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随分と陽が長くなったとはいえ、それでもすっかりと宵も更けた頃合い。天真爛漫な坊やから凄んげぇ美味しかったと“旨い旨い”の連呼をされて気を良くしたか。夕食の後片付けと、ついでだから明日のブランチの下ごしらえもしてってやると。口は悪いが気はいい聖封さんが、お子たちにはシャンパングラスみたいなガラスの器に盛られた、白と淡いピンクの二層になった冷たいババロアを“ほれよ”と押し付け。
「お前は労働班だ。」
「何だと〜?」
「いいから。おら、付き合え。」
自分のお仕事を手伝わせるべく、文句たらたらな破邪さんを引き連れてキッチンへと立ってゆき、さて。
「なあなあ、チョッパー。」
「なんだ?」
箱根旅行の楽しい道中を綴ったDVDを再び眺めつつ、小さな腕白坊やは同じソファーのお隣りに並んで座っている小さなトナカイさんのお耳へと、こしょこしょっとした声をかけている。テレビの画面では、良い日和だった中、芦ノ湖の湖面がきらきらとちりめんのような細波を光らせていて、それが何とも綺麗なアングルに収まっている。
「天聖世界にも修行場なんてあんのか?」
「おう、あるぞっ。」
険しい道程の旧街道の画面へと、さっきチョッパーが例えに出した、妙に勇ましい名詞が。何となく…気になって気になってしょうがない坊やだったらしくって。訊かれた小さなトナカイさんは、イチゴ味のババロアをお口の中でとろかしてから、銀のスプーンを振って見せつつ、懸命に言葉を連ねた。
「精神修養をするのに籠もる、年中霧に包まれたそりゃあしんと静かな深山とか。体を鍛えるための修練場、岩だらけで足場の悪い荒地とか河原とか。それぞれの聖宮の、特に辺境の寂れたトコなんかのあちこちにあんぞ?」
聖宮聖地って言ったってな、そこは修行する場所だから。天使長がいる中心部みたいに、神殿みたいな建物があってその周りに城下の町があってって風に整えられてなんかいなくって。不便なだけじゃあない、不思議な磁場のせいで咒や術が使えないよな、身ひとつで何とかしなきゃいけないっていうよな荒行をするとこもあるしよと。そんなところで真摯に鍛える者がいることを、自分の誉れであるかのように勇ましくも説明してくれて、
「先々で地上に降りて来て邪妖と戦う“破邪”になろうって思ったら、そこで何十年も修行することになってるよな場所だ。」
天聖世界に於ける“破邪”部隊は、結構“格”が上の存在。試練も多いが、だからこその“エリート”でもあるのだそうで。どんなに大変なところなのかを並べ挙げたチョッパーへ、
「凄げぇ〜。」
ルフィはただただ感心というお顔になって、うひょ〜なんて声を上げてる。何せ彼には“蓄積”がある。負界からはみ出して来る邪妖というのが、どんなに恐ろしい存在か。気づく人は少ないが、気づくことが出来る者はすなわち、霊力を持っているということで。そして、そんな特別な力は邪妖の餌にと狙われかねない。陽世界での殻を欲っしている輩だったりしたなら、体ごと乗っ取られることだってあり、そういった底の知れない怖い怖い想いをして来たからこそ、それを制覇出来る“破邪”になるための試練も大変なんだろなと、あっさり理解は追いつくらしく。さんざん驚嘆の声を上げて見せて…それからね?
「そりゃあ行ってみたいなぁ。」
「え〜〜〜?」
………言い出すと思ったでしょ?(おいおい) 腕白で怖いもの知らずなところは相変わらず健在で。しかも、一応は柔道なんて武道を修めてもいる力自慢でもあるものだから、テーマパークのような“はい、どうぞvv”と遊具や何やが整えられてるところはすぐ飽きてしまい、けものみちとか見渡す限りのずっとが草原というような場所の方が、放っておいても1日中遊んでいたりするようなタイプの“自然児”なので。チョッパーから聞いたお話だけ十分に関心を煽られており。
「でもな、あすこは神聖な土地だから。」
部外者がひょいひょいと紛れ込んじゃいけないトコだし、何より凄っごく凄っごく危険なトコだしと、口調がしぼんだチョッパーへ、
「なあなあ、見るだけもダメなのか?」
「う〜〜〜。」
必死になってのおねだりを続けている模様。……………はてさて。
◇
高校生の夏休みは、学校にもよるけれど…期末テストが終わると終業式までの間がお休みになる。実技学科の先生方までもが、テスト用紙を採点したり、赤点を取った子に設ける“補習”の時間割調整をしたりと、一斉に忙しくなるからいうのが理由だそうだが、当事者の生徒たちにしてみれば、人足早い夏休みだとばかり、さっそくにも遊びに出掛けることへと気もそぞろになってる場合が多く、
“そいや、部活の合宿とやらもあったっけな。”
今年も春季都大会の青年軽量級部門で優勝したため、インターハイに出場する代表に選ばれているルフィであり、お盆になる前辺りには都代表を集めての合宿があるとかどうとか言ってはいたのを思い出す。なので、遊べるうちに遊んでおこうと浮足立っているのへも、
“あんまり やいのやいの言っては可哀想だしな。”
どこかへ出掛けるらしく、本人はあくまでも“こっそり”しているつもりらしかったものの、小ぶりのデイバッグにおやつやオペラグラスなんぞを詰めていることには、とっくに気づいていた破邪様。気づいちゃいるが…せっかくのフリーな時期なんだろうし、ここはそんなに干渉しないでいようだなんて、そんな浮かれっぷりへも口を挟まないでいたことを…後でどっぷりと後悔させられることとなろうとは。
「………………。(♪♪♪〜♪♪)」
明日からは無罪放免でお休みだ〜いと喜んでたくせに、随分と早くから起き出して、ごそごそバタバタ何かしらの準備に追われ、おやつの延長で総菜パンや500mlのペットボトルのお茶まで放り込んだバッグをやっとこ背負うと。本人はあくまでも、まだ寝ているのか階下へ降りて来ないゾロを起こさないようにと“こそこそ…”のつもりにて。お廊下で自分が置きっ放しにしていた古雑誌の束につまづいて“ずでんどうっ”と転んでも、あくまでも“こそこそ…”を続けて、そのままどこかへ出掛けて行った。
“ま、気配は追えるしな。”
ルフィの身の裡(うち)には、実は…元は破邪さんのものだった、とある“翼”が半分だけ呑まれている。聖護翅翼といって、前世では何だか大層な名前の神格者だったらしいゾロが持っていたという、あらゆる邪悪な気配や穢れから身を守れるというほどにも優れた代物で。始終発動している訳ではないながら、本人が危機に陥れば、それなりの反応はするだろうし、それと同時に元の持ち主のところへも何かしらを伝えてくるに違いなく。陽界である地上の真っ昼間、それが負界からの干渉という危機だとしたって、大したものはそうそうはみ出しては来るまいよと、結構呑気に構えていたのだが。
――― 陽界だったら、そうだったろうにね。
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*あ〜う〜。えらいことのんびりペースになっとりますな。(笑)
果てさて、ルフィ坊やはどんな冒険に巻き込まれることやら。
もちっとお待ちあれvv |