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いつもサンジにくっついている小さな使い魔のチョッパーにおねだりをし、天聖界の修練場、聖宮のある区域の果てにそれは荒々しくも壮観な風景が広がる、神聖なる修行場を見に来たルフィだったのだが、
――― しゃぎぃいぃぃ〜〜〜〜〜…っ。
特撮もののファンタジー映画とかで、いかにもリアルな姿というのを見たことがない訳じゃあない。でもでも、人間の世界ではあくまでも“架空の生き物”だからね? それこそ、映画の中のそいつという大きさに見えたほど遠くにいたものが、広大な空を凄まじい速さで突っ切って来て、ぐんぐんと近づきつつある大きな生き物。その身にびっしりとまとった虹色のウロコの1枚1枚が、うねる動きに合わせて陽の光を受けてはキラキラしてる。失礼でなければ“怪獣”と呼びたくなるよな、全長も胴の太さも新幹線以上はありそうな、それはそれは巨大な龍。
「で、でかい〜〜〜〜〜っ!」
「いや、あれはまだ小さい方だぞ?」
小脇に抱えられたまんまなチョッパーが、そんなお声を返して来て、
「成獣へ育つともう、人が出入りする場には現れない。巨きすぎて居られないんだって。」
普段はもっと上位の世界に住んでる。だから“神獣”って呼ばれてるんだと、感慨深げな声を出すものだから。
「…チョッパー、何か妙に余裕出てないか?」
「お?」
こちとら、追いつかれたらどうなることかと思いつつ、そりゃあ必死で駆けているのに。まだまだ小さいだなんて、大したことはないような言いようをして。
「あっあっ、えとえと…ごめんだよう〜〜〜。」
だってサだってサ、ルフィってば凄い速く走ってるからサ。まるで風の中にいるみたいで、安心しちゃったんだな。
「俺は使い魔になってからは、自分の脚ではそんなにも速く走ることはなくなっちゃったけど。」
本来だったら、逃げるための脚力はピカイチな草食動物のトナカイの眷属。そんなチョッパーが“うわぁ〜〜〜っ”て思うほどに速くって、それで何だか安心しちゃったのと風の中で切れ切れに言う。ごめんなさいだようとばかり、小さな蹄を胸の前でちょこりと合わせているのが見えて、ルフィは堪らず、ククッと吹き出したのを切っ掛けに、あっはっはっは…っと大きなお口で大笑い。
「…ルフィ?」
「ごめんごめん。」
そんな反省されるとは思わなかったって、今度はルフィがごめんなさい。
「いつもの安請け合いから言ってるんじゃなくて、でもなんか。実はそんな怖いって思ってないんだ、俺。」
「………え?」
フォームもバラバラなら、時々勢い余ってたたらを踏んでは、お膝が ガク・ガククって頽れそうにもなりながら。どこから見たって立派に(?)“なりふり構わない”全力で走ってるルフィなのに、
“怖くないの?”
言われてみれば、そういえば。人一倍怖がりなチョッパーが、こんな大変な時だってのに、呑気にも水龍のこと分析出来たのはなんでだろう。抱えてくれてるルフィが、妙に落ち着いてたからじゃなかろうか。パニックになっての焦りとか、怖くて怖くてと怯え切ってる身の竦みとか、そういうのがちっとも伝わって来ない。さすがに、泰然とした“落ち着き”はなく、大変だ〜〜〜っていう弾けた思いをその身に一杯詰め込んでるルフィではあるのだけれど。どうしよ・どうしよっていうような、怖くて堪らなくっての切羽詰まった想いじゃあなかったから。それでチョッパーも妙に安心してたんだと思う。脇腹に添わせるようにして、こっちの胴回りをしっかりと抱えられたままの態勢から、こそりとそのお顔を見上げれば、
“………なんだ。笑ってるぞ、ルフィってば。”
余裕見せるなんて不謹慎だなぁと言わんばかりに突っ込んで来たのも、彼自身に余裕があったればこその言葉だったらしくって。
“もうもう、なんて奴なんだろか、このヤロがっ!”
おっとと・おとと…と、ゴツゴツした岩場に足を取られては、やっぱり時々脚がもつれそうになりつつも。それをもまた愉快だと笑ってる豪気なお友達。チョッパーに不平を述べたほどに、そんな場合じゃあないってちゃんと現状は判ってはいるのだけれど。なだらかだとはいえ下り坂で、石もいっぱい転がってる、そりゃあ不安定な足場。とんでもないものに追われてて、一瞬だって立ち止まれない情況。なのに。追い詰められた体が“次はどうしようか”なんて考える前にも見事な反応を見せては、踏みしめても大丈夫そうな足場を探し、そこへと軽快に跳ねている。踏み込みも着地も、羽根のように軽くて。だからあのね? 転がってる途中の石でさえ、ちょい置きの足場にって少し斜めから踏みしめて、そのまま連続跳びを続けちゃえるの。柔軟な体ならではの、力に頼らない、間合い(タイミング)やバランスを上手に読んでの、なめらかな反応だからこそのものだとチョッパーには判る。見込みが少しほど外れて、踏んだ瞬間にグラリと崩れかかればかかったで、素早く次へ えいっと飛び移りながら、ああビックリしたなんて、ヒヤッとしたドキドキをさっさと過去のものにしつつ、胸を震わせて…喜んでる。追い詰められたという心情の方が勝れば、本来ならば、身が凍ってしまうかあるいは、恐慌状態に陥って本来の能力を出せなくなるものなのだろに。理性による制御の外れた“火事場の馬鹿力”を発揮したとしても、ならば意識は、ほぼ翔んでしまうものなのに。
「おっとっとっと。………あわわっと、危ねぇ危ねぇ♪」
だから、その“♪”は一体 何? どういう感覚? 傍の者がそんな風に呆れちゃうほど、自分の体の思いがけない機敏さを、すばしっこい反射を、おおう…とか言って、半ば他人事みたいにあらためて面白がって、変な余裕を見せているルフィ。
“全然痛くないもんな。”
抱えたチョッパーからは絶対に手を放さないが、抱き込み過ぎて痛くないようにっていう手加減も変わらないままというから、ホントにピンチだと思っているやらいないやら。妙な“余裕”のあるままに、それでもご本人は本気の全力で駆けているルフィへと、こっちも何だかますますの余裕を感じてしまった、使い魔トナカイくんだったりする。
――― とはいえど。
勢いもあってのこととはいえ、最初にいた丘からどんどんと斜面を下って下って。そこからは“修行”のための場だろう、流れの速そうな大河の河原、大きさが不揃いな石が散らばる原っぱにまで降りており。
「ルフィ。川には近づくな? 半端な流れじゃあないぞ?」
「判ったっ。」
降りて来たところしか出入り口はなく、後はずっと、衝立(ついたて)みたいに垂直に切り立った岩の壁が川と平行に延々と続くばかり。身を隠せるような逃げ場はないものかとチョッパーが必死で見回すが、なかなかそんな丁度いいところなんて見つからず。しかもしかも、
――― しゃぎぃいぃぃ〜〜〜っ!
気のせいでなければ。背後の頭上からする龍のお声も、随分と近づいてないかなと。さすがに毛並みを膨らませ気味になりつつ、ふるるっと身を震わせたチョッパーであり、
「凄げぇな〜、怖いよな〜。」
だったら、その口っ。真横に引いて“にししvv”なんて笑ってるじゃんかよっ。凄いってのはともかくも、怖いなんてホントは思ってないくせに〜〜〜っ。
“うう〜〜〜。”
思いはしても言う訳にはいかない。もしかして無意識なんなら、意識させた途端にそっちにも気を取られて、せっかくの運動能力が落ちるかも知れないから。
“せめて俺が、聖獣の言葉をもっと一杯勉強してて、神獣の通訳も出来るようになってたらな。”
日頃に使う言葉で足りてたからね。知らないもの、そうそう使わないものは覚えなくても良いやって思ってた。でもせめて、自分たちには害意も敵意もないと、ここを穢しに来たんじゃないと、あの水龍さんへ伝えられたら。
“…うう"。”
自分のテリトリーだってのに、ルフィに庇われていて。何にも出来ない自分を、これほど悔しいと思ったことはなかったチョッパーだったそうである。
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*ああう、進まない〜〜〜。(笑)
とりあえず、お元気なルフィ坊やの活躍ぶりを少々。 |