パレードが始まる前に
2
不穏な空気へのヒントになろう、怪しい物件の目星もついて、
其方へは芥川が向かうらしく。
こちらの会話をぼんやりと訊いていた虎の少年へちらと一瞥を向けたものの、
傍らの兄貴分が向けて来た、色々と含みもあろう一瞥には逆らえないか、
結句、黙って部屋を後にした。
「どうだ、どっか痛むか?」
痩躯な彼のほうは其方の対処には向かわぬか、
敦の方へ向き直ると、気さくそうなお顔で笑う。
鈍器を振り上げられたわけでなし、昏倒こそしたが、もう大して痛むところはないと、
かぶりを振ってソファーから脚を下ろし、立ち上がって見せれば、
「大丈夫ならそこまで送ろう。」
親切にもそんな言いようをした彼で、自分も座っていた椅子から立ち上がる。
「いやそんな、小さな子供じゃなし。」
一人で帰れますようとふにゃりと笑って尻込みした敦だったが、
「まあそう言うなって。
さっきの若いのが食って掛かりかけたみてぇに、
坊主が今日ここに居る事情は判らねぇが武装探偵社の人間だと知ってるものが
因縁つけつつ噛みつきかねねぇし。」
「ひぃ。」
まだちょっと、強腰がなり属チンピラ目ごろつき系のお兄さんには弱い敦が
そんなおっかない危険が振りかかるという言われようへ
素直に身をすくめたのをくつくつと笑って見やり、
「それに、此処は廃棄コンテナの集積場だ。
外から何か目指して入って来る分にはいいが、
帰る段には目印がねぇも同然だから、迷路にハマって迷子になりかねねぇ。」
そうと付け足し、さあと先に立ってドアを開く彼で。
こうまで気を遣われては、辞退するのも失礼かもしれぬと、
恐る恐るに頷いて、そのまま後に続くことにした。
彼らがいたのは3つほど居室のある、小さめのやはり事務所だったようで。
外へと出られるドアはガラス張りで、表の明るみがそのまま差し込む。
まだ少し冬の側にある季節なのを思い知るよな冷たい空気に頬を撫でられ、
モザイクのようなつぎはぎデザインが童顔には似合いのジャケットの前を掻き合わせれば、
顰めた顔の、だがやはり幼いところが微笑ましかったようで、
「ほれ。」
突き出された手へ反射的にこちらからも手を出せば、
そこへ乗せられたのは使い捨てカイロ。
十分暖かいそれを“やる”と細い顎をしゃくって示され、
「あ、ありがとうございます♪」
遠慮もしないところへか、またぞろあっけらかんと笑いつつ、
不揃いな玉砂利がばらまかれた敷地を進む。
さっき言われたように、成程 敷地中のそこここに
大人の身長以上の高さがあるコンテナが積み上げられており、
これでは先を見通すのは難しく。
慣れていなければ見当違いなところへ迷い込むのは必定だろう。
今はそういう時分なのか、擦れ違う人影もないままに、
そちらも錆びかかったコマ付きの門扉のある正門までを誘導されて
「じゃあな、気を付けて。」
気の良い笑み付きで手を振られ、
ああこれは体よく人払いされたのかなと気がついたが、
これを振り切るほど粘る必要もないこと、前もって言われていたので
こちらもにこにこ笑って手を振り返す。
そろそろ夕暮れも間近なのか、
空は青いが傍らの乾いた糸杉の植え込みは、茜に縁どられて寂寥感を誘う。
そのまま人通りのない街路を進み、振り返ることもなく去ってゆく小さな背中へ、
「…随分と真っ新な坊主じゃねぇか。」
ぽつり呟いてしばらくほど佇んだ中原だったが、
ああいかん、あんな素直な少年だのに、
探偵社の彼がここへと現れた事実へ、ついつい勝手に別の影を想起する自分がいる。
勝手なのはお互い様で、
唐突に姿を消したことでどれほど傷つけられた者がいることかと、
そこへまで思いが至ったが、
詮無いことだと思い直したか はぁあと苦い吐息を一つつき。
そのまま首を振ることで振り払いつつ、
踵を返して元居た事務所への道を辿る彼だった。
「で、何か訊き込めたのかな?」
集積場から離れること3ブロックほど。
最寄りの駅までの途中にあった、
誰が使うのか子供向けの遊具も居残った公園のベンチで、
敦は同じ社の先輩社員と落ち合っている。
「はい。この辺りでの不穏な動きというのは、
他所の土地から入り込んでいる小規模な組織の構成員たちの小競り合いだったらしく。
でもそれって、6番埠頭にこっそり設けられていた○○会の足場での
何か取り引きを隠蔽するための陽動だったかもしれないと。」
先程 聞いたばかりの話を伝えれば、
おお、なかなかしっかり訊き込めているじゃないかと、
にっこり笑ってくれて、
「ちょっぴり危険な土地柄ではあったけど、
敦くんもそろそろこういうところで応用を利かせつつの行動がとれなきゃあねぇ。」
何と言ってもまだまだ10代、しかも素人の新人であったことに加え、
彼自身に組合(ギルド)なるところが懸賞金をかけていたりして、
これまでは危険な案件はなかなか任せられなかったものの。
気遣っても振りかかった災禍の数々を立派に乗り越えて逞しくなった少年へ、
マフィアとの間に不文律ものながらも“停戦”が結ばれている今なら…と、
ちょっと冒険して来てもらったようなもの。
顔だけなら女性で通りそうなほどにやさしい見かけと裏腹、
結構スパルタな仕儀を今回は大胆にも構えた教育係の太宰だったようで。
「ま、ここいらは荷役の逞しい人や
ちょっぴりポートマフィアにかかわりのある人が多いってだけで、
都心の繁華街の真夜中に比べれば、
昼間の明るいうちならまだ見通せるだけ安心なんだけど。」
なんて。
危ないんだか安心なんだか微妙な言い回しをする。
「でも 6番埠頭とか○○会とか結構具体的な話を拾えたんだねぇ。」
そっちは実を云えばこちらへもタレコミがあったので、結果として確かな代物。
軍警の皆さんと駆けつけて、
密輸らしいトカレフって拳銃の取り引きを押さえられたんだがねと。
ちゃんと実のあったネタだったことを褒め、
頼もしい手で…相変わらず肘から手首まで包帯付きだったが、
敦の銀髪の乗った頭をぐりぐりと撫でてくれて。
「は、はい。
それが、こちらを束ねているらしい
ポートマフィアの構成員さんに聞いた話だったんで。」
「…さん付けは要らないんじゃないかな、うん。」
自分だってまだ22のくせに、いやに年長さんぽい口調で
若い人は敬語や謙譲語の使い分けが下手だねぇと、
それでも笑って冗談めかしつつ合いの手を入れた太宰だったものの、
「おでこ、怪我してない?」
「あ、えっとぉ…」
色白な少年の不ぞろいな前髪の端っこから、
朝方にはなかった擦り傷が見えたらしく。
報告してないこと、あるんじゃないの?と身を乗り出した、
優しい笑顔の先輩へ。
このまま黙ってなんていられるはずがないことくらい
よぉく判っている虎の子くんが
それでも少しずつを語ったその末、
「げぇぇぇ、中也に会ったぁ?」
そこまでの行儀の良い口調が一転、
それこそ行儀の悪いイマドキの若い人の
蓮っ葉な物言いもかくやという言い回しが飛び出して。
今そこにその存在がいるかのように、
そしてそれが他でもない脅威であるぞよと言わんばかりに、
その身を大きくのけぞらせまでする拒否反応の物凄さよ。
そうかと思えば、その上背のある身をするすると引き戻すと、
今度はいかにもナイショ話だよという構え。
背中を丸めまでして敦の耳元へ囁いたのが、
「小さい癖に口の悪い、短気ものだったろう。」
脅されたり殴られたり蹴られたりしてないかい?と
形の良い眉をひそめて案じてくれたものの、
「いえ、それは親切にしてくださいましたよ?」
小さな定食屋さんでゴロツキに絡まれて昏倒してしまった敦だったの、
あの事務所まで運んだのは別の人たちかもしれないが、
始終朗らかに応対してくれたし、
あの芥川が噛みつきかかったのを制してもくれて。
「さっきの6番埠頭の話も。」
「そっか、彼らが口にしたのか。」
今の今、探偵社や敦をはめるなんてのはあんまり意味がないのでそれはなかろう。
何より今日いきなり潜入(?)していた敦だったのへ、
本当に怪しい取り引き現場だったという
ここまで都合のいい話を急遽お膳立てする必要がない。
実は何かしら探られてまずいことを抱えていたとして
この新米の探偵をどうにかしたいなら、
そんな回りくどいことなんかせずとも
「いっそ取っ捕まえて本拠の地下牢へでも放り込んどきゃいいのだし。」
「太宰さ〜ん。」
そんな非道いという抗議が飛んだが、
「だって考えても御覧な。
現状、君は無事に私への報告をこなしている。
あちこちへ辻褄もちゃんと通った話をね。」
中原中也が良い人かどうかはさて置くとしても、
今のところは隠しごとなぞないということだろう。
ただ、
「でもねぇ。ちょっと引っ掛かってることがある。」
これは、マフィアの彼らへというのじゃなく、
不穏な空気をまとったここいらの状況に関してで、
「確かに、木っ端役人と癒着して
その埠頭を占拠して我が物顔で使ってた輩たちは検挙されたが、
それほどとんでもない取り引きって規模でもない。
なのに、目に付く諍いが8件も起こるほど、
あちこちから入り込んでる無法者やごろつきがいるというのは
ちょっと解せない話だね。」
軍警のフットワークが思いの外いいというのを目撃して、
すごすごと帰ってく顔ぶれがたくさん出れば問題はないのだがと。
陽動とやらに集められたらしい輩たちの数が仰々しいほど多いことへ、
太宰は不審を感じているらしく。
そちらへもいつものこととて包帯が覗く、首元前の顎先へ、
機能美あふるる大人の手を添え、しばし考えこんでから、
「敦くん、引き続いて情報集めを頑張ってくれるかい?
地付きじゃあなく入り込んでいる面々を、
そうだね…どれがそうとは確認のしようがないか。」
同僚の宮沢賢治くんなら
恐れもなく真っ向からあたってしまうところだろうが、
敦にはまだそこまでの度胸はまだないので、お勧めじゃあない調べ方。
「そう、今度もまた中也に聞いてみたらどうだろか。」
「はいぃい?」
騙すような構えじゃなかろというのは先の説明で敦にも判ったが、
短気者で揮発性が高い奴だと言い、
近寄っちゃいけない関わっちゃいけないと言わんばかりだったマフィアの幹部様を、
なのに頼れと言い出す太宰で。
「そんな、だってまた会えるとは限りませんよ?」
今日は怪しい気配があって詰めてた彼だったとして、
軍警が乗り込み解決したのだ、明日はもういないかも。
そこを洞察して言い返した敦だったのへ、
「なに、解決したなら我々の調査も畳めるというもの。」
当たって砕けろだよ、敦くんっと、
およそこういう犯罪捜査へのアドバイスとは到底思えないお言いようをし、
大丈夫大丈夫と、何がどうというところに根拠がないのが丸判り、
ぞんざいな言い方になった先輩なのへ、
うわぁあと先行き不安な思いを抱えてしまった敦くんだったのでありました。
BACK/NEXT →

|