Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
BMP7314.gif 虹色の約束は守られたか? A BMP7314.gif 〜ナミさんBD記念企画
 



          



 その公園は広々とした遊歩道が並木の間を巡る、清々しいまでの緑の満ちた空間であり、観光客のみならず、地元の方々の集う散歩道にもなっているらしい。柔らかな若葉を透かす初夏の陽射しが、まるで光のモザイクか万華鏡の模様のようにきらきらと煌めいていて。一番の奥向きに至れば、頭上から緑の天蓋が開けて青い空が広がり、丁度バルコニーのようになった見晴らし台が。眼下には港や渚が一望に臨める、それはそれは心地いい眺めが広がっており、
「うわあぁ〜〜〜、素敵ィvv
 海が嫌いな訳ではないが、癒しのフィトンチッドたっぷりの空気を胸一杯に吸い込んで、眸に優しい瑞々(みずみず)しいまでの緑を思う存分 眺めやれる此処は、ナミには久々のオアシスのような感慨を齎(もたら)した。
"ホンっト、癒されるなぁ〜。"
 意味なく繰り広げられるドタバタした大騒ぎに向かって、こめかみに血管を浮かせもって"静かにしなさいっ!"と怒鳴ることもなく。冬の痛いほどの凍りつくような風は勿論のこと、夏の照りつけるような陽射しと潮の湿気に茹でられる不快感もなく、思い切り吸い込める爽快な空気の、何とも心地のいいことか。向かう先には可愛らしい噴水を取り囲む広場があるのを見やって、さほどには込み合ってもいない園内を、のんびり とぽとぽと歩いていたナミだったのだが、

  "………あら?"

 園内をふんわりと包み込んでいる緑の木立ちが、ふっと途切れるその縁あたり。広場を取り囲むようになだらかなスロープと幅広な階段になっているその取っ掛かりに、ひっそりと佇む人物があって、訳もなく注意を取られた。初夏向けに明るい色合いの 品のいい装いをし、白髪をきちんとまとめた小柄で少しほどお年を召した老婦人ではあるが、背条のしゃんとした立ち居振る舞いには気品のようなものが漂い。見るからに…という押しつけるようなものではないながら、それでも育ちのいい、高い教養をお持ちな方らしいと思わせる雰囲気をまとった女性であって。特に華美だったり厳然となさっていたりするということもなく、存在感の強調もない。なのにナミがついつい気を留めたのは。その目許にうっすらと光るものが見えたから。穏やかそうな方でありながらも、闊達軒高、お元気そうに見えるのに。

  "何故…?"

 怪訝そうに眉を寄せたナミが、それと同時にハッとしたのは、胡亂
うろんな気配を感じたから。これでも伊達に少数精鋭が自慢の海賊船に乗ってはいない。元は一匹狼の泥棒だったこともあり、物の気配には敏感な方で。その感覚器が拾い上げたのが、
「…奥様、危ないっ。」
 さして大きく張り上げた訳ではなかったが、駆け寄りながら対象にだけ突き通るように掛けた声だったから、
「はい?」
 その老婦人の耳にもそれは素早く届いたらしく。反射の良い方だったことが幸いし、体をこちらに向けて下さったため、

  ――― タンッ!

 短くも重い音で傍らの樹の幹へと突き立った小柄の切っ先からは、からくも身を躱すことが出来た。そして…お召し物の二の腕あたりの袖を掠めた忌まわしい疾風に、彼女もまた気づいたらしく、眸を見張るとかすかに息を飲むようなお顔になる。だが、駆け寄って来た見ず知らずの少女へは、ふんわりと柔らかく微笑って見せて。
「あのっ。」
「…大丈夫。ありがとうございますね?」
 お陰で難を逃れられましたと。何が起こったのか、ナミが何に気づいたのかを全て察した上で、こんな風に笑って会釈をし、礼を言うこと自体、尋常なご婦人の対応ではなく。
"この人…。"
 どう見ても、穏やかそうな笑顔の馴染んだ、少しほど年老いたそれは慎ましやかな女性であるのに。
"こんな危険が身に迫るような立場だという自覚がある人だってこと?"
 だとして。今は無事ではあったが、このまま"それじゃあ"と別れても良いものか。第一、傍らの樹に突き立っているナイフを投げた"誰か"が、今の今、まだ付近に居残っているかもしれない。それらの現状を素早く解析しはしたものの、
"どうしよう。"
 ナミにしてみても、ルフィ同様に"正義漢"とやらいう人性ではない。むしろ、子供のように悪事へすぐさま腹を立てる船長さんよりも冷静だし、これも計算高いというのか、やたら感情的になってもしようがないという、大人ぶった"割り切り"もある方だと自負してもいる。あたるを幸いに、何にでも首を突っ込んでいてはキリがない。それでなくたってここは"グランドライン"という物騒な場所であり、何が起こったって不思議ではなく、加えて言えば自分たちはお尋ね者。不用意にかかわったら相手にだって迷惑がかかりかねない…と、人や状況によって様々に綾なす背景や理屈があるのは判っているのだけれど。たった今 眼前で見たものなだけに、何の構えも楯もないこのご婦人をこのまま捨て置けないと迷っている辺りは、まだまだ若くて"善悪の判断"についこだわる感覚が麻痺し切っていない証しというところか。そんなこんなで、どうしたものかと戸惑いを隠せないでいるナミに、

  「どうかお気になさらないで。」

 あろうことか、そのご婦人の方からそんな言葉が掛けられた。
「私の身に何かあったとしても、このような開けた場所へ、たった一人でふらふらとやって来た、言わば自業自得です。」
 だから、気になさらずと続けかかった彼女だったが、
「だったら尚のこと。」
 ナミはきりりとその眦(まなじり)を吊り上げて見せる。
「そうと判ってらして、なのに…あなたを守る係の方に心配させ、あまつさえ失意を味あわせようだなんて、以っての外ですわ、奥様。」
「………っ。」
 思わぬ形で的を突かれたと、そんなお顔をなさったということは…身分のある方だと踏んだのはどうやら当たりであったらしい。あのような危険が降りかかっても来て、しかも驚きもしないで泰然としてらっしゃるなんて、よほどの立場にある人に違いなく。だとすれば、その身の回りにはそれなりに、お世話をする者、護衛をする者が存在する筈。だというのに…前後の事情まではさすがに判らないが、自分の意志にて此処へと運んだ彼女であるらしく、
「せめてお送りさせて下さい。」
「はあ…。」
 ナミのきっぱりとした口調に、半ば飲まれるように応じたご婦人は、だが、

  「けれど。そうなるとあなたを巻き込んでしまうやも。」
  「う…。」

 刺客だか脅迫者だかは定かではないが、凶刃を放った何者かはまだ諦めてはいないのかも。となると、ナミがご婦人を案じた奇襲は再び襲い来るのかも知れず、それを非力な自分が一体どうやって防いだら良いのか。
"クリマタクトは一応仕込んで来てるけど。"
 マイクロミニのその下、腿に添わせて、ウソップに作ってもらった自分用の武器である特殊三節棍は装備しているが、面と向かっての叩き合いのような対峙ならともかく"飛び道具"相手となるとあまり功を奏しはしなかろう。何より、ナミは"戦闘専任者"ではない。先に見せたように勘は多少鋭い方であるが、せいぜいそこまで。本格的な"刺客"が繰り出す攻撃に、そうそう的確に太刀打ち出来る訳がない。
"う〜〜〜。"
 困ったなぁと眉を下げかかったその時だ。この先の見晴らし台の方から、見慣れた人物たちがてこてこ歩いて来たのが目に入る。
「あれぇ? ナミじゃねぇか。何してんだ? こんなとこで。」
 ログが溜まるのに二日かかるから、それまでは好きに過ごせと言ったとはいえ、一応の"補給"は必要で。食材はサンジが、船体修理用の資材はウソップが、薬の類はチョッパーが補充している筈で、雑貨はナミ自身が担当するつもりでいたその"お勤め"からすっかり免除されていた組の二人連れが、たまたま来合わせたものだから、

  「ゾロ、この人、おぶって差し上げて。」
  「………はあ?」

 すかさず、しかも厳然と。反駁の余地は与えないというきりりとした眼差しでもって。今や石作りの建物や練鉄の鋼さえ、和刀の一閃で叩き斬ることが出来る剣豪さんを掴まえて、否も応もないぞという命令を下した航海士嬢であったのだった。





            ◇



 どうして。たまたまの出会い、すれ違っただけのようなものな相手だったそのご婦人にこうまでの関心が沸いたナミだったのか。

  "だって…。"

 あんなにも気持ちのいいお天気の昼下がり、爽やかで気持ちのいい公園で、たった一人佇んで…秘やかに涙していらっしゃったのが気になったからだった。そして、自分のことなぞ放っておいてなどと言い出した彼女には、不遜ながら…少々カチンと来た。死にたい訳じゃあないのに命を奪われる悲劇が現今の世界にどれほどあることか。戦争や災害から、事故や疾病、犯罪までと、そりゃあ様々な事態や経緯から。まだ生きていたい、死にたくなんかないと思う人が、死んでほしくなんかないと望まれ愛されている人が、されど生命を奪われてしまう理不尽な実情がどれほどあるか。大好きだった育ての母を、やはり理不尽な経緯から…魚人海賊のアーロンに無慈悲にも殺されたナミにしてみれば、そんな言動への感覚も鋭敏で。簡単に"死んでもいい"だの"生きてたってどうのこうの"だのと言い出す輩、ナミにとっては"甘えたことを言ってんじゃない"と恫喝してやりたくなる腹立たしき贅沢者に過ぎない。
"…まあ、こちらの奥方は何かしら事情がお在りのようだけれど。"
 分別のある方だ。そんな人がふっと投げやりになったようなあんな言いようをしたとは、よほどに重い心痛がお在りなのだろうなと感じた。
「すみませんね。」
 別段どこかを痛めた訳でもないのに背負っていただいてと恐縮するご婦人へ、
「別に構わねぇよ。」
 相変わらず、相手を選ばぬ伝法な口利きをするゾロと、
「そだぞ、ばあちゃん。こいつ、物凄げぇ力持ちだからサ、ばあちゃんくらいなら百人だっておぶえるんだぜ。」
 ルフィがニコニコと笑って口添えをする。自分以上に殺意の気配には敏感だろうゾロに任せ切らず、無防備な背中を守るべく殿(しんがり)についていたナミは、特にどうという説明をした訳ではなかったのだが。どこか真摯なお顔で頼んで来た彼女に何か嗅ぎ取ったのか、こんならしくもないこと…無闇矢鱈と関わり合いを持つことを選んだ彼女だという点へも詮索は入れないまま、従ってやった二人であり。

  "…ばあちゃんは辞めてほしいわね。"

 品のいいご婦人を掴まえて言っていい人称じゃあなかろうと思いはしたが、屈託のない笑顔で口にするルフィには、夫人の方でもくすくすと微笑うばかりで何とも楽しげ。久しぶりに逢った孫の無邪気さへ、愛しい愛しいという視線を向けているようにさえ見えて、それでまあ、口を挟むほどのことでもないかと放っておいているのだが。
「………。」
 ゾロはゾロで、ルフィの言う通り、こんなに小柄な人物の一人や二人や十人ほどくらい、軽々背負える力持ちには違いないし、見ず知らずの相手に無防備な背中を向けるというこんな態勢になっても特に動じないのも、瑣末なこと過ぎて気づきもしないのではなく、たとえこのご婦人が…実は腕の立つ刺客であれ、きっちり対処出来るだろう自負があるからに他ならない。………いや、でも、こんないかにもなシチュエーションでそこまで警戒してはいなかろうけれどもね。
"でしょうよね。"
 とにかくお馬鹿な連中で、常識人の自負も高いナミには予想だに出来ない事態ばかりを招いてくれる奴らだから。何をするにつけても…お馬鹿な展望につながってたりするから、その思いの果てへの"信用"はしちゃあいないが、腕前と心意気への"信頼"はおいている。ずっとずっと仲間なんか要らなかった自分が、日頃は斟酌のない悪態をつきつつも…いざという時は命を預けていいと思うほど、すっかり頼り
アテにしちゃってる男衆たち。

  「ああ、此処ですよ。」

 おぶわれながら帰り道を教えて下さってた夫人が、すいと伸ばした腕の先。なだらかな坂道を登り詰めた先にあったのは、

  "………え?"

 豊かな緑の木立ちや茂みに広大な庭を飾られた、どこの迎賓館かと思えるほど、それはそれは豪奢なお屋敷。周囲には他に家屋らしきものもなく、
"これほどのものとはねぇ。"
 優美な曲線はアールデコとかいう様式を模したものなのか。鉄の柵にぐるりと守られた庭園の一隅、立派で美しい門扉に近寄れば、
「…っ! カララ様っ!」
 丁度その内側を険しい表情で駆けていた男が、ありありと驚いた顔を見せつつ、さして長くはない脚に急ブレーキをかけて立ち止まる。
「一体何処へお出掛けだったのですか。皆でお探し申し上げておりました。」
 さすがに心配したのだろうなと、それはナミにも通じて、がちゃがちゃと門を開けるむくつけき男の様子に、ちろんとゾロへと視線を投げる。彼女にはめずらしい"ご親切"は此処まで。無事に帰り着けたのならもう良いというお顔をしたナミだと気がついて、長身を屈め、背中のご婦人を降ろしてやる。こんな屋敷に住まう方が、自分たちのような胡亂な輩たちと関わり合ってはいけない。基本中の基本であり、現に、警護担当なのだろう門の中にいる男もまた、彼女と同行して来た自分たちを胡散臭いと言わんばかりの顔をして睨んでいる。あまり手際はよくないらしい男が、もたくさしつつも がちゃりと扉を開いたので、
「それじゃあ…。」
 私たちは此処でと踵を返しかかったところが、

  「あらあら、それじゃあいけないわ。」

 やんわりとしたお声が掛かる。はい?と。何が"いけない"のかと同時に振り返ったナミとゾロの視線の先、
「お礼をさせて下さいな。ね?」
 にこりんと笑っている奥様が、ルフィの剥き出しの腕を…まるで縫いぐるみでも抱くように、その懐ろへと両腕で抱え込むようにしており、
「丁度そろそろお茶の時間だわ。ウチのパティシェの作るケーキは結構美味しいの。」
 ね?と。愛らしく小首を傾げて見せる屈託のなさに、
「おうっ、そんな美味いのか?」
 まずはルフィが易々と陥(お)とされ、
「ゾロ、ナミ、御馳走になってこうっ!」
 これでも彼にしてはお行儀の良い言い方にて、お連れを誘うに至って。しようがないなとゾロが体の向きを変える。

  "ああう、誤算だったわね。"

 軽い頭痛がして来たナミだったのは、図に乗って厚かましいことをまあという羞恥心からではなく、

  "…何か事情
ワケあり風なのがね、引っ掛かってるんだもん。"

 いつもなら男衆たちが招き寄せる、余計な奇禍や騒動。そんな種の何かしらの匂いがして、ついつい綺麗なお顔が引きつったナミさんだったのである。そりゃあまあ、ねぇ。こうしてお話として皆様へご紹介するエピソードなんだし………。(ふふふのふvv




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  *発端の地固めが長いのは相変わらずで、
   まだ本題に入りません。(うう。)
   頑張りますのでもちょっとお付き合いを。