Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ


   
其の七 “嵐の晩に…”C


          




 見様によってはなかなかアンティークな…少しばかり古臭い作りのお総菜屋さんの店内は、こちらも少々古ぼけた、白熱灯の明かりに柔らかく包まれていた。そんな中で、卓球台くらいはありそうなだだ広い配膳台を囲んで、男女4人が外の大雨も忘れて、只今仲良く談笑中。
「船旅か、良いなぁ。」
 大戸が収められてた戸袋の脇に小さな出入り口があって。そこがお勝手へと通じていたので、ゾロさんはそこから店の中へと戻って来て。サンジさんも、この大雨なのだから戸締まりは仕方ないかと、あたしへの説得は諦めたらしい。さすがに“泣いちゃう”は効くなぁ。
(笑) そいで、まだ夜中でもないし、もう少しだけお喋りしてってくれるって。良かったぁvv
『この雨じゃあ、どうせ船だって出せねぇって。』
 こちらは諭す気なんか最初からなかったらしいゾロさんが、くつくつと男臭くも可笑しそうに笑っていて、
『…まあ、そうだろうけどな。』
『あ、さてはサンジさん。船に帰れば恋人さんが待ってるとか。』
 ははぁ〜ん、それで早く帰りたいんだなと突っ込むと、
『まさかそんな。どうしても ちゃんを残して帰る理由があったとして、それだけはありませんて。』
 おおう、さりげなく両手を取られてしまったぞ。サンジさんとしても“こうなったら”とばかり気分を切り替えたらしくって。逃げ腰から転じて向かい合えば…なかなかに強い強い。そこから、彼らが…客船ではなく自分たちの船でこのグランドラインを旅しているのだという話になって、
「あたしなんか、この町さえ滅多に出たことないもんね。」
「へぇ。」
 彼らにしてみれば、そういう人間の方が珍しいのかもしんない。あたしは小さく笑って、
「だって静かで良いとこでしょ? それにあたしはお留守番してる身だしね。」
「このお店との契約とかがあってか?」
 何かしら“縛られてのことか?”と、少しばかり神妙がかった声で訊いたゾロさんへ、
「あ、ううん、そうじゃなくて。」
 かぶりを振って見せ、
「あたし、お兄ちゃんと二人暮らししてたんだけどもね。そのお兄ちゃんってのが一昨年家出したのよ。」
 そうと言ったら、
「二人暮らしで家出って…。」
「…ちゃん?」
「……………。」
 皆さん、何事か考え込んじゃったもんだから、

   「…別にあたしが追い出したんじゃないんだからね。」
(笑)

 言い方が悪かったんだろな。いつもこれだもん、あたしって。向かいの本屋のおじさんに言わせると“天然”なんだって。失礼しちゃうな。それはともかく。はふっと息をついてから、
「何でもさ、小さい頃からの憧れのものになるんだって言ってさ、それであたしが働きだしたのを見計らって飛び出してったの。」
 詳細というところを付け足した。
「憧れの…。」
 この、あたしのお兄ちゃんだからね。だからして、もうそんなお子様ではない訳よ。それが、そんな動機で世界へ飛び出すなんてさ。笑っちゃうわよね、ホント。あたしが“天然”なら、お兄ちゃんは“大天然記念物”だわよ、まったく。女将さんも、心配するよりアッケに取られてて、それから、
『思い切りのいい子だね。…まあ、どんな形ででも納得すりゃあ勝手に帰って来るだろうさ』
 そんな風に言っていた。………もしかして、お兄ちゃんやあたしがちょっとズレてたり豪気だったりするのって、母方の血筋なのかなぁ。
こらこら
の兄ちゃんって、何に憧れてたんだ?」
 ただ語らってるように綴って来たけれど、実は…果敢な奮闘は続いていて、ルフィくんは揚げ物と焼き物はあらかた片付けてくれてしまっている。…もしかして、この子、こんな細いのに“大食いチャンピオン”か何かなんだろうか。だって、ゾロさんもサンジさんも、この食べっぷりを見ても全然動じてないもん。これもまた、さっきのゾロさんの凄まじい馬鹿力と同じくらい、彼らには“当たり前なこと”なんだろな。…それはともかく。(いいのか? ともかくして。/笑)
「…うん。向いてないと思うんだけどもね。」
 ルフィくんが訊いてきたのへ…何だか身内の恥を晒すみたいで気は進まなかったけれど、話の流れで仕方がないという勢いもあって
おいおい 応じることにする。


   「…海賊狩りって知ってる?」


 途端に、
「…っって、どした、ゾロ。」
 丁度飲みかけてたお酒を半分ほど吹き出しかけて、噎
せ始めたゾロさんで。ルフィがお箸を放り出すほど慌てて背中をさすってる。
「大丈夫? 変な味した? そのお酒。」
 封を切ったばかりの3本目ではあるけれど、今のは“飲み過ぎて”って感じじゃあなかったし。あたしは飲まないから分からないんだけれど、沢山飲む人は水より一杯を一遍に飲めちゃうんでしょ? 酒豪の女将さんが好きで飲んでる銘柄なんだけどもな。それでもやっぱ、好き嫌いってものもあるんだろうしと訊いてみると、
「い、いや。何でもねぇ。」
 ごほごほと苦しげな咳払いをしてそんな風に言うばかり。
「ホント、気にしなくて良いんだぞ、。」
 ルフィまでがそんなこと言い出すし、サンジさんも何だか笑ってるし。…変なの。まあ、大丈夫なら良いんだけど。
「そいでね、お兄ちゃんは小さい頃から道場に通ってて、いつかは剣で名を挙げるんだなんて言ってたんだけれど、まさか本気だったとは誰も思わなくてさ。」
 だってただでさえ危ない海なんだよ? そこいらの近海ならともかくさ、どんだけ沢山の海賊が徘徊しているか。あの海賊王ゴール=D=ロジャーが名を挙げてからこっちは、外海からも続々と色んな海賊たちが入って来てるしさ。
「最初は海賊王になるとか何とか言ってて。」
「………。」
「? どしたの?」
「あ、いや。何でもない。」
「でも、女将さんから“ウチから札付きを出すのは御免だよ”って…ああ、ここの女将さんて、あたしたちのお母さんのお姉さんだからね。」
 ほんの2、3年前に、そう、お母さんが亡くなった時のお弔いで初めて引き合わされた人だったんで、いまだに言葉遣いとか何かと遠慮が抜けないけどもね。凄く気さくで優しい、大好きな伯母さんなんだvv
「伯母さんからそう言われて、なら、賞金稼ぎになって名を挙げるって。海賊より強い、海賊専門の賞金稼ぎで、今このグランドラインに居るって噂の、ロロノア何とかって人と戦って勝ち名乗りを挙げて見せるって聞かなくて。」


   ……………。×3


 え? 何なに? この微妙な沈黙は。さっきからおかしくない? 場の空気。
「…あたし、何か変なこと言ってる?」
「ああ、いや、別に。」
 サンジさんがそうと言って、新しい煙草に火を点ける。そうなの、この人、コックさんだって言ってたのに、物凄く沢山煙草吸うの。煙の方向とかには、さすがに気をつけてるけれど、そんなんで舌は大丈夫なのかなって訊いたら。
『大丈夫なんだな、これが。』
 にっこりと…ああ、あたし、色男とか優男って趣味じゃなかった筈なんだけど、この人みたいないい男なら趣旨変えしても良いかもと思っちゃうくらいの、こっちが蕩けるような微笑い方をしてくれて。それから“厨房を貸してくれ”って言って、実に手際良く、黒砂糖のシフォンケーキとイチジクのババロア、ブドウのシャーベットを作ってしまったの。それも、ここいらのケーキ屋さんや喫茶店、ホテルなんかでも到底お目にかかれないような、宝石屋さんのショーウィンドウに並べときたくなるような盛り付け・飾りつけでvv 凄い凄いっ! ………あ、話が逸れちゃったね。えっと、何の話をしてたんだっけ?
「そっかぁ、ちゃんのお兄さんは海賊狩り目指してんのか。」
 しみじみと繰り返すサンジさんに、あ、そうそう、そうだった…じゃなくって。
(笑) あたしは“あはは”と笑って、
「無理だってば、そんなの。」
 そんなこと子供にだって判ることだ。海賊専門だなんて、つまりはただの賞金稼ぎより腕が上なんだよ? しかも、あのロロノア=ゾロと戦うだなんてさ。冗談みたいよねぇと、ついつい笑っての返事をすると、
「そだよな。」
 こちらも随分納得した様子でうんうんと頷いて見せたルフィが、
「それにしても残念なことしたな。ここで待ってれば良かったもんを…。むがもが。」
 言いかけた言葉ごと、仲間の二人から口を押さえ込まれた…から。え?
「てぇ〜い、余計なことばっか言いやがってこの口はよ。」
「大人しく御馳走になってろ、この野郎が。」
 あ、あの。
「ルフィ、苦しがってるよ?」
 あたしが声をかけたのと、
「だぁ〜〜〜っ! 離せってのっ!」
 思い切りの伸びをしてルフィが二人を払い飛ばしたのがほぼ同時。あやや、力持ちなんだね、ルフィ。ゾロさんまで壁へと吹っ飛んだぞ。妙な揉み合いになった彼らに、キョトンとしていたあたしだったけれど、
「別に良いじゃん。ゾロがそのロロノア=ゾロだって判っても。」
 あっけらかんとした言いようでルフィがそんなことを言い出したもんだから。


   ……………はい?


 ………思い切り“点目”になってたと思うあたし。何ですて? ゾロさんて、此処に居る、この、筋骨逞しく男前の力持ちで、だけど寡黙でさりげなくやさしい雰囲気の、このゾロさんが? そりゅあ名前は一緒だけれど、偶然でしょう? 昔の義賊さんにもいた名前だしさ。そんなこんなと、胸の裡
うちで自分へ言い聞かせてたあたしへ、
「…あ〜あ。」
 どうしたもんかと、サンジさんは苦笑し、
「え? 言っちゃダメだったか?」
 ルフィはキョトンとするばかり。
「え?え? だって、海賊狩りって…。」
 幾らこの町からあまり出てったことがないあたしだって、手配書くらいは見てる。ただまあ、ウチみたいに、此処に住んでる人がお客だっていうような商売では、油断しまくってもいるというのは否めないんだけれど。でも、だって。ロロノア=ゾロの手配書だったら、お兄ちゃんの関わりから良く見てたし。ロロノア=ゾロって言ったら、草色の髪を短く刈ってて、目許鋭く、左の耳には3連の棒ピアス。黒いバンダナを頭に巻いている時もあり、そうでない時は左腕に巻き付けてて。身長は180センチ近くて、腹巻きに装備した刀は日本刀が3本で………。この人、似て…るかもしんないけども、でもでもやっぱ、顔立ちというか雰囲気が違うような。
「…手配書のお顔はもっと怖かったよう。」
 どこか言い訳というか、抵抗するかのようにそうと言い返すと、サンジさんが肩をすくめて、
「あのな、ちゃん。ああいう手配書ってのは一番恐持てしてる、いかにも凶悪犯ってな顔のを使うもんなんだよ。」
「え〜、でも。そのロロノア=ゾロの手配書って、いつもかわいらしい男の子の写真と並んで貼られてるんだよ? まるでその子の“用心棒”みたいにさ。」
 麦ワラ帽子かぶって、そりゃあ明るく笑ってる子の写真で………、あれ? それって。
「あ。それは俺だ。」
 すぱっと言い切って“しししっ”と笑うルフィだったりするからさ。


   「………えっとぉ〜〜〜。」


「大丈夫だ。」
 まだ気配だけというか先触れ段階だったにもかかわらず、慌て始めたあたしにゾロさん本人が、どこか“やれやれ”と言った感じの声をかけて来る。
「お前は海賊じゃなかろうが。」
「あ、えと、うん。」
「じゃあ狩らねぇよ。そんくらいの理屈は判るよな?」
 はい? あ………えと。そ、そうよね。あたしを斬ったって賞金は貰えないんだし。あれ? でもさ。
「そうだぞ。それに、だ。もし を苛めたら、俺がただじゃおかないからな。安心してろ。」
 ルフィがそんな風に言い出した。その途端、ちらっとゾロさんがルフィの方を見たけれど、
「んん? 何か文句あんのか? ゾロ。」
「いいや。ないよ、一つもな。」
 ふんと息をついて向こうを向く。な、なんか。妙な相性があるみたいね。…って、ルフィが彼らの船長さん、言ってみりゃ“お頭”とか“頭目”だっていうのは後で判ったことで、この時はそういう関係図は全然知らなかったから。あたしはといえば、姿だけ見て…一番小さい、子供みたいなルフィが、いかにも屈強そうなゾロさんをそんな一言で御してしまったのが意外だなと感じていた。たださ、
“ルフィって可愛いもんねvv”
 …いや、何も邪まなことを思ってたんじゃないってば。
(笑) 何だか、こう。少しくらいの我儘なら聞いてやっても良いかなっていうか、天真爛漫っていうか。そういうトコがあるから、もしかしたらゾロさんはこんなルフィのお守り役なのかもしんないなって、そう思ったのよう。この子の手配書にしてもさ、何かしら事情があってゾロさんと一緒に居るから貼られているのかも知れなくて。
“もしかして一種の尋ね人って意味の手配なのかもな。”
 書かれてある犯罪歴とかまではいちいち読んでなかったあたしとしては、そうと結論づけるしかなかったの。だってさ、何だか、この人たちって良いムードしてるんだもの。最初こそゾロさんの…寡黙なのに迫力あるとことか、ちょっと怖かったけど。それって、一人一人が…しっかり個性を主張してるってのかな、そういう“存在感”だって判って来てさ。それと、ルフィに構うその様子がさ。
「ほら、こぼしてんぞ。」
「あ、いけね。」
 なんてのか、やっぱ。可愛い弟分っていうのかな。眼差しとかが柔らかくて、そういう態度に取れて仕方がない。それはサンジさんにも言えることで。よっぽどのフェミニストなのか、あたしの言葉や何か、聞き漏らさないようにって素早く反応してくれてるけれど。それと平行させて、きっちりルフィの言動も拾い上げてるもんね。
「あー、こら。迷い箸は行儀悪いぞ。」
「だってよ、どれも美味そうなんだもん。」
 嬉しそうな声で言うルフィに、何だかあたしの方まで嬉しくなっちゃった。この人たちが本当に“お尋ね者”でも、もうどうでも良いやってね。おこわをお茶碗によそって手渡しながら、
「たっくさん食べてね。あ、そうだ。明日のお弁当も作ったげるね?」
「やたっ!」
 思い切りはしゃぐルフィの様子に、胸の奥が温ったかい何かで一杯になる。食べ物を作る仕事ってさ、これがあるから辞められないのよね。理屈なしに、美味しいよって言ってもらえる喜び。それにも増して、何て明るくて嬉しそうなんだろと、躍り上がっちゃいそうになるルフィの笑顔。ああ、これが母性ってものなのね。
おいおい



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  *何だか和やかですな、相変わらず。
   見ず知らずの男ばっかり3人も引っ張りこんでしまったヒロインちゃんですが、
   (それも大嵐の晩に…。)
   皆さんはこういうこと、しちゃあダメダメですからね。
   サンジさんも言ってますでしょ? お家の人たちが居る時だけね?