Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ

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 健やかな翠のあふれる広い構内に、数階建ての大きな学舎が幾つも配置されてる、その一番奥にある大学院の研究棟。ルフィにとっては慣れた道で、先日幼稚舎の子供たちのお相手をしもした中庭には、見慣れた長身の青年が立っている。こちらに気づいて片手を挙げて、
「よお、配達ご苦労さん。」
「あ、ども。/////
 春休み中とあって、構内にも日頃に比べたら人の姿はほとんどなくって。ところどころに植えられた桜の淡い緋色や常緑の樹木の少し浅い緑、まだどこか頼りない水色の空などを背景に立つ彼
の人は、萌え始めたばかりなそれらのどこか儚い色彩の上、力強い存在感をもってルフィを真っ直ぐに見つめてくれる。
"…初めて逢った時もそうだった。"
 サンジやイガラム園長の他には知己もなく、故郷への帰還の道も見えぬまま、異方の地に独りぼっちという不安からまだどこか怯えていた頃に、バラティエへ来たところをサンジの紹介で引き合わされて。それぞれに名前を教えられて見合わせた眸と眸を、わずかにも逸らさず、それは温かく微笑ってくれた人。強靭な眼差しをしっかと支えているほどの、揺るぎない自信のある人で、頼もしくて素敵だなって思ったのが第一印象。それからずっと、何かと顔を合わせるたびに、必ず眸を合わせ、必ず微笑ってくれて。今日も逢えたな、元気か? 傍らにそれまで話してた人がいても、わざわざ優先するみたいにこちらへと顔を向け、そう言ってくれる、声をかけてくれる人。他の誰かでなくルフィへと、ちゃんと見極めて注意を向けてくれる人。逢いたいなって思うことで、逢えて嬉しいなって思うことで、心細かったの、あっと言う間に吹き飛ばしてくれた。剣道一筋の武骨な変わり者で、無愛想で女っ気もなくって…なんて、サンジは散々な言いようをするけれど、自分にはどうしてだか、ざっかけない形ながらも色々と気を遣ってくれる、とってもとっても優しい人だ。
「先生方は教授室にいるんだがな、食事は中庭でしたいんだと。ウチの構内で一番の美人桜が植わってるから、それを観ながら…ってのが したいらしい。」
 重いだろうからと、ルフィが背負っていたパントリーを降ろしてくれつつ、そんな話をする彼に、
「あ、知ってます。約束の桜っていうんでしょう?」
 誰かに聞いたことがあって、ルフィが言うと、
「そう。正確には"契りの桜"って言うんだけどな。意味は一緒だ。」
 そのまま にっかしと笑ってくれるから、あやや間違えたと照れつつも、ルフィの側も笑顔で返す。
「ずっと大昔の戦乱の時代に、ここで何かしらの誓いを交わした、恋人同士だか親友同士だかが、生き別れになった後、やはりここで再会を果たしたっていう話があってな。それで、そんな名前がついたんだって。」
「…そうなんですか。」
 再会の希望を叶えてくれるということか。だったら、是非ともお父さんとの再会をお願いしたいなと思ったものの、
"あ、別れ別れになる前に誓わなきゃダメなのかな。"
 ふにゅんと ちょっぴりしょげながら、どこか考え込むようなお顔になるルフィへ、
「? どうした?」
 丸ぁるいおでこへ賢そうな額をこつんとくっつけて、瞳を覗き込んでくれる。低められた声が何とも言えない優しい響きをまとって間近に聞こえ、大好きな精悍なお顔がこんなにも接近したのへ、
「あ、ああああ、えっと、あのっ。/////
 真っ赤になってあたふたと我に返った純情な坊や。大きな瞳がぎこちなく泳いで、でもでも…大好きな人の眼差しに吸い寄せられ、やがては動けなくなる。
「あの…。/////
「んん?」
 どうしてそんなに赤くなったんだい?と。判っていて、なのに、相手の口から言わせようとするような、そんな擽ったい意地悪を感じさせる疑問符へ、尚のこと"あやや…/////"とルフィが頬を赤らめたその時だ。


   ――― っっっ!!!


「あっ!」
 立っている地面をびりびりと震わせてしまうほどの不意な大音響が轟いて、
「っ! 地震か?」
 咄嗟のこととて、間近にいたルフィの体を引き寄せて庇うようにし、周囲を見回すゾロの肩の向こう。鉄筋3階建の学舎の屋上に、妙に体格が良い誰かが立っているのが見えた。無造作に腕を振り上げ、何かを地上へと投げつけるような仕草を見せたその途端、その方向から高々と土の柱が跳ね上がるように立ち昇り、またしても凄まじい轟音が響き渡ったから…。
"あれはっ!?"
 ルフィが眉を寄せ、だが、傍らへと引き寄せてくれたゾロに視線を向けて少々戸惑う。何かしらの爆発物を投擲しているその人物。間違いなく、例の…バロックワークスの超奇獣だが、それに立ち向かうためとはいえ、この彼の前でコマンドスーツに変身する訳にはいかない。
"どうしよう…。"
 何が起こっているのだろうかと、真剣な表情で周囲を見回すゾロの横顔を見やっていたルフィは、
「あ、あの、教授さんたちは? 無事なんでしょうか。」
 ふと、そんな声をかけてみる。
「そうだな。地震でないならむしろ校舎の中にいた方が無事かも知れんが…。」
 彼としてはルフィの身も無論のこと心配であるらしく、
「一緒においで。」
 手を取って一緒にこの場から離れようとするのも当然の話。こんな事態の最中、いくら部外者でも…自分よりも頼りなげな少年を捨て置いては行けない。そんな簡単なこと、ルフィにだって判っていたが、
"…でも。"
 あの怪人は自分でなければ対処出来ない。いや、こちらからも相手に用向きがあるから、どうしても捕まえなくてはならなくて。
「…っ。」
 掴まれた手を振り払い、
「………ルフィ?」
 驚いたようなお顔になったゾロさんへ、
「ごめんなさいっ!」
 悲痛な表情になって、それでも後ずさるようにして彼から離れる。
「俺は…俺は大丈夫だからっ。ゾロさんは教授の先生たちと逃げて下さいっ!」
 くるりと背を向けて走り出しながら、まだ背中から降ろし切ってなかったパントリーと水筒を放り投げた。
「ルフィっ!」
 当然のこととして追って来ようとしたゾロだったが、そんな二人の間で丁度、大きな炸裂音と共に爆発が起こって、
「…っ。」
 地面から吹き飛ばされた土が衝立
ついたてのように進路を遮った。それを見た訳ではないながら、ルフィは全速力で駆け出しながらベルトに触れて、コマンドスーツを起動させている。

  "…いっそ、変身するとこを見せた方が良かったかな。"

 同じ嫌われるのなら、そうまでしてから。良く判らない奴というレッテルを徹底的に貼られた上での方が、いっそすっきりしたかもと、少しだけ"つきん"と痛んだ胸の底でそんな風に思ったルフィだったりしたのであった。






            ◇



 大学からは少しばかり距離がある商店街でも、
「何だ?」
 街路に向いた窓ガラスをびりびりと震わせて。大音響が鳴り響き、店の前、大通りの舗道を行く人々が一斉に同じ方向へと顔を向けたのが、窓越しに見えた。
「何すかね、あれ。」
 外の様子に気がついたバイトの学生が、カウンターの中にいたサンジへ声をかけたが、
「………。」
 その方向こそはさっきルフィを送り出した大学のある方だと気づいて、表情が強ばる。
「マスター?」
「ここは任せたっ。」
 腰に巻いてたカフェエプロンの、きゅっと結ばれた腰紐にもどかしげに手をやりつつ、奥まった居間へと駆け込むと、こちらではチョッパーが窓に張り付いていて、
「あああ、あれっ、あれっっ!」
 音がした方を蹄の先でしきりと指差す彼だ。こちらの窓からだと、そちらの方の上空に何やら煙が立ち上っているのまでがよく見える。
「ああ。例の奴らが出たのかも知れん。しかも選りにも選ってルフィが向かった方なんだ。」
 自分も向かうのだろう、カフェエプロンを剥ぐように脱ぎ捨てるサンジに、チョッパーは飛びつくようにしがみつく。
「俺もっ! 俺も行くっ!」
「…え?」
 自分から"外を出歩くとまずい"と言っていた彼だのに。そうと思って見下ろせば、
「こんなばたばたしてる時なら、ちょっと変な縫いぐるみになんて誰も目を向けないからさ、それどころじゃなくて怪しまれることもないと思う。」
 それと。自分がどうこうと取り沙汰されるよりも、今はルフィの傍らへ行ってやりたいと、そう思った彼なのだろう。
「………。」
 しばし、どうしたもんかと戸惑ったらしいサンジだったが、
「…判った。」
 この危急の最中に、下手に迷っている場合ではないのも事実。小さなトナカイくんをひょいと抱き上げて、
「ただし、俺が担いで行くからな。お前さん、小さすぎてあんまり速くは走れまい。」
「あやや…。」



            ◇



 敷地内に幾つか点在していた内の、研究用の棟だろうか、比較的小さめの校舎の一角が爆破によって無残にも砕かれてしまっている。さっきまでそこに変身したばかりなルフィが立っていた場所であり、こんな乱暴な直接攻撃を受けたのは初めてかもしれない。こちらへと吹き飛ばされた瓦礫や爆発物の気配を素早く避けながら、それらを煙幕に校庭へ飛び降りた相手を見逃さず、
「大人しくしろっ!」
 短剣の形にして逆手に握ったその切っ先を、相手へと構えたウ"ォイドソード。ルフィが向かい合っているのは、足元近くまでという裾の長いコートを着た、闇色のサングラスの男だ。先の騒動の時の怪人もそうだったが、彼らは一見したところは普通の人間と変わりがない。ただ、何がしかの特殊能力を与えられており、衣装のどこかや肌に直接"BW"というマークがある。
"…こんなに沢山の不法渡航者がいるのか?"
 これまで様々な怪人たちと手合わせして来たが、同じ相手だった試しはない。だが、そんな相手の誰一人も捕らえたことがないので、相手の世帯規模などという輪郭を考察するための資料は何もなく、そんな現状が何とも歯痒い。
"俺がもっと強くてしっかりしていたら。"
 連中の跳梁をこんな大きな騒ぎにまで発展させることもなく、また、父のシャンクスだってもっと早くに助け出せてることだろうに。
「…っ。」
 口惜しいやら歯痒いやらという憤懣で目が眩みそうだったが、大きく息をついて何とか落ち着こうとする。この世界の警察や機動隊の人たちが来たところで、彼らには太刀打ち出来ない相手。何しろ、
「…っ!」
 どう見ても何も持ってはおらず、尖らせた口から鋭く吹き出した息や、汚い話で恐縮だが、鼻穴からほじくった何かしらを弾き飛ばしてくる相手。しかもそれらが何と、
「うわっ!」
 ルフィが立っていた傍らの、広々と大きな花壇を深く抉って吹き飛ばしたほどの、凄まじい破壊力を帯びた爆発物なのである。素早い跳躍でそれを避け、避けたそのまま相手へ飛び掛かる。
「たあっ!」
 ソードの切っ先を鋭く薙いで、自分よりも体格のいい相手の胴の辺りへ確かにヒットしたと思ったのだが、
「へっ!」
 鼻先で笑うようにして、相手は幻のように姿を消した。いや、そう見えるほどに凄まじく素早いのだ。せめて触れることさえ出来れば。電磁波攻撃で怯ませるなり痺れさせるなりして、その動きを封じることが出来るのに。
「甘いな。そんなもんで俺を捕まえようとはよ。」
 消えた筈の男の声がすぐ背後から聞こえて、それとほぼ同時、爆発音が辺りに轟く。

  「…っ!」

 爆
ぜて砕けたコンクリート片が頭上からばらばらと降って来て、ヘルメットへもガツンと当たった。衝撃自体はヘルメットが緩和してくれたが、
「…あ。」
 ぶつかり方が悪かったのか、それとも緩衝機能の限界を越えたのか。唐突に分子変換が始まって、あっと言う間に霧状になり、ヘルメットの形を解かれてベルトのコンソールカプセルへと吸い込まれてしまったのだ。
「…っ。」
 いつまでも敵に背中を向けているほどお暢気ではなく、サッと振り返ったルフィの顔を見て、
「何だ、随分とガキなんじゃねぇかよ。」
 相手がニヤリと笑って見せる。
「送り出される奴らが次から次から手古摺ってるって聞いたから、どんな猛者かと思ってたんだが。」
 男は呆れたように"クッ"と小さく笑うと、
「悪りぃな。坊主に恨みがある訳じゃねぇが、邪魔されるのが困るんだ。俺もとっとと元の体に戻してもらいてぇしな。」
 そんなことを言ったから、

  ――― …え?

 それってどういう意味だろうか。引っ掛かるフレーズがあったような気がして、一瞬、気が逸れたその隙へ突き立つように、

  「あばよ。」

 男の放った冷たい声が…ぷつんと抜かれた1本の髪の毛と共に、少年へ向けて投げられたのであった。




            ◇



 辿り着いた大学の構内からは、春休み中だとはいえ研究室などに来ていたのだろう学生や教授、講師の方々などが、白衣やスーツの裾を翻しながら大慌てで飛び出している。その奔流はただただ外へ外へと向かっていて、その波に肩や体を押し戻されつつ揉みくちゃにされ、
「こりゃあ…。」
 奥向きへと入るのは難しいかもと、サンジは眉をひそめて見せた。…と、
「俺、見て来るからっ!」
「…あ、こらっ!」
 肩に下げて来たスポーツバッグ。そのファスナーを勝手に開けて、中から飛び出したチョッパーが、あっと言う間に人々の足元へと潜り込んでその姿を消した。さすがは"時空警察"の、一応は派遣担当官。頭脳派というだけではなく、ちゃんと運動能力の方でも俊敏さやら何やらを兼ね備えていたのだろう。

  "ルフィ、無事でいろよっ!"

 行方不明から一年もかけて、やっと見つけた大事な友達。ちょっと危なっかしい少年だが、それでも大好きな…お日様みたいな元気な友達。どんなフォローでもするからって、一緒に頑張ろうなって、昨日約束したばかりだ。駆け出す先から大きな津波みたいに次々出てくる人たちを、掻いくぐり避けまくりながら、

  「ルフィっ!」

 小さなトナカイさんは懸命に駆けて駆けて駆け抜け続けたのであった。





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