Albatross on the figurehead ~羊頭の上のアホウドリ


   
其の七 “嵐の晩に…”


          




 屋根のあるところ、壁に囲まれた所に入るとほっとする。それでも落ちる時は落ちるって言うけど、外に居るよりかは断然安心なんだしさ。展示ケースの前の狭い土間に入ってもらったその途端、
「うわぁ。美味そうなもんが一杯だっ。」
 ルフィと呼ばれてた男の子が、この土間の主役、ケースの中のお総菜を見て歓声を上げた。微笑ましいな、こういうトコ。あたしはにんまりと笑うと、
「あ、言い忘れてたね。ここはお総菜屋さんなんだよ?」
「“おそーざい”?」
 小首を傾げる彼へ頷いて見せ、あまり冷やしすぎない程度の保冷庫を兼ねてる展示ケースの裏へと回って、
「うん。ご飯のおかずをね、作って売ってるの。煮物とか和え物、揚げ物に焼き物。女将さんの作るお総菜は、この島で一番美味しいんだよ?」
 そう言い切って自分の自慢みたいに胸を張ったあたしだ。だってホントだもん。時のお偉い大臣さんまでが大好物でらして、秘書の方がこっそりタッパウェアを持ち込むくらいだ。………あ、そうだった。今朝方お預かりしたんだ。明日の朝一番に取りに来られるんだった。しまったなぁ。女将さん、ちゃんと覚えてるんだろうか。急に顔色が少々曇ったこちらに気がついたらしくて、
「どしたんだ? みさを。」
 ルフィがキョトンとする。あたしは我に返ると“ううん”とかぶりを振って見せた。今ジタバタしても始まんないもんな。それは明日考えようと、割り切って吹っ切って。
「食べてってよ。えっと、この辺りのは全部良いよ?」
 こっちおいでとカウンターの中へ手招きし、展示ケースから大きなステンレスのバットごと取り出して。店の奥向き、調理場に入る手前の広めの配膳台の上へ次々に並べていく。コロッケにエビフライに、アジフライ、トンカツ。マカロニサラダにポテトサラダ、コールスローにひじきの煮物、きんぴらごぼう。切り干し大根に筑前煮、カレイの煮付け、焼き鳥、銀だらの西京焼きに鮭の塩焼き。鷄の唐揚げ、つくね団子に肉団子、エビのチリソース煮に青菜の煮びたし、練り揚げもの各種などなど etc.…。
「もしかして売れ残りかい?」
 ついて来たサンジさんが訊くのへちょこっと眉を下げて頷いて、
「うん。傷んでるって訳じゃないけどね。置いといたって無駄になるだけなの。ウチは佃煮と味噌漬け以外はその日に売り切ってしまうのがモットーな店だから。」
 女将さんも言ってたけど、今夜は置いとけたって結局明日の店頭には並べられない。こんなに“廃棄
(ウェスト)”が出たのは初めてだ。自慢したばっかなのに、これじゃあね。ああ、やれやれだわ。あたしの手短かな説明を素早く読んでか、
「あ、じゃあこれって…。」
 サンジさんがお総菜たちとあたしとを見比べる。
「うん。急な嵐っていう計算外なもののせいでこんなに売れ残ったの。こんなひどいのは初めてだって女将さんも怒ってた。」
 あたしだって悔しいさ。今朝早く、女将さんと一緒に大忙しで作ったんだもん。今日は夜中までいい天気になりそうだってのが、気象庁より正確な女将さんの予想だったのに。
「でも、こんな早じまいしても良いのか? みさをちゃん。」
「そうだよな。勤め帰りの人とかは、今から来るんじゃないのか?」
 サンジさんとゾロさんはこういうことにも通じているらしい。でも、
「この町は今日は祭日なのよ。だから、平日ほどそういう“勤め帰り”って人もいない日なの。」
「あ、そうなのか。」
 ましてや、昼下がりからのこの悪天候だ。これも女将さんが言ってたことだけれど、とっくにしっかり準備しているか、逆にもっと簡単に済ませるかで、ウチへわざわざ来はしまい。雨になってからあたしも成程なって気がついた。会社帰りならともかく、休みの日、こんな中にわざわざ出て来るのって、なかなか億劫だもんね。
「観光客はもっと来ないだろうし…って、ああそうか。あんたたち、もしかして観光客なんだよね。」
 言いかけてくすくすと笑うあたしに、
「そーだ、観光客だっ。みさを、良く分かったな。」
 ルフィがお元気に笑い返し、逆に…残りの二人は何ともバツが悪そうな顔になる。だってさ、こんなところ、やっぱり迷い込まなきゃ入り込めないって。そしてそんな自覚がしっかりとあるお兄さんたち二人なのだろう。大方、このルフィって子が迷子になったのを探してたんだろな。
「けど。何だか食い物屋は少ない町だよな。…ってこら、ルフィ。」
 さっそくにもお箸を手にしたルフィに、サンジさんが“ちゃんと持て、おら”と箸を構え直させてる。ありゃ。バッテン握り。フォーク出そうか? 良いの?
「この町はもとより、この港周辺の一帯には“チヂミ食堂”…じゃないや、レストランチヂミしかないからねぇ。あそこも今日は満員かもね。」
 あんまりあたしが勧めるもんだから、やっとお箸を自分でも持ったサンジさんよりもっと、何とも所在無さげな様子でいるゾロさんは………あ、ピーンと来たぞ。えとえっと、どこだったか。棚をあちこち見回して。あ、あった。
「はい、これ。」
 どーんとテーブルに出したものを見て。現金な人だねぇ、一瞬…そ~れは正直に、さっきルフィがお総菜を見てそうだったように、目許が嬉しそうな見張られ方になってたぞ。
(笑)
「いいのか?」
「うん。一升瓶ごとのコップ酒で悪いけどね。お燗用のちろりはウチに持って帰っちゃってるからごめんね。」
 料理用じゃないよ? 女将さんの秘蔵酒だ。ここいらの地酒で“虹の蝶”。なかなか色っぽい名前でしょ。でも結構辛口で、あたしなんかは舐めるだけで真っ赤になる…んだけど。うわー、水みたいな飲みっぷりだ。美味しい? そりゃあ良かったvv コップよりどんぶりの方が良いんじゃない? 何なら出すよ? あ、お酒もまだ何本もあるから大丈夫だよ?
「チヂミって、あの妙にごてごて飾ってあった店かな?」
 サンジさんもご相伴とばかり、傍に伏せてあった湯飲みにお酒をついでぐっと飲み干し、そうと訊くから、
「うん。あそこ以外はファーストフードのお店とか、居酒屋しかないんだよね。」
 こちらは、喉につかえてジタバタし出すルフィへと、コップについだ湯冷ましを出してあげつつ頷いた。そうなんだよね。不思議と食べ物屋さんて少ないよな、この町。ライバルがチヂミなら余裕で勝てるのに、何で誰もお店出さないんだろ。
「あれってレストランだったのか。いやに出来合い風の匂いがするもんだから、カラオケ屋かと思ってたんだがな。」
 ほらほら。来たばっかの観光客の人にまで言われてる。サンジさんの感想へ、
「良い鼻してるんだ。あたしは行ったことないけど、きっとそうだよ。」
 そのまま肩をいからせて、
「昔なんかはこの店の商品を食べさせてた、ただの食堂だったんだもの。ロクな修行も出来ないのにちゃんとしたコックがいるもんかい。」
 ついつい女将さんの口癖をそのまま言っちゃった。実はそういうことなのよ。元はと言えば、ウチの料理をその場で食べたいって人が結構多いからってことで設けた食堂の方を任されてたおじさんだったんだって、チヂミって人は。あ、チヂミっていうのは、地名とかとっても美味しい韓国風お好み焼きのことじゃなくて
こらこら、今はレストランになってる向こうの食堂の経営者の名前なの。ところが。繁盛し出すとさ、欲をかいて“この案を出したのはもともとは自分だ”とか言い出して、別なところへチェーン店を出し始めてね。最初のうちはここのお総菜も出してたらしくて、それでお客を引き付けてたんだけど、やっぱり理屈が訝おかしいじゃない。そのおじさんが何だか偉そうな態度になり出してたって事もあって、そいで女将さんがぶっつんキレて。ウチの料理は提供出来ない、今後は一切関わり合いなしって宣言しちゃったの。しばらくは、一応は立派な店構えだってことからお客を集めてもいたらしいけど、今じゃあね。何も知らない一見の観光客が仕方なしに入るくらい。その観光客にしたって、長期滞在のお客なんかは二度と行かない。高いわ不味いわで、旅館やホテルで出るルームサービスの食事の方が何倍もマシだってさ。そういう訳で、このところ、どうやら経営が危なくなって来たらしくて。で、冒頭の、何だか動きが怪しいって話につながってる訳なの。ま、そこまでのあーだこーだはね、観光客らしいこの人たちに話しても鬱陶しいばかりでしょうから、言わないことにしたんだけれど。
「そっか、そんな半端なレストランなのか。」
 ふ~んと納得顔になるサンジさんの横から首を伸ばして来て、
「サンジはコックだかんな。料理にはうるさいぞ。」
 ルフィがそんな風に口を挟んだもんだから、
「え? そうなの?」
 あやや。本職さんなのか。あ、それであんなに良い匂いがしたのね。体に香辛料の匂いが染み付くほどだなんて、若いに似ず、かなりの修行とかした本格派だとか?
「そういう人にこんな庶民的なお料理見せるの、何か恥ずかしいな。」
 だってさ、お総菜だもん。基本的には“ご家庭のお母さんが作れるお料理”ってのばっかだもん。もう遅いんだけど、ついついそんな本音が出ちゃって。ちょろっと俯くと、サンジさんはくすっと優しく笑った。
「何言ってる。美味しいよ、どれも。みさをちゃんが作ったのも当然あるんだろ?」
 えへへ。そう言われると嬉しいかな。どれかは内緒だよんvv
「そうだよな♪ 凄んげぇ美味いぞ。」
 ぱくぱくと頬張るのに忙しそうなルフィも相槌を打ち、ゾロさんは…何も言わないが、それでも小さく笑って見せて、お酒の肴にと自慢のきんぴらをつまんでくれてる。嬉しいなvv それ、今日はあたしが作ったんだよ?
「………と。」
 何だか雨脚が強くなったみたいだな。引き戸のガラスがガタガタと音を立て始めた。話が弾んで、ついつい外の状況を忘れてた。
「鎧戸とか大戸とか、降ろした方が良かないか?」
 やっぱり肩越しに引き戸を見やってゾロさんが呟いた。この辺りは外海の和国に風俗が似てるそうで、それへと似
そぐう言い方をする辺り、この人たち“イーストブルー”から来た人なんだな。それはともかく、
「うん。大戸を閉めるわ。」
 あたしは配膳台から離れかかる。強い風で何か飛んで来たら一発だもんね、ガラス戸。いつもならちょっと頑丈な葦簾
よしずを立て掛けとくだけなんだけど、今日はまだご近所さんもいらっしゃるだろうし…と、外へ出かかったあたしへ、
「じゃあ、俺たちはそろそろお暇しようか。」
 サンジさんが急にそんなことを言い出したもんだから、

   「「え~っ?」」

 声が重なって、カウンターの向こうからとこっちから。同じ言いようを同じトーンで放ったらしいルフィとあたしは顔を見合わせた。あはは。気が合っちゃったね。そんなあたしへ、
「あのね、みさをちゃん。」
 苦み走ったお顔に苦笑を浮かべているゾロさんは、そのままあたしの脇を抜けて先に表へ出てってしまい、その大きな後ろ姿を見送ったあたしの視界を遮って、
「良いかい? 妙齢の女性がだ、今日初めて会ったような男どもを気安くお家へ引き入れちゃあいけないし、しかもそのまま戸締まりなんかもしちゃあいけないんだよ?」
 人差し指をピンと立てて、そういう風にお説教を始めるサンジさんだったもんだから、
「え~。でもでも、あたし、雷が怖いし。」
 …いやあの、決してブリッ子口調で読まないで下さいね?
(笑) 本当に、あたし、雷がダメなの。切実なの。今はこの人たちとのお喋りで気も紛れてるけど、一人になったら…考えただけでヤだぁ~~~。という訳で、こっちも何とか説得だ。
「それに…皆さん、何だかいい人みたいだし/////。」
 言ってから、ちょっと…恥ずかしくなって来たよ、さすがに。どこの中学生だ、この人。いやさ、今時、中学生だってもっとしっかりしてるって/////。………ただね。やっぱり“悪い人”ではない気がするの。例えば…う~んとう~んと。あ、そうそう。こういうお説教をわざわざするところだとかさ。何てのかな、物心双方にとても恵まれてて、心豊かな人たちだからっていう余裕? そういう雰囲気がするのよね、うん。………と、そんなところへ、
「大戸ってこれか?」
 表から顔を覗かせたゾロさんの声に、
「あ、ええ、それ………って。あの………。」
 そっちを見て確認したあたしは、だけども言葉が…出なくなっちゃった。だってね、ウチの店先にはシャッターなんて洒落たものはついてなくって。大きくて頑丈な板を重ねた“大戸”っていうのを、四枚ほど端から順番に雨戸みたいに嵌め込んで閉めるって形のお店なの。その大戸は、雨戸どころじゃないくらいにかなり大きくて重いから、普段は店の横手の路地に作った戸袋にしまってあって、昔のように職人さんが出入りしてた頃はともかく、今では余程の時にしか使わないのよね。夜中は住まいに帰るんだし、売上も何も置いてない店だから、泥棒が入ったって特に困らないしってことで。だって女手では、引っ張り出すだけで日が暮れちゃうもの。その、重くて重くて、閉めようとなると近所の男衆4、5人を頼らなきゃダメな大物の大戸をよ。だからさっき、ご近所さんに手伝ってもらおっと構えたほどの代物を。ゾロさんたら…一度に全部、肩の上へ担いで運んで来てて、
「こっちからかな?」
 片手で一枚ずつ、すとんと降ろしてはガタリ、すとん、ガタリと、次々にあっさり嵌め込んでゆくじゃあないの。重ねて言うけど、計った訳じゃあないながら、一枚200キロくらいはあるって聞いてるのに。たとえ発泡スチロール製のであっても、この大きさなんだから片手でなんて扱えない筈なのよ? 雨だって降ってるし、風も出てるのに。それを、それを…。
「………。」
みさをちゃん?」
 あんぐりと口を開いてしまったあたしに、サンジさんが怪訝そうな顔をし、それから背後を見やって…………………………ぽんっと手を打つ。
「こんな化け物なんだぞ? 俺たち。それでも危険を感じないってか?」
 ………おいおい、間があったぞ、今。自分たちとしては、こんなこと当たり前なレベルなんだな、あんたたち。一般人は驚くんだと、今あらためて思い出してたな。………ふふふ、面白いじゃないか。
こらこら
「な? みさをちゃん。」
 尚も説得を試みようとするサンジさんのその一言と同時に。最後の一枚をはめ込まれて、店の中が暗くなる。そんな薄闇の中、

   「…そんなの、いや。」

 あたしはポソリと呟いていた。
「だからさ…。」
「今帰ったら、泣いちゃうんだからね。」
「…う"。」



   ………一体 幾つだい、この人は。
(笑)




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