"に気がついた。
「何だ、覚えがあるのか?」
「これもやはり、あの怪しい結社の関係者でしょうか?」
彼が関わる"異次元関係"の存在なのなら、壁や天井を擦り抜けて飛び込んで来たって一向に不思議はない。そんな感覚を身につけてしまったイガラムさんやサンジさんも、順応性が高いというか、機転が利いてえらいもんだと思うがそれはともかく。
「あ、はい。」
頷いたルフィだが、ちょっとばかり様子がおかしい。これまで"そっちの関係者"と来れば、悪い意味でのちょっかいをかけて来る、言ってみれば"敵"だった。だのに…今、サンジがぶら下げた対象へと向ける表情は、どこか感極まっていて。ちょっと微妙な沈黙の中、
「………う~ん。」
その奇妙なお客様が、やっと意識を取り戻したらしいのだが、
「…ほや?」
ぱちりと見開いた大きな瞳はなかなかに愛らしく、それに…どう見てもその姿、縫いぐるみの鹿かトナカイにしか見えなくて。
"姿の愛らしさに誤魔化されてちゃあ いかんのだが。"
ただ。さっきからじっと、ルフィがそのトナカイさんを凝視してやめず、その気配に気づいたらしいトナカイさんが、
「…あ、ルフィ、か?」
そんな風に呼びかけたものだから。
「チョッパーっっ!」
ぶらんと宙にぶら下がったままな小さなトナカイさんへ、ルフィは"ぎゅむ"と抱きついて、
「あわわっ、こらっ、ルフィっ! 苦しいって、おいっ。」
ぶら下がってたことへは平気だったらしいが、思い切り抱きつかれたことへは狼狽して見せる。この展開に、どうやら害意のある存在では無さそうだなと判断し、手を放したサンジと園長先生は、知己同士らしき二人(?)の抱擁をどこか微笑ましげに見守っていたのだが。
「大体お前、何で一年も連絡して来なかったんだよう。」
やはりルフィがいたところの世界から来たらしきトナカイくんは、彼の側からも小さな蹄のついた手で相手の肩をぱしぱしと叩きつつそんな風に言う。
「向こうでは凄い心配してたんだぞ? 原因不明の事故に遭ったらしいルフィくんを探そうって、ボランティア番組が始まって、募金だって一杯集まったし。」
おいおい。案外とノリは似ている世界なんだね、そっちって。そうまで言われて"面目ない"と頭を掻きつつ、
「いや、実は"エターナルポース"が壊れて…。」
ルフィは自分が此処へ遭難した時の話をした。カード状の指針がばっきりと割れてしまい、スイッチもセンサーも利かなくなっていたため、連絡は取れなくなったと、だ。………だが。
「壊れた? どんな風に? 粉々にか?」
「いやあの、ひびが入って割れちゃってて。」
「そんくらいだったら…っ。」
何故だかトナカイさんは憤慨して見せ、いかにも歯痒そうに"たんたん"と床を踏み鳴らしてから、
「ストラップとして付いてた"根付け"みたいのがあったろが。あれは"緊急救援信号"を出す装置だったからそれを押せば、ラフテルにちゃんと位置が届いたんだ、このヤローがっ!」
「………あ。」
おいおい、おいおい。
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*選りにも選ってこれを持って来ました。(笑)
いえね、続きをというお声が案外多かったものですから。
皆さんも、大概“おふざけ”がお好きですねぇvv
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