四の章 光紋
3
「………た〜だいまっ!」
その体内コンパスにて時空を越えて天巌宮へと戻って来た、翼ある破邪とその彼の愛しい宝物。緑滴る中庭へと現れた彼らに、待ち受けていた人々が"わっ"と周囲へ集まって来て、地に降ろされたルフィへはビビとたしぎが一番にしがみつく。
「ルフィくんっ!」
「よく…よく無事で。」
屈託なくて明るい、そうして誰へでも隔てなく優しい子。こんなにも小さなその身に何とも大きな宿命を負わされて、何の罪もないままにこんなとんでもない目に遭った幼子。目の前で攫われたことが何とも悔しく歯痒くて、どうしているのかと心配で、どれほどの心痛に苛まれたか。とはいえ、
「ふやや…。/////」
温かでやわらかなお姉さんたちにぎゅうっと抱き締められて、そこは一応男の子のルフィとしては、恥ずかしそうに頬を赤くする。
「えと、あのあの、えと…。」
離して下さいとまでは言えず、お顔の傷を治癒の咒の温みで撫でてもらったり、くしゃくしゃになった髪を撓やかなお指で梳いてもらったり。他の女官の皆様にも何だか随分と構ってもらえている様子。そんな傍らにて、助け舟も出してやらぬまま面白そうに眺めていた保護者さんへは、
「ゾロ。」
腰の両脇に白い拳を構えた、なかなか凛々しい構えの天使長様が待ち受けていて、
「よくもあたしたちを出し抜いて、勝手なことをしでかしてくれたわね。」
そう。心配だろうが待てしばしと、相手の出方を見ようぞと、この天巌宮にて待機せよと命じられていた彼なのに。
「チョッパーを囮にするだなんて、一体何百年分の知恵なんだか。」
「………おい。」
むっと目許を眇めたゾロだったが、こんなお説教が出来るのも、彼らが無事に帰って来たればこそ。その辺りはナミとて重々分かっているらしく、
「…で。その子。」
ルフィを降ろしたその腕に、もう一人ほどの幼い子供。銀髪に近い淡い金色の髪をした、ルフィよりもずっと幼い姿の小さな小さな色白な子供で、瞼を降ろしたまま、昏々と眠り続けているのだが、
「………。」
何の根拠もなく…もしやして危険な存在だったかも知れないのに連れて来てしまったのは、
『こんなところに置いてくのは可哀想だよ。』
ルフィがそんな風に囁いたからだ。着ているものもあの"黒鳳"の少年がまとっていた衣装ではなく、ルフィが着ているパジャマにも似た、至ってシンプルな筒袖の上着と膝までの下履きである。いくら見た目が幼かろうと、ルフィに言われての仕儀であろうと、ナミは容赦のない雷を落とすだろうなと構えていたのに、
「………。」
何とも…複雑そうな顔をして、静かに子供を見やっているばかりであり、
「???」
何も怒鳴られたい訳ではないが、何だか当てが外れてきょとんとしているところへ、
「…ゼフさん。」
ナミの後方からゆっくりとした足取りにて、この聖宮の重鎮が歩み寄って来るのへ、彼女が道を空けるように身を譲った。年齢を感じさせぬ矍鑠かくしゃくとしたご老体が、さすがに今回の騒動では疲弊を感じたのか。…いやいや、そうではない。何かしら、深く感じ入っているような表情であるというのがゾロにも感じ取れて、
「???」
きょとんとしたまま突っ立っていると、
「ようもこの子を連れ帰ってくれたの。」
翁は低い声を出し、そのまま…なんと、その場に座り込んでの土下座をしたのだ。
「…っ?!」
思わぬ事態にも限度がある。怒鳴られ慣れてはいるが、感謝されたり褒められたりには縁の薄い身。しかも、この天聖界で随一という格と力を誇る聖封一族総帥が、わざわざ目の前で額突(ぬかづ)いたというこの運びには、冗談を通り越して…何か新しい形のお仕置きだろうかと、あれほどの苦難を乗り越えて帰って来たゾロが混乱しかかったほどである。だが、
「………ん。」
そんなとんでもない運びの意味がやっと分かったのが、自分の腕の中、すやすやと眠っていた子供が眸を覚ましたから。小さな手でこしこしと目許を擦っていた幼子は、自分が抱えられていることに気づくと辺りを見回し、ナミに手を借りて立ち上がったゼフに気づいて、
「………お父ちゃま?」
何とも愛らしい声で、そんな一声を放ったから。
"……………お父ちゃま?"
ついついゾロが内心で繰り返したその言葉。声に出して言ってたら、ナミにこの先何カ月かはからかうネタにされたかもしれない。…じゃなくって。(笑)
「お父ちゃま。」
幼(いとけ)ない腕を伸ばす子供。それをゾロの腕からそぉっと受け取ったゼフ翁は、だが、そのまま抱えてやりはせず、自分たちの前へと降ろすと立たせ、その頭の上で手をかざし、
「цсгсббщък…。」
何かしらの呪文を唱え始める。厳おごそかな声と、重々しい気配に、ルフィの方へと構けていた人々も、勿論ルフィ本人も、そちらへと注意を集めたその先にて、
「ρηφεβθλξ…。」
古い古い何かしらの咒を、長く長く唱えていた翁だったが。その咒の高まりと共に、節槫ふしくれ立った大きな手からキラキラと金色の光の粉が溢れ出し、真下にいた子供の姿をさらさらとくるみ込んでゆくではないか。
そして……………。
◇
「よぉ。」
いやにあっけらかんと現れた緑髪の破邪に、
「…っ、お前っ!」
その脱走を聞かされても…大怪我を負ったこの身では何ともかんともし難いと。そんな歯痒い想いに、ただただ苛々と床に臥せっていた金髪の聖封さんがぎょっとして顔を上げた。柔らかな朝の光が満ちた奥向きの寝室には、まだ事の次第が伝わってはいなかったらしくて。今は消えたあの翼の存在も知らないままに、
「一体どういう料簡で抜け出したりし………」
たのか、はっきりきっちり説明してもらおうかいと、そう続けたかったらしい語尾が、
「サ〜ンジっvv」
大きな体躯の陰からひょこっと顔を出したルフィを見て、ふしゅうと萎しぼむ。
「………ルフィ?」
「そだよ。あのね、ゾロが助けに来てくれたんだ。」
その破邪の前へと回って来て、ベッドの傍ら、サンジの頭の方へと近づく。
「あの…ね。俺、なんかサンジやナミさんにも何かしたらしいんだけど…。」
何とも神妙なお顔。本人は預かり知らぬこととはいえ、その手が成した凶事である。寝込んでいる彼だと知ったルフィに、その原因を…あの黒鳳の奇襲の一部始終を簡潔にまとめてうっかり語ってしまったゾロが、ナミとゼフから重くて痛い拳骨をいただいた辺り、やはり"本人"には罪がないと誰もが思うこと。だが、知ってしまった本人としては、沈痛なその気持ち、そう簡単には収まりもせず。どうしても謝るんだと連れて来てもらった次第らしい。そういう細かい事情は後で聞いたサンジだったが、
「何をまた見当違いなことを言い出すんだよ。」
さすがは…その性根が限りなくやさしい彼である。アイスブルーの眸を細めて、ふんわりと笑って見せてくれて。
「お前は何にも悪かねぇだろうが。むしろ、きっちり守り切れずに怖い想いをさせちまった。そっちの責任を俺たちこそ謝らなきゃいけないくらいなんだぜ?」
間近になった幼いとけないお顔。手を伸ばして、やわらかな頬をそっと撫でてやる。やさしい聖封、思いやりのある精霊。ゾロと二人してルフィを甘やかす、素敵な天聖の貴人。そんなやさしい彼に"きゅう〜ん"と大きな眸を潤ませて見せるルフィだったが、
「はい、そこまで。」
坊やを軽々と抱え上げ、ゾロがそんな二人をあっさりと引き離す。おいおい、焼き餅か?と、やっと把握出来た状況へ苦笑しかかったサンジが、
「……………え?」
彼らが身を譲り、場所を空けたところへと。刳り貫きになった戸口を抜けて、新たに現れた人物があって。銀に近い金色の長い髪。甘い匂い、やわらかな仕草。
「サンジ。」
なめらかな声。額へ頬へと伸ばされた白い手はやさしい感触。自分と同じアイスブルーの瞳に、繊細で端正な面差し、白磁の頬。ベッドの傍らへと添って、
「本当に、あの人にそっくりになったわね。」
見覚えのある藤色のドレスがよく似合う、大好きだった優しい人。悲しい悲しいお別れをして、だのにそれからのずっと、やっぱり胸から離れなかった愛しい面影のそのままに、今そこに居るその人は…。
「母さん…?」
先の聖魔戦争の切っ掛けにもなった、黒鳳の封巌石の咒の綻びを封じ直すため、生きながらにして巌に収められ、咒を唱え続けるという残酷な封印をその身で為さねばならなくなった、聖封一族随一の能力者だった美しい母。死んだ訳ではないながら、だが、一生会うことは適わないところへ封じられた悲しい別れに、幼かったころはどれほど泣いたか知れない。それが………。
「なんて顔をしておるか、このチビナスが。」
ただただ呆然と…信じられないこの奇跡から、一瞬でも目を逸らしたら消えてしまうのではなかろうかと、相手の顔をじっと凝視するばかりだったサンジへと、ゼフ翁の威勢のいい声が戸口の方から飛んで来た。
「自分の母の顔を忘れたか? しかも、助け出して来てくれた恩人への礼もせぬままとはの。こりゃあ、あとでノーザにしっかり躾けをし直してもらわんといかんかの?」
ノーザというのは、この母上の名前だそうで、
「あ…、それじゃあ…。」
窓辺の方へと身を避けた二人。にこにこと嬉しそうなお顔のルフィと、そんな坊やの背中側から回した腕にてしっかと胸元へ抱えた格好で、こちらもやはり…どこか機嫌の良さそうな顔をしたお仲間の破邪と。あの忌ま忌ましい黒鳳を倒し、そのおまけにと、この母まで助け出してくれたということか。
「………。」
幼き頃には叶わぬと判っていながらそれでも祈った。今はもう、欠片さえ苦々しいばかりだった、そんな…夢でも幻でもない。本当の現実としてこんな間近に帰って来てくれた至上の幸い。祖父の言うその通り、こんな幸いを齎してくれた人物たちへと、何か言いたいが言葉が出ない。そんな苦しそうなお顔に、ルフィが"にっか"と笑って見せて、
「良かったな、サンジvv」
そういえば彼も母親が早くに逝った身。清々しいまでの愛らしい笑顔を見せてから、背後にいるゾロへと目配せをし、二人はそのまま寝室を後にした。
「あ〜あ、何かお腹空いたなぁ。」
「そうだな。…そういやお前、昨夜から何も食ってないんじゃないのか?」
「そだぞ。もうぺっこぺこだ。」
「じゃあ、何か作って出してもらうか?」
「う…ん。でもさ、ここの食いもんって普通の人間の俺の腹には溜まらないかも。」
「そっか。それは言えてるかもな。って言うか、そうだよ。お前、この天聖界に来た初めての"人間"なんだぜ?」
「あ…、そうか、そうなんだ。うわ、なんか凄げぇ♪」
「………………………。」
「? 何だ? ゾロ。」
「いや。相変わらず、底の見えねぇ凄げぇ奴だよなってな。」
「? 俺が?」
「ああ。これからも手ぇ焼きそうだ。」
「あ、ひでぇ〜。」
「ははは…。さあ、帰ろうや。」
「うんっ。………あ、もしかしてエースが帰ってるかもしんない。」
「ああ。早く帰って説明せんとな。」
帰ろう帰ろうと彼らが口にしているのは、地上世界のあの小さなお家のことだ。こんなに大変なことがあっても、地上ではなんら変わらずに時は流れていて。きっとあのお兄さんは、とりあえずはと坊やのお部屋を片付けているのかも。坊やの仲良しのウソップくんは、あ・しまった、耐寒遠足のプリント、渡してくるの忘れてたと、慌てて再び家を出ていて、ご町内の奥様方は"今日はゾロさん、お出掛けみたいね"と、回覧板を片手にお喋りに夢中。地上でもそうそう平和ではなくって、内戦や紛争は絶えず、凶悪犯罪も後を絶たないが。それでもね。暖かくて心安らぐあのお家へ、やんちゃな坊やとちょっと頑固だけれど根は優しい精霊さんとが、ほこほこと暮らして来たあのお家へ、さあ帰ろう、早く帰ろうと、二人はおでこをくっつけ合う。一緒に念じた同んなじ想い。ふわっと光って、その姿が…1つの光の玉になる。
〜 Fine 〜
(初稿 1997.5.30. 2002.12.15.〜2003.1.30.)
*終わったぞ〜〜〜っ!
これであの方のところの新作も読みに行けるし、
キリリクも書き始められるし、
某ジャンルにも耽れるぞ〜〜〜vv(おいおい)
おまけの言い訳はこちら→■***
岸本様からまたまた素晴らしい作品を寄せて頂きましたvv*****
ありがとうございますvv→■***
←BACK/TOP**
|