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お話をここまで一気に進めておいて今更なことだが。この二人、傍からそうと見えているような、若しくは本人たちが周囲に語っているような、
――― 九歳ほど年齢差がある従兄弟同士
という関係ではなかったりする。小柄な中学生のルフィ坊やのお家に、この夏の初め、秋田から上京して来た背の高い従兄弟。ただ背が高いというだけでなく、短めに刈った髪を淡い緑色に染めて、左の耳朶には三連の棒ピアス。そんな"バンドでも組んでいるのか?"と思いたくなるような風貌ながら、だが、どちらかと言えば。何かしら…格闘技か武道系のスポーツでもたしなんでいるのか、胸板がっちり、肩幅かっちり、広い背中に大きな手。足腰もしっかりした、見るからに頼もしい体躯をしていて、動作も機敏。日頃はたいそう寡黙で、必要以上に話しているところも見かけない落ち着いた彼だが、ルフィにだけは屈託なく接しているのがたまに垣間見え、それが何とも優しげで温かい雰囲気の好青年。顔立ちもすこぶる二枚目で、くっきり冴えて涼しげな…光の加減で翡翠の碧にも見える瞳を据えた目許に、口角はっきり、凛とした口許。おとがいの線や首条はすっきりと引き締まり、今でこそ季節柄、シャツにトレーナーにワークパンツとジャンパーというような、重々しい重ね着をしている彼だが、夏場の庭先、黒いTシャツ黒いGパンというラフな恰好で水を撒いてたり、そのホースをルフィと取り合いになって頭からしっぽり濡れてしまったりなんかしている姿の、まあ何とも色っぽいことと。人それぞれの好みというのにもよるのかもしれないが、ここいら近所の奥様たちには、日々の噂話の中に必ず取り上げられていて、またそのかしましさと言ったらvv
"…おいおい、話が逸れてないか、あんた。"
あはは。(笑) そんなまでに見栄えや風情の飛び抜けて印象的な、とはいえ芸能人でもなければオリンピック選手でもない、ごくごく普通の男性。周囲の人々からはそんな風に把握されている彼だが、その実は。
《よく聞け、陰界に住まう輩ども。我は翠眼の使徒、破邪の精霊なり。
今ここに畏くも我が唱う、言の咒は浄封の咒。
主ぬしらを封滅せしめぬ"輪廻の螺旋"へ戻りたくば、
押しいただいて、天のヴァルハラ、地の冥界へ去るがいいっ!》
裂帛の気合いにて放たれる封印の咒。闇を切り裂く鋭い眼光。月夜見の主催する陰界の住人でありながら、陽界の人間たちを惑わす厄介な悪霊や負の力の大きすぎる魂、所謂"邪妖"たちを、精霊刀"和道一文字"の一閃によって退治する。世界のバランスを崩す存在を粛正して回っているところの"破邪"の精霊。しかも"限定解除クラス"である。(こらこら、オートバイじゃないんだから。)その筋で"翠眼の破邪"と言えば、天を貫く大きな鬼さえ脅えて逃げ出すほどというから物凄い。(おいおい/笑) ………そして。
「おっでんだ、おっでん♪」
そんな頼り甲斐のある、ちょいと不思議な素性のお兄ちゃんに、仔猫のようにじゃれついては甘やかされて日々を過ごしている、ちょっと見には"小学生かな?"とさえ見えるほど小柄で童顔、無邪気な笑顔がそりゃあもうキュートな男の子。近くの中学校に通うルフィという少年で、これでも2年生、しかも柔道部のレギュラー選手だというから、ホント、人は見かけによらない。
「むう。失礼だぞ、お前。」
あ、聞こえた? すまんすまん。(笑) 一等航海士で只今太平洋上を航海中の父と、カナダに留学中の兄という男ばかりの3人家族。父御の仕事の関係上、小学生の頃までは知り合いで親友のウソップくんのお家に預けられていたのだが、今春からは自宅へ戻り、何とか"一人暮らし、時々 父在宅"という生活を始めたばかり。そんな彼が………夏休みが始まったばかりのとある朝。普通の人間には感知さえ出来ない筈の存在、その筋での"最高特殊技能保持認定クラス"というランクの、つまりは上級専門職である破邪精霊のゾロと、運命的な出会いをしたのである。
『やっぱりだ。兄ちゃんたち、人間じゃあないんだろ。』
本来ならば。よほどの修行を積んだ修験者や徳の高い聖職者など、精神的な修養を収めたか、もしくは懐ろ深く感受性の豊かな人物ででもなければ察知出来ないだろう存在だのに、あっさりと見顕(みあらわ)されたのが随分とショックだったのだが、
『俺、小さい頃からそういうのが見えるんだ。』
どうやら…その性格のみならず、素養の方でも"天然"の能力者でもあったらしい。
"そんな、身も蓋もない。"
あはははは。(苦笑) そんな坊やに妙に懐かれ、しかもしかも本来の居場所である"天聖界"へ、どういう加減なのだか戻ることが出来なくなってしまって。最初は渋々ながら坊やのお家にご厄介になった破邪殿であったのだが。お元気な坊やが時折見せる寂しげな気配に気がついて。そして………気がついた。このお日様みたいな少年に、隙あらば悪質なちょっかいをかけんとする輩たちがいるということに。陰の世界の住人たち、邪妖と呼ばれる忌まわしき存在。それが十重二十重と彼を取り巻き、様々な魔手を延ばしていると、だ。しかも…ずば抜けた"能力者"でありながら、ルフィはそういった招かざる客人たちへ何の抵抗も見せない。時には体に影響が出るほどの襲撃を受けていてもなお、甘受してやっているほどで、
『………だってさ。』
『寂しい寂しいって来ちゃったの、追い返せないんだもん。』
誰にも気づいてもらえないし、愛する人にも大切な人からも名前さえ呼んでもらえない。そんな寂しい身の上となった彼らが可哀想で、つい。其処に居るのを知ってるよ、気がついてるよと、受け入れてしまっていたのだとか。ただ接触するだけで、生気なり運気なりをごっそり削られ奪われる。そうまで危険な相手だというのに、拒むことを知らないでいる。そんな坊やに焦れたように、
『………馬鹿が。』
『ホントは怖かったろうに。』
お人好しにも程があると、苦しげに叱り飛ばしていたゾロだった。そんな"お節介"はこんなにも小さな坊やのすることではない。そんな奴ら、行くべき場所へ尻叩いて送り出してやればいい。性懲りもなく寄って来る奴らからは…これからは俺が楯になって守るから、お前が身を削らなくても良いからと、そう約束して今に至る。……………いや、そんだけって事もないんですがね。うふふふふvv それから今現在に至るまでの半年足らず。それなりに"ドタバタ"があるにはあったので、そちらはこのシリーズのup済のお話を各自お読み下さいませということで。(笑)
「なあなあ。サンジんコト、もう呼んだのか?」
「ああ"霊信"を送ってあるから、先に家に着いてんじゃないのかな。」
もう少しで家が見えてくるぞという辺り。もうすっかり陽は落ちていて、お互いの顔もピットリくっつくほど近寄らなくてはよく見えないほどの、冷たい夜陰が立ち込める中。だのにぬくぬくと心地よさそうに、ご機嫌さんで鼻歌なぞハミングしていたルフィがふと、向かう先の道端を見やった。蛍光灯が切れかけているのか"ちかっちかっ"と眠たげな瞬きのような点滅を繰り返す街灯に気がついて、
「…あ、そうだ。」
そこから何かを思い出したというような声を上げる。長い腕を片方、手をつなぐでなく、時々ぶら下がって来る坊やへのおもちゃ代わりにと預けていたゾロが"んん?"という気配を向けると、
「あんな? さっき学校の近くで変な人に会った。」
そうと言うルフィの口許から吐き出された息が白く流れて、それを照らしている三日月が頭上に出ているのに気がついたゾロが、
「変な人?」
さして関心も無さげな顔を装って訊き返す。月齢が満ちてはないから、さほど手ごわい奴ではないか。いやいや、そんな時に、しかも日没前に出て来るということは…などと、何となく警戒に近い思いを巡らせ始めているところへ、
「うん。………あ、人じゃないかも。」
頷いてから、ルフィはどこか微妙そうな顔になった。何しろこの坊や、人外の存在までもを"認視"出来るほどの能力者。なればこそ、ゾロも柄にない"警戒"というのを怠らずにいる。ゾロの本来のお役目は彼の守護、邪妖からの影響を寄せつけないことだ。決して晩ご飯を作ってやったり、寝坊した坊やをおぶって学校近くまで飛んでくことではない。(そうか、とうとうやらされとるのか/笑)…とはいえ、それと同時にここいら一帯、何となれば日本の関東圏という広域エリア全部の監督を任されてもいる身。よって、いつもいつも今のようにぴったりとまでは傍に居てやれないし、意識だって彼にばかり注いではいられない。よって、学校や登下校の際という目の届かぬ場所で少しでも異変があるようなら、こちらから嗅ぎ取って対処してやらなくてはならず、彼がこんな風に洩らす何の気なしな話一つにもついつい鋭敏になる。
「あのね、女の人だった。なんかゾロやサンジと同じような気配がして。そいで、俺が"あれ?"って思ったのに気がついて、私が見えるのですか?って向こうから訊いて来たんだ。」
立ち止まってこちらを見上げて来るルフィの、マフラーが届かなくて外気にさらされたままになっている耳朶を、すっぽり包み込むように大きな手で覆ってやるゾロだ。見かけによらないところで気を遣う子だ。深刻に構えると要らない心配をするかもしれないと、そんな手遊びをして見せる。何だかそのまま口づけになだれ込めそうな態勢だが、本人たちにはそんな"つもり"はまるでなく。ひやりと冷たくて小さなお耳は、簡単にすっぽりと包むことが出来たが、された側はくすぐったかったか"くすくす"と笑って見せる。風が耳元で“こうこう・ぼお〜っ”って鳴ってるとはしゃいでから、
「あ、えと………それに、刀を持ってたよ?」
付け足されたフレーズへ、おや…とゾロが思わず眉をひそめる。武器装備を持つ邪妖がいないとは言わない。それにもしかしたら"そっち側"の存在ではないのかも。自分たち"破邪"には、聖浄封滅の小道具として凝縮した念を込める装備が要る。小者が相手なら、もしくはゾロほどの限定解除クラスであるのなら、その鋭い一瞥だけでも事が足りたりするのだが、相手にピンからキリまで様々なレベルの手合いがいるように、こちらの陣営も…天使長とタメグチを利くゾロのようなランクの者から若葉マーク付きの初心者までと、実は各種多彩だったりするのだ。そのどちらにしても、
"日頃から携帯しているとはまた物騒な…。"
ゾロはそう感じた。そんな武装を保つにはそれなりの"気"を発揮せねばならず、ルフィほど感知能力が高い人間は滅多にいないとはいえ、見咎められたら何かと厄介だろうに。
"妙な奴だな、確かに。"
向こう側の存在ならば、そうまでの力のある者、分別もある筈。逆にこちら側の者なら、そういう迂闊は人間のみならず浄化対象にまで警戒を運んでしまうから、やはり良ろしくない筈で。
「………そいで、気になること言ってた。」
耳元を覆う大きな手。大好きな精霊の、頼もしさの象徴でもあるその手の上へ、自分の小さな手を重ね合わせて。ルフィは、だが、やや声の調子を落としてしまう。
「あんな? 俺に………。」
何か言いかけた坊やは、ゾロと眸が合うと気後れしたように俯いてから。ついっと視線を逸らし、そして………。
「………あ。」
その視線の先に何かを見つけたらしい。顔がそちらへ固定され、それに気づいてゾロも、丁度自分たちが向かいかかっていた方向を見やる。左側には…もう随分と暗いとはいえ、この時間ではまだそんなに車も止まってはいないのが見透かせる、月極駐車場の金網のフェンス。右手には町内会長さんの本多さんのお宅の立派なブロック塀。その塀に凭れていた人影に気がついた。
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*久々(でもないかな?)の連載開始でございます。
といっても、今話はそれほどたいそうなお話にするつもりはありませんので、
まあのんびり構えてお読みくださいませ。
02.12.8.〜
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