月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜晩夏黄昏 F


          




 さて、今話のカメラ・アイはなかなかに忙しい。その画面が再び公園内に戻って来まして。某・神隠しのお話のアニメに出て来た"汚れの神様"みたいな、水っ気の多い粘土質のアメーバを思わせる何かが、恐らくは自分たちを探してだろう、公園の中をのたぬたと蠢
うごめき回っているのへ、息を殺して何とか我慢の二人の方。身を刻まれそうな鋭い牙や爪も、噛みついて食いちぎられそうな強い顎も、ひゅるんと伸びて来て巻き付いて締め付けるような触手も、何んにもない相手だが、ゴキブリや青虫などに共通するよな、得体が知れない悍おぞましさという気持ち悪い感触があって。汚泥のような感触が見ているだけでも伝わって来て、総毛立ちそうな気味の悪さがどうにも堪らない。さすがに"聖封様"の結界で守られている身、そうそう見つかりはしないだろうが、それでもこの場からは動けない。気配のない何かが、気配を放つものどもの間を移動すれば、それはやはり"おかしな気配"となって伝わりかねないからで。それならいっそ…精霊様たちの得意技、テレポテーションだかワープだか、瞬時に移動して逃げ出せば良い…かというと、これがまた不可能と来ている。霊的存在であるサンジだけならともかくも、守らねばならないルフィが"生身"なために連れてゆけない。テレポテーションやワープについても、語ろうと思えばかなりの蘊蓄がズルズルと引っ張り出せる"SFオタク"な Morlin.なんですが、もう既にかなりの脱線や寄り道をしているのでここは一つ。

  ――― 三次元に生まれて住まう生身の人間を連れて、
      そこより高次にあたる時間軸を瞬時に移動するのは、
      そうそう容易
たやすいことではない。

 そういうもんなのだということで納得して下さいませです。
おいおい かてて加えて、何より一番大切なこと。例えそれが彼を守るためであれ、ルフィ本人へ余計な術をかけてはいけないのだ。これは実は、
『ゾロも気がついてはいないかも知れないから、いつかちゃんと言っておかにゃあな』
と、サンジの方が思い立って守っている大原則である。ルフィはあくまでも人間界の住人なのだ。まだ幼く、しかも感受性が豊かな子供。なので、影響が残るような真似は絶対に仕掛けてはいけない。

 …という訳で、目の前の邪妖を決定的に倒してくれる"破邪様"を今か今かと待っていたのだが、
「…何だ、あれ。」
 不安がらせないようにと、大人の匂いのするスーツの懐ろの中、長くてやさしい腕でふんわり抱き込んでいてくれている金髪の精霊が、ルフィの頭の上で不意にそんな声を上げた。先程、サンジがあの霊信の一喝を放ったことで、ゾロがこの公園の傍らまで駆けつけたらしいのはルフィにも判ったのだが、彼にはまだ姿までは見えてはいない。だが、サンジの方には易々と見通せているらしくて、その辺りがこの三次元より高次元の住人ならではな、感覚の差というものなのだろう。…は? 意味が判らない? う〜ん、どう言えば良いんですかね。例えば、此処に一冊の本があるとしましょう。私たちは三次元の人間ですからね、好きなページを繰って好きな場所を眺められる。何も順を追って読み進まなくても良い。どこへでも好きなシーンへ飛び込める訳ですが。お話自体は、誰かがページを繰ってくれなきゃ進みませんし、その本の中の挿絵の人々は、指定の位置やシーンから動けませんよね。絵なんだから当たり前? う〜ん、それじゃあこういう例えはどうでしょう。よく広告なんかで目にするお家の間取り図。あれって、一枚の図に1つの階層しか描けませんよね? 二階の間取りはすぐお隣りとかに並べてある。同じ階のものでも、釣り戸棚や床下収納は"点線表記"ですよね? あれは"同じ平面"にないものを同じ図面上に存在させられないからなんですね。線が混ざって紛らわしいからってだけじゃあないんですよね。
おいおい でも、例えば今のあなたの目の前で、机の上、本が積み重なってないですか? メモやらFDのインデックスカードとか、こないだ届いた葉書やDM、領収書にレシート。色々々と積み重なってないですか? チョッパーのストラップ・マスコットとか、ゾロのウォンテッド・キーホルダーとか、ライト回りにぷらぷらとぶら下がっていませんか? 一つの位置に様々な高さで色々なものが、同時に重層状態で存在してますでしょう? これが『二次元』では不可能で、"高さ"若しくは"奥行き"を持つ『三次元』でなら可能なこと、な訳です。でもって、この三次元での限界"とある人物、とある物体が、一ヶ所以上の場所に同時に居ることは不可能である"…をクリア出来るのが"縦・横・高さ"に"時間"という軸を加えた『四次元』だと言われている訳です。(だから。こういう話を始めると、延々と容量KBを使いまくるほど、実は"オタク"な Morlin.ですので、今回はこの辺で。)本の別のページをひょいと繰ってみたかのように、彼には簡単なことなのだろう、
「ゾロの野郎、誰か連れて来てるぞ。」
 そちらの様子が手に取るように"見えて"分かるサンジであるらしく、
「…誰か?」
 こちらはサンジとは違い、何もかにもに慣れのない身。邪妖に遭遇したことがない身ではないとはいえ、ああまでくっきりした"存在"を見たのは初めてで。身動きや声でも気づかれやしないかと心配ならしく、吐息ぎりぎりくらいに掠れさせた、たいそう小さな声でルフィがこそっと訊いて来る。当然の話、ゾロはこの人世界の存在ではない。しょっちゅう遊びに来るウソップ辺りには姿を見られてもいて、年の離れた従兄弟だと紹介したことがあるにはあるが、それにしたってこの一大事に連れて来る人物ではなかろうし。サンジと同じく天聖世界からのお客様なら、それを見たサンジが"誰か"という言い方はすまい。………で、
「ああ。確か…。」
 訊かれたサンジとしては。胸元に見下ろした少年へ、伝えたものかどうしたものかと一瞬迷って見せたが、ここへ駆けつけるつもりならば黙っていたところですぐにも分かることかもなと、そこは判断も早い。
「お前のお兄さんだよ。エースとかいう。」
「え…?」
 意外な名前を聞かされて驚いたルフィは、そこまで気が回らなかったらしいが、まだ逢ったことがない筈の人物をこんな風に見分けられるのも、サンジが…それこそゾロ以上に感知・探知の能力に長けていればこそ。さっき少年から色々と話を聞いていた間、彼が脳裏に鮮烈に思い浮かべたイメージのようなものを読み取っていたため、それとの合致で確かめられたらしくって。
"まあ、こういう方法が必ずしもぴったり一致するとは限らんのだがね。"
 そうですよね。ルフィが兄上を物凄く怖い人だと思っていたり、逆に嫋
たおやかで美々しい人だと偏って思い込んでいたりしたらば、サンジは同じ人物だとは思えないよなイメージを拾っていただろうからねぇ。………今、ちょっと想像してみました。(おいおい/笑)
「でも…どうして? もしかして、ゾロと一緒に来たのかな?」
「みたいだぞ。…とっとと入って来いっつったのに、何か話してる。」
「……………。」
 それだと困るという訳ではない。ただ。あれほどまでも心配していたのに。

  『貴様、人外の者だなっ。』

 日頃はそれは優しくて気さくなものが、人外の存在だというだけでいきなり噛みついた兄であり、

  『………。』
  『…あ、ゾロっ!』

 やはりこちらも、日頃はルフィに大甘な筈が、無表情なまま何も言わず姿を消してしまったゾロであり。両方を大好きなルフィは、反発し合って相容れたがらない彼らの間で板挟みのようになって、そりゃあ苦しい想いを味わったのに。大好きな兄にはゾロを、大好きなゾロには兄を、もっとちゃんと判ってほしくて。その説得に頑張るぞと、決意も新たにテンションを立ち上げ直すのに、聖封様の励ましまで借りて、時間も気力もかかったっていうのに。
「…お前の兄ちゃんって、結構さばけた人なんだな。」
 そうでなくてはこんなにも早い和解には持っていけなかろうと、こちらはサンジの、彼なればこそ断じることの出来る感慨である。というのが、ゾロには意外と不精なところがある。折り目正しき剣客や哲学めいた精神修養もきっちりと積んだ武道家のように、剣の鍛練だの邪妖封滅への対応だのへは、凛とした態度で凄まじいまでの集中や冴え、勝つまで諦めない執着などを発揮するのに、普段の何げない物事・行動へは、反動がついたかのようにずぼらで不精で手をかけない。特に"対人関係"というものへそれは顕著に現れて、様々な齟齬や思い違いなどが錯綜して事態が面倒になってくると、誤解もそこから来る阻害も恐れずに、自分が引き受けりゃあ済むことだと"ま・いっか"を持って来る。討論どころか、主張も弁解も言い訳もしないまま、自分が悪者になって終しまいと幕を降ろすのを苦としない。よって、兄上との対面の場から不意に姿を消したゾロだったと聞いても、ルフィはたいそう心配していたが、サンジとしては…実のところ、また臍を曲げたかくらいにしか感じてはいなかったくらいだ。そんな性分をしている奴が自分の方から歩み寄ったとは到底思えない聖封殿であるらしく、

  「…人の気も知らないで。」
  「だよな。」

 う〜ん。向こうは向こうで、向こうなりの、一応の話し合いと歩み寄りとがあったんだけれどもね。
(笑)
「…まあ、お前のピンチだっていうんで一時的なスクラムを組んだのかもしれないし。」
「それにしたって。」
 いい大人が身勝手から子供を振り回すのは、どんな事情があろうとけしからんことである。感情の使い分けが可能な大人にはそういう、"一時休戦"なんてな不思議な仲直りが出来るのだが、一本気な子供にとってはどうにも理解し難いことで。そうとも知らず、小さな胸をどれほど痛めたか。ぷく〜と頬を膨らませているルフィであり、
"ちゃんと助けてくれないと、只じゃあおかないんだからねっ。"



 本人、まったく気づいていないようだが、この状況にすっかりと、気分は元通り以上の"お元気レベル"にまで再浮上しているルフィなようである。



            ◇


 さて、こちらはやっと現場に到着し、突入を敢行した強行執行部隊。
「…っ。」
 公園の名前を掲げたプレートをはめ込んだ、背の低い門柱から中へと踏み込んだ途端に、公園内の空気が静電気を帯びたような気配があって。これが先程、連れの破邪精霊が言った"合
ごう"という強固な結界を結んだその中の空気、なのだろう。全身の肌の上でぴりぴりと反発する、文字通り"肌合い"の良ろしくない気配。
「大丈夫か?」
 緑髪のこの彼は慣れているのだろうが、一般人のエースの方はそうはいかない。頭で、知識や感覚としては理解していたことでも、実体験するとなると話は別。特殊加工を為されたこの空間には、魔物を押さえ付けるほどの力が充満しているのだから、人へだけ優しい筈はなく、
「ああ、何とか。」
 エースには日頃の鍛練があったから、妙に密度のある空気だなと感じたくらいで済んでいるが、ホントに普通な人間が囲い込まれたのなら、それだけでも結構なダメージを受けていたかも知れない。
「連中はあっちらしい。」
 破邪の精霊が腕を伸ばして示した方向、公園の奥の方には、エースの記憶から様変わりをしていないなら、ブランコと滑り台、砂場にシーソーが置かれてあった筈。馬跳びごっこに使うようにと半分埋められて並んだ古タイヤや、そこで遊ぶ子らを親が見守るためのベンチもあって、その先には反対側の出入り口。元はただの緑地だったものへ、柵で囲んで遊具を付け足したという格好の公園なので、簡素な作りなその上、草むしりや木々の剪定以外にはあまり手をつけられてはいない筈だ。軽快な足取りで木々の間の簡素な舗道を駆けてゆくと、果たして。自分が育ったせいで小さくなった遊具たちがたたずむ空間が現れて、さっき見た妙な泥粘土の化け物がゆるゆる・ずるずるとゆっくり徘徊している。そしてその向こうに、
「ルフィ…。」
 ブランコの傍ら、見知らぬ男の懐ろへと抱き込まれるような格好で立っている少年が見えた。取り込まれたダークスーツの隙間から見える、着ているTシャツも色の浅いGパンにも見覚えがあって、
「向こうは向こうで結界を張ってるみたいだから無事だ。」
 同行して来た精霊がそうと教えてくれる。とはいえ…ここまで結構挑発的ながらも躍動感にあふれた雰囲気でいた筈が、少々仏頂面になっているのが何故なのか、あいにくとエースには彼の心情の変化までは察することが出来なかったのだが。
"…あんの野郎。"
 いかにも絵になって守り守られしている彼らの構図へ、本来なら自分が担当する"少年の守り"を横取りされたようで、それでちっとばかりムッとした大人げない彼だったとは………そりゃあ判らないでしょうよねぇ。
(笑)
"うるせぇよっ。"
 あっはっはっはっ。そんな不機嫌目一杯という雰囲気が届いたか、
「…お。」
 泥山邪妖の動き、その進行方向がこちらへとずれて来た。何の気配もなくなった周囲であり、そこへ現れたゾロやエースという存在に、一応は反応したというところだろうか。
「結構なパワーだな。この図体を異次界でも保っていられるとは。」
 本来居るべきではない世界。そこに在して生きながらえ続けるには、並大抵以上の体力や気力が必要なのだ。口でこそ感心したような言いようを紡いだゾロだったものの、

   ――― …っ!

 その態度や意志の根幹に自分への敵意を感じたためだろう。あちらさんが意識を完全にこちらへと向けたのが判る。何だか随分と粘っこい、泥だか粘土の山だか…なような相手だが、
「…っ。」
 そちらから、低い唸りと共に宙を疾
はしって飛んで来たものの気配があって、
「な…っ。」
 カマイタチのようなものだろうか、当たった途端に衣装や肌を引き裂いて小さな傷が見る見る生じる。周囲の木立ちの枝々も、大きく撓んでからその先の若葉などがばらばらっと落ちて来たから、実体のある攻撃なのだろうが、精霊の自分にまで効果が出るということは、
"技巧はないが、力は有り余ってるって手合いか。"
 やはり"暴走式神"であるらしい。こういう相手には説得も何もない。
「ちっ。」
 咄嗟のこととて防御の用意がなかったことへ、ついつい舌打ちがこぼれる。自分は構わないが、
「大丈夫か?」
 肩越しに振り返って声をかけた"連れ"が、いつもの相棒の聖封精霊ではないのが問題で。サンジであれば…日頃剣突き合っていながらも実はきっちり飲み込み合ってる呼吸を読んで、飛び抜けた護壁能力で自分の身を守りつつこちらもついでにフォローしてくれる。手ごわい相手との対峙の場では、相手の動きを読んだり封じたり、彼なりの援護まで尽くしてくれるのだが。今一緒にいる連れは、こういう出来事に多少は慣れがあるというだけの普通の人間。意識を尖らせ、集中させる鍛練も積んでいるらしいが、それにしたって限度があろう。エースは頷いて見せ、
「ああ、何とかな。」
 前に立っていたゾロが図らずも盾になったようなもの。直接切りかかられはしなかったが、このままでは済まないのも判るらしく、
「こっちは気にしないでくれて良い。俺はあの子を、ルフィを助け出したいからついて来たんだ。それが庇われてお荷物になってちゃあ意味がない。」
 強がりでも何でもない言いようだと、重々把握出来るだけに、
「…判った。」
 ゾロとしてもそうとしか返す言葉が見つからなくて。くどいようだが此処は結界の中。しかも相手を封じ込める必要があっての、特別な"合"という術法で現世から切り離されてくくられた、言わば"亜空間"なのだ。そんな中にいきなり飛び込んだだけでも、常人ならばかなりの負担を受けている筈、日頃からの修養があっても苦痛は苦痛で相当にキツイ筈。そうと判っていればこそ、こちらが取るべき行動にも弾みがつく。
「…っ。」
 そのまま宙へと手をかざし、そこへと光の束として召喚した白鞘の日本刀。愛刀"和道一文字"を大振りの手でがっしりと掴み取るゾロだ。天聖世界でも名の知れた名刀で、ただ単に切れ味が鋭いだけでなく、使い手の霊力に反応して"破邪封滅"の術を相手へ叩き込める精霊刀。
「あんなふざけた泥山野郎は、手っ取り早く刻んでやるさ。」
 鯉口を切って一気に引き抜いたは、凛と冴えたる冷たい光を呑んだ白刃。相手は知能どころか自我さえあるのかどうだか怪しい存在だ。どうしたものかと模様を眺めている余裕はなく、手をつかねているよりも腰を上げて畳み掛けた方が良かろうと、実に彼らしい判断の下、

   「哈っっ!」

 地を蹴って相手へと突っ込み、左上からそのまま真っ直ぐ右下まで。刀の幅より大きな相手だが、そこは剣撃の勢いや剣圧の余波にて。ずんばらりと真っ二つに断ち割って、向こう側へと突き抜けたゾロである。重い手ごたえも充分にあって、これはあっさり方がついたかと、自信満々、してやったりという顔つきで振り返った破邪殿だったが、

   「………なっ!?」

 例えて言うなら、滔々と切れ目なく降り落ちるおだやかな滝の水のカーテン。それを名代の剣豪が凄まじい剣の一閃にて寸断したとしても、そのまま断ち切れるかというとそうはいかない。確かに凄まじい腕前でもって切り離された筈の、どろどろとした汚泥のような粘土質の体は、向こうの端からぴとんと接して、するするぬるぬる、流れ出る泥がそのまま糊の代わりのようになって、元通りにくっついたから………これは意外。
「…ちっ!」
 妙技ではあったが所詮は効かないよとでも言いたげに、再び妙な唸りが響いて来て、
「うっ!」
 容赦なく"ザクッ"と。見えないチャクラムのような何かが幾つも飛んで来て、ゾロの腕やら肩やら顔近くやら、鋭く切り裂いて傷を増やしてゆく。
「あっ!」
 さっきの最初の攻撃は、遠かったからよく見えなくて気がつかなかった。だが。今度のは間近で見えただけに、
「ゾロっ!」
 さほどの大声ではなかったが、つい。ルフィが悲痛な声を上げている。その傍らで、
"あの野郎…。"
 サンジが少しばかり、口許をきゅっと引き締めたのは、
"わざと避けなかったな。"
 だから切り裂かれた彼だと、そうと気づいたからだ。もしも咄嗟に避けて身を躱していたならば、そのコースの延長された先にいたこちらに、まともに飛び込んで来ただろうからで、
"俺の結界を舐めてんじゃねぇってんだよ。"
 思わず中指立てて睨みつけてやろうかと思った、人世界からロクな影響受けとらん聖封精霊様だったが、それはともかく。
「くそっ、そういう相手かよ。」
 流動的な性質の体なのは伊達ではなくて、どこをどう分断しても元通りに復元出来る困ったタイプの相手であるらしい。ちゃりっと鍔を鳴らして刀を握り直し、
「呀っっ!」
 確認を兼ねて再び突っ込んでみたが、やはり結果は同じであって、
「おっと。」
 今度は予測もあったから、カマイタチ攻撃はしっかり避けてやり過ごす。
「こういう手合いは"核"を確実に叩いて仕留めねばキリがないな。」
「"核"?」
 向こう側から戻って来たゾロへ、エースが声を掛け、
「ああ。人間で言うところの"心臓"みたいなもんだよ。」
 応じながら、苦々しげな顔つきで汚泥の式神を睨み据えた。
「あれはどうやら"簡易式神"ではないらしい。簡易式神ならば、たとえ主人がいなくなってもその行動の目的はもっとはっきりしているものだ。それに、自分の核の位置をああまで自在に動かせる筈はないからな。」
 いわゆる"自我"を持たないからで、
「何とか動きを止められないかな。」
 普段ならこういう敵の場合、サンジが動きを封じる咒で協力してくれるのだが、今日はそれが適わない。絶対に気づかれてはならない側の防御壁の保持に手一杯な彼であり、どうしたもんかと忌ま忌ましげに目許を眇めていたゾロだったが、
「あんた、確か弓を使えるんだったな。」
 はたと気づいて肩越しに振り返り、ルフィの兄上へと声を掛けている。唐突なこととて、事実には違いなく、
「? ああ。」
 頷いたのを確かめて、ゾロは頭上に再びその手をかざした。

   「来やっ、雪走っ!」


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