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さてそれから。もうそろそろ閉めても良いかなってあたしが思ったのが、言われてた時間よりちょっぴり遅れたのは、妙な人に気がついたからだ。通りに人影はやっぱり増えなくて、空はどんどん暗くなっていって。そんな通りをさっきから、年はあたしよりまだ小さいくらいかな。男の子が一人、何度も何度も通って行くの。見かけない顔だし、旅の人? でも、こんな下町の方へ足を延ばす観光客は珍しい。だってここいらって。一応は商店街だけれど単なる町屋しかない通りだし、港からはそう遠くもないけど、宿屋とかレストランだとかからはちょっと入り組んでて遠い辺り。その通りをさっきから、何遍も何遍も、まるで中学校のマラソン大会みたいに何周もしている男の子がいたのよね。だけど、この雲行きでそれはなかろうし、第一、今日はマゼンダの祭日で学校も休みだ。気になり出してから数えててもう8周目。その前から走ってたろうから、かなり駆けてることになる。いくら何でも疲れて来ないかと、こっちが心配になって来て、
「ねぇ、そこの人。」
店先にまで出て、ついつい声を掛けてたの。わぁ〜、何か生温ったかいよ、空気がさ。風も出て来たみたいかな? そんな中、
「んあ? 俺か?」
ぱたたとやっと止まったのは、あたしより背こそ高いけど、やっぱり…まだ十分に子供の顔をした男の子だった。大きな黒い眸が印象的な、元気そうな子。
「そう、あんたよ。どうしてそんな、何遍も何遍もウチの前を走り抜けてんの?」
訊くと、ますます子供みたいに不服げに頬を膨らませて、
「? 変なこと言うなよな。俺はただ港へ戻ろうとして。」
何でだか偉そうに言うもんだから、可笑しいったらかわいいったらvv
「港なら…。」
方向からして反対だと、そう言いかけたその途端。
――― ぴしっ、ぱりぱりぱり、かららっら・ずどーん!
何とも言えない大きな音と、辺り一面を真っ白に叩いた凄まじい閃光の一喝。こ、これは間違いなく、
「きゃああぁぁっ、きゃあきゃあっ!」
やだ〜〜〜っ、雷だ〜〜っ! 怖いよぉっ! とうとう来たんだ、嵐がっ!
「お、おいっ!」
あたし、間近い雷は大嫌いなのよう。という訳で、本当にホントの無意識に。向かい合ってたその男の子に、こっちから“ぎゅうぅっ”としがみついていた。だってホントに怖かったんだもん。こう、腰の辺りから背中一面に炭酸水をぶちまけられたみたいに“ざわざわっ”と来て、居ても立ってもいられないって感じ。当然、向こうさんは驚いてたみたい。何の反応もないのは固まってたからかも。でもでも、
――― ぴしゃ…っ、ぱりぱりぱりぱりぱり、かっかららっ・どーん!
「いやぁ〜〜〜っ!」
怖いったら怖いよぉっ! 何とかしてよう!
「いや、何とかって。」
あやや、声に出てた? ぎゅうってしがみつくあたしに戸惑うように、ほりほりと黒い髪を掻き上げて頭を掻いてたその子だったんだけれど、なんか…この子、いい匂いするなぁ。甘ぁい上等の蜂蜜みたいな。それに何だか柔らかいの、くっつき心地が。おいおい
「弱ったなぁ。俺、雷の止め方なんて知らねぇぞ。」
あらら、本気で“困って”るみたい。弱ったなぁって眉を下げてるお顔が何とも言えず、可愛らしい。………と、そんな場へ、
「くぅおらっっ! ルフィっっ!」
はい? かなり遠い彼方から物凄い加速度でもって近づいて来た声と駆け足の音がしたかと思ったら、
「うわっ!」
しがみついてた赤いシャツが、目の前から…ほんの一瞬でどこかへ行ってしまったの。な、何が起こったのかなぁ?
「貴様、レディに何をしたっ!」
間近から上がったこんな声にはっと我に返ると。しがみついてたそのままに、胸元辺りで“小さい万歳”しかけてた腕が別な感触に触れている。さっきまでの木綿じゃあなくて、ざらっとした生地の感触。気がつけばくるりと背中にまで腕を回されてて、誰か…スーツを着た人の懐ろに手際よく掻い込まれてるじゃああーりませんか。
「え? え?」
な、何が起こったの?
「痛てぇな、サンジ。」
「嘘をつけ。そんくらいじゃあ、痛くはなかった筈だぞ。」
“そんくらい…?”
人の頭の上で会話してる、誰かさんと誰かさん。そろ〜っと目線だけ動かしてもう一個の声がする方を見やれば。5メートルほど後方だろうか。街路沿いに並べられた石作りのプランターに頭から突っ込んでいたのはさっきの男の子で、見事にでんぐり返って肩で体を支えてる。逆立ちに失敗して脚を上へ投げ出したままっていう感じだろうか。当然、自分から進んでそんなややこしい格好になった訳ではないらしくって、
「大体、俺が何したってんだよ。確かめもしないでいきなり蹴るなよな。」
蹴るって…。蹴られてそこまで飛んでったの? 人が? そ、そんな。
「うっせぇな。さっき、このお嬢さんが物凄い悲鳴を上げてたのを俺は聞いたぞ。お前が何か悪さでもしたんだろうが。」
そんな言いように、こちらの声の主をやっと意識したその途端。良い匂いがする人だなぁと、またまたそんな風に思ったあたしだった。ほら、だって。これでも“お料理関係”な人の端くれだから、あたし。(笑) この人の匂いは、そうねぇ。ハーブとか高級な香辛料とか。ウチでも滅多に使わない、手の込んだお祝いのお料理なんかに持ち出す素材の匂い。スーツの生地にだけじゃなく、ちょうど頬が当たりそうになってる胸元辺りのシャツや細いネクタイからも香るし、顎にまでかかりそうな金色の前髪からも。この人自身に強く深く染みついてるんだ、この香り。そろぉっと見上げたこちらの気配が届いたのだろう。
「大丈夫でしたか? お嬢さん。」
男の子からこちらへと移された視線は。吸い込まれそうなアイスブルーの、まるで宝石みたいな水色と青の瞳から放たれていてね♪ 少し切れ長の涼しげな目許に、すっと通った鼻梁、真っ白な頬。形よく、少ぉししっとりしてそうな唇は仄かな緋色で、なんか、ほらっ、映画だとかに出て来る俳優さんみたいにいい男っ! それが、それはそれは優しげに微笑いかけてくれるもんだから…vv
“………でも、ちょっとタイプじゃないかも。”(こらこら)
はっ。それどころじゃないんだった。
「あ、あの。違うんです。」
やっとこ我に返ったあたしは、あたふたと体を離すとその人へ説明をすることにした。だって、あの子は…少なくともこの人が誤解しているようなことは、何にもしてないんだもの。
「何がです?」
どうかすると逃げるような慌てようで、後ずさって身を離したせいだろう。こちらの二枚目さんはちょっと残念そうに目を見張り、怪訝そうに小首を傾げる。何ともやさしそうな所作で、またまたうっとり仕掛かったあたしだったけど、でも…一番最初のあの迫力のあった恫喝も、この同じ人が放ったものなんだよね。う〜ん。凄い二面性なんでないかい? いや、そうじゃなくってだな。
「いえ、あの。あの人は何もしてはいないんです。ただ、雷が…。」
いくら何でもいつまでも引っ繰り返っていられなかったからだろう。身を起こしてぱたぱたと、服やら麦ワラ帽子やらから土埃を払いながらこちらへと戻って来た男の子を視線で示して、何とか説明しようと仕掛かったその矢先、
――― ぱしゃ…っ、ぱりぱりぱり、かっかららっ・どどーん!
「きゃああああぁぁぁっっ!」
もうもうやだぁ! 何連発なのよ、この雷。(いや、花火じゃないんだから。/笑)辺りが真っ白に塗り潰されて、足元が竦むような怖さに躍り上がったあたしは、一瞬バタバタッとその場であたふたしてから、またもや手近にいた誰かにしがみついていた。だって、怖いんだもん。昔はそうでもなかったんだけれど、これが物凄い高圧の電気で、落ちて通電したら人は即死するっていうのが知識以上の現実として把握出来るようになると、警戒や注意を通り越してこんな怖いものになっちゃったのよう。
「……………。」
辺りの空気ごと震わせた“どどーん”っていう轟きが、その余韻まですっかり消えてホッとして。はっと我に返って目の前の“もの”を改めて見やる。…あれ? 赤い木綿のシャツでもないし、黒いスーツと青いシャツでもないぞ。白いTシャツに、腹巻き…だよね、これ。
「あ………。」
ありゃりゃ。またしても違う人にしがみついてしまったらしい。手当たり次第してどうすんだ、自分。(笑)
「あ、あの………。」
そろぉっと見上げると、うわっ、この人、ちょっと顔が怖い。彫りが深いって言うのかな。目許なんか吊り上がってるし、口許も…口角がくっきりしてて、神社に祠られてある怖い神様のお像みたい。きっと今時には珍しくも、男臭く整い過ぎてるから、なんだろうな。短くした髪形とか、がっちり鍛えてある…実際にこんな間近で見たの初めてだと思っちゃったほど堅くて広い胸元とかも、そんなお顔にはバランスよく映えてるし。それと、無表情だからってのもある。…まあね、いきなり見ず知らずの人間が飛びついて来たらば、誰だってびっくりするし、生真面目だったり神経質だったりする人なら不愉快にもなるわよね。
「ご、ごめんなさいっ!」
慌ててぺこへこ何度も頭を下げるあたしに、
「あー、いや。怒ってはないからそんな謝るな。」
…え? 何で判ったんだろ。そんなあからさまには怯えて見せてないけど。その人は、とても響きのいい、深みのあるお声でそう言うと、むしろ…頭を下げられたことへ困ったような顔になり、
「それよりどこか屋根の下へ入った方が良いんじゃねぇのか? しばらくはゴロゴロ言ってんぞ、これ。」
「あ、そうですよね。」
見上げた空から、ぽつりと最初の一滴。あ〜あ、とうとう降って来たよ。
「雨宿りに入ってきませんか?」
あたしはすぐそこの店を指さしてそう言った。
「この雨、かなりの降りになるらしいですよ。なんでしたら傘とかお貸ししますし。」
あとそれと。きゃあきゃあという大騒ぎに無理から付き合わせてしまったし。
「あ、ああ、そうだな。しばらく厄介になるか。」
場の空気を読んでか、金髪のお兄さんがそんな風に言い出した。恐らく、答えてくれるまであたしが恐縮するあまりに先には店へ戻らないと察したからだろう。雨は加速をつけて強くなりつつあったしね。そういう機転が素早く利く人みたいだ。あたしは勿論、にぃっこりと笑って、
「さあ、どうぞvv」
店の引き戸を少しばかり大きく開いて彼らを促す。
「あ、そうそう。あたしは“”っていうの。よろしくねvv」
にこりんと、何でだか嬉しくなって自己紹介までしちゃったところが、
「俺はルフィ。」
一番最初に声をかけた男の子がにっかーっと笑って答えてくれて、
「俺はサンジっていうんですよ? ちゃん。」
さっそく“ちゃん”づけなのが、あはは、ちょっと恥ずかしいよう。…じゃなくって。金髪の役者さんみたいなお兄さんは、そう言いつつあたしの肩に手を回し、ほらほら濡れちゃうよと店へと促す。そしてその肩越しに振り返り、
「で、あいつがゾロってんだ。…おら、お言葉に甘えて入らせてもらおうぜ。」
なんかこの人、仲間内には言葉とか荒くないか? 物凄く。ゾロと呼ばれたお兄さんの方は、その言われようにはさすがにむっと眉間を寄せて見せたものの、あたしの視線に気がつくと小さく息をついて…ニッと笑ってくれました。とっても渋くて温かい、こっそりと隠してたまにしか陽に晒さない、希少な宝物みたいな笑い方で。
――― うわぁ〜。この人たちって一体何物なんだろう。
答え;そのうち判ります。(おいおい)
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*はい。またまたお調子に乗っての“ドリー夢小説”です。
たまにムラムラと書いてみたくなるもんで。
しばしの連載になりますが、どうかお付き合い下さいませです。
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