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夏の初めの七月頭には、昔の暦で数えての“半夏生(はんげしょう)”という日があるのだそうで。
『この日に、旬のタコを食うと夏バテしないんだと。』
これって関西だけの風習なんでしょうかね? タコは一年中獲れるそうですが、それでも行動が活発な夏場が一番美味しいのだそうで。それに、疲労回復に効く“タウリン”という成分を一杯含んでいるので、夏バテを払拭するには効果も絶大。とはいえ、今はタコ焼き用の輸入タコが激減しているのだそうで。タコって生態が今ひとつ詳しく判っていないので、養殖出来ないんですってね。………それはともかく。何だかなかなか進まないお話ですが(面目次第も…)、設定はあくまでもナミさんのBD付近。つまりは、七月の初め辺りのまんまなのであしからず。駅前商店街の、魚屋さんだかタコ焼き屋さんだかに、そんな蘊蓄話を聞いたらしい坊やが、いかにも受け売りでございますという話し方にてわざわざご披露してくれたので、それじゃあ今夜は“タコ尽くし”といくかと、カリカリの素揚げにふかふかなテンプラ。ジューシィなタコ煮に、出しのよく染みたタコめしと、勿論のタコ焼きという品揃えを書き出して。1つ1つの作り方、実は先日、商店街で魚屋と八百屋の女将さんたちに聞いておいたのを思い出しつつ、必要な材料をチェックしていた、今日はすっかり“主夫モード”だった破邪様だったが。
“……………んん?”
どしましたか? 肝心なタコを買い忘れてたとか?
“いや、それは今から…紅生姜と青ネギと一緒に、買いに行くつもりだったんだが。”
揚げ物もタコだけってのは芸がないから、オクラの素揚げと大葉にナスのテンプラとを足そうかなとか、庭の片隅に設けた家庭菜園を眺めつつ、思いを巡らせていたのだが。
“あれ?”
訝おかしい。何かが足りない。
“………いや、だから食材がじゃなくて。”
筆者からのお茶目な“ボケ”がありそうだったのへ、先んじてのツッコミを入れて下さってから(いやん)あらためて…何か熟考してでもいるかのように、その視線を少し下げて脳裏の隅々をまさぐるような集中をしてから………数刻後。
「あの馬鹿っ、どこ行きやがったっ!」
おおうっ、びつくり。(苦笑) やぁっと気がついたみたいですね。命に代えても守らにゃならない大切な坊やが、ルフィ探査器レーダーの“圏外”へ飛び出してったことに。(笑) 坊やがお気楽にも とてとてと自分でお出掛けしたものが、いくら何でも そ〜こ〜まで“遠く”への行脚だなんてことまでは思いも拠らなかったもんだから。途中からは気配を追うのさえやめて放って置いたのも不味かったというのは、まあ…いちいち行動を全部把握していてはキリがないので、当たり前っちゃあ当たり前な対処、それを失策と解釈する方がおかしいんですが。
“何処だ、何処だ…。”
瞼を伏せて感応器のゲインを上げる。いつぞやロビンさんがお目見えした時にも取った手だ。眸や耳で直接拾える景色や音や感覚のみならず、壁の向こう、風の向こう、関東全域、日本国中。切羽詰まりつつにしてはなかなか鋭く絞れた気鋭を乗せて、ぐんぐんとそのレーダー域を広げていると、そこへ上位次元から飛び降りて来た気配。
“………チッ。”
ルフィではなかったのでうっちゃって置こうかとも思ったが、
「お〜い、ゾロ〜。」
暢気そうな声を掛けて来たので、已なく“追跡センサー”のゲインを下げる。ボリュームを上げてるところへ大声を上げられては堪らないからで、
「どした〜? 馬鹿破邪、いねぇのか?」
一応は礼儀の順を踏んだか、玄関口へと降り立った天聖界からのお客様。声を掛けつつ靴を脱ぎ、勝手知ったる何とやらでスリッパを履くとすたすたと上がって来る。
「マリモ頭、返事くらいせんか。」
「うっせぇなっ、グル眉。」
ようやく意識を収納し切り、冷蔵庫を閉じたところで上がって来た金髪の聖封様とご対面。
「…やっぱお前、改名した方がいいんじゃねぇの?」
本名よりも何よりも、一番反応早かったしよと、素っ惚けたお言いようを下さる同僚さんへ、
「放っとけよ。」
相変わらずにつれない一言。ふんとわざとらしい鼻息をつき、分かりやすくもそっぽを向いた偉丈夫さんへ、
“まま、懐かれてもこっちがうざったいだけですがね。”
くすすと笑いながらポケットから摘まみ出したは煙草のパッケージ。唇に咥えた白い紙巻きに伏し目がちとなりながら火を点けつつ、
「もしかしてルフィを探してねぇか?」
さらりと一言。
「いきなり探査の気配をドッカンと広げやがった大馬鹿野郎様が居たんで、ちょいと来てみたんだがな。」
すっぱりと。ゾロがしでかしたことを察知して速攻でやって来た彼であるのだと、まずはのさりげないクギ刺し。今は平穏安寧な状況下にある此処いら辺だとはいえ、此処にこうまでの咒力を持つ“陰体ハンター”破邪、もしくは その関係者がいるぞと、その筋の者にはこれ以上は無いほどの判りやすさ、力の濃さや大きさにて広めたようなものだからで。
“…ったく、これだから素人は。”
警戒してここを“禁苑”とし、意識して避けて過ごすようになられちゃあ、これからの活動上も大いに困ろうがと。その胸中にてこっそり溜息。こういう探査のオーソリティー、それをこそ“専門”にしているサンジなら、同じゲインで、だのにそれと悟られない方法や手順というものをよくよく知っている。例えるなら、大声を上げて名前を呼ばわり、本人が返事するのを期待するという直球方式ではなく、各所にそれぞれの管轄が設けた様々な監視カメラの映像を、こっそりと無断拝借ハックする…とかいうほどの次元レベルの違う探査を易々とこなせる専門家。
「坊主、ここいらに居ねぇのか?」
とはいっても“夏休み”なんだろから、羽伸ばしにいちいちそうまで神経質にならんでも…と、他人事ならではな呑気な感慨。サンジとて彼が特別仕様の存在であることは百も承知だが、負の陰体からの“防御”は一応備えてもいる身だ。
「何かあろうもんなら、あの“翼”が反応しようよ。」
「………まあな。」
先にどえらい策謀に巻き込まれた彼らだったが、その折に…ゾロが隠し持つ“聖護翅翼”という防御の楯の片翼をその体内へと吸収しているルフィであり。よって、何かあれば元の持ち主であるゾロへ“ノータイム・ノンスペル”で瞬時に召喚の合図を送ってくる筈…というのは、前の方の段落でも既に書いてたんだったわねぇ。
「既に信じらんねぇほどの時間をかけてやがるからなぁ、この話。」
「暑くなると一気に執筆速度が落ちやがんの。ひ弱い奴だよな、まったく。」
ううう、う〜るさいなぁっ!///////(ナミさん、すびばせん…) 筆者が根性なしなのは今更なんだから置いといて。(うう…)
「で? それだけの用向きで、わざわざ聖封様がこんなところへ御足労下さったんか?」
ふざけた真似をしてんじゃねぇっと、念信の1つも送ってくりゃ済むこったろに。もしくはあの、直立トナカイの使い魔くんをメッセンジャーに仕立てるとか…と言いかかった破邪さんへ、短くなった煙草を宙から出した携帯灰皿へとねじ込むと、金髪痩躯の聖封さん、おもむろに口を開いてこうと一言。
「チョッパー、来てねぇかな?」
おやおや。そちらさんでも もしかして内緒でのお出掛けだったですか?(苦笑)
◇
さてとて、こちらは双方それぞれの保護者さんたちから行方を案じられてるお子様たち。風光明媚なんてもんじゃないほど、そりゃあ圧巻で壮観な奇岩の集まる、天聖界の習練場、“奇岩岳”という渓谷の只中にて。見晴らしのいい丘の上の草原を見つけて足を投げ出すように座り込むと、バッグいっぱいに持参して来たお弁当を広げ、デザートのスィートまで美味しくいただき。どこまでも青い空の下、周囲の絶景をのんびりと堪能していたのだが。
「よしっ。」
「こらぁ!」
あまりにタイミングが良すぎるほどの、すかさずのお叱りへ。まだ何にもしてませんがと、キョトンとしつつ大きな瞳を見張ったルフィへと、
「今の言い方っ! さあ今から何かしようぜって言い方だったぞっ!」
確かに…。(苦笑) 一応お食事前に“勝手な無茶はいたしません”という約束は取りつけたのにね。何なんでしょうか、今の“さあこれから一仕事だ”と言わんばかりな声の出しようは。とはいえ、ご本人様にはそこまでの“意欲”はなかったらしく、
「何でそうなるんだよ、信用ないなぁ。」
いくら何でもそこまで、ついさっき約束したばっかなのに忘れるほどまでものおバカじゃないぞと。失礼しちゃうな、ぷん…とばかり。少々膨れてしまったルフィだったものの、
「だって、だってさ………。」
チョッパーだとて言い返したくもなったのが、
「前に、ルフィ、俺が止めるのも聞かないで、防御陣から飛び出してったことがあったじゃないか。」
「?? あ…。」
そうでした。あの黒鳳凰騒動から帰還して、どのくらい経っていたか…まださして日を数えてもいなかった頃。あれほどの怖い想いをした彼だってのに、向こう見ずなところ、不用心なところはなかなか改まらなくって。いつも傍らにいるゾロが急な任務で夜中に出掛けていたその代わり、サンジが張った強力な結界の中、チョッパーが伝令にとお留守番をしていたのだけれど。珍しくも明け方早くに目が覚めてしまったルフィは、帰ってくるのが待ち切れないなんて言い出して。根拠もなく“大丈夫vv”を連発し、その咒陣から勝手に飛び出した。ところが。それを見澄ましていたかのように、大きな鳥妖に襲い掛かられ、あわや絶対絶命かというほどの窮地に陥った、苦くて怖かった経験があったから。信用があるないという以前、用心深い草食動物系の使い魔であるチョッパーがついつい執拗に念を押しても仕方がないというもので。
「…ごめん、チョッパー。」
しょぼぼんと小さななで肩をなお落としたトナカイさんへ、ルフィも思い出して反省のお声。自分が怖かったからってだけじゃなく、お留守番だぞと言われたその責任を果たせなかったこと、いつまでも忘れられない彼でもあるのだろう。ゾロやサンジのように、力や術で制止出来なかったチョッパーとしては、尚のこと、用心深くなっているようで。
「でも、今日は本当に大丈夫だぞ? ゾロもこういうとこで修行したんかって、観に来たかっただけだから。」
まだまだ男の子の拙さや不器用さが丸出しの純朴な手が、チョッパーの緋色の山高帽子をポンポンと撫で、
「こゆとこ見るとついつい勢いづいちゃうのは、何てのか、しょうがないクセみたいなもんだから。」
じっとしてはいられない、腕白さんだからね。でもね? チョッパーが困るようなことはしない。もう一度約束をして、
「あ、そ〜だvv」
何かしら思いつき、ごそごそそとデイバッグをまさぐって。そこからルフィが引っ張り出したのは薄型のデジカメ。あまりに小さな、まるで女性のお化粧用のコンパクトみたいだったから、
「何だなんだ、それ。」
「ん〜? カメラだぞ?」
「カメラ?」
泣きそうになってたチョッパーの黒みの強い眸が、今度は大きく見張られて。ルフィの手元を不思議そうに覗き込む。カメラ自体は知っていたが、こんな最新式のはまだ見たことがなかったらしい。こんな板みたいのでカメラなんか? 一通り不思議そうにしているのへ、自分の手柄みたいにフフンと笑ったルフィ坊や、
「これで写真を撮って帰ろっvv」
「写真?」
ますます玩具みたいな小さな三脚を取り出して、適当な岩を見つけると、そこへと立てて構図を決め。少し離れて、
「ほら、あれ見ててみな。」
「ほえ?」
撮る人が誰もいないぞ、大丈夫なのかと、やっぱり不思議そうにしているのへ、それこそ“大丈夫vv”を連呼して、手元のリモコンでシャッターを切る。同じ構図のままで何度か撮って、カメラをひょいと掴み上げ、
「ほら、見てみなよ。」
「はやや〜。」
裏を返した液晶画面に、早々と撮ったばかりの画像が出たので、これまたビックリしたチョッパーで。
「凄い凄いvv」
にこにこ笑ってはしゃぐトナカイくんへ、ルフィもつられて満面の笑み。
「だろ? 違うポーズのも撮ろう…?」
もっと撮ろうと紡ぎかかった言葉が…不意に途切れた。おやや? どうしたの?と、お顔を上げたチョッパーの視野に収まったのは、ルフィが次の画像をと画面が送られるよう操作したことで現れた“被写体”と同じもの。自分たちの背後のお空に、悠々とその身を躍らせて飛んでいたこちらの世界ならではな生き物で、
「なあなあ、チョッパー。これってさ。」
「るるるる、るふぃ〜〜〜。」
あれあれ、あれを見てと、自分が見ているものへ相手の注意を向けさせようとした動作。チョッパーの方が勝ったのは、
――― しゃぎぃいぃぃ〜〜〜〜…っ。
何とも摩訶不思議な声がしたことへ、ルフィが自分たちの背後を振り返ったから。そこに…青々とした高くて広い空の中ほどに、結構な大きさの生き物が。
「あれって、もしかしてこっちでは普通にいるものなんか?」
「フツーって?」
「犬とか猫みたいに、野良のがそこらによく居るっていうか。」
「一応は聖なる力を持ってる“神獣”だから、そうそうそこいらには居ないぞ?」
「チョッパーは他の動物の言葉だって判るって聞いてるけど、あいつとは喋れるのか?」
「俺が喋れるのは、人と魔物と聖獣止まりだよう。」
数ある動物たちの中でも、神様の位にいる相手だから。逢うこと自体が稀で、どんな言葉を使うやら。意志の疎通の必要を感じてないかも知れないからね、だからきっと判らないと思う…と。一応はお互いと言葉を交わし合いつつも、二人ともがその視線を釘付けにしていた相手とは。
「あれって、龍だよな。」
「うん。正式には水の龍。」
西洋の竜(リザド)ではなく、東洋の龍(ドラゴ)が、その長くて巨きな体をゆったりとうねらせて、広い空を、空だからこそ余裕の流線をなぞりつつ泳いでいる。凄げぇ〜、でかい〜っと、半ば呆然とした体ていにて揃って口を空いて眺めていた二人だったのだが、
――― おやや?
気のせいかな、こっちを見なかったか? 気のせいだよ、だってあんな遠いのに。そだな、ただでさえこっちは小さいのに、どうして判るんだよな? でも…何か、こっちへ向いたような気はするよな。あ、やっぱり? きっとここが開けた場所だからかもな。まるで金縛りにあっているのか、動けないままそんな言葉を交わし合ってた二人が、そぉ〜っとお顔を見合わせると、
「に、逃げなきゃっ。」
「チョッパー、穴は? 俺んトコへ通じさせる穴は空けらんねぇのか?」
「あ、そだなっ。」
境目の聖門を召喚する方法は、こっちからでも同んなじで、少々緊張しながらも小さな蹄で中空へ、くるりと円を描いてみたチョッパーだったものの、
「出来ないよう〜〜〜。」
「え?」
何でだ? 落ち着いて も一回やってみな? 励ますものの、何度やってもあの水銀みたいだった綺麗な輪っかは出て来ない。
「あの龍のテリトリーの中だからかもしんない。」
「テリトリー?」
うんと、半分涙目になりながら、チョッパーが言うには、
「こういう鍛練の場は聖域でもあるから、神獣の龍とかが居たりすんだけどもさ。龍っていうのは、存在感だけでも神聖だから。それがいる空間の咒や魔力を無効化してしまうんだって。」
だから、咒を使えない身での鍛練に集中出来るっていう、ここでの修行効果への逆の理由まで出来たくらいで。あわわ、どうしよう〜〜〜っと。かなり混乱を呈して来たトナカイくんをひょいっと抱き上げ、
「ルフィ?」
「とにかく逃げよう。」
開けたところに居るのが不味いなら、も少し先の、岩場の河原へ降りればいい。狭いとこなら追っては来れまいと、素晴らしい判断が働いたルフィであるらしく。
「諦めてどっか行ったら、チョッパーの魔法も使えるようになるんだろ?」
「あ、うんっ!」
頷いたのを見届けて、デイバッグを片方の肩にだけに負って。大きく深呼吸を一つすると、
「行くぞっ!」
もう巌のような鱗さえ見えるほど近づいた大きな龍の鼻先から、小さな二人、わずかばかりの草を蹴り、砂利を蹴り、脱兎のように駆け出しての脱出劇を敢行することと相成ったのだった。
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*七月初めのお話だったんだなぁ、これ。(しみじみ)
あれですね。頭の中ではお話が完結しているもんで、
なかなか書き下ろすのが進まないパターンに陥りつつあるってやつ。
それでエンドまで行かなかった苦い前例がありますんで、
頑張りませんと、はい。(とほほん) |