7
ルフィの気配が拾えないと気がついて、これは一大事だ〜〜っと慌てふためいていたところの、保護者で守護で、天聖界一のパワーを誇る破邪精霊さんを引き連れて。聖封一族の御曹司こと、サンジがまずはと向かったのが、天聖世界で彼の住まう館。天巌宮の首魁で頭目、風と時が巡る四季の中、冬の極寒を任された天使長ゼフとその一族が居住する荘厳な屋敷の一角、庭園の一隅に設けられた、離れのような小じゃれた別邸である。
「さってと。」
特殊な追尾の発信者の元への降下という、危険性は低かった代物へとはいえ、速効で対処せんという突発的な出動だったにも関わらず。一応はきっちりといで立ちを整えていたそのジャケットをポイと脱ぎ捨てて。淡いブラウンという気の利いた色合いのシャツの袖口を、手際よくまくり上げる。
「地上に居なけりゃ“こっち”に居るとみた方がいい坊主たちだが。」
それはあっさり言ってのけた相棒へ、ゾロがきりきりとその鋭角的な目許を吊り上げて見せた。
「こっちって。俺らはともかくルフィには、そうそう簡単に運べるところじゃなかろうがよ。」
素養があっても慣れがない。次界障壁を通過することがどれほどの難儀かは、上級精霊でなければ行き来出来ない現状をして、想像に易く。そんな壁を…こぼれてでも突き抜けてでも、通過して現れるような者にロクなもんはいないからと、
「それで能力者の俺らが始末に奔走してんだろうが。」
「いや、そんな言いようをされると身も蓋もないんだが。」
闇雲に駆け回っても詮無いぞと宥められたはいいが、やり場のない動揺心はそう簡単には鎮火し切れず。苛立ちが過ぎてのオーバーヒート状態だからだろう斟酌のないお言葉がかかったのへ、
“怒ると口が立つよな奴だったのか?”
不言実行を絵に描いたような男で、気がつきゃ独りでとっとと対処に動き出してた。そもそも、ずっとずっと単身単独で巨大凶悪な邪妖や悪鬼らと戦って来た…もとえ、問答無用で叩き伏せて来た奴であり。こんな独善暴走野郎とこれから組まにゃならんとはと、当初は本当にげんなりしたものだが、慣れてしまや…実はこれほど面倒のない相手もなかったから、
“それもまた少々ムカつく事実なんですけれどもね。”
素直じゃないところは聖封さんらしい言いようです、はい。何せ彼らが投入されるケースというのは、一般レベルの破邪では手に負えないほどに巨大だとか豪力だとか、もしくは…付帯条件が最悪すぎて、すぐさま蒸散させてしまわねばというほどの、極め付けの即効性を求められるような切羽詰まった緊急事態というものが殆どであり。後顧の憂いも何もあったもんじゃあない、間合いをわずかにでも間違えれば、気力が一瞬でも萎えれば、その身のみならず次界全体さえ相殺されるような、そんな凄まじい相手やシチュエーションが断然多くって。そこへと飛び込むのがまた、自分の持つ膨大な咒力を頼みに、後先考えない大雑把“よーいどんっ”野郎なもんだから。大務の後はいつだって…息があるかないかという極限状態で力尽きて倒れているところを、聖封一門のセーバー部隊に担ぎ上げられて戻ってくるよな目茶苦茶が十八番だった、まったくもって とんでもない破邪のお兄さん。よって、そんな苛酷な任務に同行出来、一緒に危地へも飛び込めて、尚且つ彼の暴挙を先回りして読むことがこなせる存在を“フォロー役”として彼に付けることに決めたのが、破邪の管理専任とされた天使長のナミさんであり。彼女の選択の末、白羽の矢が立ったのがサンジさんだったという訳で。
『彼の判断や行動を無理矢理力づくで制止する必要はないわ。』
あまりに理不尽な行動なのなら、言い負かすことでねじ伏せてもいいけれど、余程のことでもない限りは、あの馬鹿のやりたいようにさせてやって。それでいいという判断の下に、非常事態への最終兵器として投入されてる彼なんだから、と。春の女神様はあっさりとそんな乱暴なことを言ってのけ、
『事後における、彼や周辺の皆様への、的確、且つ、迅速なフォロー。それを余裕でこなせる人だと見たから、あなたに来てもらったの。』
戦場に強固な結界を巡らせて周辺へ影響が漏れないようにしたり、帰りの余力を考えない“片道切符オンリー”のノリでしゃにむに当たる大馬鹿破邪を、修羅場から次空移動へと蹴り込む形で掻っ攫い、早々にとって返してくれる頼もしい人ということで、お眼鏡にかかったサンジであったらしく。そんな風に言われて付いたこの“馬鹿破邪”さんはといえば、
“読み易いったらありゃしねぇ。”
高等なレベルの者同士だからか、それとも…認めたくはないが、実は自分も彼と同レベルの破茶目茶人間だったのか。どう動く気か、何をする気か。現場で何かしら打ち合わせの言葉を交わす必要も殆ど要らないまま、状況把握と共に“対処”が頭にパッと浮かぶようになるまでに、さほどの時間を必要とはしなかった。自分ならどうするかではなく、この馬鹿野郎ならどうするのかというのが、あっさりと読め、彼が駆け出すと同時にそのフォローにと自分の配置へと向かうことが出来る。そんな自分が時々空しい聖封さんでもあるのだそうだが、ままそれはともかく。
「チョッパーの気配も拾えないまんまなんでな。ルフィには通過の術はなくたって、あの子が一緒なら連れて来ることだけは出来るのかも知れん。」
冷静に状況をみたからこそ弾き出された、合理的な結論であり、全くもってその通りでございますので、なかなか大した推量をなさるサンジさんだったが、
「だったら。こっちでもあっちでも気配が拾えんままなのはどうしてだ。」
聖封といえば、封印術だけじゃあない、探知の権威でもある筈なのに。こっちで見つからないからと人世界へ降りて来たよな口ぶりでいた彼だった以上、その両方に気配がないままなのはやっぱりおかしいと、
「思ったからこそ、一旦此処へ戻ったんだよ。」
激高しかけていたゾロを宥めたほど落ち着いていたし、こちらへ戻っても淡々としているもんだから。まるきり心配してはいないのかと思いきや、よくよく見やればその表情は硬く鋭く、
「呼ばれてるって“引き”はないんだな?」
「ああ。」
それを思い出したゾロだったから一旦は鎮火したようなもの。ルフィがその身に取り込んでいる“聖護翅翼”は、単なる防御の楯ではない。ゾロの前世の体の一部でもあり、だからこそ、
「何かしらの危機にあれば、本人が意識せずともお前へその旨が届くんだろうがな。」
例えば意識がなかったりして、ルフィ本人がゾロを呼んだり念じたりが出来なくとも、彼の危地には何かが働くだろうし、それと同時、発動しているぞ、それほどのことが起きているぞと、本体にあたるゾロにもそんな状況だと伝えてくる筈だと。本人以上にその特質を心得ているのも、彼の大雑把さをきっちり判っていてのフォローの延長。マメなのはあくまでも女性に対してだけだが、面倒見がいいところは男女を問わない。旺盛なサービス精神の発露というよりも、中途半端を放っておけない気性をしている、そんな本人の精神衛生上よろしくないのでと、ついつい手が出る口が出るのだとかであり。………ナミさん、ナイスな配置です。(笑)
“元々、胸の裡とか俺らに読ませない、ちょっと特殊な子でもあったんだしな。”
それ故に、そんな効果が彼についてくれたのは、ありがたい事この上ないのだが、
「呼ばれてるって引きがないからって、安心してもいられねぇ。」
ゾロが妙に落ち着かないのは、こっちに移って来てさえ、ルフィの気配は拾えぬままだったから。どこへ向かえばいいのかが判らないのでは動けないから…相変わらずの五里霧中状態ではあるが、聖封様はもう1つ上の何かを憂慮しておいでならしく、
「もしかしたら、あいつら、
どの宮のかは定かじゃねぇが“習練場”へ足を運んでやがるのかも知れねぇ。」
「習練場?」
理解がすぐには追いつかなかったか、一瞬は眉を寄せたゾロがハッとして、
「そっか。あの箱根のDVD…。」
「心当たりはあるみたいだな。」
夕刻から来ただけのサンジはあまり注意を向けていなかったようだが、あの日はずっと、同じ旅行の映像ばかりを楽しんで観ていた二人だったし、天聖世界にもこういう場所があるとかどうとか、そんな話をしてもいたような。そういう流れのすぐ傍らに、ずっといたゾロはともかくも、
「何でお前、そんな推量が…。」
言いかけて途中で訊くのを辞めたのは、頭の出来が違うとか何とか、毎度お馴染みの台詞が返って来るだけだろうと思ったからだったが、
「なに、季節の変わり目だって事で思い出したもんがあるんだよ。」
さっき脱いだスーツ風のジャケットの代わり、腕まくりした身にはなかなか似合う、小道具入れだろうポケットを身ごろに沢山つけた、デザインよりも機能性優先と見て判るベストを羽織っているサンジが付け足したのが、
「幼い神獣が最初の脱皮を済ませて羽根のばしをする時期なんだと、
随分と前に くれはさんに聞いたことがあるんでな。」
「………っ!」
彼らが接する“専門分野”は、邪妖や悪霊、はたまた、瘴気に冒されて我を忘れ、暴走した聖獣の封印滅殺だが、それらとは真逆の存在も、知識としては知っており。龍や麒麟に朱雀鳥、一角獣に六枚翼を持つ天馬などなど、聖世界の象徴でもある神秘の獣。天聖界に満ちる奇跡の力が結集して生まれた存在だとも言われており、殊に龍や天翔獅子などという巨きなものは、成獣に育てば天聖界にさえ留まれない身。微妙にもう少し上の別の次界へ旅立ち、そこで永久とも言われている永の生を紡いで暮らすのだとか。そんなことから此処でも滅多にお目にかかれぬような存在なのだが、だのに誰もが忘れないまま把握しているのは何故かと言えば。何かと不安定ならしいそっちの世界では、成獣ほどの体躯ではない小さな子供を生んで育てるのが難しいらしく、そこで、何十年に一度という繁殖期にのみ、こちらへ戻って来て卵を産む。それを預かる天炎宮の天使長、くれはさんが言うには。天炎宮で孵化した後、四方それぞれの聖宮の聖域へと移り住み、数年ほどの幼年期を過ごした彼らは、本能で察知した親たちのいる次界へ向かうことが出来るようになるのだそうだが、
「それに選ばれる時期はたいがい“風わたしの儀”の前後だそうだ。」
吹く風の方向が一定ではなく、そのくせ強い突風が多い。そんな不安定な頃合いは、次界障壁も結びが心なしか弱まるから、彼らにすれば旅立つ先の匂いを察知し易いのだとかで、
「神獣の周囲には特殊な聖域が発生するからな。咒や能力は打ち消されてしまう。特殊な力や影響力も相殺されちまう。」
だから、
「習練場の深いトコまでは、さすがに入れないままな坊主たちだとしても、だ。間近で神獣がうろついてるんなら、それだけで。坊主やチョッパーの気配が俺らまで届かねぇのかも知れねぇってことだ。」
気性が荒いかどうかなどなど、資料はあまりに少ない神獣。手荒なことはしたくないが、それでもいざとなればという覚悟の下。相手を撹乱したり眠らせたりにつかえそうな、封印の一族が開発したあれやこれやのグッズを沢山のポケットに確認すると、
「まずはチョッパーに馴染みの深い、天炎宮の聖域、習練場だ。」
「ああ。」
準備万端整った聖封様と、やっとのことで行き先を決めてもらえた猟犬…もとえ、破邪様と。双方共に表情は硬いまま。もしかしたら万が一と言いつつ、かなりのところで可能性の高い、とんでもない存在との対峙を覚悟しながらの出立しゅったつと相成ったのでありました。
◇
天聖界の修練場。東西南北、それぞれの聖宮の果てに位置する“聖域”にあり、そりゃあ険しい岩場だったり、草一本生えていないほど乾き切った、広大な荒野だったり、引っ切りなしに嵐が吹き荒れるような苛酷な環境だったりし。しかもしかも、ずんずんと深山へと分け入れば、人間から見れば“魔法”のような、空中の何もないところから物を取り出したり、身を浮かせて飛んだり、風や炎を起こしたりという、彼らならではの不思議能力が封じられるようなポイントもあるというから、正に…その身を鍛え上げ、精神力を練り上げるためには格好の修行の場。そんなところがあると聞き、一度見てみたいとねだったルフィを連れて、その取っ掛かりにあたる“奇岩岳”という場所へと案内して来たチョッパーだったのだけれども。聖域と言っても端の端、まだ咒の力だって効くだろう隅っこだからと、行楽気分でいたところが。そんな聖域にあっても遭遇は稀だという、飛び切りレアな存在に…何でまた巡り会ってしまう彼らなんだろか。
――― しゃぎぃいぃぃ〜〜〜〜………っっ。
擦過音がメインの吠え声が、まだ遠い筈なのにずんと間近に迫って聞こえる。広々と開けて何もない、宙空高くにその巨身を泳がせて。風を切って疾走して来るその勢いが、そんな風にと聞こえさせているのだろうかも。そんな大声に追われながら、
「もっとこう、ギャオオ〜ンンとかドォオォォ〜〜〜ンンとか、どんと低くて叩くような声かと思ってたんだけどもな。」
しししっと楽しそうに笑って言う連れの暢気さ加減が、もはや理解不能な反応にしか聞こえない。
“…なんで。なんでルフィは、笑ってられるんだよう〜〜〜。”
龍だぞ、龍っ! 翼馬とか空飛ぶ魚妖とか、聖獣のうちの大きい奴だって、ああまでデカくはならない。そんな規模のもんがうじゃうじゃいたら、あっと言う間に人口(?)密度が高まってしまって…じゃなくって。もはや“生き物”の枠を超え、山とか沼とか、樹齢何千年っていう巨木とか、そういうレベルの存在。ああなるともう、風景の一部とかいう解釈を持って来ていいほどの、極めつけに“規格外”な相手だってのに。
“怖いよう〜〜〜。”
さすがにね? こうまで追われると、またぞろ恐怖感だって沸いて来る。自分たちみたいな小さいものなんて、あいつから見りゃ小石のような岩場に紛れて見えなくなって、すぐにも諦めちゃうかと思ったのに。ザカザカと砂利を踏み締めて逃げてるルフィのこと、執拗にいつまでも追ってくるんだもの、怖くて怖くて仕方がない。それにこの河原って、本来は修行にやって来た上級能力者たちが体慣らしに駆けてるような場所だから、どこまでもいつまでも延々と続いてて。傍らに壁のように沿っている岩肌にも、潜り込んで身を隠せるような洞窟や岩屋などが全く見つからない。突然の驟雨が降ってもこんな風に何物かに追われても、休憩するためのものなんて、あってはならない場所だということなのだろうか。
“ルフィ、大丈夫なのか?”
自分の身だけを案じて、それでと怖いのじゃあない。さっきまでは何とか平気だったけど、あのね? ルフィの呼吸がさすがにどんどん上がって来てるの。笑ってるし楽しそうではあるのだけれど、ルフィはまだまだ子供だから。筋骨たくましく精悍で、刀を翳して修羅場に立つことにも慣れているような、精霊刀使いの破邪ゾロや。機能的な所作もなめらかに聖なる咒詞と印とを繰り出し、そのスリムな姿態からは想像もつかないほどのパワーにて、大きな邪妖たちをねじ伏せてしまうサンジとは違って、ルフィは…多少は運動してたって、至って普通のお子様に過ぎないからね。次空転移も出来ないし、障壁も張れない、持久力にだって限りがあろう。なのに、チョッパーを庇ったまんまで駆け続けてる。
“ふえぇぇえぇぇぇ〜〜〜〜っっ。”
声を出しては、悲鳴を上げては。ルフィが心配するに違いない。危機なんだってことを意識したら、体に余計な緊張が加わるかも。オレはほら、慎重で注意深いトナカイの魔獣だからサ。何でもないことへも用心深くなっちゃって、大袈裟に怖いと思ったり緊張しちゃうだけなんだ。だから気にしないで全力を出しててよと、小脇に抱えられたまんまな彼なりの頑張り。怖いけど悲鳴は絶対上げないぞと、小さな両手でお口を塞いでいたけれど。
――― しゃぎぃぃいぃぃ〜〜〜〜………っっ。
あわわっ、お声が凄んごい間近になってる。後ろから追っかけて来ては、チョッパーのふかふかな毛並みを逆立ててる風はもしかして。龍が飛ぶことで、迫ってることで立ててる風なのかも? あまりのドキドキを静めるためのお呪(まじな)いよろしく、気がつけば、その胸中にて“怖いよう”の連呼をしていたチョッパーだったが、
「おわっっ!」
ルフィが不意に“おとと…っ”とたたらを踏んだ。小石を踏み損ねたか、それでもこれまでは軽く足元を撥ねさせてペースを守っていたものが、バランスを大きく崩して前方へとまろびそうになり、間近になった地面には、
“ひぃいいぃぃぃ〜〜〜〜っっ!”
もうそれの輪郭が判るくらいの影が落ちてるよう〜〜〜。神様の龍だったら、食べられはしなかろうけど、目障りな奴めとか思われて、かぷって咬まれたりするのかなぁ。がたがたと震えてるのが届いたか、ルフィの腕がもっと上へと抱え直してくれて、懐ろへぎゅうって抱え込んでくれる。でも、それで間近になったお顔は、まだあんまり緊迫感がないって感じで。………何で怖くないんだろう。あの、黒い鳳凰と戦ったルフィだから。もっともっと怖い目をくぐり抜けて来たルフィだから、だから…こんなくらいは平気なの? あとで、凄いな偉いなって言ったらば、チョッパーが居てくれたからだぞって言い返された。守らなきゃって思ったって。怖いようって震えてるの、止めたげたいって思ったって。一丁前なこと言ってんじゃないぞ、このヤロがっ。
――― そう。
その奇妙で緊迫感が一杯だった“鬼ごっこ”は、何とか無事な終焉を迎えてくれた。それも、たった一声の一喝で。
《 ドラドっ、止まれっっ!》
不思議な声が、渓谷に轟く勢い、まさに“鳴り響いた”のへ。ハッとして反射的に肩越し、背後を見やったルフィの視野の中。迫力でも畏怖や脅威という意味合いからも、最も大きな存在感を持つ龍の…随分と後方から、何かが宙を飛んで来ているのが見えた。把握する直前の“キョロキョロ”の段階、最初にちらっと視野を掠めたところで感じた第一印象は、ふわっとした見栄えがただの雲みたいだったけれど。よくよく見ると、四つ足の生き物がその四肢を伸ばして滑空している姿の腹側だと判る。雄牛ほどもあろうかというほどもの、大きな大きな、
「…犬だ。」
「ほえ?」
毛並みのいい、たいそう大きな、けれど俊敏な動作の犬。コリーかな、いやいやあれはゴールデンレトリバーだな。毛並みの色が淡い栗色の一色だけだし、コリーだともっともっと毛が多い。ただ、ゴールデンにしてもあんな大きいのはルフィも見たことがない。しかも空を飛んでいる。背中に翼があるでなし、ぴょ〜んっという跳躍を連続でこなしているにしては、足場もない高層の天空なのに…不思議不思議。龍が出た時点では、此処ならそれも有りかと、逃げこそすれどこかで納得してもいたらしいルフィだったのに。今度の闖入者はあまりに不思議だったらしい。その場に立ち止まり、そのままで空を見上げている。抱えられていたチョッパーもまた、そんな彼の態度へ焦りを覚えなかったのは、
「いつも言ってるだろうが。
お前は大きいし、大きな牙と尖った爪とを持っているから、
何にもせずとも小さな生き物には怖いのだと。」
お空の上からそんな声が聞こえて来たから。あっと言う間に追いついた不思議犬は、中空の一定の高さに身を浮かせ、安定よくも静止状態に留まっており。でもってこの声は、その犬の口からではなく、その背中へとまたがっている人の声であるらしいと判った。大きな龍もまた、あれほどの余裕で追っていた態度を、心なしか…身を縮こめているように見え、まるで
「…あのお姉さんに叱られてるみたいだな。」
「うん…。」
声は間違いなく女の人のもの。お母さんがやんちゃな坊やを叱っているような、そんな調子の声が少しばかり続き、時々風の音に紛れてしまう“お説教”が一通り済むと、龍はその長くて大きな身を甘えるように(?)くねらせてから、宙に大きな輪を描き、するする…っとやって来た方角の空へと素直に戻って行ってしまった。
「ありゃりゃ。」
雰囲気はともかく、必死のレベルで逃げてたのにね。あれだけで退散してしまうとは。少なからずも拍子抜けして、ルフィとチョッパーが呆気に取られて見送れば。そんな彼らのところへと、やっぱり龍の撤退を見送っていた不思議犬が、すい〜っとなめらかに降りて来た。軽さのあまりに浮いていたものが、少しずつ重りを蓄えて地上まで。そんな…エレベーターみたいな垂直さで降りて来た大きなワンコは、乱暴さもないまま すとんと地面へ足をつくと、愛嬌のあるお顔でそこに立っていたルフィやチョッパーの方を見、ふさふさの尻尾をぶんぶんと振る。そして、その背中にいた人が、
「すまないな。怖かったろうに。」
ルフィたちへと声をかけて来た。簡単なシャツと身に添うズボンは両方とも丈夫そうな生地のもの。それらの上へ、肩から腰へと斜めがけされた革ホルスターが背中の大きな剣を鞘ごと支えており、腰回りには別の剣が提がってる。二の腕には金の腕輪。前腕には手の甲や手首のガードから連なる黒革の籠手が装備されており。きっちりとした武装に身を固めたワイルドさを見せながらも、凛々しい姿勢と張りのある声をした、まさに“騎士”といういで立ちと風情の人物だ。
「悪気があってのことじゃないんだ。あいつってば、自分の体格を理解出来てないっていうか…。」
さっきまでルフィたちを追っかけていた龍のこと、悪い子じゃないから誤解しないでねと説明をしかかったお姉さんだったのだけれど。
「…あら?」
ルフィのお顔に何かしら、見覚えでもあったのか。大きなワンコの背中から降りて来ると、あらあらまあまあと驚いたような声を重ねつつも歩み寄って来て。そのまま、見下ろせるまでの傍らまで寄ると、暖かい両手で、坊やのふかふかな頬っぺを両方から包むように挟んでしまう。
「はやや…。」
「もしかしてあなた、ルフィくん?」
間違いなくお初にお目にかかる人だが、それにしては…かなり親しげな歓待の所作をお見せ下さったお姉様。やわらかい頬の感触を楽しむように何度か撫でてから、
「お話だけは聞いてました。」
うりうりと揉まれて、もしかしたらば生まれたての仔犬と同じような扱いなんじゃないかと思ったルフィへ、それは綺麗な溌剌としたお顔でにっこりと笑って見せてから。
「あたしはノジコ。ナミの姉です、初めまして。」
そんな自己紹介をして下さったお姉様でございます。
←BACK/TOP/NEXT→***
*いつまでかかっているやらのお話ですが、
このオチもまた、皆さんにはお察しだったことでしょう。(うう…。)
ゾロもサンジさんもその出生とかが明かされている中、
ナミさんの生い立ちと言いますか、
家族や環境なんかを書いてなかったなと思っての作品だったんですが。
もうちょこっと続きますんで、よろしかったらお付き合いのほどを。 |