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こんな開けた場所では何だからと。先に来ていた連中が取っておいた男性陣の大部屋へ、話の場を移すことにして。そろそろ宵の気配が港町に満ち始め、街路のそこここに華やかなネオンが灯り始める頃合い近く、
「…という訳で。」
ひょんなことから知り合いになった老婦人のこと、お屋敷に招かれてお三時を御馳走になったことなどを話し、それから。
「ゴートさんとしても、あまり誰彼構わず話していいことではないって分別はあったらしいんだけど。」
彼がナミらへと消息を訊いた船の名前と、あの いけ好かない輩たちが口にした誰かの名前と。それからそれから。随分と逡巡して見せながら、だが彼としても情報を得たかったのか、気後れしながらもようやっと語ってくれたのが、
「訊いてみれば、まあ…有りそうな話ではあったのだけどもね。」
この島には、一風変わった"しきたり"があって、ちょっとした沖合への漁や間近い島へ日帰りで行って帰って来る程度ならともかくも、外海へと出る時には"死亡宣言書"というものを残していくのが習わしなのだとか。ちゃんと役所に届けられる正式な代物だそうで、ただでさえ危険な旅立ちなのに縁起でもないと思うところだが、これは後に残された者への一種の心遣い。そんな紙切れ、笑って破くためにも ちゃ〜んと帰って来るからねという意味合いの"約束"であり"誓約"であり、正式な書類ではあるが本当に使うために書き置くものではない。
……… で。
さて、カララ夫人には丁度自分たちと同世代ほどの年頃の孫がいた。ご主人が亡くなり、それから…息子さん夫婦も事故で亡くなり。唯一の身内として残された孫は男の子でリオスといって、まだ物心が付かないうちからカララ夫人が親代わりとなって手元で育てることとなったとかで。何とも大人物で懐ろ深いカララ夫人に見守られ、それは屈託のないままに健やかに育ってくれたのだけれど。これも血筋か、大きくなるにつけ、他の島との交易に関心が出て来たらしく、商船に乗ってみたいというのが物心ついてからずっとの彼の夢だったのだそうで。実を言えば、息子さん夫婦を海難事故で亡くした夫人にしてみれば、そんなことは到底許すことも出来ず。危険なことだからどうか諦めておくれと掻き口説いたが、どうしてもどうしても聞いてはくれない。とはいっても、心優しい良い子には違いなく、お願いだから一度だけ、一番近い他所の島への渡航を許して下さいと、それを最初で最後の航海とするからと。堅い約束を交わして旅立って行かれたのが…なんと半年前のこと。
「…半年前?」
サンジが、ウソップが、眉を寄せる。自分たちの船のように優秀な航海士や頼もしいクルーたちが揃ってなくたって、蒸気で推進する最新型の外輪船じゃなくたって。帆のある船でなら1カ月も要らないほどの短い旅で余裕で往復出来る筈という、グランドラインには珍しくも穏やかな海なのに? そんな感慨が沸いたからであり、
「訝おかしい話でしょ?」
それをこちらでも汲み取って肩をすくめたナミへ、
「難破したとか事故が起こったとか?」
チョッパーが重ねて訊いたが、
「短い航路で、しかも定期船が毎日巡航してたのを忘れた? あっと言う間に沈んだとしても、乗務員たちは何とか…ボートに乗るなり浮輪にしがみつくなりして、通りかかる船が来るのを待てばいい筈よ。」
最悪、海の猛獣・海王類に平らげられたにしても、船の残骸が残るだろから、何かあったなっていう目撃談は拾える筈。だが、
「向こうの島こちらの島、それぞれを基地にしている定期船がそんな報告をしたって記録は一切残ってないらしいの。」
見て見ぬ振りをして良いことではない。むしろ、それなりの報告義務があることだ。なのに、半年前にこの島の港から出港した"トーラス号"とやらは、帰りの航路で忽然と姿を消した。船体の欠片も残さぬまま、何処かへ丸ごと飲まれてしまったらしい。
「積み荷も乗組員もですか?」
「ええ。」
そりゃあ妙な話だなと、サンジが目許を眇めた。
「それが海賊による急襲だったとしても、積み荷はともかく、乗組員全部は攫い過ぎでしょう。家族から身代金を取るにしたって、船主の関係者だとか、船長、航海士クラスだけで良い筈だ。」
手間をかけただけに見合う金額を取れるのはその辺りの人々がせいぜいだろうし、今のご時勢に…労働力に眼目をおいた人身売買がないとは言わないが、海に慣れた船乗りたちを対象にするのはリスクが大きすぎる。腕っ節やキャリアには成程 文句もないことだろうけど、それと同時にいくらでも脱走の手を打てるだろう頼もしい輩たちだからで、よほどの組織だった場所へ強制労働者として送り込むのででもなけりゃあ、管理監督が大変なばかり。いっそ正式に契約を結んで雇った方が、機嫌よく働いてもくれて効率もいいというもので。
「そこんところは、詳細が届かないから…今のところは推測以上を言うことは出来ない。ただね、その奥方のところへ何のかんのと通い詰めてる いけすかない奴らがいて。」
ナミはゴートさんの不愉快そうなお顔を思い出す。一応は主人の係累、それなりの礼儀を示さねばならない人なのに、それが苦痛で堪らないという顔だった。
「奥方の側の血縁の遠縁に当たる男で、ザッタとかいってね。」
傍らからルフィが両の手の人差し指を伸ばすと先同士をくっつけて、それを自分の眉の上へ乗せて見せた。
「こ〜んな面白れぇ眉毛してやがった。一本眉毛だ。」
「へぇ〜、そりゃあ笑えたろな。」
「…サンジ。お前が、言うか?」
「………っ。(怒)」
余計なことを言ったウソップが踵落としで仕留められたのは余談なので話を戻そう。(笑)
「今ではそいつが、唯一の血縁ってことになってるらしいの。そんな奴が2日と明けず押しかけて来る。最初のうちは親切ごかし、さぞやご心配でしょうねと一応は気を遣っていたものが、このところは…時々あからさまに、遺言状の後継者を書き換えてはいかがかとか言って来るんですってよ。」
暗に、その孫のリオスとやらはもう生きてはいなかろうからと言いたげで。でも、はっきり違うと言い切るには、確証がないままにあまりに時間が経ってもいる。生きているなら、どうして連絡を寄越さない。それが叶わぬ環境にいるというのなら、どうかすると死んだも同然、少なくともこの家は継げないだろうと、遠回しながらもそんなことまで言い出す始末。
「それにね。さっき話した"死亡宣誓書"とは別口の話。
虹の泉に"虹"が架からなくなったのも、奥様には手痛いお話なんですって。」
観光名所にまでなっている、見晴らし台の綺麗な噴水。水を噴き出す台座に据えられた彫刻の美しさもあってのことだが、本当の真価はそれではなくて。
「夕刻になれば潮風に撒かれたしぶきが舞い上がって、噴水の上、かなり高みに、それは綺麗な虹が架かる。それを見たら幸福になれるなんて話があるほどで、観光の目玉でさえあったのに…この3カ月ほどだか、急に虹が架からなくなったの。」
それを"不吉な何かを象徴しているのではないか、とか"天意に逆らっている者がいるからじゃないのか"なんて噂する人も少なくはないらしくてね。
『外海から来られた方にはそんな馬鹿々々しいことと思われるかも知れませんが。』
執事のゴートさんは、大きな体を窮屈そうに縮めて恐縮して見せつつも、
『ずっとずっと当たり前なことだっただけに、それが不意に異変を来たせば、尋常ならざる何かの前触れではないかと、色々と取り沙汰する者も出るものでして。』
それで奥様もこのところ特に随分と気落ちなさってらっしゃるのだとかで。
「ゴートさんだけじゃない。屋敷の皆さんで心配なさってらっしゃるのよね。」
なんて幸いの薄いお家だろうか。誰にも非はなかろうに、何という巡り合わせの冷酷さだろうか…と、ナミが我がことのように"はああ…"と溜息をついた傍らで、
「??? さっきはお孫さんが唯一の血縁って言ってなかったか?」
キョトンとしたのはチョッパーだったが、
「全部がそうとは限らないけれど、男の家系が家を継いでいく風習の土地ではね、男系の血縁をのみ"後継者"って計上するから、奥方の方の係累は本当に誰一人として身寄りがなくなってから初めて"後継者"候補として引っ張り出されるのよ。」
ロビンが補足してやると、ほや〜〜〜っと何やら驚嘆していた模様。人間ってややこしいとか何とか、そんな感慨でも抱いたのかな? 小さな船医さんが妙に感心しているその向こうでは、
「ザッタ?」
あれれと、サンジとウソップが顔を見合わせた。
「どうしたの?」
二人とも"何か覚えがあるぞ"という顔であり、示し合わせるように頷き合うと、
「そんな眉毛には気がつかなかったが。」
「港に近いカフェテラスでね、こそこそと物騒な話をしていた連中がいたんですよ。」
サンジがどこか考え込むような顔をする。そのお向かいで、
「何でまた、伯母様が無事なんだ、手を打つと言っていたじゃあないか。そんな直接に命が脅かされたなら、きっと伯母様はもう一人歩きはなさらない。最初で最後のチャンスを潰すとはって、何ともきな臭い話をしてやがってな。」
芝居がかってウソップが言って、
「サングラスをかけていましたからね。そんな特長がある眉毛も隠れてたんですよね。」
「お前のはその手じゃあ隠せないな。…はぐっ☆」
余計なことをまた言って、膝蹴りを食ってしまったウソップはともかくとして。
「それって…あの小柄での闇討ちのことだわ、きっと。」
なんてこと、あいつらの差し金だったのねと、ナミがうむむと眉間にしわを寄せる。業を煮やして、とうとうそんな直接的な手を打っただなんて。よくもまあ、そんなことをしておきながら、あのお屋敷に足を運べたもんだわねと。黒幕の正体がどんどんと剥がれてくに従って、お怒りの方もそのボルテージを上げているらしき彼女だったけれど、
「それならサ、虹の泉のお話は俺も聞いたけどサ。」
なあ、と。チョッパーが少々心配そうなお顔になって、傍らの背の高いお姉様に視線を向ければ、
「あの泉、確かに3カ月前から虹が出なくなったという話だそうだけれど、それってそんな神憑りな理由じゃないみたいなのよ。」
まだまだ余裕の表情なれど、真面目なお話だからという"真顔"になっているロビンであり、
「さっき航海士さんが言ったその通り。夕方に風向きが変わって、高々と舞い上がるしぶきに夕陽が当たり、それで噴水よりも少しばかり高いところへ虹が浮かぶ…というのが、その"奇跡"だったらしいんだけれど…。」
実はね………と。身を低めて、鹿爪らしきお顔をした彼女が何ごとか話し始めかかったそのタイミング、
「…なあなあ、それよか、飯食いに行こうよう。」
俺はもう、物凄げぇ腹が減ったぞと、皆さんの話の腰を堂々と折って下さった、天真爛漫にして天衣無縫な船長さん。
「あんたはねぇ〜〜〜〜〜。」
ぷるぷると震える航海士さんの拳骨はさすがに怖かったらしく、素早くササッと剣豪さんの背後へ飛び込んで退避したものの、
「だってよぉ〜〜〜。」
うるうる、涙目で見つめられると…実は ちと弱い、航海士のお姉様。はああと溜息をつきつつも、しようがないかと肩から力を抜き、
「判ったわよ。まずはお食事に出掛けましょ。
い〜い? ルフィ、勝手な行動は厳禁なんだからね? 判ってる?
チョッパーも、香草の好き嫌いは なしなんだからね。聞いてる?」
ははは、こんなやんちゃなクルーばっかだと、お母さんは大変みたいです。(笑)
◇
「だから甘いと言ったんだ、タラスさんよ。」
「だがねぇ。私はともかくザッタ坊っちゃんは素人さんだ。
人を殺してまでという悪事に慣れてなんかいないからね。」
「あんたが親心かい?」
「馬鹿言っちゃいけない。
いきなりそんな大事に加担しては、
小心者な坊っちゃんだ、重圧を感じてボロを出すに違いないと、
わたしゃ、そこを心配してるのさ。」
「だったらさ、何も馬鹿正直に全部を明かすこたあない。」
「どういう意味だい?」
「そこまでのことなんだってのは、後々に少しずつ、聞かせてやるんだよ。」
「ふんふん。」
「そうすれば、だ。も少し先、今よりかは大人になった坊ちゃんは、
怯えながらも…同じ犯罪者同士、私らとの縁は切れないものと再確認するだろうし。」
「だが、それじゃあ今の今はどう運ぼうってんだね。」
「だから。芝居をネ、打つんですよ、坊ちゃんに対しても。
奥様に対する最後の策として、リオス坊っちゃんが死んだことにするが、
大丈夫、ホントに手をかける訳じゃあないってね。
もっと遠い土地へ幽閉するだけで、
ほとぼりが冷めた頃にも無事に返してやりゃあ良いだろうなんて言い含めといて、
自分の屋敷で待っててもらやいい。」
「う〜ん。」
「奥方との対峙の場にさえ呼ばなきゃあ、
そんな段取りだって事にも気づきゃあしないだろうし。
その後も二人を逢わせなきゃいい。」
そんな悲しいことの後なら、奥方だって頼まれたって逢いたかないって言い出すだろうからね。こっちがわざわざ段取りを構えなくとも大丈夫。そうさな、それがいいのかな。
――― なんとも物騒な話をまとめている男二人。
一体どんな仕儀を構えようというのだろうか。
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*ちょこっと(笑)付け足しました。
というか、こんなにも長くなりそうだったので、分けたんですけれどもね。
さあ、一気にいきますよっ!(笑) |