月下星群 
〜孤高の昴・異聞

   天上の海・掌中の星

    〜 黒の鳳凰 LAST DESTINY A
 

 
   一の章  火紋



          



 黄昏時のような仄かな明るさを満たした部屋だ。落ち着いた調度、高い天井。地上世界で言うところの"ヴィクトリア調"とでもいうのだろうか、優美な曲線に縁取られた猫脚の椅子やベッド、脇卓にチェストが、ゆったり余裕のバランスで配されてあり、清潔感に満ちた整然さが感じられる。その中へ…緞子(どんす)で仕立てた厚手の几帳(きちょう)・幕帳を巡らせた寝室は、静謐と程よい温みを保っていて。ベッドに横たわる重傷者の無心な安息を、手触りの良い無音の中に守っている。
"………。"
 これまでにだってとんでもない大怪我を負ったことは幾度もあった。命知らずが、無茶すんじゃねぇよと、説教半分に治癒の咒を唱えてやったのも数え切れないくらいのことだ。この自分と組むより前にも、この緑髪の破邪には素敵な戦歴が山のようにあったらしく、一人で十分に桁外れの力量を発揮出来る存在に、敢えて自分という最上級クラスの守護役をつけたのも、パワーアップというよりは、これ以上の無茶をさせないようにという意味が多分にあったらしいとすぐに気づいたほどだ。
「………。」
 特別な"破邪"にして孤高の存在。なればこそ。誰にも懐
なつかず、相容れ合わず、その眸もその心も、字名が謳う"翡翠石"のように凍らせたまま。永らえることにさえ欲を持たず、終わりのない長い長い幾星層もの歳月を、ただただ淡々と何の感慨もなく過ごして来た彼なのだろうか。

   ………………だから。

 あの屈託のないお日様みたいな少年に惹かれたのは、そういった日々からの反動だったのかも知れない。本当は其処に居る自分の存在を気づかれてはならないのに、一種不思議な絆が齎(もたら)した、心地の良い日々が始まって。彼の中にほとばしるように一気にあふれ出したのは"情愛"という感情・感覚の温み。相変わらずに自分たちへは可愛げなく素っ気ないものの、坊やには"真の名前"を教えるまでに、離れ難くも魅せられている彼なのが。いっそ滑稽なような、だがだが何だか、我が身への幸いのようでほっこりと嬉しいような。よからぬ存在、妖邪や危機は相変わらず寄り付くものの、腕の中、懐ろに抱いた幼(いとけ)ない温もりのその価値を知った翡翠の破邪は、傍から見ていて切なくなるほど拙いながらも、懸命なその存在との睦みの時を、ほんの1分1秒さえ取りこぼさぬよう、大切に過ごしているようだったのに………。

   「…っ。」

 気難しそうな表情で昏々と眠り続けていたその可愛げのない顔が、ふと。寝息の調子を切り替えて、深い吐息を一つつき、ひくりと眉を寄せながら、優雅にもゆっくりと眸を覚ました。それに気づいて、
「おはようさん。」
 戸口近くの壁に凭れて立ったまま、少し面倒そうな調子の声をうっそりと放ってやると、まだ少しぼんやりしていた意識がじわじわと覚めているらしくて。
「…ここは?」
 声を出したその拍子、喉に何かからんだか、咳を一つ。凭れていた壁から背中を浮かすと、そんな彼が横になったベッドへと歩みを運ぶ。
「俺んチ。正確には、ジジィの本宅だ。」
「…天巌宮か?」
 聖封一族の総帥、サンジの祖父にあたるゼフが住まう、天聖界の北聖宮。何故に自分がそのような場所の一室で寝かされていたのか、その理屈や成り行きがすぐには判らなかったらしくって。
「なんで………。」
 ぼんやりした声が、すうと途切れ、
「…っ!」
 眇められていた目許が不意に大きく見開かれた。意識を失う寸前の情景を、瞬発的に思い出したのだろう。それと同時に勢いよく"がばぁっ"と身を起こそうとしかけたのを、
「こんのクソ馬鹿がっ、動くんじゃねぇよ。」
 がつんと上から、拳で容赦なく頭を殴りつけて制止するサンジであり、
「…ってぇーっ☆」
 両手で額を押さえて再び大きな枕に沈んだゾロは、
「う…。」
 続いて重い疼痛がじわりと滲んだ自分の胸板に、無意識ながら、その大きな手を広げて触れてみた。新しい肌か、それとも寝間着代わりかと思われるほど、胸板全体にぴっしりと包帯が巻きつけられている。直には見えないが、左の鎖骨から斜めに横断して右の腰骨辺りまで、傷の長さそのままに熱い軋みがちりちりと走って、
「ざっくり深々、容赦なく切り裂かれてたんだぞ? それに手当てが済んでから、まだそんなに時間は経ってないんだ。傷が開いたらどうすんだよ、ああ"? 俺らのかけた治癒の咒を無駄にする気か? おら。」
 大変な容態を、だがだが、心配してやっているようには到底聞こえない口調と言い回しで、忌ま忌ましげに宥め賺(すか)してから、
「怪我人は怪我人らしく、ちったぁ大人しく寝てろっての。」
 やや大仰な溜息を吐き出したサンジである。
「お前な…。」
 この相棒の口の悪さは今に始まったことでなく、見た目の繊細そうな麗しさと、見事なまでに反比例している柄の悪さは、ゾロの側のやはり大雑把で乱暴な荒くたさには、いっそ相性も良いのかも知れないと思えるほど。そんな相方の相変わらずな態度は、だが、何ら変わりはないのだという…逆に彼なりに気を回してくれた演出なのかもなと。ふと、そんな気がしたゾロである。封滅対象をただ破壊抹殺するだけの自分と違い、弱い者・力のない者を全力で守り、守ったその後のケアまで考えてやるのが"聖護封印"を務める精霊の基本。表現体の乱暴さはそれへのカモフラージュでは?と思われるほど、心根はひどく優しい彼でもあると、そこは相棒、よくよく知っている。とはいえ、
"………。"
 だからと言ってそれで誤魔化されてばかりもいられない。
「………。」
 しばし、躊躇の気配を見せた後、

   「………ルフィは?」

 ゾロにとっては、自分の容態や世界情勢なんかより、もっとずっと優先されるべきこと。一番心配で一番重要な事柄であろうに、すぐさま聞けなかった彼なのは、今自分が置かれているこの現状から…何となくの予想を既に得ていたからだろう。こちらもそうと察しつつ、
「無事だよ。」
 さらりと応じてやる。あちらの坊やの側もまた、ゾロの身を案じてそれはそれは痛々しい様子であったのだが、そんなことはわざわざ告げる必要もない話。床から離れることさえとんでもない状態のゾロには、どうすることも出来ない今、不安やプレッシャーを与えるだけなので、言の葉には欠片ほども載せぬまま、
「家まで送ってって、今はジジィが選
りすぐった封印精霊たちの結界に十重二十重と守られてるからな。安心してて良いぜ。」
 現状を簡単に説明してやると、傍らの書き物机に添えられてあった椅子を無造作に引っ張り寄せて、そこへどさりと腰掛ける。サンジの側にもこの男から訊きたいことは山ほどあった。目が覚めるのをわざわざ傍らで待っていたのもそのためだ。細かいことは置くとして、


   「で。一体、何にやられたんだ? お前。」




            ◇



 何らかの窮地に陥ったらしいルフィに"真の名前"で呼ばれたらしく。何とも言い残さぬまま、突然姿を消した相棒を追ってサンジが辿り着いたのは、一種異様な空間だった。途轍もない炎によるドーム状の強靭な結界。しかも半端な広さではない。眼下一帯、地平線の彼方までが業火に覆われた焼け野原に見えるほどの広大さ。まさか本当にこのご町内が火の海に呑まれている訳ではなくて、恐らくは別次界がはみ出して来ていての、この馬鹿げた広さなのだろうが、
"こんな馬鹿げた結界を、一体誰が…。"
 物質優位の世界である人世界にこうまで強力な封印結界を、それも…ビジュアルな"形"が現れるほどパワー一杯な別次界階層を内に含んでいるような代物を出現させた上で、その周りを区切るようにという"封縛の咒"を張り巡らせることが出来るほどの力ある者なぞ、天聖界の神格クラスのお方様でもない限り、そうはいない筈。しかも、
「…ちっ。」
 ゾロとさほどに時間差なく駆けつけた筈なのに、自分には中に入ることが出来ないのも、サンジには不可解だった。異質な空気の塊りが分厚い壁となって、自分の接近さえ阻む"障壁"になっている。サンジの方がよっぽどに、こういった咒には馴染みがある。そういう血統の生まれだというだけでなく、これまでの経験もあってのこと。だのに、じりとも近寄れないのが忌ま忌ましく、自分が拒絶されるほど抗性の強い結界だというのに、そこへ飛び込めたゾロであるということへも………その細い眉を顰
しかめつつ、ちらっと苛ついた。
"これもまた、奴が特殊な存在だからって証しなのかね。"
 彼の属する"破邪精霊"たちを統括する立場の"天使長"であるナミさえ詳しいところを知らない、謎の多い破邪。飛び抜けた力や能力を持ちつつ、だが、それと同時に欠けて抜け落ちたところも結構多かった、ある意味で危なっかしい面を持つ男。そんな彼にその"欠けたもの"を与えてくれた存在が、このとんでもない結界の中から彼を呼んだ。特殊さではなく、そんな真摯な祈りや願いが、彼をしてこの得体の知れないシールドさえ無にしたのかもしれないと。そんなロマンチックな結論をついつい思い描きかけていたところ、
「…お。」
 炎群がいきなり掻き消えて。やっと見通すことの出来た内部の様子に、

   「………っっ!」

 正直…ぎょっとした。遥かに眼下の冷たいアスファルトの路面に。その胸板を朱(あけ)に染め、仰向けに倒れているゾロと、それへと取りすがり、半狂乱になって泣きわめいているルフィの姿が眸に入ったからだ。
「なっ?!」
 全身の血の気が引き、次の瞬間、勢いよく煮えた。驚愕とそして、何にへか判然としないまま沸き立った怒りによってだ。だが、感情的になっている場合ではない。
「…クソっ!」
 これは正しく"一刻を争う"事態だ。障壁に拒まれても良いからと突っ込んでみると、既に怪しい結界は消滅していて。不審はますますつのったが今はそれどころではないと、冬の冷ややかな大気を一気に掻いくぐるように急降下し、彼らの傍らへ慌ただしくも降り立った。
「ルフィっっ!」
 声を掛けながら駆け寄ると、擦り寄ったせいで血の移った汚れた頬のまま顔を上げ、
「…サンジっ、ゾロがっ!」
 唯一事情が判ってくれる、今の今一番頼りになる存在の到着に、すがるような眸を向けて来た。
「何かよく判らないんだ。俺んコト、呼び止めた奴に…っ!」
 涙に溺れそうになっている声を捩
よじりながらも、何とか説明しようとするのが何とも痛々しくて、
「説明はいつでも良いから、まずは落ち着きな、ルフィ。このくらいでどうにかなるような、そんな柔な奴じゃあない。分かるな?」
 励ますように言ってやり、坊やとは反対側の、地面に横たわるゾロの傍らに片膝ついて、顔や怪我をした胸板のその真上へ、広げた手のひらをゆっくりとかざす。彼は感知の力が鋭敏だから、そうすることで容態を診ることが出来るのだろう。だが、
「………これは、一旦帰った方が良いな。」
 サンジの表情は緊迫に包まれて硬いままだ。そんな彼が口にした言葉を、ルフィが力なく繰り返す。
「…帰る?」
「ああ、天聖界にな。」
 応じながら顔を上げたサンジは、視線が合ったルフィの…今にも消え入りそうな、そのままこの、弱々しい乾いた冬の陽射しの中へ溶けてなくなりそうな頼りない表情にハッとした。いつもいつもお元気で、時々"しゅ〜ん"としょげはしても、どこか隠しようのない生気に満ちた子である筈が、呆然が過ぎて魂が抜けたような顔になっている。
「…こら。なんて顔してんだ、おい。」
 こちらもまた息を呑んだくせに、それを誤魔化すように乱暴な声を出し、
「ちょっくら実家に帰るってだけだ。判るだろ? こいつは日頃は力が有り余ってっから余裕でこっちの世界に居られる身だが、本来は向こうに住んでた存在だ。同じ養生するのなら、そういう…馴染みの深い環境の中の方が体に良いって言うか…。」
 何だか、言えば言うほどいかに重症なのかの上塗りをしているような気がして。
「………。」
 坊やのお顔が全く上向かないせいもある。こちらの説明が聞こえているやらいないやら、血の気の引いた青白い破邪の顔をただただじっと見下ろしたままでいる彼であり。聞こえないようにこっそりと溜息をついたサンジは、

   「………。」

 軽く眸を伏せると、何かしら、念じるような顔になった。すると、

   《参りました、若。》

 どこからかそんな声がして、えっと顔を上げたルフィの視野の中、さっきまでは誰もいなかった路上に、恭しく片膝をついた格好の男の人がいる。くすんだ色合いのベストスーツ姿で、腕やら腰やら脚やらが随分細いらしいのが却って強調されている。ルフィと同じ黒い髪を短く刈っているが、心持ち覗ける顔立ちは…どこの国とも言いようのない、厳つく尖った印象のそれだった。
「悪いな、ギン。急用だ。」
 途轍もなく長いスパンで生きている彼らには"年齢"という概念はあまり当てはめない方が良いらしいのだが、それにしても明らかに年上だろう相手に、サンジは鷹揚そうな口利きをし、
「こいつをジジィの本宅に運んでくれ。重症だ。大急ぎで念の入った手当てがいる。」
「承知しました。」
 跪
ひざまずいたままに、頭をますます低く下げ、了解の意を示したその男性は。そのまま切れの良い動作で身を起こすとすっくと立ち上がる。針金みたいに細くて、しかもまた、とんでもなく背が高い彼は、長い腕の先、痩せて肉のこそげ落ちたような両の手を胸の前で様々な形に組み合わせる。いつだったか映画か何かで見た、忍者だったか陰陽道の術者だったかが"印"というのを結んでいたのに似たような仕草であり、最後の方はばばばっと空を切る音がしそうなほど素早く繰り返されたそれがピタッと止まったその拍子、
「………あ。」
 目の前に横たわっていた破邪の大きな体が、音もなくふわりと宙へ浮き上がった。身体の下に板でも敷かれてあるかのような、傷に負担をかけないようにという移送をしてくれるらしくて、
「ぞろ…。」
 治療が必要なのは判る。本来の故郷である天聖界という場所の方が負担が少ないということも判る。だが、それはすなわち、しばらくの間は彼と逢えなくなるということだ。一刻も早く治療してあげてほしいのだが、顔を姿を見られなくなるのもルフィには辛い。自分を狙ってたらしい得体の知れない奴が怖いのではなく、純粋に、ゾロと離れ離れになるのが悲しいと、眉を肩をしゅんと下げて何とも情けないお顔になる坊やであり、
「ほら、そんな顔すんなって。」
 サンジが見かねて"ぽんっ"と肩を叩いてやる。
「向こうで治療すりゃあ、あっと言う間に治っちまうよ。そうしたら、こいつのことだ、俺らが制
めたって聞かないで坊主んトコへ真っ先に帰って来る。」
「…うん。」
 項垂れたままの坊やに、つい。置いたままだった手を引き寄せるようにして、小さな肩をキュッと抱いてやる。彼もまた、ゾロと同じで異次元からの来訪者、厳密には実体が無い身である筈だのに。ゾロに温みを感じるように、彼からもしっかりと…頼もしい感触や香辛料のそれだろうか、どこか不思議な匂いがする。それを感じてか、細い吐息をつくルフィであり、
「家まで送ってく。それと、用心のためだ、俺の仲間が何人か結界を張りに来る。ちょいと不自由かも知れんが、無事を確認する通達があるまでは家から出るな。良いな?」
 出来るだけ、そう、彼を怖がらせないよう、萎縮させないようにと言葉を選んだサンジだったが、坊やには他のことはどうでも良いらしかった。ただただ一点、呼び出されたギンという男が不思議な術で宙空にふわりと持ち上げた破邪精霊の姿しか、視野にも感覚にもないという様子だった。あまりに小柄で"とてもではないが中学2年生には見えないぞ"とついついからかってしまう彼だったが、ぼんやりと力ない眼差しで哀しげに破邪を見やっていたその横顔、その肩は、いつにも増して頼りなく、儚いくらいに小さく見えた。



            ◇


 ゾロを先に天聖界へと連れ帰らせて、折り返し、事情を呑み込んだ聖封たちがやって来るのをルフィの自宅で待ったサンジは、さして間を置かず現れた彼ら"聖衛"たちに、心ここにあらずという状態のルフィの様子によくよく注意するよう重々頼んでから、坊やを託して天聖界への帰途についた。やはり恭しく迎えに来た執事のギンに、やっと一段落ついた気の緩みからか、ついのことながら愚痴がこぼれた彼である。

  『…あいつが相手をした何物か、
   俺が破れない結界を昼日中のあんな場所に張ってやがったんだぜ?』
  『それは…。』
  『向かっ腹が立つじゃねぇかよな。
   聖封総帥の直系が鼻先であしらわれようとはよ。』




 陽世界は数多
あまた存在する次元世界の中、唯一の物質優位世界である。何ら欠けることのない完全結晶化を遂げた、神々のおわす天界と、全てを無に帰す力だけが満ち満ちて、滅ぶための嵐と暗雲の垂れ込めた、負の魔界。はるか昔は混沌と交ざり合っていた正と負が、神話の英雄により分断されたと聞くが、どこまでが逸話でどこからが真実か、現在の自分たちには知る由もないこと。ただ。完全結晶と完全滅亡、二つの大きな力の勢力が、鬩せめぎ合いつつもどちらかが凌駕し切ってしまえないで、ある意味"共存"し続けているのは事実であり、その鬩ぎ合いが…隙あらば滅びようとしながらも、それによる欠落を補おうとする誕生や希望の力も常に働く"新しい世界"を生んだ。その二つの影響をほぼ均等に受けながら、滅ぶものもありつつ生まれ出づるものへの祝福に満ちた世界。それが陽世界である"人界"だ。

  『俺はこの世界では実体がないからな。あんまり寒くも暑くもないんだよ。』

 そこに存在する森羅万象全てが"時"という枷からの就縛を受けており、また、どんな命もどんな熱量も、それぞれの個体の肉体であるところ"殻器"の中に蓄えられている。生命はおよそ"意・気・体"という三要素で構成されているもの。"意"は意志、"気"は気力、"体"は肉体(殻器)のことで、どれが欠けてもいけないが、その強さや大きさのバランスは種や存在する世界によって異なる。さて、時・時間は、するするとあらゆるものから奪い続ける。熱を、殻器の強度や姿を。そして…その侵食や風化により、陽世界に生まれた者たちは一つの例外もなくいつかは滅びゆき、新しい住人と入れ替わる。滅びと誕生。哀悼と祝福。繰り返される輪廻の螺旋。DNAという肉体情報しか残せないにもかかわらず、人は懸命に、何かを捜し続けるために生き、何かを求めながら生き。彼方まで広がる希望のその中、実際にその手に得られる未来は幾漠もなく、夢のままに終えることさえ切なくて愛しくて…。

   『お前に俺の"真
まことの名前"を教えといてやる。』
   『"真の名前"?』
   『ああ。それを呼ばれると、どこにいても聞こえて、無視出来なくなる。
    お前の居るところまで俺を導いてくれる。』
   『えと…。』
   『ロロノア=ゾロ。それが俺の真の名前だ。』

 そんな世界の住人たちを"愛しい隣人たち"と見なして。建前的には、自分たちにもその影響が波及する、邪妖や悪意による不安定・不整合・不自然を正すため。本当のところは…自分たちに可能な助力を微力ながらも添えたくて。それで送り込まれるのが彼ら"破邪精霊"たちなのだが…。



「相手が何物なのかはこっちが聞きたい。」
 この自分が不意を突かれた。油断をしたつもりはない。ルフィを初めてあれほど怯えさせた存在。愛しい者への保護欲という意味だけでなく、大概の苦難はぎりぎりまで我慢し、後でさんざん叱る顛末となる困った性分の彼が、是も非もなく怖いと感じてすぐさま自分を呼んだほどの何かが相手。真剣に集中して構えていた筈なのに。一瞬の何かに襲い掛かられ、この身に何が起こったのか、意識が途切れる寸前まで判らないままだった。そうまでの凄まじい攻勢を繰り出した相手の、姿さえ感触さえ見てはいないのが何だか不甲斐ない。ルフィを攫われなかったのはせめてもの幸いだったが、自分にとどめを刺さなかったことといい、何だか相手に余裕のようなものが感じられて、それがいよいよ腹立たしい。ルフィが無事であると、聖封選りすぐりの"聖衛"が守っていると聞いて、少しは落ち着いたのだろう。ゾロは焦燥をそのまま怒りに転じたらしく、尖った表情を隠しもせずに、そんなお言葉を返して来て、
「ああまで凄まじいのが、なんで野放しになってたんだ。」
 悔しいかな、自分のデータストックにはいない存在。だが、すべての破邪を統括する立場にある者には、それこそ古今東西の無尽蔵なまでのデータが手元に集まっている筈で、
「ナミは? 何か言ってねぇのか?」
 結果として攫われたり危害を加えられたりしていないところから判断するに、今回ルフィが狙われたのが…もしかして単なる奇遇、出合い頭だとしても。ならば、取り逃がしたのは他への脅威の拡大に他ならない。彼女にだけ責任を転嫁するつもりは毛頭ないが、それにしたって"データベース"が何を暢気な様でいるのかと、ついつい愚痴の一つも言いたくもなったらしいゾロだったが、それに対して。これが日頃なら、
『この俺様が崇拝する女神様であるナミさんに失礼な物言いをするなっ』
とばかり、すぐさま咬みついて来るところが、

   「………。」

 サンジの表情はどこか硬いまま。
「???」
 何も咬みつかれたい訳ではないが、目を覚ました冒頭で重傷患者を思いっきり殴りつけた同じ奴の反応とは思えない。怪訝そうな顔になったこちらに気づいてか、金髪碧眼の聖封精霊はぼそりと呟く。

   「ナミさんは…天使長会議を招集した。」
   「…っ?!」

 最後に開かれたのは、確かあの"聖魔戦争"終結の時というほどに、まず滅多には開かれない大会議。風や水や炎、数多の生物や草木に金石という"物体存在"のみならず、曙や黄昏といった様々な事象・象徴物を司る"神格・準神格"であるところの天使長たち全てが、一堂に集結する大きな会合だと聞いている。
"………そんな大事だってのか?"
 それだけの顔触れを集めねば対策を練ることが出来ないほどの。そして、それを英断したナミには、何か判っているというのだろうか。
"少なくとも、単なる…人世界にひょっこりと現れた一介の邪妖ではないということか?"
 怒りに任せるように乱暴な口利きをしていたものが、その勢いを呑んで考え込んだのを見計らい、
「今判っているのは、何か途轍もないことが起ころうとしてるってことだけだ。」
 サンジは淡々とした声音でそうと告げ、
"………。"
 この屋敷に戻る前、その大会議に赴く直前のナミから招集を受けた極秘報告の場の情景を、どこか苦々しくも思い出していたのであった。





   *ちょっと小理屈が出て来ましたね。
    ファンタジー系のお話には付きものな"土台"のようなもの。
    ご面倒でしょうが世界観構築に必要なものですので、
    どか、お付き合い下さいませ。
    この筆者ですから穴だらけだとおもいますが。(ダメじゃん。)


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