蜜月まで何マイル?

  "蜂蜜キャンデー・フルーツワイン" A


          



 いやに尊大で怖いもの知らずな、それはそれは無邪気で豪胆な小さな少女。そんな彼女が唐突に"彼らの航海"へと闖入したのは、ほんの昨日からのことだった。
『………んん?』
 夕刻の凪も間近いというやっぱり穏やかだった時間帯に、舵取りもないままに波間を漂っていた豪奢なプレジャーボートがあって。進行方向からやって来た"それ"へと気づいたルフィが、晩飯だぞと呼びに来たゾロに指さして見せて。そこで鉤爪のついたロープを引っ掛け、間近まで引き寄せてから内部を調べてみたところ、このお嬢さんだけが意識を失って船室にいた。船はどこも傷んではおらず、嵐に遭った様子でもなければ海賊共の襲撃に遇った雰囲気でもなく、
『何でそんなことが分かるんだ?』
『豪華な調度品や荷物がそのままになっているでしょう?』
 船室やデッキにさりげなく据えられた家具や備品に、荷の中の小物や衣類、装飾品。どれもこれも随分と豪華で手の込んだ、品の良いものばかりだというのに、強奪の憂き目に遭っていないのは訝
おかしい。そうかと言って、もっと大きな船に積んであった"避難用のボート"にしては大きすぎて機能的ではないし、
『こんなデカイのが逃げ出したのに気がつかないような、そうまで凄まじい襲撃やら戦闘やらがあったなら、海域ごと大騒ぎになっちゃってるだろうから。こんなもんじゃないほどの漂流物があるとか、海軍が事態収拾に出張っているっていうような、騒ぎの"余波・余燼"が伝わって来るだろし、新聞にだって何か出てるわよ。』
 だが、この先にあるのは温暖な気候の中にのんびりと栄えている商業国であって、今朝方届いたばかりの新聞にも、間近い末姫様のお誕生日を祝う祝賀の儀の準備のことしか出てはいなくて………。
『あら。でも、この子…。』
 ロビンがその王女様の写真を指さして、
『似てない? その王女様とやらに。』



 そこで、意識がなかった…というよりも、空腹で引っ繰り返っていたものが、サンジ謹製の御馳走の匂いでバチィッと勢いよく目が覚めたところの
(笑)彼女本人から話を聞くと、
「んん、そうだぞ。私はウォルフ王国第三皇女、カザリン=ジ・アスターゼという。」
 ホクホクの白身魚のムニエル、ホワイトソースがけと格闘しながらあっさりと応じて下さって。
「祝賀の儀式を前に、近隣の友好国へ招待状を届けて回っていたのだ。日頃から特別お世話になっている大きな国とか、兄王子が奥方をもらった兄弟国などには、直接ご挨拶に出向かねば失礼なんだそうでな。」
 ………そういう力バランスの相手に郵送や電信が失礼だってのは分かるが、祝賀の儀を受けるところの当の本人がわざわざ出向くというのは…丁寧が過ぎるのではなかろうか。一応は王女様なんだから彼女は出掛けず、その"名代"として、それなりの位を授かった侍従がやることだろうにと。そんな風に思って少々怪訝そうな顔付きになったナミやサンジへ、
「まあ、実のところは体のいい厄介払いだろうな。」
 出来立てアツアツのチキンのリゾット、パイ包み焼きをほふほふと頬張りつつ…自分のことを他人事のように言う。
「私がいると何かと邪魔してしまって、準備の捗
はかがいかないそうだから。」
「あ、あはははは…。」
 自分で言いますか、皇女様。
(苦笑)
「それで最後の国でのご挨拶が済んで。帰国の準備が整うまでと、ボートで遊んでおったらば、何だか波が早くなったらしくての。気がつけば船が接
いていた入り江がどんどん遠くなり、外海まで出て来てしまっておった。」
 どういう巡り合わせだか、間の悪さだか。お付きの人が一人もいなかったタイミングだったらしくって。よって、
「操船術も通信機とかの使い方も良うは知らんのでな。まま、海流に乗ったままでも母国には帰れるかと思って。」
 波に任せるしかないかと、あっさり状況を呑んだ彼女であったらしい。そんなとんでもないことになってしまったのが…前日の昼下がりだったそうだが、不安はなかったぞと笑って見せる、なかなかの豪傑である。
"遭難云々も怖いことには違いないけど…。"
 それよりも。悪い海賊なんぞに攫われたらどうしたんだろうかと、彼女の侍従さんたちに代わって"ぞぉ〜〜〜っ"としたウソップやチョッパーだったのだが。………あんたらも一応は"海賊"さんでしょうに。
(笑) そんな暢気な連中だったからだろうか、カザリン皇女ご本人までもが、
「世話をかけて悪いが、このまま国まで送ってはくれまいか。」
 ルフィたちへそんなことを言い出す始末。
「ボートにあった航海日誌で計算したらば、あと数日はかかりそうなのじゃ。」
 海流に任せて漂流する覚悟はあった豪気な彼女だが、暢気にも"何日か日にちがかかる"という点に気がつかず、そして…操船術や通信機への知識以上に"お料理のいろは"も知らなかったが故、キッチンには立派に道具も材料も揃っていたにも関わらず、お腹を空かせて引っ繰り返っていた皇女様であり、
「勿論、国に戻ったら礼はする。」
 小さな手を胸の前で合わせて見せる愛らしい仕草に、
「別に構わねぇぞ。」
 いつだって深慮しない困った船長さんを、だがだが、
「そうね、こんな小さな皇女様を海へ放り出す訳にもいかないものねぇ。」
 この航路なら行き掛けの駄賃、食料やら何やらも補給したばかりなので、こんな小さな女の子が一人増えたってさしたる負荷にはならないしと、他でもないナミが一も二もなく、積極的に同意の姿勢を見せたのへは、

  "…はっきり言って お礼目当てだな。"

 口には出さねどほぼ全員が、ほぼ同時に感じた同じ見解を示してしまったそうな。
(笑)





            ◇



「…それにしても。世間知らずというか、怖いもの知らずというのか。」
 場面は移って、カメラも"昨日"から"現在"に戻ってまいりましたが。ナミが呆れたような声を出したのは、
「皇女様だってのに、よくあんな怖い顔の野暮天に懐いているもんだわよねぇ。」
 そう。そんな不思議現象が起こっているからに外ならない。よ〜し判った、国まで送ってってやろうと話がまとまり、他の面々も遅ればせながらのお食事を取って、それからというもの。どういう訳だか、カザリン皇女は…この海賊団きっての恐持て剣士、元・海賊狩りのロロノア=ゾロさんにすっかりとご執心の様を示してやまないものだから、
『…女の子といえば、まずはサンジくんなのにね。』
『どういう意味ですか、その言い方。』
 それがどんなに幼くとも、はたまた、お転婆どころじゃないほどの"腕白レイディ"であっても。優しい物腰と柔らかな口調、野郎共とは一線を画した格別の待遇でもって接する飛び切りの"レディファースト"に徹するシェフ殿であり、そして、そんな扱いには、大概の女の子たちが例外なく、まずは懐いて打ち解けて見せる。恐らくは周囲や本人さえ気づかないことだろう、まるきり"下心"のない態度であるというのが自然と伝わっての、言わば当然の流れであったのだが、この皇女様に限っては…最初の取っ掛かりさえ割り込む隙がないほどに、剣豪さんにばかりその意識が向いていて、
『なあなあ、何ていうんだ? お前。』
『ガキに"お前"呼ばわりされるほど落ちぶれちゃいねぇよ。』
 ゾロはゾロで、やはり…いくら皇女とはいえ小さな子供へ改まった態度が取れるものではなく。調子よく あやすのもその場だけと取り繕うのも下手と来て、当初は…大人げなくも すげない物言いや振る舞いをしていたのだが、
『だって仕方がないだろう? 私はまだお前の名を知らない。だから、他には呼びようがない。』
『そ、そうか。』
 おいおい。
(笑) それからというもの、

 『なんで3本も刀を持っているんだ?』
 『ピアスは片方だけなんだな。お洒落だなぁ。』
 『髪が緑なのは染めているのか? そうする民族なのか?』
 『うわ、堅い胸だな。私くらいが叩いても痛くないだろう?』

 恐れもなく まとわりついて、好奇心丸出しに質問攻めにするわ、玩具扱いでペタペタ触るわ。最初のうちは何とか我慢して、
『………。』
 それでもどんどんと眉間のしわが深くなるゾロだったのへ、周囲の方こそがドキドキハラハラしてしまったほどだ。
「よくも爆発しなかったわよね。」
「だから余計に懐いてんじゃないんすかね。」
 最初にバシッとインパクトのある怖い目に遭ってないから? 勝手な憶測を並べているナミとサンジだったが、
『ゾロが最初に声を掛けたからじゃないのかな。』
 発見された時、空腹が過ぎて目を回していながらも、まだ意識はあったらしい彼女だから。どうなってしまうのだろうかと不安だったろう状況下にあって、意識が朦朧としていたところへ"大丈夫か?"と掛けられた救い主の声。それへと…雛鳥が最初に見たものを母親だと思う、あの"刷り込み"のような働きがあって懐いているのではなかろうかと、これはチョッパーの出した"お医者様"としてのご意見で。
「でもね、あの顔よ? 大の大人だって目の前で凄まれたら飛んで逃げ出す迫力があるってのに。」
 いや、だから。そうそういつもいつも凄んでるゾロさんじゃないでしょうに。
(笑)
「凄んでなけりゃあないで、とんだ"怠け者"ですしね。」
 まるきり気の利かない、野暮で無粋なばかりの剣士殿。戦いの中にあってはともかくも、この数日の平穏な日々の中、上甲板の陽溜まりでだらしなくも昼寝ばっかりしている男だというのに。
「物珍しいんでしょうかね、ああいう奴が。」
「少なくとも、王宮にはいないんでしょうよ、ああいうの。」
 結局は剣豪殿をこきおろすような、そんな会話になってナミとサンジがケラケラ…と笑っていたところが、

  「あら、皇女だから、じゃない?」

 同じキッチンにいたロビンがけろりとそんなことを言い出した。
「???」
 キョトンとするお仲間へ、
「王族の人間なら、きっとその感覚は普通の子供と同じではない筈よ? 跡を継ぐ嫡子ではなくとも、それなりの教育やら待遇やらの中に置かれているのでしょうからね。」
 シェフ殿が女性陣には飛びきり神経を遣って淹れているダージリン。その馥郁
ふくいくとした香りを楽しみながら、考古学者さんはにっこりと微笑み、
「先々で外交の大使や何や権限を持つことになるのは"王子"に限る国だとしても。女の子でも、例えば外国の王家に嫁ぐということはあるでしょうから、恥ずかしくないようにと、作法や礼儀の他にも…学問の分野での高度な知識を身につけるための、そうね、基礎程度の教育は受けている筈よ? そういう関係の先生方とか知識人とか、日頃から色々な大人たちに囲まれているのでしょうし、その中には当然のことながら優れた人物も多いことでしょう。それとは逆に、ご機嫌を取り結ぼうとする要領ばかりが良いような凡人
スノッヴもね。そんな人たちにいつも囲まれてるから、外見や素振り、言葉ぶりなんかの奥の、その人の本質や中身というのを見抜く感覚が、同じ年頃の子供よりかはきっちりと備わっているのかもしれない。」
 そういう環境にいつもいれば、初対面の大人へも物怖じしない、どこか偉そうな態度にもなるというもので…じゃなくって、
「卒のない人には飽いているのよ、きっと。」
 ふふ…と小さく笑ったロビンだったが、
「"初物喰い"だなんて、ルフィとますます一緒じゃないの。」
 こらこら、ナミさん。
(笑)


 【初物喰い;hatsumono-gui】

 何でも新しいものを好む人。ここで言う"初物"というのは、その季節に初めて穫れた作物や獲物、または、誰も手をつけてはいないもののことで、モノによっては………何だかえっちぃ響きがあるよに聞こえる筆者は、すいません、かなりの腐女子です。
(笑)




 そんな皇女様の参入により、何だか妙な空気となってしまったゴーイングメリー号。はてさて、一体どうなりますやら。(こらこら、無責任な。)








 


←BACKTOPNEXT→***


  *ルフィをまんま皇女様にしたような、そんなカザリンちゃんでございまして。
   さあさ、一体どうなることやら。
   もうちょっとだけ続きます。