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ハンカチを貸してくれた彼女が言っていた通り、保健医のアルビダ先生はお昼休憩から丁度戻って来ており、てきぱきと手当てをして下さった。ぎゅうぎゅうとキツく、大きめの絆創膏を貼り、
「出血の割に傷は浅いから、大人しくしていればすぐにも塞がるよ。」
指先とか末端部には毛細血管が集まっているから、ちょっとした怪我でも血が出るし激痛がするしでビックリしたろうがと、安心しなさいと言って下さり、
「それにしても不用心だね。自分の机の中に何が入ってるかくらい、把握してるもんだろうに。」
デスク前の回転椅子に腰掛けたまま、白衣と大差ない短さのミニスカートに包まれた肉惑的な脚をひょいと組んだ、それはそれは色っぽいセンセーに問われて、
「俺んじゃなかったんだ。」
ルフィは唇を尖らせる。まるで小さな子供のような言いようへ“はい?”と眉を寄せた保健医さんへ、
「覚えのないハサミだったんですよ。」
ウソップも言葉を添えた。授業によってはハサミやカッターナイフを持ってくこともあるけれど。そもそもルフィはそういう特殊なものや細かいものは、必要な日だって忘れて来るような奴であると、本人を前にして随分と失礼な説明をし、
「誰かが勘違いして放り込んでたのかな。」
顔を見合わせる二人であったが…ルフィくんたら怒らないのね。(笑) …じゃなくってだな。
「………あんたたちは、
机の中へハサミなんかを入れる時って、どういう方向で突っ込むよ。」
ふと。アルビダ先生がそんなことを訊いて来た。ほえ?と再び顔を見合わせた坊やたちに、机の上のペン立てから小振りなハサミを取ると、その柄の側を彼らに向けて差し出して、
「ほら持ってみ。」
「あ、はい。」
言われて、ウソップが受け取って。
「今はあたしがそういう渡し方をしたけれど。落ちてたのを拾って、さて、机の中へ突っ込む真似をしてご覧な。」
えと…と手の中でハサミを回してみて。
「…あ。」
何かに気づいて、ウソップが顔を上げる。
「そっか。刃がこっち向いてる入れ方なんて、滅多にしない。」
今、先生がやって見せたように、人に渡すために差し出す時は、危ないから…柄を相手に向けて刃の方を自分が持つのが礼儀だとされている。だが、引き出しではなく横向きに口が開いてる型の、学校の机のような中へ入れる時は、柄の方を手のひらに握って持たないか?
「坊やが指を切ったくらいだから、当たった拍子に横を向いたり動いたりしないほど、教科書なんかに食い込ませるくらいギュウッと突っ込んであった筈だよ? そんなまで強く突っ込むのに刃の方を握っていたら、自分の手のひらを突き兼ねないだろうが。」
うっかりとやり兼ねないことかも知れないが、その“痛た…”となった時に、これじゃあ奥まで突っ込めないと気づいてハサミを持ち直すか、固定されるほどまでキツく突っ込めないで終わるはず。
「…だけど、怪我をするほどきつく、しかも刃がこっち向いて入ってた?」
故意に構えてでなければやれないことであり、それって…かなり物騒なことなんじゃあと、裏に潜んでた“真意”に気づいてウソップが息を呑む傍らで、
「???」
当のご本人がキョトンとしており。そういう二人を見比べたアルビダ先生、
「………あんたがガッコでの保護者みたいだね。しっかり目ぇ配ってやるんだよ?」
「え"?」
ギョッとした未来の発明家の細い肩を、綺麗な白い手で…励ますようにポンポンと叩いてやったのだった。
◇
選りに選って利き手の中指を怪我したものだから。微妙なところであれこれがやりにくく、授業ノートが取れないのは困らなかったルフィも(おいおい)、トイレでちと不便だわ、お弁当は食べにくいわ。そしてそして部活に出られないのが少々堪えたらしい。見学していても体がうずうずして、ついつい…正座している膝小僧なんぞを握り締めかねないので、傷が開く前に今日は帰りなさいと顧問の先生から言われ、
「う〜〜〜〜っ。」
詰まらない〜〜〜っと、膨れっ面。とはいえ。荷物はデイバッグだけだったので、さほど不自由はしなかったものの、短い区間だけ使っているJRに乗る時に…定期を出したりにちょっち手間取ってしまい、これじゃあ仕方ないかとやっと納得。この上、パスケースから出すタイプのじゃなくて良かったね。(関西だとIcocaだけど、東京だとSuikaだっけ?)
“治るまで何日かは かかるんだろな。”
吊り革を持つと、ついつい怪我をしているもう一方の手も重ねてしまうので、ドアの傍ら、バーを掴んでうんざりだなと溜息。小さな怪我は絶えない方だが、こんなまで響くほどのものは久々だ。痛いのは割とへっちゃらで我慢も出来る。ただ…、
“………ゾロに何て言おう。”
別に自分が不注意やドジをした訳ではない。誰かが間違えてルフィの机にハサミを突っ込んだせい。それでも…ちゃんと確かめてから そぉっと探ってりゃあ怪我は拾わなかったろうとか何とか、やっぱり叱られるかなぁと。それを思うと少々気が重い。はあぁと溜息をついたそのタイミングに、
「おとと…。」
電車がカーブに差しかかったらしく、車体が大きく傾き。ぼんやりしていて不意を突かれたか…珍しくもバランスを崩してしまい、横手へとたたらを踏んだルフィであって。柔道をたしなむ身なのだから、いくら利き手が使えなくとも、いくら不意を突かれたのだとしても、そうそう簡単に翻弄されるはずはないのだが。………ゾロのことを想ってたってのは、余程のこと腑抜けになってしまう情況なんでしょうか、彼には。(笑) 小さな体がドア側から座席側へ ぶんと振り回される。ほんの数歩分でも、自分の意志でという制御を失ってのこと。転んでしまうかも…と感じたと同時、反射的に怪我をしている手を思わず伸ばしかけたルフィだったのだが、
「おっと。」
背中と腰と、咄嗟に受け止めて支えてくれた人がいる。そこにいた人へどんとぶつかってしまったのかしらと思ったほど、ごくごく自然に体が当たって、でも、避けもしないでそのままで居てくれて。
「あ、すいません。」
ご迷惑かけちゃったようと肩越しに顔を上げると、
「いえいえ。何ともありませんよ。」
穏やかそうな笑顔が見下ろして来た。スーツ姿の大人で、しかも随分と背が高い男の人だ。
「今日の運転手さんは、乱暴な人みたいですね。」
そう言って車内の方を見やった彼に釣られて、ルフィも通路の方を見やったが、自分と同様に振り回されて、床へと転んだらしい女の子がお友達に助け起こされているのが見えて。
「わあ、本当だ。」
感心しつつ、身を離して向かい合う。
「どうも すいませんでした。」
咄嗟に利き手まで延ばして体を支えていたら、傷口が開いていたところ。この人はそんな事情まではご存じなかろうけれど、とっても助かったからと頭を下げてのお礼を言ったところで、電車は再び…今度は急なブレーキをかけたもんだから、
「おっとと。」
「あやあや…。///////」
今度は頭を下げたまま、前のめりに転びそうになったところを、やっぱり同じ人に支えてもらった始末。小柄なルフィの上体がまんま懐ろへと飛び込んでしまったほどの大きな人だが、
“体つきは…華奢な方かな?”
いつもこういう態勢になって飛び込んでるのがゾロの懐ろな坊やだから、それと比較すれば…よほどの猛者でもない限りは誰だって華奢なんだが。(笑)
「…おや。怪我をしたのかい?」
咄嗟のこと、身を伏せるクッション代わりのように、自分の胸元へ伏せられたルフィの手の指先を見て、その男の人は銀縁のメガネの下の表情を案じるように曇らせた。
「あ、いや。大したことはないです。」
体勢を立て直しながら、照れ隠しに笑いつつパッと手を離したルフィへ、
「君くらい若いと、怪我をしてもすぐに…跡形もなく治ってしまうんだろうね。」
男性は柔らかな口調でそうと言い、
「だからって無茶はいけないよ? 君は平気でもきっと誰かが心配するんだからね。大事にしなくちゃ。」
ね?と。念を押すみたいに目許を細めて微笑ったお顔が優しくて、
「あ、はいっ。//////」
何だか保育園の園長センセを思い出したような気分になって。ルフィも思わず“いい子のお返事”を返していたほど。そんなにお年という風情でもない、若い人なんだのにね。貫禄、いやいや、人当たりがいいってのかな? にっこりと笑ったお顔が何とも言えなく優しくて人懐っこいものだから、一緒にいるのが楽しくなっちゃう。えへへvvと笑って向かい合ってるうちにも、電車はいつの間にやら再び走り始めていたらしく、今度は普通の減速&ブレーキで所定の駅へと到着した。
「あ、降りなきゃ。」
何だか名残り惜しかったけど、用とてないのにこのままその人についてってもしようがない。
「あの、ありがとうございました。」
再度頭を下げたルフィへ、
「いいえ。」
気にしないで下さいなと、やはりニコニコと笑ったその人は、
「またお会いする機会もあることと思いますよ? ルフィくん。」
そんな風に言ったものだから。
――― え?
聞き直そうとしかかったものの、他の降りる人たちに押される格好になってしまって、気がつけば…こちらは車外、ホームに降り立っていて。穏やかそうに笑って見送っててくれたその人は、ドアが閉まる寸前に誰かに話しかけられてそちらを向くまで、ルフィの上から視線を離さずにいたのだが。
「………あ。思い出した。」
はい? さっきの人って知ってる人だったの? ルフィくん。
「今週で定期切れるんだった。学割証明書、貰ってこなきゃな。」
………。ふ〜ん、そんなフェイント技も覚えたんだねぇ。(笑)
*今回は新しいお名前の方々も出ておいでです。
アルビダさんて、実は意外と好きだったりします。
笑える人だからvv
(でも、バロックワークスのトゲトゲの人と、ちょこっとかぶってましたね。)
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