天使の片翼 〜月夜に躍るW

          *このお話は『月夜に躍る』の続編にあたります。

       〜夏休み企画・2003〜
 

 
          



 そこは港町の随分と場末。本来だったら、ただただ荒んでて何か物騒な一角だったんだろうけれど、陽のある間は妙にあっけらかんと見通しがいい不思議な一隅で。しかも、若いお嬢さんたちという、ここいらには丸きり似合わない種類の人々の出入りもあると来て、やっぱり何だか不思議な町角。

  "それだけ、腕が良いということなんでしょうよね。"

 そもそもは貨物船が就航する"商業港"が栄えてた町なんだけれど、これもある意味で景気が良いからなのか、それとも結構ハイソな人々が住まいとするベッドタウンが、すぐ隣りの丘陵地に拓けたからか、大きな客船も就航するようになった。となると、治安が問題になる。観光客が増え、リピーターが新しい客を招き、各地の名所に足を運んでそこここでお金を落としてくれる…というのは、物資の流通に比べると直接の収益は大したことはないのかも知れないが、それでもそういう人々の来訪は街の活気の質を高めてくれる。遠来の客人たちの大半は、羽を伸ばしに来たのだからと、金に糸目をつけないで高級で行き届いたサービスを求めて来る。よって、ホテルや飲食関係の店は清潔さと安心のサービスをうたって競争し。また、そういう方々は大きな街から進んだ流行や情報を運んで来てくれるから、街の文化面での品位もレベルが上がる。………とはいえ。身なりのいい客人たちは、そのままお金や財布にも見えるから。ましてや観光に来たよなおっとりした人々は、あまりに警戒が薄くて注意力も散漫で物騒極まりないから。一歩間違えれば、享楽的な方向への薄汚れた快楽の街に成り下がりかねなくて。

  "ところが、女性の力の物凄さvv"

 そう。ところが、だったのだ。この街の一角、さして宣伝も打ってはいない小さなカフェ…というかスナックというのか、小さな小さなグリル&喫茶のお店が、口コミで途轍もないほどの評判を集めた。口コミといってもただの"口伝え"や"風評"じゃあない。インターネットというとんでもない媒体経由で、末端はメールによる"噂"が、音もなく目にも見えないままにじわじわと広まって。今やそのお店の情報は"世界"という大海原の隅々にまで行き渡り、気がつけば…昼の部はおしゃれな女性客が流行情報誌を片手に引きも切らずで訪れる有名店となっていた。そうともなると不思議なもので、そのお店に触発されて周囲の店々の趣きも何となく様変わりをする。たった一人では踏み込めないような胡散臭い場末の店でも、集団になった女性は強くて、隣りが精力剤や怪しげなグッズの店でも堂々とやって来る。それどころか、そんな…ちょこっと男性向けかもしれない店にまで物珍しさから入るようになる。そうなると、お嬢さんたち向けの"ふぁんしー"な商品も置くようになりの、愛らしいものの方が受けるのなら売れるのならと、品物の傾向が徐々に変化しの。気がつけば…ここいら一帯、船着き場や繁華街から遠く離れた"場末"であった筈が、荒くれ船乗りが酔っ払ってとぐろを巻いたり、港の荷役が腹ごしらえをするような、どこか荒くたい雰囲気の漂う港近くの辺りとは、ちょいと小じゃれた方向で一線を画した"穴場"の町角へと、いつの間にやら様変わりしてしまったようである。

  「それってでもサ、サンジには痛し痒しなんだよな。」

 若い女性客たちの華やかな話し声がさわさわと立ち込める、思いの外に清潔で柔らかな陽射しの満ちた店内にて。一通りのオーダーを消化したオーナーシェフ殿が、一休みして紅茶なんぞを味わっているその傍ら、ちょいとサイズの合っていない、ぶかぶか長めのカフェエプロンを、多めに折り上げて何とか腰に巻いた少年が、どこかからかうような顔になって"うくく"と笑って見せる。
「趣味で好き勝手に料理作ってたもんが、注文をこなしてって作り方しなきゃならなくなったんだもんな。」
「…まぁな。」
 忙しい週末にバイトとして呼んでいる可愛い弟も、この頃、急に一端(いっぱし)なことを言うようになった。ほっそりとしたスツールに跨がるように腰掛けて、えへへと笑う童顔の弟くんは、金髪碧眼にして端麗な兄君とは容姿も雰囲気も全く似ておらず、大きな眸に黒い髪のそれはお元気そうな男の子。ひょろっとした腕や脚は、成長過渡期のせいでちょいとばかりアンバランスに長く、肩も胸板もまだ薄く、どこから見ても"少年"という域を出てはいないお年頃。だがだがその屈託のない無邪気さがまた、女性客たちにはやはり受けていて。
「ほれ。無駄口叩いてねぇで、3番テーブルのお客さんに、冷茶のお代わりをお持ちしろ。」
「へーい。」
 濃い琥珀色の冷たい支那茶が満たされた、大きなクリスタルのピッチャーを手に、指示されたテーブルへ向かえば、周辺のお嬢様方もこぞってグラスを空けて彼のサービスを待つ始末。

  "そうね、この子も可愛いのよね。でもでも、あたしの目的は彼じゃないの。"

 風の通り道を計算された店内らしくて、カウンターにて紙巻き煙草を咥えたシェフさんだったが、その煙に眉をひそめる客はいない。これが脂臭いオジさんだったら露骨なまでにイヤな顔をされたところかもしれないが、優美な指使いで純白の紙巻きをつまみ出すと、店内の空気がどこか…奇妙な興奮を帯びる。緋色の唇がその先をちょいと咥え、少し俯いた長い髪の陰にて、覆った手の中にポッと火を灯して、煙草の先を炙って見せるその一連の仕草がまた、妙齢のご婦人方には何ともセクシーで堪らないらしい。

  "少ぉし伏せられた目許がね、色っぽいのよねvv"

 そのまま無心な顔をして、長い指が重ねられるポーズがね。違うって分かっているのに、何にか祈ってでもいるような、静謐で意味深な姿勢に見えもするから。女性客たちは声なき嬌声を心の中で"キャ〜〜〜vv"っと上げるのであるらしい。そう。お客様方の関心は、途轍もなく美味しいお料理と、それからそれからこの美形のマスター兄弟に。そして、

  「じゃあ、そういうことで。」

 カウンターのある壁の隅っこ。オフィスというプレートが掲げられたドアが不意に開いて、そこから出て来たのは…すらりとした女性がまず一人。明るいオレンジの髪をボブとショートの中間くらいの髪形にそろえていて、目鼻立ちも華やかに綺麗な、闊達そうな女性であり。
「そういうことって…それじゃあ分かんねぇって…っ。」
 そんな彼女を追うように続いた声に、店内の注目がまたまたこそりと集まった。明らかに男性の、深い響きが味わいあるお声。中途半端にいなされたのへ、ちゃんと説明しろとかどうとか、そう続けたかったらしい声が、だが、満席の店内だと気づいて途中で立ち消える。こういう場では交わしたくない話題らしくて、だが、
「てめぇ、ナミさんになんだ、その態度はよ。」
 マスターさんが見る見る眉を寄せて突っ掛かり、
「ああ? お前には関係ねぇ話だよ。」
 こちらも目許を眇めて言い返す、その男臭い風貌へ、さっきまではマスターさんへと注目していた女性客たちが、さっきととっつかっつな"声なき嬌声"をやっぱり心の中で"キャ〜〜〜vv"っと上げている。

  "あら、ラッキーだったわね。彼、来てたんだ。"

 オレンジの髪の彼女に続いてドアから出て来た一人の青年。緑色の髪を短く刈っていて、耳朶には金の棒ピアスが三本、ゆらゆらと揺れている。切れのある彼自身の動きに合わせてのものにしては、不思議とかすかな、そして優美な動きなものだから。そればかり意識して眺めている時に、この深みのある良い響きの声で囁かれたなら…もうもう一発でオチるんじゃなかろうかとは、常連客らしき女性客の囁き合う声。

  "…ふ〜ん、結構"知られた顔"ではあるのね。"

 本来はこの店の従業員や関係者ではないらしく、さりとて他のどこで会えるのかも不明。ネズミーランド・シーのキャプテンコートを着た"ニッキーマウス"に逢うより遥かに難しいとされていて。(おいおい)よって、此処でしか逢えない彼の姿を拝めるのは物凄い幸運とされている。

  "確かに。あたしにとってはこの上ない幸運だけど。"

 古着らしくてどこか野暮ったいロゴの入った地味なTシャツに濃色のワークパンツ。底の厚そうなブーツは、でもよ〜く注意して聞くと足音を立ててないって分かる。上背があって見ごたえもある、良く良く鍛えられた屈強な体つきは、でも、暑苦しいまでの分厚さはなく、機能優先に絞られたもの。素人目にはせいぜい"スポーツマン体型"にしか見えないのかもしれないけれど、

  "お生憎様。あたしには分かるの。"

 無駄な肉が付いてなくて密度の高い…つまり、見た目よりかは重い自分の身体を、その片腕懸垂で支えられるくらいの馬力は楽々持ってると見た。実用によって作り上げられた身体。やっぱ、プロは違うなぁ。………と、

  「ゾロっ。話、終わったんか?」

 お代わり自由の冷茶をサービスして回ってたが少年が、ピッチャー片手にカウンターまで戻って来て、明るい声をかけている。まるで飼い主が預けた先までお迎えに来た仔犬みたいに、今にも飛びつきかねない勢いだった。彼の側でもそれを察してか、一番端のスツールへと腰掛けながら、坊やへと苦笑を向ける。
「ああ。お前こそ、何してんだ? 学校はどうしたよ?」
「しししっ、今日は終業式だけだったんだ。」
 嬉しくて嬉しくてしようがないって風な、満面の笑みを浮かべて彼は言い、
「そして、明日から、夏休みだっ!」
 目映いばかりの笑みを満面に載せた、屈託の無さそうなお顔。あまりの無邪気さに、彼だけでなく、マスターさんもオレンジの髪の美女も、クスクス笑いがついつい浮かぶらしい。


   ……………と、そこへ。


 すっと、音もなく立ち上がった一人客の女性。
「あ、お会計ですね。」
 お客様のお相手は、発端こそ片手間だろうとお仕事には違いなく。ましてや超弩級のフェミニスト。こっちでの会話をこなしつつ、店内のほとんどを埋めている彼女たちの全てへも、キチンと注意を払っているマスターさんであり。お支払いですねとカウンターの端、レジスター前へ移動したサンジだったが、
"………あ。"
 レシートと銀貨、それらと一緒に会計皿の下へと差し込まれたもの。彼女がオーダーした飲み物のグラスに敷かれてあったコースター。給水性の良い紙を重ね、店のロゴをエンボス処理した、円形・波型縁の良くあるタイプの代物だが、
「ありがとうございました。」
 機械的にお釣りを手渡したものの、その目は彼女の顔から動かない。ニコッと笑った少女はそのままドアを押して外へと出てゆき、ドアの上の方に取りつけられたカウベルが、ころろんとかわいい音を立てた。
「??? どうしたの?」
 何だか様子が訝(おか)しいなと、そこは仲間内、すぐにも気づいて、まずはナミが小さな声をかける。店内の客層からして、今の時間帯はこちらへこそ注意が集まっているのを彼女も重々知っていての配慮であり、
「ええ。今のお嬢さん、こんなものを置いてったんですよ。」
 サンジは表情こそ平生のものへと戻しつつも、声音はやはり落として、銀貨をレジへとしまいつつ、コースターを人差し指と中指の先にカードのように挟み、カウンターの陰でナミに見せた。
「………あら。」


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  *日付けが怖いというかお恥ずかしい“夏休み企画”です。
   全然進まなくて、ついには見切り発車となりました。
   残暑企画に食い込みそうですが、
   頑張りますのでどかよろしくです。
 
  *ちょっと目を離してた隙に、いきおい流行っているサンジさんのお店であり、
   隠れファンがついてしまった怪盗ゾロさんでございます。
(笑)
   まあ、行きずりの女性客には
   そうそう正体までは割れんだろうと高を括っているようですが。
   はてさて。