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あまりに順調な進み方だったので。こうまで人の目が集まっていて、ルフィの周囲にもたくさんの生徒たちが密着しているこんな場面へは、問題の召喚師も生身の人間であるが故に近づきようがなかろうよなと。そういう…ちょっと油断した安堵の気分が生じかかっていたのかも。だから…ということもないのだが、いつの間に用意したのか、ハンディカムを舞台へ向けているゾロの傍ら、サンジが周囲には拾えない“伝信”にて、ゾロへと今のところの状況をまとめて聞かせていた。
《 こないだのあの“連結の楔”の咒陣だがな。 》
《 ああ。》
《 きっちり本格的だったんだが、それでも一応ネットで検索してみたら、一応の候補が挙がったよ。》
《 …ネット?》
《 インターネットだよ、そんくらい覚えな。》
ハイカラなことにも通じてる聖封様でございます。…じゃなくて。
《 そんくらい知っとるわ。》
そりゃあまあねぇ。学校の課題とかでルフィがいじってるでしょうからねぇ。(苦笑) そのくらいは知っていたゾロが馬鹿にしやがってよと眉を顰めたのへくすくすと笑い、
《 なんと、拝み屋なんて名乗って堂々とサイトを立ち上げてた奴が結構いてな。その中で、一番人気なのが“百計のクロ”って呼ばれてる、咒の名手なんだと。》
ハンドルネームか、もしくは商売上の仮の名か。随分とふざけた奴だが、依頼件数がかなりのもんでな。結果だの実例だのっていうような情報は一切なしの、単なる窓口って感じのサイトなんだが、訪問者数が半端じゃない。口コミで腕前の程が広まってるってことなんだろうが、と。人間の召喚師が相手とあって、ちょいと変わった足跡探しをしてみた話を持ち出したサンジであったのだが。
「………?」
場面転換が済んでパッと明るくなった舞台の上では、軽やかなワルツのB.G.M.が流れ。スカートを膨らませた綺羅らかなロングドレスの女生徒たちはそうでもないが、やはり慣れのないものだからか、大仰な貴族風のいで立ちが窮屈らしい男子生徒たちの方は…何だかしゃちほこばっているのが微笑ましい。そんな舞踏会の場面が始まって、隊長さんが号令をかけたところへ近衛兵さんたちが たかたかと機敏に駆けて集まってくる。大切な夜会だから、しっかり警護するようにというお言葉がある場面らしいのだが、何だか…皆して袖の方を見やっていて、話が次に進まない。そういえば…。
「…ルフィがいないな。」
「ああ。」
何かあったなと壁から身を浮かせたゾロの傍ら、軽く目許を眇めたサンジの脳裏へ直接届いたのが、
《 サンジさんっ、ゾロさんっ! 邪妖召喚の咒が…っ! 》
ビビからの伝信らしき、必死さで尖った細い声。それへと素早く反応し、
「ゾロっ!」
「ああっ!」
腕を振り上げて結界の印を切り始めるサンジの傍らから。軽く身を屈めた次の瞬間には、その身がその場から消えて見えたほどの素早さにて。講堂内の薄暗い宙高くを滑空して、舞台まで一気に跳んだゾロであり。舞台の脇の袖の方、騒然としかかる一歩手前で、何がどうしたとざわめきが始まりかかっていた中へと、やや強引に腕を差し入れ、生徒たちを掻き分けて近づいたその先では、
「…っ!」
どこから吹き出したそれなのか、鋭く強い突風が四方へと吹き出し、どうしたんだと周囲へ近寄りかけていた生徒たちが片っ端から跳ね飛ばされている。近寄りたくても叶わなくなったその中心へと、悲壮とも困惑ともつかない視線や顔を向けている生徒たちの肩や頭に触れ、次々に…昏倒させているのが、サンジと伝信をつないでいたビビであり、
「ゾロさんっ。」
駆けつけた破邪に気づくと、彼女もまた焦ったようなお顔をして見せる。そんな彼女が向いていた先、誰をも寄せつけない不吉な陣旋風を放っているその中心部にいたのが…、
「…ルフィ?」
時折放電するほどの強くて青白い光に覆われた、高校生には見えない小さな少年。何があっても守るからと誓った、ゾロにとっても大切な存在のルフィであったから。こんな場面は衝撃的で、思わず息を引くと言葉に詰まった。一体どんな呪縛に捕らわれているのか、柔らかいはずの衣装ごと、まるで蝋細工の人形のように凍りついて、その場に固まっている彼であり、
「ルフィくんの衣装、あの上衣だけが見つからないって騒ぎになったんですよ。それがやっと見つかって、皆で大急ぎで着せた途端に…。」
状況を見ていたビビが説明したその時だ。問題の上衣の背中の部分が、内側からの放電光に照らされて透けて。そこに一瞬浮かび上がったのが………。
「あれは…っ。」
見覚えが重々ある。いつかの体育祭にて、ルフィが手にしたカードに描かれてあった“連結の楔”の魔法陣。あの後、ルフィが何となく覚えていた円陣模様からサンジが割り出して見せてくれたものであり、まさか判りやすく配されるとも思えないが、こんな模様には近づくなよという注意を授けていたそれであり、
「そうか、衣装の裏に…。」
先に描いてあったらしい。これなら、本人へ近づかなくとも触れさせることは可能だろう。
「しかも…段取りを知っていた者、か。」
のっけから舞台に立って幕が上がるのを待っていたルフィであったように、主人公の彼は台詞や演技こそ極力削られて少ないが、その姿はほぼずっと舞台の上から下がらない。そんな彼に何か仕掛けるのは至難の業であるのと同時に、
“俺たちもまた近づけないからな。”
前の時に、異変が起こったルフィを素早く周囲から隔絶させる結界を張った存在があったことは、向こうにも知れている筈で。そんな守備陣営の油断の隙をついて手出し出来るのもまた、舞台の最中のみだったから。
「だからこんなやり方を?」
自分たちが手だし出来ないことを見越してだなんて、何て巧妙な手口なのかと悲痛なお顔をするビビへ、だが、
「隙を衝いてってのはどうだろうかな。」
ゾロが忌ま忌ましいという苦い顔をし、
「お前さんたちがいたのに失礼な言いようになって済まないが、手を出す機会なら他に幾らだってあったろうさ。」
柵に囲まれているし部外者がうろうろしていれば目立つからという過信から、安全だからと警戒も緩かったろう“学校”という場所。小さい子供たちよりは抵抗する力だってあろうし、自己防衛もある程度は出来るだろう高校生たちの学校だから尚のこと、敷地内に侵入するのもさほど難しいことではなく、よって…何もこんな衆目の中という難しい場面を選ぶことはなかった筈なのに。敢えてこんな賑やかな日と場所を選んだなんて。
「派手なことが好きな奴なのか、それとも…。」
「それとも?」
「今日のこの日でないと呼べない、特別な“何か”を召喚したいのか。」
どっちにしても、
“腕に相当な自信のある、とんでもねぇ野郎だな。”
本院の姿がここにないにもかかわらず発動したほどに、綿密に練られた計画であり、それがまんまと当たったのが小憎らしい。周囲の生徒たちは昏倒させたが、芝居が始まらないことへと不審に思う進行係や教師たちが次々に様子を見にくることは明らかで、場内のざわめきが少しばかりボルテージを上げかかったそのタイミングへ、
「…合の結界、式部の陣っ。」
不意に間近から上がった声があって。自分たちをくるんで…かすかな波動を帯びた障壁がするすると立ち上がる。
「待たせたな。」
「サンジさんっ!」
非常事態だからと“次界壁通過”…傍目からは瞬間移動に見えた亜空間移動にて、しゅんっと宙空から姿を現したのが、金髪痩躯の封印一族の御曹司。
「表ではたしぎちゃんが、外部との接触を断つ“楔”役を務めてくれてるから、そっちから誰かが新たに入ってくることは出来ないよ。館内は館内でやわい“合”にくるんだから、時間が留まったような状態になっている。」
時間を食ったのは、観客席の側でそんな手を打っていたせいであるらしく。ということは。この波動障壁は、彼らをくるんで立ち上がった結界ではなく、彼ら以外をくるんだ結界だったらしい。そうと語ってからサンジもまた、ルフィを見遣って目許を眇め、
「こないだのより強力な召喚の咒だ。だから…ルフィがまた、自分で自分の機能を止めたんだ。」
本人の意識でやってることじゃあないけれど、と。しょっぱそうな顔をしたサンジであり、
「館内の側の咒はすぐにも解けるから、その隙に強固な合を張り、そん中で一気に方をつける。」
関係のない人々にあんまり咒だの結界だのという“陰力”を掛けるのはよろしくない。余計なほころびを作る元だからで、こんな切っ掛けで、陰体を招きやすい場所や人になっては彼らだって堪らないだろうし、
“こっちだって仕事増えるしなぁ。”
こらこら。こんな時に余裕じゃないか、聖封様よ。そういった冗談はさておいて、
「合の中ということは、だ。より陰界に近いから、囲われた途端、召喚対象の化けもんが一気にどんと現れる運びになるに違いない。」
「…ああ。」
「いいな? こないだみたいな腑抜けたざまを見せんじゃねぇぞ?」
そんなアホをしやがったなら、今度こそまずは俺が蹴倒してから、邪妖に餌として食わせるかんな。言いたい放題きっちり告げて…それへとにんまり不敵に笑った破邪であったことへ、こちらも会心の笑みを浮かべて。
「いくぞっ。」
鋭く風を切って真横へと薙いだ撓やかな腕。静かに目を伏せ、低い声にて紡がれるは、合の結界を結ぶ咒の文言。それによって立ち上がった黄金の疾風の中、対象であるルフィと共に、破邪と聖封、二人の姿が、現世のお隣りの“亜空”へと滑り込んでゆくのを、固唾を呑んで見守ったビビである。そして………、
――― そんな様子を、少し離れたところから見やっている双眸があったのだった。
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*相変わらずお待たせしまくりのペースですいません。
さあ、いよいよの正念場です。
何か懐かしい名前も出てきましたが、
この辺りですぱっと、垂れ込める暗雲を振り切りたいところですよね。
頑張るぞ、おうっ! |