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この港町には、どこの誰だか正体不明なのに超有名だという凄腕の怪盗がいる。名前も分からないのに"有名"というのは矛盾して聞こえるかもしれないが、鮮やかなまでのその活躍振りは常に人々の話題に上るほどの注目の的で。先進のハイテク機器や物騒なまでんの破壊力を発揮する銃器などは一切使わず、その身ひとつでどんな難関もクリアする頑固なまでの職人技と、いざという時には隠し持ったる長太刀にて追っ手たちを難なく薙ぎ倒して逃げ果おおす手際から、誰ともなく呼ぶようになった仇名が"大剣豪"。つまり、正体は不明ながらもそっちの仮名にて有名な存在だという訳である。………クドイでしょうか、すみません。(笑) 彼が狙うのは主に金満家の宝石や悪徳業者の隠し財産。時々、匿名にて福祉関係の施設へと"投げ込み寄付"をしたり、仕事のついでに浚って来たらしき、談合だの政治家との癒着関係だのの証拠になりそな念書や裏帳簿なぞも持ち出して、取り締まるべき関係筋や新聞・週刊誌などの編集部へ投げ込むこともあったりするので、痛快な義賊ぶりに一般の方々からは喝采をいただいているが、
『そこいらに捨てるよかは、役ん立つんだろからな。』
ご本人におかれましては"正義感なんてもんから やったことじゃねぇ"と嘯うそぶいておられるらしい、とのコメントが出ていたりする。………わざわざコメントをしているのか、あんた。(笑) いや、それはともかく。あんまり素直じゃない辺りはまだまだ青いお年頃なのかもしれない彼が、そっちの仕事の窓口にしているのが…この、最近妙に はやり出したスナック"バラティエ"で、
『…でも、それって知られちゃいない筈なことよね。』
ひょこりと小首を傾げ、ナミが怪訝そうな顔をした。
「これを置いてったの、さっきのお客さんてこと?」
カウンターの端、レジの脇に置かれたプラスティックのキャッシュ・トレイ。金銭授受皿というやつの下に、名指しでの依頼書を滑り込ませていった少女。手入れの行き届いた綺麗な指先で、問題のコースターを摘まみ上げたナミへ、
「ええ。差し込むところを見ましたし、カウンターは常にきれいに拭いてますからね。」
ちょっとした職業病とでも言うのだろうか、身についた癖とは恐ろしいもので。例えばこの彼のようにバーテンさんやウェイターさんという職種を長く勤めている人は、親しい人ばかりの集まりの中、招かれている立場なのにもかかわらず、ついつい…隙あらばテーブルを四角く拭いてしまうのだとか。よって、彼女の前のお客様が置いてったものではないと言い切れるサンジであるらしい。
「でも。普通の人っぽかったけどな。」
その彼女ならレモンスカッシュとセットのミックスサンドセットを食べてったよねと、一応の観察はしていたらしきルフィが小首を傾げて見せたが、
「あのね。いかにも怪しいですってカッコはしないわよ。」
恥ずかしいお買い物をするから、若しくは顔が指すと立場上とっても不味いからと言って、帽子にサングラス、季節外れのマスクまで着用するというのは…はっきり言って却って目立つので、ウケを狙ってないなら辞めましょう。(笑) そういった"初心者"の会話には最初(はな)から加わらず、
「常連か?」
短く訊いたゾロへ、
「いや。初めて見た顔だった。」
サンジも短く、なればこそ的確に断定的な言葉を返す。地元の人間でもこの店を知らない者はいようし、逆に、休暇毎に必ずこの港町に来ていて、この店にも何日も続けて来る"顔なじみ"な観光客もいる。だから、ということでもないのだろうが、サンジの得意技は一度見た客はまずは忘れないこと。客商売の基本であると同時、
「あんなお綺麗なご婦人、忘れてどうするか。」
胸を張って言うことでもないと思うのだが、つまりはそういうことならしい。(笑) 怪しいが彼らには重々"心当たり"のある文言を記した一枚のコースター。昼前の11時頃からティータイムの3時すぎまでを昼の部としている、ここ『バラティエ』。3時台の最後のお客様を送り出し、一旦"準備中"の札をかけて。さて…と、皆してカウンターに集まって、問題の"メッセージ"に向かい合っているのだが、
《 大剣豪さんへの依頼を希望。メールで連絡を下さいませ。》
やはりどうにも気になる文言には違いない。というのが、
「そりゃあ確かに、このお店で"大剣豪さんへの依頼"を本人さんへと取り次いではいるけれど。」
目許を眇め、む〜んと細い眉を寄せたナミ曰く、
「…でも、それって知られちゃいない筈なことよね。」
その正体を謎のままに隠し通せているのだって、彼へのつなぎ…連絡を取るためには様々なチェックを受けてからでなきゃ"窓口"に辿り着けないよう、それなりのシステムがきちんと立ち上がっているからに他ならない。何しろ、彼が手掛けている"お仕事"はといえば、もしかして解釈によっては非合法…どころか、どこから切っても立派な"犯罪"なのだからして。足がつかぬよう、また、弱みを握られて相手の言うがまま、鼻面を引っ張り回されるような羽目にならないようにと、接近して来るお顔にはこっちだって慎重に警戒するというもので。顔なじみの故買屋や同業者の盗賊つながりのという、同じ立場・同じ弱みを持つよな"伝手"だって、果たしてどこまで信じて良いやら。同業者はそのまま商売敵なのだから、どんな策謀を巡らせて足を引っ張ったって不思議はない。盗品売買を扱う故買屋にしても、我が身の可愛さから裏切られる恐れは多分にある。そんなこんなで、裏世界には"信頼"という言葉は無いに等しく、頼りになるのは用心深さと…嘘か真実かを見抜く眼力のみな訳であり。ただ仕事を依頼したいだけで、仕事ぶりには絶大なる期待をするが、その"大剣豪"本人には誰であろうと関心はない…というよな、こういう人ばっかりだと助かる"模範的な依頼者"かどうかという判断はなかなか難しいため、ナミが籍を置いているコネクションも、相当複雑な代物と化しているのだとか。………何だか話が大きく逸れかかっておりますが。
つまり。
この店が…直接ゾロ本人に会って依頼を伝えるという"最終的な窓口"となっているというのは、最も知られてはいけないことな筈だのに。
そこまできっちり知っていた彼女だったの?
どうして知ってるの?
それって………怪しくない?
と、ばかり。ナミさんは眉を寄せ、他の面々も唸っているという訳で。そんな中、
「ここで唸ってても始まんないんじゃないの?」
あっけらかんとした声を上げたのがルフィである。
「何よ。」
大人たちの真剣な思案へ、お気楽な声で邪魔する気?と、手入れの良い眉をちょいとばかり吊り上げたナミに、だがだが、まるきり怖じけもせず、
「連絡取ってみたら良いじゃん。そいで反応を待つ。」
やっぱりお軽く言い放つ彼であり。
「ばっかねぇ、それが出来ることじゃないから唸ってるんでしょうがっ!」
「なんでサ。相手が何者なのかが知りたいんだろ?」
だったら、餌に食いついた振りして逆に相手をおびき出せば良いじゃんか。何も"大剣豪"の関係者だと名乗る必要はない、あんな悪戯したのどういうつもりかなって気になっただけとか、誤魔化しようは幾らだってあるじゃんかと、至ってポジティブなご意見を出す坊やであったが、
「あのね。あたしたちはそんなに暇な身じゃないの。おびき出すとか何とか、そんなトラップ構えてられないの。それと、妙な反応を示した以上は、どんなに言い訳を並べても、本当に関係がなくたって、そんな反応をしたっていう印象はずっとずっと残ってしまうのよ?」
余計な痕跡や陰どころか匂いだって残しちゃいけない、それがこういう商売の大原則なの…っと。この子はもう、と、呆れ半分、ちょこっとばかり突き放すような語調になって言い返したナミへ、
「やっぱ放っておきますか?」
こちらは慣れたもの。サンジが無難な対処を提案する。反応がないのも怪しまれないかとルフィが横合いから言いつのるそのお口を、いつの間に用意したのか…スパイシーなカレー味のキャベツ炒めと粗挽きソーセージを挟み込み、ゆで卵のそぼろとケチャップをトッピングした"スペシャルホットドッグ"を突っ込むことで塞いでから、
「何のことやら意味が分からないからと無視する。それが一番無難だと思いますが。」
「そうよね。」
はっきり"大剣豪"と名指しなのが気になるところだけれど、それこそ…怪しげなスナックや居酒屋を片っ端から当たってるっていう"ローラー作戦"なのかも知れず、
「大胆すぎてドキッとしたけど、出方を待ってみる方が良いのかも。」
問題のコースター、指先でくるりと回して、ナミは小さく苦笑する。
「でも、もしも"ローラー作戦"を取ったのだとしたら、このアドレスには"いたずらメール"が殺到しているところでしょうね。」
◇
夕方から夜更けにかけての"バラティエ"は、酒を出すスナックへと変貌する。そして、そういうお店に子供が出入りすんじゃねぇよと、ルフィはお兄様にきつく言い渡されており、
"でもさ、バイトの中には俺と同い年の奴だっているのにさ。"
お兄様のせっかくの心遣いを、単なる"子供扱い"だと歪曲して受け止めて、いつもなら不平たらたらでいる坊ちゃんは、だが、今夜はそれどころではないらしい。
"サーバーにクラック(不正アクセス)して…と。"
問題のアドレス、本当にいたずらメールが殺到しているのかなと、確かめてみたくなった。無論、ただ直接接続したってオーナー以外にアドレスの内情は分かりようがない。そこで、そのメールサービスが利用しているサーバーが契約している上位ネットへ忍び込み、メールデータの動きを覗いてやろうという好奇心が…つい うずうずと疼いてしまった坊やであって。……………よい子は絶対に真似をしてはいけませんよ?(そうそう出来ないって、そんな超難解なこと。/苦笑)
「…お前なぁ。」
かたかた…と、キーボードを軽快に叩いていたルフィ坊や。こういうことが得意中の得意な彼ではあったが、そんな彼でも少々手古摺る作業。探査の途中途中に色々と、本来は堅くプロテクトがかかっていたり、一方通行になっていたりするルートが現れる。そこを通過するために必要な、パスだの何だのが沢山要りようなのを、手持ちの鍵や何やを統合し、洞察するのに集中しなくちゃならなくて。それでも何とか、順調に上の階層にまで入り込めたそんなタイミングに、ボソッと掛けられた声があり、
「…っ☆」
どひゃあと飛び上がったルフィだったが、
「驚かすなよな、ゾロっ。」
「ご挨拶だな。他人ひとんチに来といて。」
その自宅で"不法侵入者に襲われたかと思って驚いた"というような反応をされては、誰だって面白くはないだろう。どこか尖った印象のある目許を眇めると、ただでさえ男臭いお顔がもっと恐持てしてしまうのだが、
「うっと…。/////」
ルフィにしてみれば、男らしくて頼もしいゾロとその翡翠の眸が大好きなので。怖いどころか…見つめられて恥ずかしいvv という感覚にでもなってしまうのか、ちょいとお顔が赤くなる。それをこそ誤魔化したいらしく、
「だってゾロって、いつだって気配ないじゃんかっ!」
非難するよに言い返せば、
「すまんな、そういう体質なんだよ。」
………大人げないから、子供相手に喧嘩腰になって言い返すのはおよしなさい。(苦笑)ご挨拶代わりの応酬はともかく。
「サンジもナミも関わるなって言ってたろうがよ。」
勿論、そうすることに異論はなかったからゾロも黙っていたのであって、
「こっちから足がつくよな真似をしてどうすんだ。」
いちいちそこまで言わんと判らんのか この坊主は…と、あらためて言って聞かせるゾロへ、
「大丈夫だも〜ん。」
ふ〜んだ、と。そんなに高くはないお鼻を聳そびやかすようにそっぽを向いて、再びキーボード上の指先を動かし始めるルフィであり。
「こんな接触を仕掛けたからって、それが即、怪盗"大剣豪"からのチェックだとはつながらないし、そもそも相手に簡単に悟られるような単純な方法じゃないもんね。」
「お前な。」
しゃあしゃあと言ってのける坊やへ、だが…口惜しいかな、そっちの分野の知識やら腕前やらがさほど上級ではないゾロであるがため、きっちり厳然としたダメが出せなかったりするのが弱いところ。解らない事へこそ"だから信用がおけないんだよ"と、そういう頑迷な態度での"撥ねのけ"が出来ない辺り、まだまだ若いというか青いというか。
"…うるせぇよ。"
こっちに怒ってどうしますか。(笑)
「ホントだって。少なくともアクセスにはあちこち遠回りする"ループ接続"してるからさ。ルート上にこま切れの"門橋ゲート"を経由させてあるから、接続を切るとあっと言う間に幾つものゲートが落ちる仕掛けになってる。相手が設けたファイアウォールも味方になって、こっちにまでは到底辿り着けないんだよ。」
その代わり、標的の端末への小細工とか外部から操作するような複雑な仕掛けとかは出来ないけどね、それが出来る方法ってのもあるらしいけど、余計なことするとそれこそ痕跡を残しかねないし、俺もクラッシャー系統のハッカーって好きじゃないからさ…と。すらすら語られる言葉の半分も理解出来ない身を持て余し、
「ふ〜ん。」
余裕を装って…モニターを見下ろすゾロであり。そんな彼の動態視力を駆使しても…ようやっとアルファベットの羅列らしいなということが把握出来る程度という、それは凄まじいスピードでスクロールされてゆくプログラムの膨大な行数を、この坊やは鼻歌交じりに打ち込めるというのだから恐ろしい。
「まさかそれって一から打ち込んでるのか?」
「そだよ。」
こういうのをメモリーに残しとくと、それこそ足がつくからね、ソフトにして売られてるのもあるらしいけど、こんな程度のだったら空そらで覚えとける範囲だし…と、実はパソコン小僧だったルフィくん恐るべし。(似合わねぇとお思いの方、すんません。)
「…よし。」
何とか辿り着けたらしい、目的のメールアドレスさん。
「履歴は…と。」
接触するのではなく、あくまでも"覗き見"するだけ。そういう操作を進めて呼び出したデータは、だが、
「あれれ?」
モバイル…ブックタイプではなく、デスクトップタイプのPCでの利用なのか、日に数通というメールがあるかないかという程度の使われようであり、今夜のアクセスもまだ1通もないくらい。
「転送のアクションも掛かってないしな。」
悪戯半分、若しくは反対に騙くらかしてやろうとする輩からのちょっかいが、さぞやあろうかと思っての"覗き見"だったのにそんな様子はまるきり見えない。
「…そうなのか?」
ルフィからそういう様子なんだという説明を受けて、ゾロも少々…その眉を顰めた。
"ということは?"
――― あの謎の女性客は
他の店では…あのメッセージをばら蒔かなかったということになる?
「う〜ん。」
これは意外な結果だと、ルフィは腕組みする始末。
「あんな内容の意味深な伝言を、それもメールアドレス付きで渡されたらサ。やっぱ、ちょっとは"接触してみようかな"なんて覗いてみたくなるもんじゃないのかな。」
ルフィがやってみた特殊な方法ではないにせよ、適当な名前でメールを送ってみるとかサ、と。同意を求めてだろう、お向かいのソファーに腰掛けた、大きなのっぽの師匠のお顔を振り仰げば、
「さてな。」
自分はそんな風には思わないからと、すこぶる素っ気ないお答えが返って来るし。
「でもまあ、これではっきりしたのが。」
少なくとも、ナミが言っていたような…ここいらのスナックや居酒屋を片っ端から当たって回っているような"ローラー作戦"を取った彼女ではないということにならないか?
「"バラティエ"に絞ってああいうメッセージを残した…ってこと?」
「ああ。」
他の店には日を変えて当たっているというのなら、今日だけのこの確認ではまだ何とも言えないところだが、
"きっちりと大当たりしてるってところが胡散臭い。"
他へも当たったらしき気配、そういうことを訊いて回っている奴がいるというような噂でも出ていればともかく、いきなり手掛けた代物がそのまま本人の目の前へ"大当たりビンゴ"している展開が何ともきな臭い。
"だから、放っておくに越したことはないと言ったんだがな。"
「他のメールサービスを使い分けているのかなぁ。」
この結果だと何故だかすっきりしないルフィであるらしく、何かしらの進展を求めて…ますます関心が沸いたご様子。
「あのな、お前がお前の責任範囲で何かしでかすのは勝手だが…。」
「分かってるって。」
皆まで言わせず、
「ゾロには絶対に迷惑かけない。」
そう言って、リビングのテーブルの上に開いたノートパソコンのモニター画面を、むんと睨みつける坊やなものだから。
"…絶対に、ねぇ。"
お兄さんに見つかるとやばいだろからと…選りにも選って"大剣豪"ご本人の家にて、こんなことに手を出してみている辺り、既に随分と危険な薄氷を踏みかかっている彼なのではなかろうかと。専門的なノウハウには今一つ暗くとも、彼がやってることへの理解は追いつく大怪盗殿。
"…ったく、しょうがねぇ奴だよな。"
どんな不肖の弟子でも、受け入れた以上はそうそう簡単に見放す訳にもいかないしと。人嫌いだった筈のお兄さん、苦笑混じりに肩をすくめて…お夜食の支度に取り掛かってやるのであった。
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*いきなりPC小僧になっているルフィですが、
今時の子供ということでどうかご容赦くださいませです。
かつては“大剣豪”の追っかけをしていた子ですので、
こういうことも情報集めに必要かと頑張って身につけたということで。 |