天上の海・掌中の星 “風に運ばれて” C

〜ナミさんBD作品
 



          




 本人は“こっそりと”な つもりでの、おやつを山ほど背負ってのお出掛けは、皆様には既に予想もついておられるその通り、ゾロが簡単に片付けたような…そこいらへのハイキングなんてなお気楽な代物ではなくて。

  「…ルフィ、こっち。」

 デイバッグの肩紐を、左右両方、両手でしっかと握っているのは。浮き立つ気持ちを映しての、たかたかと弾む歩調に合わせてだろう、ぴょこぴょこと背中からバッグが弾むのを押さえてのこと。まるで小学生が遠足の集合場所へと向かう途中を思わせるような、いかにも楽しげな歩調で慣れた道を進んでいたルフィだったが、通りかかった児童公園のフェンスの向こう、ツツジの茂みの陰からのお声がかかったのへ、ぴたりと足が止まる。初夏から夏へ、恵みの雨もたくさん降ったし、いいお日和も続いたその恩恵で、そりゃあすくすくと伸びて育った大きな茂みの中に、目を凝らせば小さな影が。
「チョッ…、とと、あやあや。」
 お名前を呼ばわりかけて、いけないいけない、あわててお口を両手で塞ぐ。今日は内緒の冒険に出掛けるんだもんね。だから、誰にも知られちゃいけないの。街の人にも、それからゾロにも。そぉっと左右を見渡したけど、小学校や中学校はまだ夏休みじゃあない平日だからか、まだお昼には間のある、今の時間帯の住宅街には人通りも少なくってね。
“こんなにいいお天気なのにね。”
 見つからない方が都合はいいのにね。勿体ないのなと、お口を曲げちゃうルフィでもあって。
「ルフィってばっ。」
「あ、うんうん。ごめんごめん。」
 そだった、それどころじゃないんだった。フェンスに沿ってたかたかと先へと進み、公園に入ってからは、茂みに沿ってのコースをゆけば。さっき見当をつけた当たり、かささと茂みが風もないのに揺れている。その辺りに向かって…口を開けかけて、やっぱり左右を確かめてから、
「こんなとっから行けるのか?」
 こそりと小声で囁きかけたルフィへ、茂みの緑葉がかささと揺れて、
「どっからだって行けるサ。入り口は固定されてる訳じゃないからな。」
 お顔は隠しているものの、よくよく見れば…茂みの梢の奥まったところ。どう見てもツツジじゃない、太いめの裸の枝が一対混ざってて。それの付け根へと視線で辿れば、緋色の山高帽子の途中の穴からニョッキリ伸びてる“角”だと判る。この暑い中、毛皮もこもこのトナカイの縫いぐるみを着た子供…のように見える彼は、実は随分と人見知りをする子なので、
『じゃあ、明日の朝。この先の、緑がいっぱいある広場みたいなトコで待ってるから。』
 そんな大雑把な約束をしたは良かったが、しまった、この広場って見通し良すぎて、ぼんやり待ってると誰かに見咎められると、今日になって此処に来てから気がついたうっかりさん。已なくこんなややこしいところへ潜り込み、ルフィが通りかかるのをじっと待ってた彼であるらしく、
「でも、ホントに大丈夫なんか?」
 俺は聖獣っていっても、ただの“使い魔”で、しかもまだ子供だからな。年経た天馬や翼竜みたいに、本人以外へも及ぶほどの大きな力は使えないんだ、と。
「だから、境目にある聖門までの通り道を開けることは何とか出来るけど、それ以上のフォローは到底出来ないぞ?」
 昨夜もそれを何度も言った。人語が判り、会話が出来るというのは、高位の聖獣にしか不可能な“自我”と“知性”の保持であり。そこだけを見れば、この小さな直立トナカイくんは、ユーモアを解したり馬鹿にすんなと怒ってみたり、はたまた他者を思いやることまで出来るところからして、相当にレベルの高い“聖獣”だと言えるのだが。まだまだ幼いがため、能力のゲインが低い。異なる次元へ行き来出来るといっても本人の身だけしかフォロー出来ないし、そもそもそんな格別な能力は、あのサンジが自分の使い魔にするために授けてやったという代物なので。厳密に言えば、次空転移だって、ある意味で彼のレベルには不相応な力。とてもではないが他の誰かまでもを助けてはやれない。そこのところを、昨夜の時点で何度も何度も言って聞かせたのだが、
「ダイジョブだって。ほら、去年。南の…天、炎宮だったっけ? 俺んコト、あすこに連れてってくれたバーさんが言ってたじゃんか。あたしは何にも手を貸しちゃあいないって。」
 間違いなく陽界生まれで陽界育ちのルフィは、だからこその“殻”を持っていながら、なのに。そのままで…アストラルボディ(霊体、精神体)しか居られない筈な天聖界へ、狭間の障壁さえ物ともせずに“存在する”ことが出来た。あの忌まわしき大邪妖の復活騒動の際に天聖界へ来ることが出来た彼だったのは、目覚めを迎えて封巌石から抜け出していた黒鳳凰が、凄まじきパワーで強引にその身を攫った、その余燼のせいではなかったかと皆して思い込んでいたのだが、
『人世界に生まれ育った住人だから、自力で壁を抜ける方法はさすがに知らなかったらしいけれど。』
 自分の復活の布石にと、彼を生み出すために“黒鳳凰”がかけた咒を“始まり”とするらしいルフィだから。殻も含めたその存在が丸ごと全部、こちらの世界にだって存在出来る仕様の。つまりは特別製の“筺体”なんだよと、けろりと言ってのけて下さった、それはそれは剛毅な女傑だったこと、ルフィは楽しそうに思い出してる様子であり。
「そだったなvv じゃあ大丈夫なんだよなvv
 ほっとしたように笑い返したチョッパーだったが、よくよく考えてみたならば。ルフィの天聖界への“遠足”が適わなくたって、彼に非や科
とがはないのにね。こんなにわくわくしているルフィがしょげちゃったら、きっと自分も悲しくなると、そんな風に思ったチョッパーだったようであり、ふんにゃり蕩けそうなまでに相好を崩して嬉しそうなお顔になると、
「じゃあじゃあ、俺について来てvv
 先程までのルフィよろしく、踊るような弾むような軽やかな足取りで、両手で帽子の縁を押さえもって…くるりとその場で後ろを向いた。
「え…?」
 ついて来てって言われても。よくよく育ったツツジの茂み。その枝々も、大樹に比すれば他愛ない大きさながら、それでもなかなかに強靭な張りようであり。株と株の狭間さえ見えないほどくっついて絡まりあっているのに、どうやってついてけば良いのかなと。少々考え込むようにその場に踏みとどまってしまったのだが。
「…ルフィ?」
 要領を得ないまま、動こうとしないルフィらしいと。そんな気配に気が付いたのか、怪訝そうに肩越しに振り返りかかったチョッパーは、それと同時に…自分が向かわんとしていた先の何もない中空へ、小さな蹄でくるんと輪を描いて見せる。

  ――― すると、どうしたことだろうか。

 彼の蹄の先が触れたところに、水銀みたいな軌跡が残って。くるんという動きのまんま、円というか、不安定な“輪”になってふわふわと浮いている。金属の光沢と水のゆらゆらと不安定ななめらかさと、2種類の質感が同居した不思議な輪。
「チョッパー、それ…。」
「うん。綺麗だろ? これが聖門へ向かうための入り口だ。」
 我が誇りとばかり、嬉しそうに にゃはりと笑い、
「さ、行こう。」
 ルフィの方へと手を伸ばす。もう片方の手は不思議な輪っかにかかってて、縁をぐいっと横へ引っ張れば、輪は好きなだけ大きく引き伸ばされてゆく。何だ、そっかと。やっとのことで理解が追いついたらしきルフィだったが、ちょっと待ちなさいな。チョッパーが不思議穴を空けられるのは判ったとして。そんな不思議な空間に、本当にあなたも入れるの? これまでは、例えばゾロがいたり くれはさんがいたり、引き合いに出してどうかではあるけど あの大邪妖がいたり。そういう…何てのか、影響力というのかな? 一緒にいるものへも波及するほどのパワーを持ってる存在と一緒だったから、それで可能だったんじゃないの? チョッパーがさんざん心配したのはサ、間違っての迷い込みはえらいことになるから、じゃあないの? チョッパーはただ、通過出来なきゃルフィが残念がるとしか考えてなかったみたいだけれど、もっと危ないことは起きないの? あの騒動のときにも、それ以降にも出て来なかった? この次元や、天聖界の狭間には“亜空”ってのがあって、そこはなかなか微妙なトコであり、うかうかしてると“虚無海”ってトコへまで運ばれて迷子になるって。そういう怖いことも懸念しなきゃいけないんじゃあ………って、こらこら、人の話は最後まで…


 聞きなさいよと言ったのが届いたかどうか。怖いもの知らずで無鉄砲な坊やは、チョッパーに手を引かれ、まずはの聖門へ向かう空間へとその身を滑り込ませる。二人が入り切ると、不思議な輪っかはすぐ背後でするする小さくなり、ふっと消えてしまって跡形もなく。
「あ、此処、知ってる。」
 いつぞや、くれはさんと逢った時に通った空間。突然現れた邪妖が隠れてた迷彩の亜空間から天聖界まで。先導してくれたくれはさんを追って進んだのと同じ、真っ白な空間で。霧とか靄に覆われてるというのではなく、立っている足元や左右に何もないというのでもなく。ただ色がないだけの、床がちゃんとある広々とした空間。
「ちゃんと ついて来いよ? 俺は鼻が利くが、ルフィにはどっちがどっちやらも判らないだろからな。」
「おう。全っ然判んねぇvv
 それが楽しいことのように言う彼なもんだから、お約束で“おいおい”と突っ込んでから。こっちだぞと たかたか、小走りで進み始めるトナカイくん。その後ろ姿の大半を埋める、緋色のお帽子を見やりつつ、陰さえ落ちない、光だけがぼんやりと満ちた空間を、今回はどのくらい走ったか。

  「さあ、ここが聖門だ。」
  「おおっ。」

 天高く聳
そびえるほどもの、背が高くてでっかい白亜の扉。特に凝った彫刻とかがある訳でもないのにね。神話なんかに出て来そうな、威容というのか威厳というのか、そんな気高いものや厳しいものを感じさせる存在であり、
「さ、入るぞ?」
「うん。」
 此処が問題。此処までは境も曖昧な空間だったけれど、此処からは。天聖界と人世界とをきっちりと分ける境界であり、単なる迷子が易々と素通り出来るようなところではないのだが。チョッパーが小さな腕で えいと押せば、ゆっくりながらも扉は開き、ただいまというよな勢いで入っていった彼の後に続いたルフィは………。


  「………わあぁ〜〜〜vv


 そこに広がるは、壮大圧巻な渓谷の風景。様々な形の奇岩がとりどりに並ぶ山岳の狭間を、滔々と流れる大河があって。結構な速さで流れているのが、あちこちの瀬で何とも涼やかな飛沫を蹴立てていて、それはそれは爽快な風情。
「ここは天炎宮の奥地、奇岩岳の修練場だ。」
 ルフィからのリクエストにお応えして、彼が知ってた“鍛練の場”というのへ直にご案内したらしく、
「俺が近づけるのは此処が限度なんだ。もっと奥に行けば、もっと険しかったり咒が全然効かなかったりと難度の高いトコもあるらしいけど。」
 そゆとこに心得のない者がうかうか近づこうとしたらば、無事に帰って来られなくなるのでと、チョッパーが語った説明は至極ごもっとも。
「こんなトコだと、まずは岩山を登ったり降りたり、急流を泳いだり、色々やれそうだな。」
 へえぇ〜〜〜と感心するルフィへ、
「………言っとくけど、何かやってみようなんて言い出しちゃダメだぞ?」
「なんで?」
 こらこら。その答えには“やる気満々でございますのに”という含みがないか?
(笑)
「だから。此処は聖なる場所だから、許可もないままに立ち入ってはいけないの。」
「うんうん。」
「それと…ルフィみたいな“お子ちゃま”が、こんな深山でいきなり修行するなんて、どう考えたって無謀だっての。」
 いぃい? 岩山はどれも、手掛かり足掛かりがほとんど無い奇岩ばかり。河だって水の神様そのものみたいに速くて、ここで泳ぐなんてとんでもない。よほどに修練を積んだ身でないと、あっと言う間に押し流されて。此処からどことも知れない亜空へ飛ばされちゃうんだからね、と。小さな腕をぶんぶんと振り回し、絶対にダメと念を押す。あまりの迫力に、
「わ、判ったって。」
 後ずさりをしながら たじろいだルフィ。ホントは、ちょっとは、何か“冒険”がしたかったんだけれど、
“ゾロが言ってたし。”
 自分のこの身を軽々しくも危険に晒すなと、それはそれは必死の形相で掻き抱かれて説かれたこと、ちゃんと忘れないでいるよと思い出してしまった坊やだったりし。

  「………ルフィ?」

 えとえと、はややvv ////////と。何でだか急に頬を染めちゃったルフィだと気がついて、
“何か、感じるものがあったのかな?”
 人間なのにこっちに来れるなんてのは、かなりの修行を積んだ身じゃないと無理な話だっていうからな。そんなだから、何かの気配を嗅ぎ取ったんだろな。さすがだな、ルフィってば…と、こちらさんも何にか感心しているチョッパーだったりし。………って、あんたたちって、ホント似てるよねぇ、属性が。
(笑)

  「はあ…。何か凄い景色に圧倒されたら腹が減ったぞ。おやつにしようぜvv
  「あ、うんvv

 チョッパーもサンジさんにお弁当を作ってもらったらしくって。平らな所を探してレジャーシートを敷くと、スナック菓子や総菜パンにコンビニスィーツ、ペットボトルのジュースにおむすびと。こんな小さなデイバッグによくもまあ入ってたなというほどもの“おやつ”を出して見せたルフィであり。二人仲良く山分けしながら、風光明媚な景色を目福に、楽しい一時を過ごすことにしたのだが………。









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  *ずるいでしょうか、こんな切り方は。(笑)