共鳴の章
もう夏休みだが、しばらくは補習授業があるとかで、午前中だけ学校へ通い続けているルフィであり、
「ただいま、ゾロ。」
どこか近くの電線の上で戯れるスズメたちを蹴散らかす勢いで、ばたばたと帰って来ては、
「チャーハン作るけどゾロも食うだろ?」
「いや、俺は…。」
別に食わなくても良い体なんだが、と、何度も言ってあるのだが、
「何だよ、旨いから食えよ。一人で食べんの詰まんねぇし。」
いつも二人分を作ってしまう。食べられない訳ではないので口をつけると、これがなかなか旨い。
「だろ? 父さん秘伝の技だかんな。冷やご飯をレンジで温っためて、卵かけご飯にしてから炒めると、パラッと仕上がって旨いんだ、これが。」
その父上は初めて顔を合わせたその日から姿を見ない。何でも海に出たそうで、
「貨物船の乗組員なんだ。一等航海士ってやつ。」
半年近く帰って来ないこともザラだとか。
「エースはカナダの大学に留学してんだ。弓道連盟の交換留学生って奴。夏休みに入ってすぐ、ちょこっとだけ戻って来て、いっぱい遊んでくれたけどさ。色々と催しとか発表会とかがあって忙しいんだって。」
よって、実質、彼の一人暮らしも同然だ。そんなせいもあって、あの最初に出会った日に、ゾロがどこぞへか帰りもせずにこの家に居たことへルフィが判りやすすぎるほど喜んで見せてからこっち、お互いに特に何も言わず、また何も訊かないまま、ちょっと不思議な"二人暮らし"が始まったのだった。ゾロは一言も、所謂"人間外"の存在…悪霊(笑)や物怪もののけの類たぐいだと認めるような事は口に出しては言っていないものの、黙って居着いている辺り、肯定したも同様だろう。そして、ルフィの方でも、最初の出会いの場面ではあれほど"人間じゃあないんだろ?"と面と向かって訊いたのを忘れたかのように、その件に関しては何も言わない。聞きたださないことで微妙に保たれている間柄、のようなもの。タイプは違えど双方共にどこか乱暴で大雑把な者同士が、奇妙なものを保ち合い、大切にしている。決して言い合わせてのことではない、文字通りの暗黙の了解というやつだったが、そこにはスリリングな緊張感というよりは、どこかくすぐったいほどに可憐な約束みたいな感触があって。互いに柄ではないその可憐さが、やはり互いに…実は気に入っている彼らでもあったらしい。
『こっち、隣りの部屋が空いてるから、此処を使ってくれよな。えと、シーツとか夏掛けはどこに仕舞ってあるんだっけ。』
『いや、布団は要らねぇんだがな。…おい、聞いてるか?』
お元気な少年は、じっと見据えていると目が回るほどパタパタと動き回って家事をこなし、その割に…あまりの雑さ加減であることへ苦笑しつつ、ゾロがこっそり"ちょちょいっ"と手を加える。そのお陰でか、あの部屋もきれいに整理されたし、敷きっ放しだったラグも何年か振りにクリーニングに出せた。玄関や台所もすっきり片付いて、今流行の『ちょっと工夫の収納術』とかいう本に投稿出来そうなほどの代わり映え。(笑)
「ちょっと前まではウソップんとこに預けられてたけど、もう中学生だしな。飯も作れるし、洗濯も出来るし。コンビニもあるし。」
あまり口数の多くはないゾロにも構わず、そりゃあ元気に何やかやと話し続けてくれたお陰で、彼の生活環境とやらは半日で把握出来た。屈託のない、陽気で明るい少年。でも、この家ではいつも独りで居ることが多いらしくて、話相手が出来たことが嬉しくて嬉しくてしようがないのだろう。食後の食器を片付けて子供部屋に戻る。ルフィはベッドに寝転がるか、机の前の椅子へと腰掛け、ゾロは最初にルフィがそうして見せたように窓の桟に腰掛けるのがそれぞれの定位置。今日はベッドへとすんと腰掛けたルフィが、
「なあ、ゾロ。」
「んん?」
大きな眸を瞬かせ、
「ゾロってその見かけ、本物なんか?」
「???」
唐突なことを訊いてくる。
「だからさ、実はもっと…ウル○ラマンみたいに物凄く大きいとかさ、背中に羽が生えてるだとか。」
ああと納得した。今現在の彼の見栄えを、何かしらの細工や術で作り上げた"仮のもの"なのかどうかと聞いているらしい。ゾロは息をつくように苦笑すると、
「俺は生憎とそういう術は使えないからな。このままの見てくれだが。」
そう答えてやる。すると、
「凄げぇ〜vv」
たちまちニコニコと笑って見せるルフィであり、
「何がだ。」
「だってよ、ゾロ、物凄くカッコいいじゃん。」
わくわくと言われて、だが、
「はあ…?」
合点が行かない本人であるらしく、こちらは眉を寄せるばかり。そんな彼へ、
「だってよ。背ぇ高いし、顔も良いし、かちっと鍛えてて体つきも男らしいし。」
さも嬉しそうに、そしてどこか誇らしげに。少年は自分の持ち得るボキャブラリーを総動員して、絶賛の言葉を並べて見せるから。
「あのな…。」
「んん?」
「お前、俺のことを最初にどう訊いたか覚えてないのか?」
「何て訊いたっけ?」
「………。」
さあ、巻き戻してリプレイしてみましょう。
『で、兄ちゃんはどういう悪霊なんだ。』
「…そんなこと、言ったっけ?」
「言った。」
腕を組み、憤然とした様子で言い返すゾロへ、ルフィは"にゃはは…"と苦笑して誤魔化す。
「だって、なんか、照れ臭かったし。」
「???」
「今だから言うけどサ。ゾロ、最初っからカッコ良かったんだぜ?」
実際の話として。この精霊殿、態度・言動には少々難もあるが、見栄えはすこぶる良い。この、日本人向け一般仕様の文化住宅では、戸口の鴨居にいちいち額をぶつけそうなほど背が高く、目許涼しい鋭角的な面差しは、短く刈られた髪やバランスよく鍛え上げられているその体躯に映える凛々しさで。頼もしいまでの逞しい体つきも、暑苦しいほどではない、凛然と引き締まった雄々しさが何とも男らしくて。そんな彼を見るにつけ、同じ男同士でも惚れ惚れするルフィであるらしい。
「大体さ、悪いもんをわざわざ家へまで連れて帰るもんかよ。」
「ま、そりゃそうだ。」
こいつは一本取られましたな。(笑) ただ…少年の日々のはしゃぎようはそんな"素晴らしい"彼だから…という理由からだけでもないらしく、
「…何かさ。家族が増えたみたいで嬉しいんだ、俺。」
何言ってんだろな、うん…と。自己完結(セルフ突っ込み)しつつも、やはり嬉しそうな気配は隠し切れてなくって。こぼれてやまない、あどけなくも眩しい笑みが、見ているこちらまで照れさせるから不思議である。
「誰かと一緒に居るって楽しいもんなvv」
「こんな無愛想な野郎でも嬉しいなんてな。」
「うっせぇな。」
打って変わって一際無愛想になったゾロが応対した相手はサンジである。庭に向かって開け放たれたままな大窓。軒先が少しほど大きめに出っ張っていて。窓の敷居の外側も、幅が短い縁側のようになっていて。ルフィがいない日中は、彼の部屋かそこに腰を下ろしているゾロだ。傍目には"誰もいないのに不用心な"ことだが、ゾロが居るからとルフィはわざと戸締まりしなかったらしい。学校へ行く時もそうだ。ちゃんと留守番してくれとまでは言われていないが、
『なんかゾロって頼もしそうだからさ、空き巣とかも寄って来ないような気がして。』
こちらから"此処に居るぞ"と意識しない限りは、霊感が薄い者には見えない存在。防犯的には効果ないぞと言っておきつつ、それでも彼なりの結界は張ってやっている。これなら良からぬ輩は、例え目をつけたのであっても"何だか気が萎えて"しまうため、そうそうは近寄れまい。
「………で? そのお喋りな坊やはどこ行った。」
「友達に誘われてプールだと。」
それも結構大人数が誘いに来た。小学生か、こいつらは…と、人世界の様子に多少は馴染みもあるゾロとしては、意外さに仰天したほどのノリだった。人気者な子なのだなと微笑ましいものを覚えつつ、
「で、そっちはどうだって?」
自分のこの状態、こちらからは何ともし難いため、天聖界側からのアプローチなりアドバイスなりを頼んでおいたのだが、
「それがどうにも。」
盛夏の昼下がりの陽射しに淡く光る金の髪を梳き上げて、サンジはどこか芝居がかった仕草で両手を広げて肩を竦めた。彼らが本来存在する世界はこの人世界とは次元を異にする別な次界であり、彼らもそもそもは精神体に近い一種のアストラルボディ(幽体)的な存在。こちらに居る間は必要に応じて仮の肉体を保っていたりするが、サンジが空中から出入りして見せているように、実質の肉体は持ってはおらず、元の次界へはそこを象徴する"天聖の門"を思い浮かべれば良い。そうすることで意識はそちらへと吸い寄せられて、瞬く間に戻れる…筈だったのだが。先の章のラストで触れたが、そこへと戻るために必要な"天聖の門"がどうやってもイメージ上に呼び出せないゾロであり、
「ナミさんが言うには、その子に"認識"されてしまった瞬間に、お前、こっちの世界の存在になってしまったんじゃないか、だと。」
「なんだ、そりゃ。」
曖昧な言いように眉を寄せるゾロだが、サンジとしてもいい加減にからかったりしている訳ではない。
「あまり例がないから、まだよくは分からないってさ。ただ、向こうがこっちへ引っ張られたんじゃなく、お前の方が向こうに引っ張られたのは確かで、そんなことが出来るって辺り、相当な"力"の持ち主だってよ。」
◇
随分とルフィに振り回されてはいるものの、腐っても…あ、失礼。仮にも上級精霊の一人。本来なら数人掛かりでの仕事となるものを、精霊刀"和道一文字"一振りでどんな邪霊でも浄化出来るという天界屈指の凄腕でもあるので、それが戻って来られなくなったというこの事態は天聖界でも重く取り上げられていた。…といっても、天聖界全体が大きく揺らいだ訳ではなく、彼らの直接の上司である"破邪"管轄の天使長・ナミが、
『頭痛の種を増やしてくれて、もうっ』
と膨れただけのことだったのだが。(笑)
「ややこしいことになってくれたわよね、ホント。」
細身のスレンダーグラマーな身体の線に沿う純白のローヴは、奥深い光沢を含んだ練り絹をたっぷり使った贅沢なデザイン。肩には宝石をちりばめたコサージュでマントを留めていて、足元は金色のミュール。管理職とは到底思えぬメルヒェンな"いで立ち"だが、ちゃんと樫材の重厚そうなデスクの前に座っている辺り…却って妙なバランスかも知んない。(笑) 破邪、すなわち人界に於ける"強硬特殊部隊"という部署である彼らは、希望者も順応出来る者も少ないが故の少数精鋭。早い話、あまり人手は居ないため、実行部隊の双璧の片割れ、しかも一番肝心な"破邪封滅"を担当するゾロがこうなってしまったのはかなり痛い。そんなこんなでこの事態に"どうしてくれようか"とお腹立ちなナミさんは、
「その子、サンジくんの結界をくぐり抜けて入って来たってことでしょ?」
自分の前に立つ、金髪の美丈夫へそう言葉をかけた。いや、こちらは地上でと同じスーツ・スタイルですので、ローマ風とかギリシャ風のややこしい装束を想像しないように。(笑)
「ええ。でも、そんなに強いのを張ってた訳じゃないですからね。」
世に様々なオカルトホラーやファンタジー作品が出たお陰様で、この"結界"という言葉も随分とメジャーになったが、手っ取り早く言えば"部外者立ち入り禁止"を目に見えない"力技"でやってのける一種の封印術である。その種類は多種多様。霊力を封じたお札や聖縄を張り巡らせ、その内部に悪しき存在が踏み込めないようにするというものや、力のある人物や物を中央に据え、そこから半径数メートルほど、放たれる霊力の圧力により部外者を押し出す格好で入って来られないようにするもの。術者が障壁を張り巡らせて囲ってしまうものや、もっと高度なものになると"合ごう"と言って、目の前に見えながら実は地続きではない遠い遠いところ、ともすれば異次元へ持って行ってしまうことで、その内部と外部を分断してしまうという強力な術もあるのだが、
「一仕事終えた後だったってんで、初歩もいいトコな"暗示結界"しか張ってなかったんですよ。」
いつもはこっちを通るんだけれど、何でだか今日はこっちを通りたくなった…とか、道の先に誰か立ってるみたいなんだけれど、私には関係ないし…だとか。注意が向かないよう、意識したり気を取られたりしないようになる"暗示"によって、居るのに居ないと思わせる。結界…というほど大仰なものではなく、ある意味、彼らには呼吸と同じくらいに当たり前にこなせるものだ。声を出せば聞こえて気づかれるからじっと黙っている…というくらいに、簡単な代物ならしくて、
「サンジくんらしくないわね。」
「…すみません。」
いくら物質文明が飽和しかかるほど進んでいて、固定殻を持たないような精神体に近い存在には鈍感なる人世界だとはいえ、異世界での行動に慎重さは不可欠だ。どんな弾みで何に感づかれるかは判ったものではなく、現に今回、ゾロが取っ捕まっている。
「上級の精霊が見えて、直に触ることまで出来る。しかも自分の側に引き込める…だなんて。その子、人の子じゃあないのかも。」
ナミはその利発そうな容貌を感慨深げに曇らせて、そうと呟いたのであった。
◇
『ただの人間の子だとして、そこまでの力を制御し切るのはかなり難しいことな筈だもの。ちゃんと修行でもしているのならともかく、暴走したり要らないものを呼んでしまったり。そういう弊害が付きまとってる筈よ?』
『…そういうもんですか?』
それにしては。あっけらかんと明るい子だ。友達も多いし、人懐っこいし。
「俺は"人"じゃねぇよ。」
懐かれてはいるが一緒にすんなとクギを刺すゾロへ、サンジは小さく苦笑をした。まあそれはともかく。
「あの子自身はともかく、兄貴ってのは気づいてたんだろな。」
色々とアドバイスをしてやっていたようだし、庇ってもいたらしいし。それに、と、ゾロが目線で示したのは窓の上、クーラーの陰に貼られた1枚のお札。つられるように…壁を透視でもしてか、外からその辺りを見やったサンジだが、
「? あれ? 何か…ナミさんと同じ波動がする。」
「ああ。地上ではあの名前で呼ばれとるんだろうさ、あの女。」
やたらうねうねとくねった字体で勿体振って書かれてあるのは、祈祷の文言とそれを司る神様の名前らしきもの。
「悪霊から守護する神の名前だ。あの子は力が強すぎる。昔は今以上に、余計な輩を知らず呼び寄せてたんだろう。」
ふぅ〜ん。ナミさんて、サインが出回ってるほど、人世界でまでもなかなか人気があるんだねぇ。
"おいおい。"(笑)
何となく気が合ってか、二人揃ってお札を見上げていたものの、そのままの視線と格好で、
「戻る方法は今んとこ不明ってさ。」
サンジは改めてそうと言い、
「う………。」
ゾロは言葉に詰まって…大きな肩を少しだけ落として見せたのであった。
「たっだいま〜っ。」
引き続き調べてみるわと、サンジが戻ってから程なくして。やはりにぎやかに帰って来たルフィとほぼ同時、さして見栄えも良くない小さな庭を囲む浪板のフェンスの下の隙間をくぐって、庭先に"たたた…"と走り込んで来た小さな影があった。焦げ茶色のふかふかの毛並みのせいで縫いぐるみのようにまるまると見える小さな仔犬で、濡れ縁に腰掛けていたゾロに気づいて寄って来ると短い尻尾をパタパタと振る。
"へぇ、人懐っこいな。"
手を伸ばしても逃げを打たず、むしろもっと寄って来てじゃれつくほど。此処に潜り込んで来たあたり、ルフィにも慣れているらしく、
「あ、コロじゃないか。」
水着やバスタオルなどの濡れものを洗濯機に放り込んで、ぱたぱたと居間まで戻って来たルフィが声をかけると、高い声で"ワン"と鳴いて挨拶をする。
「知ってるのか?」
「うん。少し先の本多さんチのコロって奴だ。春に5、6匹生まれて、こいつだけ手元に残したんだって。」
説明しながらサッシの縁から身を乗り出して、ゾロの傍ら、少しだけ余っていた窮屈なスペースに体を入れて。手にしていた…おやつ代わりだろうアンパンを少しだけ千切って手づから食べさせる彼で、
「ホントは甘いもんやっちゃいけないんだけどな。」
犬猫は歯が磨けないし、代謝の仕組みや体内保持酵素の種類が違うから、人間には構わないものでも毒になる場合がある。冗談抜きに"味付け"はしない方が良いそうで、どんなに薄味でも甘口でも、人の味覚で作ったものは犬には塩分が多すぎるそうな。それはともかく。
「…おい。」
「なに?」
窮屈な体勢をさっさと見切って、ゾロの大きな背中に"ぱふっ"と抱き着くように乗り掛かっていたルフィであり、
「暑苦しいだろうがよ。」
言うと、かいがら骨の辺りへすりすりと頬擦りをしながら、
「全然。ゾロってあんまり温度ないんだもん。ゾロだってあんまり暑いとか感じないんだろ?」
何しろ、相変わらずに黒づくめの長袖装束のままな彼である。幽霊って亡くなった時のままの衣装でいますものね。
"誰が幽霊だって?"
だって…。(汗) 筆者との場外でのやりとりはともかくも、ルフィはぺったりと広い背中にくっついたまま、こちらのがっちりと太い腕の線に沿って、自分の小さな手を伸ばしてくる。
「でも、手は温ったかいんだよな。」
「…あのな。」
膝に抱えた小さな仔犬。その頭を撫でてやっているゾロの手に自分の手を重ねるルフィであり、
「動物には触さわれんのか?」
肩口から覗き込む格好で、ルフィがちょっと意外そうな顔をして訊いてくる。当初こそ、人外の存在だとはっきりと認めた訳ではないところから"同居"は始まったが、それでも日が経てば少しずつ口もほどけてくるというもの。差し障りのない辺りを少しずつ語ってくれた彼の言を信じれば、ゾロは…人や何かが切っ掛けを経て変化へんげした"物怪もののけ"とか"幽霊"とかではなく、最初からこの有りようの"精霊"という存在なのだそうだ。それ以上の具体的な説明はなく、まだまだ知らないことの方が多いけれど、そのうち少しずつ判って来るだろからと根掘り葉掘り聞いてはいない。そんな彼の存在を認可したルフィはともかく、その他の人間へは…彼の方から"ここに居るぞ"という意識をして実体化しない限り、見えないし触れることも出来ないと言っていたのだが、このコロは自然に寄って来ているし、ゾロの側もそんなに気を張っているようには見えない。だのにどうして?と訊いたルフィであり、短い言いようの中にこういう意味合いを読み取ったゾロは、
「ああ。我欲があまり強くない生き物だからな。」
タブーではないのか簡単に答えてくれた。
「"我欲"?」
「意志のある生き物は皆、少なからず持ってる欲さ。生き残るための本能として始まったものが複雑に枝分かれして、最たるものが人間の欲望。生まれて何年かは大したもんじゃないんだがな、やがてはそれが心の中心に君臨して、目も心も曇ってしまうほどの状態になる。」
曇ってしまう…と言われて、褒められたとは到底思えない。我欲という言葉からも、何だか物凄い我儘や専横な生き物だと言われたような気がした。彼が過ぎるほど率直で、言葉を飾らない性分なのはもう気がついていたし、それに精霊なんていう聖なる力を持つ人物。我欲にまみれて汚れている存在だと蔑まれても仕方がないのかもと、
「………。」
ちょっと複雑そうに黙り込むルフィへ、
「勘違いすんな。それが悪いとは思わん。」
ゾロはくすんと笑って見せる。
「そういう風に強い意志を持って、尚且つ心を鎧わねぇと生きてけない世界なんだろうからな。」
雄大無限の自然世界の中にこそりと息づく、不思議な現象、精霊たち。だが、自分たちで刻み方を数え始めた"時間"の中を、効率よく泳がねば先へ進めぬ社会の中に生きる"人間"は、そんな存在に心を捕らわれ、目を奪われてちゃあおいてかれる。だから、そういう能力は、物理的なものへの対応力に蹂躙されて、要らないものとして淘汰されたのだろう。
「それに、お前は…。」
言いかけて、だが、
「んん?」
肩口のところまで乗り上がって来ていた少年の、大きな眸が見つめて来るのへ、
「あ…いや、何でもない。」
気後れでもしたのか、唐突に口ごもったゾロである。
――― 俺が見えたくらいだ。例外的に"曇ってない"人間なんだろうよ。
そうと言いかけた自分。だが、常人に非ずと言われても嬉しくはなかろうと感じた。それと同様、自分なぞに関わっても得られるものは何もない。
"………。"
そして…そうであると感じた途端。彼と自分とが本来は相容いれない者同士であることを急に思い出して、何だか…居たたまれなくなった。それで当たり前なのに、どうしてこんなにも愕然とするのだろうか。
"すっかり慣らされちまったって事なのかもな。"
肩におぶさったままの小さな重み。甘くてくすぐったいが、何故だかちりちりと苦くもある複雑な心地に、こっそりと溜息をついた精霊殿である。
〜 to be continued 〜 02.7.24.up
*悪霊呼ばわりしといて、今度はカッコいい。
結構調子のいいルフィ坊やでございます。(笑)
でもでも、こんな男前な迷子、
私だったら悪霊でも良いからと引きずって帰るかも。
(いや、迷子じゃないんだけどもね。)
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