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………という訳で、何だか妙なことになっちまってサ。ナミから“壷は絶対に割るな”って厳命が出ちゃって、けどでも そのまんまって訳にも行かないだろ? ナミだって『外そうね』って言ってたんだしさ。どんなに高価な壺でも、このままじゃあ価値も何もあったもんじゃない。だから、俺だって頑張ろうとしたんだけどサ…。
◇
どういう訳だか、ホントの事情は相変わらずにはっきりしないまま。ルフィはずっと機嫌が悪そうでいて。さっきは不意を衝かれた隙にナミに手を取られてしまったものの、それ以降は誰にも触らせない徹底振り。
『なあ、ルフィ。診させてくれよ。』
『ヤだ。』
『石鹸か油を垂らせば、簡単に取れるかも知れないんだしさ。』
『そんなの知らね。』
『だって、手が塞がってちゃ不便だろう?』
『…そんなことねぇもん。』
元から特に器用だった訳でなし、なのにこの状態ではますます大変だろうと、そう思って言ったのに。だったら…メシは左手の手づかみで片付ければ良いなんて恐ろしいことを言い出して。この恐れ知らずで大胆極まりない発言へは、ぴきっと一瞬、こめかみに血管を浮かせたサンジだったけれど、
『…まあ、それもしようがないか。』
はぁあと肩を落としつつ、ランチのポークジンジャーをトーストに挟み直し、素手でも食べやすいようにって工夫してやってたし。そんな彼を“この過保護野郎が”と眇めた眼差しにて苦々しく見やってたゾロはゾロで、
『だ~~~、こら。そんな手で羊に乗っかるな。』
『何でだよ。』
『落ちそうになった時、いつもみたいに両手で支えられねぇんだぞ?』
だってのに、いつもより無造作に海へ落ちたらどうすんだと、いちいち事細かに説明されて初めて“あ・そっか”と自分がいつもと違うことをやっと理解した船長さんへ、
『ほら。こうしてな。』
羊ほど乗り心地は良くないかもしれないがと、懐ろ・お膝へと抱えてやって、
『ここで大人しくしてな。』
『うんっvv』
こちらさんは日頃とそんなにも差はない構い方だったみたいでしたが。(笑) とはいえ、
『………ゾロでも触ったらダメなんだからな。』
『へいへい…。』
チロンと斜ハスに見やりつつ、きっちりとクギを刺すのは忘れない辺りが、周囲には随分と意外なこと。よって、当然のことながら、
「あんたが しっかりしないでどーすんのよっ!」
ナミさんが怒ったのも無理のない展開だったりする。当のルフィが風を避けて空いてる医務室にて昼寝に入ったその隙、水を飲みにと出向いたキッチンにて経過を聴かれ、何の話だと返したせいで怒鳴られた彼だったが、
「勝手なこと、言ってんじゃねぇよ。」
そんな言われようは心外だとムッとする彼なれど、周囲からの同情の気配はないままであり。
「勝手はどっちだ。」
「そうだぞ? あんま警戒されないままで、あんな近くに寄れんのはお前くらいなもんだってのに。」
ウソップもサンジも此処ぞとばかりに“無能な奴め”と言わんばかりに非難するばかりだし、
「だって、ゾロが訊くなり諭すなりしてくれなきゃさァ…。」
平気だなんてムキになって言い張ってるけど、もしも中で怪我とかしてるんなら、雑菌が繁殖してひどくしないかって心配だしさと、チョッパーまでもがしんみり言ってくる始末。
「う…。」
何しろ この剣豪さん、戦闘に関することへと全ての能力が偏ってでもいるのか、それ以外の方面へは凄まじいくらいに不器用だし鈍感でもあって。誰かを何かを宥めたり叱ったりしながら執り成すなんて繊細微妙なことなんか、決して出来っこなかろうなんて思われていながら、だのにね。腕力的なレベルは勿論のこと、相性や関係的なところでも、あのルフィへの“最後の砦”のような立場にあるという点をクルーの誰からも暗黙の内にも認められている存在で。常識とか感受性とか、色々なものが ある意味で一線を軽々と越えている“かっ翔んだ”船長さんだっていうのに、そんなとんでもない感覚や気性や何やをきっちり把握したその上で、我儘をいなしつつお守りをするのも、後先考えない暴走を止める…のは彼にもなかなか難儀なことであるらしいので、それならせめてと傍についててフォローするのも、いつの間にやら“ゾロのお役目”とされており、
「まったく、もうっ。こういう時に役に立たなくてどうすんのよ。」
日頃は全っ然 役に立たないくせにと、戦闘に関するずば抜けた活躍はすっかり別腹扱いにされて、一方的に腐されている辺り。他所では“鬼神のような魔獣”とまで恐れられてる剣士さんだってのに、全くもって不憫なことよ。(笑)
「中で何か握ったままだから抜けないって顛末に間違いないわよ。」
ただ離せば取れるのに、相変わらずお馬鹿なんだから、もうっ…と、盛大な溜息つきで呆れてしまったナミだったが、そんな彼女が頬杖をついてた同じテーブルに、こちらさんは難しそうな御本を開いていたロビンが、
「なまじ手と変わらない大きさの壺だったから、窮屈すぎて中で手を開くことさえ出来ないのかもね。」
くすくすと笑ってそんな言いようを付け足した。彼女にしてみれば、こんな騒動もまた、子供同士の諍いレベル、可愛らしいドタバタに過ぎないことであるらしい。
「…そっか。そんな窮屈なところへ、それこそゴムの収縮を使って無理から突っ込んだのかもしれないわね。」
あの馬鹿…と、ますます頭を抱えた航海士さんへ、
「ゴムゴムの性質使って引き伸ばしてもダメかな。」
チョッパーがおずおずと提案してみたが、
「途中の腕や手首が細くはなっても、先端になる手とか指とかは案外伸びはしないと思うわ。」
残念ねと言い足したロビンさんが、ふとお顔を引き締めて、
「ただ、ちょっと気になったんだけど。」
「? 何が?」
問われて…大したことではないんだけれどと前おいてから、
「あんな小さな壷から何かを取り出そうとするのに、
果たして中へとその手を突っ込むような船長さんかしらね。」
「はい?」×@
ちょっと妙な言い回し…というか。現にああいう状態になっているのに、今更何を言い出すのやら。そんな想いから怪訝そうな声を一斉に放った皆だったが、自分の上へと集まった視線を、物ともせずに受け止めて笑い返したロビンお姉様、
「だからね。大きかったり重かったりするような、箱や甕(カメ)の中から何かを取り出そうというのなら、手を入れて掴み出そうとするのが成程自然な行動だけれど。」
でも、あんなにも小さな壺が相手だったなら。
「あの船長さんのように、あまり警戒しない、しかも大雑把な人ならば。壺ごとひょいって逆さまにして中身を取り出そうとしないかしらって思ったの。」
「あ…。」
そういえば。ナミやサンジが丸ぁく口を開け、ウソップとチョッパーがお顔を見合わせる。
「そうよね、そういう奴だわ。」
壊れやすいものでもお構いなしよ、勝手に決めつけて“うんうん”と頷いたナミの傍らで、
「食べ物だと思い込んでいるのなら、いっそ口の上へかざして振りかねませんよね。」
サンジが苦笑する。危険が一杯な海の上、しかも、強襲なんて乱暴を仕掛けて来た海賊から頂いたばかりで、正体を確かめてないものだってのに。それでもそんな無防備をやりかねない、本当に不用心な船長さん。何につけても“ま・いっか”ですものね、あの根拠のない自信って一体どっから沸いてくるのかしらと、忌ま忌ましげに嘆いた航海士さんだったのだが、
「あれってもしかして“真実の壷”なんじゃねぇのか?」
ふと。こんなことを言い出したのは狙撃手さんだ。こちらさんもテーブルの上に道具を広げて、愛用のスリングショットの手入れをしていた彼だったが、その手を止めてまでという意味深なお言いよう。
「“真実の壷”?」
「ああ。どっかで聞いたことがあんだよ。その壺には伝説の精霊が住んでてな、清廉潔白な身の者が手を入れると、金銀財宝がそいつの手のひと掴み分ほども与えられたり、願い事が叶ったりするんだ。」
そこまで言ってから、やおら鹿爪らしい顔になり、
「但し、心に疚しいことがあったり、嘘をついてる者だとな。その手をがっぷり食われてしまうんだと。」
「食われる~~~っ?!」
途端に“どひゃあっ”と大声を上げて驚いたのがチョッパーで、
「そんなそんなっ! だったらルフィは?」
「ああ。あいつは何かしら疚しいものを心に隠し持っていて、それを精霊に見抜かれたから…手が抜けなくなったのかも。」
困ったことになっちまったよな~と、わざとらしくもおどろおどろとした言い方をされて、きゃあきゃあどうしようっ、そんなっ、だってルフィは良い奴だぞっ、なのになんでそんなこと…っと。そりゃあもうもう、チョッパー大騒ぎ。テーブルの周りを恐慌状態になってドタバタ駆け回るものだから、
「あ~もうっ。落ち着きなさい、チョッパー。」
根が臆病というのか、人一倍用心深いところはさすが草食動物さんで。ほらほら落ち着いてとサンジさんがひょいっと抱えてやって、やっとのことで一旦停止。とはいえ、瞳はしっかり涙目に潤んでいたままだったりするので、
「う…。」
これにはさしものコックさんも、少なからずたじろいだらしかったのだけれど。
「あのね。例えそんな壺がホントにあったとしたって。嘘なんか一度だってついたことないなんて人、いる筈はないんだし。」
まったくもうっと、ナミが懇々と諭し始める。
「あの能天気なルフィが隠し事なんてし通せると思う?」
「でも…今、何か隠してるぞ?」
「…うっ☆」
おおっ、これはまた鋭いご指摘。たじろいだナミさんへと、容赦なく…つぶらな瞳を向けたままなチョッパーであり、
「そ、それにしたって…隠しごとだからって疚しいことばかりではないわ。例えば、そう…宝の隠し場所なんかだったら、誰にも彼にもってそう簡単には言えないじゃない。」
何とか言い返したナミさんへ、
「でも、それだとサ。隠すって行為自体が疚しかないか?」
今度はウソップがそんな風に言い出して、
「宝を手に入れました、それで店を持ちましただとか、欲しかったものを買いましただとかいうのはサ。よっぽど阿漕な手で手に入れたもんでない限りは、別に疚しくはないだろうに。」
「馬鹿ね、大金が手元にありますなんて、それが地道に稼いだ正当なものでも滅多に公言しちゃいけないの。」
海賊や夜盗に盗んでくれって宣伝してるようなもんじゃないよ。え? そうなのか? あーだこーだと、何だかお話がどんどんとズレ込んでって行ってるようなのを見切るかのように、
「あんなもん、どうだって良い。」
ゾロがぼそりと言い切って、踵を返すとそのまま外へと出て行きかかる。それに気づいて、
「あ・こらっ。まだ話は済んでないわよっ!」
慌てて止めようとしたナミだったが、屈強な背中は振り向きもしなくって。
「今のうちに探しときてぇもんがあんだよ。」
にべもない一言を返しただけ。それへと、
「探しもの?」
訊き返された途端にムッと眉を寄せたのは、詮索を煙たがったからと言うよりも…口に出してしまった自分への苛立ちだったのか。ともかく、そのままキャビンから出て行ったゾロであり、
“あらあら、だから…。”
船長さんのああまでの異変に気がつかなかった剣士さんだったのねと、納得がいったロビンさんだったのはともかくも、
「もうもう、どいつもこいつもっ!」
我儘ばっか言ってて役立たずなんだから、と。怒り出してしまったナミさんだったことは、言うまでもなかったりするのである。
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*妙な展開になってきましたが
もちょっと続きますので、しばしお待ちを。 |