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定時のニュースが終わって、高校野球の中継に画面が戻った。特に好きで観ているというのでもないのだが、つい。言ってみれば"夏の風物詩"だから、つい。中学生のルフィからは"大人に近いお兄ちゃんたち"の、そしてゾロから見れば"ルフィと大差無いひよっこたち"の真夏の祭典で…いやまあ、この人からすればどんな年寄りでも"年下"なんですがね。それを漫然と観ながら、
「夏休み後半の予定は? 何かあるのか?」
翡翠の眸をした精霊殿が訊くと、小柄な少年は顔を上げて屈託なく応じた。
「うっとね、今日は校庭の花壇の水やりの当番なんだ。」
「何だ、そりゃ。」
「朝か夕方、水まきに行くんだ。クラス全員で順番でやってるんだよ? 他の奴はグループで5日ずつなんだけど、俺やウソップは近所だからってんで、前半でラジオ体操の指導員もやってたからさ。だからそれぞれ1回だけで良いんだって。」
「…そうだったよな。」
その当番が関係して出会ってしまった彼と彼。出会いなんてもんは何が縁になるか、ホント判ったもんじゃないんだねぇ。仄かに感慨深げな顔になっていたゾロだったが、そこへと付け足されたのが、
「あと、宿題のまとめ。」
「ほほぉ。」
おおう、これはまた現実的な。(笑) ま、お子様の夏と言えば…という"付きもの"の代表みたいなもんですからね。
「ゾロも手伝ってくれるだろ?」
何たって大人だし、何かと能力のありそな不思議な存在だし。まさかに"魔法"でぱぱぱとは行かないまでも、知恵者だったら…自由研究やドリルなんかは辞書も要らない博学さから"ちょちょい"っと片付けてくれるのかも。期待にワクワクとその大きな眸を輝かせて、大柄大人な精霊を見やっていたルフィだったが、
「それは無理だな。」
いやにあっけらかんとした答えが返って来て。
「何でだよ。」
「俺、字が読めねぇからな。」
「………はあ?」
えっと、それって………?
「ゾロって凄んごい長生きしてんだろ? そんでも全然読めないの? ゾロって"活け作り"じゃないのか?」
途端に、ゾロの眉間にしわが寄る。
「…誰が鮮魚の刺身だって?」
ルフィくん、それも言うなら"生き字引"だ。(笑) "生き地獄"でも"行き当たりばったり"でも"地引き網"でもないので念のため。おいおい
"最後のは相当に無理があるぞ。"
ええい、うるさいっ、この意地汚い。(もっと無理があるぞ/笑)それにしても、ゾロからの"字が読めない"発言は意外なこと。キョトンと…を通り越し、自分をからかうにしたってと言いたげな、どこか怪訝そうな顔になっているルフィへ、
「だからさ、字なんかは読めなくとも、書いた奴、読んでる奴の表層思考を読めば済むんだよ。」
黒衣の天使様は飄々と答えて見せた。相変わらずに真っ黒なシャツとボトムという、暑苦しい格好の彼であり、とはいえ…その見目にはルフィもこだわってはいないらしくて。むしろ相手の方がたじろぐくらい、屈託なく擦り寄って見せるほど。今も身を乗り出したついで、ぱふんと広い胸板へ顔を伏せるように凭れ込んで、
「え? ゾロって人の心が読めるのか?」
「まあ、腹の中までって訳じゃねぇけどな。」
表層思考というのは、あとは口にするだけ、声に変換するだけというところまで考えをまとめた思考のことで、
「実は物凄げぇ怒ってるのに顔はニコニコしてるとか、そういうくらいは読めるかな。」
しかも、具体的に細かく拾える訳ではない。気分の色合い、気配などが感じ取れるという程度。そのくらいなら人間にだって、修行や経験積めば出来ることらしいんだがなと、内心でちょろっと思う破邪精霊へ、
「それって便利か?」
少年が屈託のない声で聞いて来たのへ、
「どうだろな。今まであんまり人間に関心なかったし。」
これは偽らざるホントだが、そうと訊いてきた少年の。底が見通せないほど深色をした眸の中くらいは…読めたら良いかもなとふと思った。こんなに間近で、こんなに愛しくて。なのに、個と個、別々の存在であるが故、触れないと見えないこと、聞かないと判らないことがいちいち多すぎる。彼が強い力を持っているせいではない。同じ年頃の子らより、どうかすると無防備かもしれない彼だというのにと、それが重々判るだけに、ならば…読めないのは自分の側の力不足というのが思い知らされて何ともはや。まあ…それはともかくだ。
「あと、書かれて間もないものなら、文書そのものに残留思念ってのがまとわりついてるしな。」
「けどさ…。」
何だか意外で、信じられないという顔のままなルフィへ、
「文盲を馬鹿にすんなよ? 文明振り回してる国の人間にだっていくらでもいるじゃないか。」
これはホント。文字自体が必要なくて存在しない地域や部族の方々は例外だとして、それでも…他国との約定をきちんとした文書で交わしているような国でさえ、一般市民の識字率が恐ろしく低いケースは結構ある。宗教上の差別から、女性には教育の必要なしと謳ってたところがありましたな、確か。そういった特殊なものから、不景気だとか貧富の差だとか、あるいはなかなか終わらない内戦だとかに翻弄されて、学校に行けずに働く子供たちまで、読み書きや簡単な計算の出来ない人のどれほど多いことか。………でも、ここへのその言いようは、ちょっと何だか真剣味が足りなくて。ますますふざけているようにしか聞こえない。だが、ゾロはけろっとした顔のまま、
「それに、俺がどんだけの人種や生き物たちと関わってると思うよ。世界中の、方言や部族特有のまで合わせたら下手すりゃ国の数より多いかも知れない何百種類もの言語に、いちいち通じてられっかい。」
胸を張るもんだから、
「…うん。」
こらこらルフィくんも。こんな変なことを威張られててどうするね。(笑)
「でもさ。」
それはそうかも知れないが。ルフィとしては…何かしらの特殊能力が働いて、
「見ただけ聞いただけでゾロの使ってる言葉へ変換されてしまうとか、するんじゃないかって思ってた。」
ドラえもんの"翻訳こんにゃく"みたいなもんかな?こらこら 単に"そういうもの"と決めつけで思ってたのではなく、こういった理屈つきで把握していた辺り、結構想像力が豊かな子だなとくすぐったそうな顔をしつつ、
「俺が相手をするのは、すぐ目の前にいる存在だけだからな。ある程度なら一瞬ですぐ傍にまで行けるんだし、そうやって傍らまで寄った上で拾った、声を出して発せられたものや感情・考えって形の"言葉"や"想い"は理解出来るんだから支障はないんだよ。その上へいちいちそれぞれの言語を勉強していちゃあキリがないからな。」
こういう"説明"は面倒だからホントは苦手であろうに、ゾロは宥めるように応じてやる。まま、それもそうかも知れない。文字や文書というのは元来、遠いところに、若しくは過去から未来に向けて、事実や想いを伝えたり託したりするために必要だとして生まれたもの。そして…ゾロの場合、こちらに居座る事態はそもそもの前提条件にはなかったのだから、彼が言うように"直に逢っている相手"とのコミュニケーションに支障が出なければ問題はない。よって、文字や文書そのものを読めなくたって構わないという理屈になるのだろうが、
"でも、ゾロって物凄い長生きしてる身じゃあないのかな。"
だよねぇ。少なくとも見た目と同い年の人間とは桁が違うくらいには。そして、だったら何となくでも接している間に、英語くらいなら身につくもんじゃなかろうかと。ちょろっと思ったが………ゾロの顔色は変わらない。本当に口に出す寸前ほどの"考え"までが限度で、言うつもりはない"思い"までは読めない彼なのだろう。
「じゃあさ、俺が読んだのを感じ取れば良いってことだろ?」
「まあそういうことではあるけどな。それにしたところで、お前がちゃんと意味を理解出来ていればの話だよ。」
「???」
「だからさ、例えばお前が英語の文章を読んだとしようや。ただのアルファベットの羅列としてじゃなく、単語の一つ一つから慣用句としての組み立て、韻を踏んでる小じゃれた工夫まで、ちゃんと把握出来てて読んだものなら俺にもどういう内容か分かるけど。」
途端にルフィはむうっとして見せ、
「…そこまでちゃんと読めたら、その先の答えだって自分で解けるやい。」
「そういうことだな。」
にんまり笑うゾロであり、
「なんか狡いよな。」
どこかで良いように誤魔化されているような気がするなと、ルフィは眉を寄せている。単純に見えて結構賢い子だ。利口というより鋭いというのか。あまり腑抜けていると危ないかも…との認識も新たに、
「あ、ほら。誰か来たみたいだぞ?」
「あ…ゾロっ!」
ふっと姿を消したのは、宙に溶け入って見えなくなったのではなく、どこか壁の向こうへでも引っ込んでしまったせいだろう。この場にいるならルフィにはちゃんと感知出来るからで、誤魔化して逃げたな…と頬を膨らませたルフィだったが、それと同時、来客を告げるチャイムが本当に軽やかに鳴った。
「あ、は〜い。」
お客様を待たせる訳にはいかないため、むむうと膨れつつも玄関へと急ぐ。夏休みの今、ルフィ以外の"家人"はいないので彼の友人以外の"来客"なぞ殆ど来ないのではあるが、付き合いの広い父や兄という家族宛の送達や荷物は結構届く。三和土たたきへと駆け降りて、習慣で靴箱の上のペン皿からシャ○ハタを掴みながらドアを開くと、
「よおっ、ルフィ♪」
門扉の内側、ドアのすぐ前に立っていたのは、背の高いかっちりとした体つきの若い男性。にこやかな笑顔がなんとも眩しい、気さくそうな青年である。そして、
「あ………。」
そんな彼に名指しで挨拶されたルフィの顔が、見る見る内にやはり眩しいほどの笑みにほころんで、
「エースっっ!!」
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*はい、これで今回頂きましたリクエスト内容が皆様にもお判りになったことと思います。
『エース兄とゾロのルフィ争奪戦』ということで、
はてさて、どう展開いたしますやらvv ふふふ…vv |