天使の片翼 〜月夜に躍るW H

          *このお話は『月夜に躍る』の続編にあたります。

       〜夏休み企画・2003〜
 

 
          



 乱暴で手強
ごわい警備に守られたこの屋敷に自分の代わりに潜入して、伝説の『シャンディアの天使』のもう片方、財宝を守っている方の"天使"の眠る場所への手掛かりが残されていないかを調べて下さいと。そうと依頼した張本人の"うてな嬢"が、選りにも選って現場であるN卿の書斎に現れて。何だか話がややこしくなったかに見えたものの、我らが大怪盗様にはこの辺りの展開もまた、重々お見通しな事態であったらしい。世間を騒がす大活躍を数多あまたご披露しつつも、これまでのずっとその存在を隠し果おおせて来た"大剣豪"を手を尽くして捜し当て、自ら乗り込む格好で今回の依頼を持ち込んだ、果敢な令嬢の彼女自身を差して、

   「偽者だよ。間違いなくな。」

 頑丈屈強ながら鞭のように無駄なく絞られた、機能的な体躯が きりりと凛々しく頼もしい"大剣豪"。民衆たちからそんな字名を冠せられたる、大怪盗ことロロノア=ゾロは、にべもなく言い切って、
「もしも"本物の"うてな嬢ならあっさり気づくだろうことに、まるきり気づかない。」
 そんな言いようを続けたものだから。
「…本物ならあっさり気づくだろうこと?」
 窓辺に立つゾロと、書き物机の傍らに立つ うてな嬢。このままだと、何だか"対峙する者同士"というよな構図になりそうな二人の、丁度狭間に立つ格好になっていたルフィ坊やが、きょとんと小首を傾げて見せた。自分だって、恐らくは今夜初めて来た場所である筈なのに、この書斎のどこに、そんな"鍵"のようなものがあると言って憚らないゾロなのだろうか。あの"バラティエ"に於ける、彼女本人からの大胆不敵なアプローチに始まってからこっち、目を通した資料も情報もほとんど同じな筈だのに、ルフィにはまるきり察しがつかないのが…ともすれば癪だ。むむうと唇をひん曲げたお弟子さんに、緑髪のお師匠さんは小さく苦笑し、
「メールがあったろうが。N卿が姪のうてな嬢へと送ったっていう。」
「うん、覚えてるよ。確か…。」
 依頼への説明の中で、彼女からコピーを見せてもらった短いメール。

  《約束していた素敵なプレゼント、もうすぐうてなに見せてあげられそうだ。
   でも良いかな? これは二人だけの内緒だからね。
   決して誰にも話してはいけないし、
   殊に、足元を見られるんじゃないよ? わかったね?》

 足元を見られるな、なんて、何だか蓮っ葉な文章であり、それだけ打ち解けた間柄の伯父様と姪御だったのだろうという方向で解釈した文面だったのだが、
「もしかして、足元って…。」
 そのまま素直に自分の"足元"を見下ろしたルフィの視線の先。濃色のラバーソールの靴の下に敷かれてあったのは…高価そうではありながらも、埃に埋もれてアラベスク風の柄文様がすっかりくすんでしまっている、毛足の長いペルシャ絨毯だ。だが、この絨毯ならば、さっき爪先でめくり上げて調べなかったか? 毛足が長いの分厚いのと言っても、何かを挟み込んであるならば踏んでみた感触で分かるものだし、細工をしてあったならあったで、めくった時に剥いだり継いだりした形跡が…ルフィはともかくゾロには一目で分かる筈。此処ではない別のところなのかなと、自分の足元から"つつつ…っ"と、顔を上げつつソファーセットの下にまで視線を走らせたルフィだが、
「この絨毯はその伯父様とやらが失踪直前に敷いたものだよ。」
 ゾロはその踵で、やはり彼の足元にまで及んでいる絨毯を"とんとん"と小突いて見せて、
「彼女が本物のうてな嬢だったなら、これじゃあないと気づく筈。どこか別の部屋から持って来たんだなってな。そっちのソファーにかけられた、カバー代わりに見える方のが、もともと敷いてあったラグだったんだから。」
 にんまり笑ったゾロだったが、

   「???」

   ――― えっと………それって?

 ルフィと一緒に"説明を請う"というお顔になった筆者へと、目許を眇めて"おいおい…"という呆れ半分な表情になりつつも、
「そこのマントルピースを見な。写真立てが幾つかあるが、この部屋で撮ったらしいのが何枚か混ざってる。」
 言いつつ顎で示した暖炉の上には、確かに…埃まみれの写真立てが並んでいて、
「そん中の一つ、学者っぽいおっさんがやたら愛想よく笑ってるのがあるだろが。それの足元に敷いてあるのが…。」
「………あ。」
 ルフィが手に取ったA5サイズの写真立て。埃というか汚れというか、べっとりなすったように曇っているのを服の袖あたりでぐいぐいと擦って拭うと、そこには…彼の言う通り、線の細い雰囲気のおじさんが写っているのが、月明かりの中にもはっきりと確認出来て、更にとペンライトの明かりを当てて確かめたところが、
「ホントだ、この絨毯じゃない。」
 ロッキングチェアに腰掛けた初老の紳士。その足元に敷かれているのは、今、彼らの足元にある絨毯ではない。
「薄手でしかもキルティングのラグだから、背もたれへのカバーに見えんこともない。それで不自然なものとは思えず、ついつい見落としたってトコなんだろうさ。」
 腰から一気に引き抜いた鋼鉄刀の、その切っ先を…薄く当てた浅い緋のラグ。どこか豪奢でかっちりした、ヴィクトリア調とかいうデザインやムードの調度によって固められた部屋には、成程ちょっとばかり浮いた存在の、いかにも手作り風な代物で。他の調度や何やも埃にまみれてくすんでいるから違和感がなかったというところか。
「だが、うてな嬢なら気がついた筈。伯父様からの妙な文面のメール。この部屋を訪れたら…あらあら、確かに"足元"に異常が…ってね。」
 説明を続けつつ、ラグの表面、触れるか触れないかという至近に刀の鋭い切っ先を浮かせて、何やら探っていたゾロだったが、
「…ここか。」
 つと。その動きを止めてから、一際やさしく…撫でるように表面を引っ掻くと。中央からやや端に逸れた辺りの大きなモチーフ、伸ばされた翼の片方だけというデザインの縫い取られた部分に、カミソリでそぉっと入れたような細い細い切れ目が一条現れる。そこへと潜り込ませた刀の切っ先、背側の上へ。くいっと引かれた仕草に乗って…小さな何かが掻き出されて。
「それって…。」
 少し大きめの切手サイズの、青いプラスチック・チップ。そう。デジカメやPCなどの記録媒体、俗に言うSDカードだ。
「彼女が言ってた"裏世界の情報屋に秘宝の謎解きをしていることを嗅ぎつけられた"ってのは本当の話だ。そんなせいで財宝目当ての怪しい奴らを招いてしまったってのもな。自分の身に迫った異変を察知して、この部屋を大急ぎで片付けた…関係資料を処分したのはN卿本人なんだよ。ある程度までは煮詰めていたから、それを機に…メモやら文献やら、研究資料の全てをこのチップに収めた上で、現物の方はきれいさっぱり捨てるか燃やすかしたんだろうさ。」
 ゾロの説明を聞いていて、
「あ…。」
 ルフィが思い出したのが、さっき開けた机の引き出し。何にも入っていない不自然な段があったのも、資料がごっそりと入っていたものを一気に捨ててしまったせいなんだと合点がいって、
「じゃあ、それって…。」
 刀の切っ先を振り上げて、宙へと跳ね上げ、逆の手でパシッとゾロが掴み取った小さなチップ。それこそが"シャンディアの天使"とやらの…N卿のライフワークである秘宝の在処を示す資料が満載の、この少女が"探してほしい"とゾロに依頼して来た"データ集"だということか。少しばかり節の立った指先に、チップをひょいと摘まみ上げ、
「あんたは確かに"これを探してくれ"と依頼して来たご本人ではあるが、身分を偽っての依頼だ。よって契約は不成立だな。」
 ゾロは不貞々々しくもニヤリと笑って見せた。こういう顔をすると、鋭く切れ上がった目許がなかなかに凶悪な、いかにも恐持てな面立ちとなってしまう彼であり、
「日頃だったら、偽名を名乗ろうが嘘の肩書を並べようが、そんなに堅いことは言わねぇんだが、同業者に良いように利用されるのは御免なんでな。」
 きっぱり言い切る文言の、よく通る声の響きがまた、格別な自信を奥底に秘めているかのようで。相変わらず彼の全てににぞっこんなルフィにしてみれば、何とも頼もしい限りなのだが、
"…同業者?"
 そう言いましたよね、確か今。この、偽"うてな嬢"のこと…なのでしょうか。そんなことまで読んでいた"大剣豪"さんだということなの? そして、
「………。」
 ルフィや筆者とは、恐らく別な感慨をもっての沈黙を保っていたお嬢さんだったろうが、俯いていたお顔を ついと上げると、

   「そこまでバレちゃうなんてね。」

 いかにも育ちの良いお嬢様風の口調をあらため、どこかで何かを吹っ切ったような、さばけたお声を出してみせる。ということは、やはり彼女は"偽者さん"だったということでしょうか。
「やっぱり見込んだ通りの"大した人"だったわね。」
「そりゃどうも。」
 お褒めいただきまして光栄しごく…と、鷹揚そうに応じたゾロへ、
「警備陣やら此処の雰囲気からそこまで読み取れちゃうなんて。」
 盗賊としての体力やら身の軽さ、大胆さのみならず、推理の妙や機転まで買った自分の目に狂いはなかったということよねと、そうと言いたいらしきお嬢さんだったが、

  「おっと、それは違うな。」

 ふふんと居丈高に…口許を不敵に歪ませて笑って見せるゾロであり。
「俺は『バラティエ』であんたに"話を聞こう"って持ちかけた時点で、この"裏"はある程度まで読んでいたんでな。」
 見くびってもらっちゃあ困るなと、やはり余裕のお言いよう。そういえば、あの時の彼女の再登場場面。話は分かったと言い出すその時まで、ゾロさん本人はずっと黙っていたような。ナミさんたちと彼女とのやり取りを余さず聞いていて、矛盾はないか穴はないかとしっかりチェックしていたんですねぇ。さすがはこの道のプロであることよ。まだ"おまけ"があったということなだけに、
「な…っ。」
 少女はハッとして息を飲み、
「だから、それなりの手も打たせてもらってる。今頃はN卿も無事に救出されているだろし、本物の うてなちゃんとご対面している頃合いじゃないんかな。ちょうど今、成功したってメールが来たから。」
 怪盗さんが顔の高さにまで持ち上げたのは携帯電話。バックライトで白く光るモニター画面には、小さな伝言文字が並んでいて、
「あ〜〜〜、それ、俺のじゃんか。」
 勝手にいつの間に〜っと憤慨するルフィに、
「まぁま、ちょっと借りてただけだ。」
 苦笑を見せるゾロと裏腹、
「…っ!」
 少女は今度こそ…明らかに驚愕に満ちた表情をして見せた。N卿を無事に救出したという言葉の意味がようよう分かるからだろう。つまり、
「向こうに詰めてたろうあんたの仲間がどう対応したのか、今どうなっているのかは知らないが。こっちも頭数が限られてるもんでな。鳴り物入りで派手に突入しての救出作戦って訳にはいかなかったろうから、それが成功したって事は…見張り役にはまだ気づかれてないのかもしれないが。」
 そう。この部屋の主であるN卿を拉致し、監禁状態においていた"彼女たち一味"であったということであり。そして、そんな現状をきっちりと読み取って、そっちへの対処も秘かに進めていたゾロだったということになる。彼女の読みをあっさりと越える、この見事なまでの采配には、
「なんで…。」
 不敵な様子でなんか居られないのか、ただただ"何故?"という年齢相応なお顔になっているお嬢さんであり。そんな彼女へ容赦なく、ゾロは"答え合わせ"をしてやることにした。
「あの"A・マーニュのドレスに目をつけた"ってトコまでは良かったんだ。ただ、そこからどうして"大剣豪"に辿り着けるんだろうね。あの仕事は誰からも依頼されてはいなかった代物だし、結果的にこいつが主犯で俺は犯行時には全然顔を出しとらん。」
 当時"うてな嬢"に化けたルフィへと顎先をしゃくって見せてから、
「それに俺は予告状に名前を書いたりはしない。予告状自体、馬鹿馬鹿しくて滅多に出さないからな。ついでに言うと、俺は自分で自分のことを"大剣豪"だなんて名乗ったことはないんだよ。」
 そう、この彼が"大剣豪"という異名を持つのは、周囲が勝手にそう呼び始めたのが発端で、彼自身はあまりその名を名乗ってはいない。彼らしき姿を見た人が、ああ、噂通りの風体だ、あれがそうかと、そういう順番で記事になっているのであって、
"…恥ずかしいんだよ、そんな芝居がかったの。"
 なのに、あの事件を"大剣豪"の仕業だと結び付けられたということは、
「あんたもこっちの世界の人間でなきゃいかんということだ。」
 故買屋から早々に盗まれていた本物の青磁の壷。そっちの仕事へは、もしかすると…薄々感づいていた者があってそういう噂が流れているやもしれないが、だとしたら。やはり、一般の、いやいや、上流階級のやんごとなきご令嬢がそんな噂を知り得るはずはなく、
「あの壷に関心があったクチなら、時代がかった秘宝や骨董を専門にしてる窃盗団ってところかな。確か…名前は"アラバスタの風"。首領の娘がビビとかいって、あんたくらいの女の子だって話だが…違うかい?」
 まるで。先日"バラティエ"に来た彼女が『いかにして"大剣豪"まで辿り着いたか』を披露して見せた過程を模倣したような、それはお見事な"種明かし"であり、

  「周到にやり過ぎた上に詰めを誤ったな、ネフェルタリ=ビビさんとやら。」
  「…くっ!」

 背中まで流れる長い長い髪が、口惜しげに顔を振り上げた彼女の動作に合わせて ふるりと揺れた。そこまでも突き止めていたのかという、大きな驚愕と憤怒とが彼女の身を知らず震わせたというところだろう。
「さすがは"大剣豪"よね。腕前を見込んだは良いけれど、ただ利用するには一筋縄では行かない手強
ごわい相手だろうからと、念には念を入れたのが仇になっちゃったか。」 肩を落とすほどの溜息をついて見せ、
「あなたが読んだその通りよ。N卿はそりゃあ頑迷な小父様でね、どんなに脅しても賺
すかしても、秘密は明かさないわ、食事も取らなきゃ眠りもしない。あれでは、例え此処へ連れて来たところで口は割らないことでしょうし、そうかと言って私たちには悠長に構える時間もない。」
 何たって、メールのやりとりをするほど仲良しの姪っ子がいるような小父様ですものね。そこで、その令嬢に成り済ました彼女だったということならしいが、
「素人に化けたのは微妙な手だよな。相手によっちゃあ容赦なく消されちまうぜ?」
「まあね。あなたたちみたいに、素人だったら不慣れで嘘もなかろうからと親身になってくれるなんてむしろ珍しいものね。」
 いきなり厭味ですかい? お嬢さん。小さく笑って肩を竦めたビビ嬢は、
「確かにね、こちらの素性をそういう方向で誤魔化すと、身の危険っていうリスクもなくはなかったけれど、素人相手だってことで油断する公算の方が断然大きいのよ。何も知らないだろうって、隙だらけになりやすい。」
 ふふっと笑って見せる。
「あなたたちだって、そうやってあの美術館の館長さんたちを欺いてたじゃないの。」
 彼らがうてな嬢の名を騙
かたった"青磁古陶盗難事件"を持ち出し、
「ま、今回はキャリアの差が出ちゃったっていうことなのかしらね。」
 やれやれという様子を見せる彼女ではあったものの。すらりとした華奢な体の線に沿わせて、無造作に降ろされていた両の腕。その細っこい腕が…ふっと上がったかと思った次の瞬間、

   「動かないで。この子がどうなっても良いの?」

 多少…数歩分ほど距離があったのを素早く詰めて。あっと言う間にルフィの背後へと身を寄せた彼女は、鮮やかなまでの手際で小柄な坊やの上体を腕の中へと囲い込み、もう片方の手に抜き身のナイフを構えて見せた。当然、その切っ先はルフィの喉元に突きつけられており、
「そのチップを渡してもらうわ。それから、メールって言ったわね。そのお仲間に伝えなさい。N卿を引き渡せと。」
 ゾロによってその正体が暴露された"謎解き"の段階から、彼女の態度に見えていた"令嬢"らしきおっとりとした風情、少しずつ薄れて剥げていたのだが、ここに至っては…むしろ邪魔だと言わんばかり、自分から残りを脱ぎ去った彼女であり。眼光鋭く怪盗さんを睨み据え、逆手に刃物を構えた勇ましさがいっそ小気味いい。
「引き渡すって…どこの誰に?」
「体勢を立て直してお迎えに参上するわ。そう、あのお店までね。」
 今回の段取りではまんまとしてやられたけれど、駆け引きでは負けないぞという勢いのある、その居丈高な口調までが生き生きと冴えていて、
「それまではこの子を預からせてもらうわ。」
 一気に強気な心持ちまで戻った彼女であったらしいが、その子への"それ"だけは…ちょっとヤバいかも。
(笑)
「別に俺は構わんが。」
 但し、その子に手ぇかけると、自分なんか較べものにならんほど、もっともっと怖いお兄さんが逆上して地獄の果てまで追っかけて来かねんぞ…と、ゾロが飄々と言い返そうとしかかったそのタイミング。

   「…ゾロ。」

 人質になっていたご本人が、いかにも夏向きの低い低いお声を放った。
「んん?」
 なんだ?と訊き返せば、幼いお顔がガバッと上がって、
「俺まで騙したなっ!」
 こちらもまた、それは勢いのあるお声を放つ。
「騙すって…?」
「俺、そんな運びになってたなんて全然聞いてないもんっ!」
 おおお。これは怒っております、ルフィくん。とはいえど、
「敵を欺くには…って言うだろうが。それに、お前、女子供にはまだまだ甘いからな。」
「うう…。」
 あっさり言い返されて口ごもっているようでは、まだまだというところでしょうか。ううう"と唸って、だがだが こっちもまだま だ引かない。
「それにっ、俺が人質に取られても構わないのかよっ!」
「まあな。いっそせいせいするかもな。」
「ひっでぇ〜〜〜っ!」
 これにはさすがに熱
いきり立ち、
「薄情者っ! ゾロってそんな奴だったんかっ?!」
 日頃はどんなにだらしなくとも、先進のあれやこれやにちょこっと疎くとも、正義漢たるところいうのか信念というのか矜持というのか、そういう侠気
おとこぎがあるから惚れ込んでるルフィだというのに。それを何てこと言うんだよとばかり、憤懣爆発、ぎりぎりと怒って見せた坊やだった…のではあるが。
「それっくらいは自分で何とかしろって言いたかったんだが…。」
 ちょいちょいと。間近になったお鼻の頭をつついて見せて。

   「…あれ?」

 きょろきょろと自分の身の回りを見回すルフィくんだったが…就縛からはとっくに離れているから、期せずして"何とか"した訳やね。
(笑) いきなり"ぷんぷくぷんっ"と憤慨し始めて、ビビが突きつけていたナイフも眼中にないまま、自分の手で"邪魔だっ"と退けた彼であり。この部分は…はっきり言ってゾロも想定してはいなかったらしくって、
「どうするね、ビビさん。」
 お気の毒ながら人質もいなくなってしまったが…と、わざわざ問いかければ。
「くっ!」
 こうまで緊張感なく嬲
なぶられては、さすがに正気ではいられないとでも言いたげな、キィ〜〜〜ッというお怒りのお顔を見せてから、

   「もう良いわよっ!」

 おおう、とうとうキレましたな。
(おいおい/笑)
「今回は諦めるわ。安心なさい。あのお店にも足を向けないし、勿論、あなたたちのことを公表もしないから。」
 大きく肩で息をしながらのご通達。これ以上興奮させても何だからと、黙って聞いてたゾロだったが、
"まぁな〜。あれほど揮発性高かったナミに何言われるか判らんのだから、わざわざ顔出しには来ないだろうよなぁ。"
 そですよねぇ。
(笑) それに、彼らの正体を明かしたならば、そんな彼ら自身の口から…自分たちの素性もある程度、暴露されかねないという大きなリスクが間違いなく付いてくる。仲間ではないけれど、それでも"同業者を腹いせに警察に売った奴"ということで、裏の世界での評判も落ちて仕事もしにくくなるとあっては、
"黙ってる他はないってもんだよなぁ。"
 だのに恩着せがましい言い方をしたのは、せめてもの威嚇というか勢いというか。まだまだ青いお嬢ちゃんであったらしいとの認識も新たに、
「分かったからとっとと帰ったらどうだ。父上が心配してるかも知れんぞ。」
 とほんと、のんびりした声をかけたりしたもんだから、


   「解ってるわよっっ!!」


 ガンっと怒鳴ってから、高々と上げられた御々足(おみあし)にて床を"ダンっ"と思い切り一踏み。確かナミさんも同じような怒り方をしてはいませんでしたっけ…とルフィが思い出したのは、彼女が窓から立ち去って数刻後のこと。何だか妙な一件だったが、

  「………じゃあま、帰ろっか。」
  「そだね。」

 屋台が出てたら何か喰って帰ろうか。あっ、俺、三枚肉を挟んだナンが良いなvv…などと。何事もなかったかのようなお気楽な会話を交わしながら、二つの陰が屋敷から離れていって。後はただただ静けさが満ちるばかり。全容は夜空に浮かんだお月様だけが見ていた、何とも奇妙な夜陰の出来事でございましたのじゃった。
ちょん♪














   ――― で?

       え?

   ――― その天使像はどうしたのよ? SDカードも。
       資産家一族の祖先が隠した"お宝"の秘密が詰まってたんでしょ?

       ああ、あれか。勿論、元の場所に返して来たさ。

   ――― ええっ? なんでなんで?!

       …あのな。他の誰ぞに依頼された訳でなし、勝手に持って来れるかよ。

   ――― だって………っ!

       大体、資料とやらがあったところで、俺は専門家じゃないからな。
       何がどう判るやら、解読とやらに時間を喰っちまう。
       そんな面倒なお宝には興味ないんだよ。

   ――― でも…。

       本当に謎が解けたんだかも怪しいしな。
       拉致されたN卿とやらが黙んまりを続けたのは、
       まだ自信がなかったか、
       一族外の人間にとっては
       大した"お宝"ではなかったからなのかもしれん。

   ――― う〜ん。

       それに、だ。
       本物のうてなちゃんに悪いだろ?
       せっかくのお楽しみなのにサ。

   ――― ………キザ。

       放っとけよ。




   〜Fine〜  03.6.18.〜9.3.



   *あああ、何とか終わってくれました。
ぜいぜい
    こんなややこしいお話にお付き合い下さった皆様、
    お疲れさまでした & ありがとうございます。
    変てこな夏の名残りの残暑が恨めしかったです。
    どさくさに紛れて懐かしいお顔の
    敵というかライバルが登場してしまいましたが、
    このシリーズは冗談抜きにネタを練るのがなかなか難しいので、
    この先、またの出番があるかどうか。
おいおい
    これからも末永く、どうかよろしくお願い致します。
 

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