月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜冬凪短日B


 
          




 その人影はルフィよりほんの少し背が高い…若い女のようだった。黒い直毛の髪を少し長めで襟足にかかるほどのショートカットにし、襟や袖口にボアのついた濃紺のハーフジャケットと、バックスキンだろうか、レザーのような風合いの細身のボトム。ボーイッシュという呼び方を咄嗟に思い出せないような、あまりに飾りっ気のないそんな恰好は、彼女の体型の痛々しいほどの細さばかりを強調していて。妙齢のご婦人の優しい特長であるところの…体型のみならず雰囲気や気配などに、どこかしら丸みがある筈な柔らかさを微塵ほどにも感じさせない人物だ。ドライバーグローブのようなやはり武骨な手袋を嵌めたその手には、成程、細くて長い袋状の包みを持っていて。形からして中に収められているのは…ルフィが察したその通り、脇差しではない本太刀の"日本刀"に間違いないだろう。点灯し始めだけの不調だったか、さっきまで頼りなげに瞬いていた街灯も、今はきちんと灯っていて。その光の輪の中にいたものが、そこから踏み出して来る女。彼女の側でもこちらを認視し、意識しているのは間違いない。光を背にした彼女の、目鼻立ちまではよく見えなかったルフィだが、凭れていた本多さんチの塀から背を浮かせたその姿へ、

   「この人だよ。」

 雰囲気や存在感。何よりも"気配"を察知出来る彼には、見た目・見栄えなど関係ない。ましてや…相手は人外の者。感触のようなものが、普通の"人間"とは随分と異なるから、ルフィもそうそう間違えはしない。それでと、見分けられたことをゾロに告げたものの、
「………。」
 敵意や何やを向けられた訳でなし、怖いと思った訳ではない。だが、何だか気が引けて。ついのことながら、彼女の方を向いたまま…ゾロの腕が肩を越えて背中へ回されたのへ応じるように。その胸元へ、庇われるまま身を寄せている。

   『坊や。あなた、何か大きな陰がつきまとってない?』

 彼女はさっきそう言った。自分だって"フツーの人"ではないクセに。学校の傍、近道だからと帰りによく通る、線路の傍から潜り込む高架下の坑道にて、彼女は彼女に気づいたルフィへとそんなことを訊いて来た。

   『何か…そう、かなり大きな力を持つ陰の者。間近に憑いてはいない?』

 人外の存在から話しかけられる経験は多々あって、ホントはそれに応じてしまうのも…生気をたくさん使うから、あんまり良いことではないのだけれど。何だか気になる言い方をされたのと、彼女の雰囲気が…何だかゾロやサンジという"お友達"に似ていたものだから、

   『憑いてなんかないやいっ!』

 一言だけ言い返してから、ばたばたばた…っと駆け抜けて通り過ぎた。怖かった訳じゃない。ちゃんと守ってもらっているのに。とっても強くてやさしい、頼もしい"破邪"のゾロに、しっかりと守ってもらっているのに。知らないくせに失敬なことを言うなよなとムッと来たから、振り切るように駆け出したルフィだったのだ。……………で、タコ焼きやコロッケで釣られてしまって、ゾロにそれを話すの、うっかり忘れてたのね。
(笑)
"…まあ、今更なんだろうがな。"
 そもそもからして、邪妖たちへと目に見えてびくびくしていた彼でなし。かてて加えて、今現在の彼に危機感が薄いのも緊張感が足りないのも、それだけ信頼されていればこそのこと。夜陰に浮き上がって見える玉子色の手袋に包まれた小さな手で、こちらの胸元へきゅうっとしがみついている存在の、何とも愛惜しいことよと、こちらも余裕で構えている緑髪の"破邪"さんへ、
「やっぱり。」
 いかにも険しい顔つきとなって、何をか確信し、
「あなた、それが何物か判っているの?」
 こちらを"びし"っと指差して来る彼女であり。
「………。」
 今はゾロも意識してわざわざ姿を見せているが、彼女の言葉の中の"あなた"はルフィへの呼びかけなのだろう。そして"それ"というのが恐らく自分。自分より小さい者同士でありながら頭ごなしにとは大胆な。
おいおい しかも、自分が得体の知れない良からぬ者であるかのような、大上段からその本質まで見透かすような言われようをされる覚えはなく、
「………。」
 はっきりとは判りにくいが、はっきり言って"かっちーんっ☆"と来た破邪様である模様。思わず…ルフィの小さな上体をデイバッグごと長い腕に包み込むようにし、尚のこと抱き寄せながら、その眉間にはしわを寄せ。鋭利な刃の切っ先を思わせるほど、凄みと迫力に満ちた一瞥を相手に向ける。そしてそして、響きの良い声で言い放ったのは、

   「お前、新入りだろう。」

 はあ? 何ですて? 仰々しく構えた態度の割に、何だかちょっと緊迫感というものを蹴っ飛ばすようなお言いよう。だがだがその途端、
「………っ。」
 彼女は"うっ"と息を飲むと、細い肩を見るからに跳ね上げて少々怯んで見せたから。………図星だったのか、こっちも判りやすい人だ。あ、人ではないのか?
(笑)
「なっ、何を言い出すんですかっ。大体、あなたこそ、そんな小さな坊やを誑
たぶらかして。一体、何が目的なんですか? まさか実体化のための"寄り代"にと目をつけたんじゃあないんでしょうね。…っ! あなたもあなたです。その男、人ではないのですよ? あなた、人外の存在を見て取れる能力があるみたいですが、良いですか? 霊体やアストラルボディとの接触は、普段の対人では使わないだろう感応器を、それもかなりの高ゲインで働かさなきゃならない分、体力や生気を途轍もなく必要とするのですよ? しかもその上、そのまま相手にエナジーとして吸い取られる場合だってある。目に見えないものだから、まだ若くて回復力が高いからって気がついてないかも知れませんが、そんな消耗は直接あなたの命をも削ってしまう恐れがあるんですよ?」
 す、凄じい勢いのまくし立てである。息継ぎしないで一気にこれだけ言いつのれるとは。只者ではないわね、お姉さん。
こらこら ………で、

   「………。」

 それへと相対するお二方。ルフィの方は何が何やらという表情で、彼女の…正に"立て板に水"だった濶舌
かつぜつの良いお言いようへと、眸をパチパチと瞬かせているばかりだったが、ゾロの方は相変わらずに余裕たっぷり。
「…言いたいことはそれだけか?」
 まるで。肉食の野獣が獲物を前に喉を鳴らしているかのような。地に響いて、だが、張りもあり、有無をも言わせず相手を釘付けにする重みのある声。
「………うっと。」
 彼を頼って胸元に引っ付いていたルフィまでもが、びくっと肩を震わせて。思わず破邪殿の精悍なお顔を頭上に見上げたくらい、静かな中にも奥深い迫力があった。当然、
「う…っ。」
 それを真っ向から向けられた彼女に至っては、金縛りにあったかのように全身をぴんと凍らせたものの、
「…くっ!」
 そんな呪縛を振り払いたかったか、左手に握っていた包みの先。組紐でグルグルと巻かれた口を開いて、するりと押し出して見せたのが、糸をぎっちりと巻いた日本刀の柄だ。その、少し長さのある糸巻きの柄を左の腰際に構えて、右手が勢い良く引き抜きにかかったその瞬間。


   《何をグズグズしてやがんだっ。》


 い〜き〜な〜り、そんな大きな声がして。
「呼んだのはそっちだろうがっ。とっとと帰って来んかいっ!」
 冷ややかな夜陰の立ち込める路傍から"すうっ"と滲み出して来た人影が一つ。駐車場が透けて見える金網フェンスから"現れた"のは、街灯の頼りない明かりの中にも甘く輝く金の髪が麗しい…のに、こめかみに"血管浮いてます"マークをちょいと貼りつけた、長身痩躯の端正な青年で、
「逆ウラシマで煮込むから時間はかからんとはいえ、肝心な素材が来なけりゃ始まらねぇだろうがよ。ゆで玉子しかないんじゃあ話にならん。勝手にキャベツとひき肉とカンピョウ借りてロールキャベツを…。」
 こちらもまた、先程の彼女に負けないくらいの勢いで一気にまくし立てるお言いようが…語調の激しさの割に、その内容がまた随分と場違いなまでにアットホームなのが、落ち着いて聞いていると何だか笑えるが。
(ぷぷっ/笑)どうやら"待たされんぼ"にキレかかってのご登場であるらしい彼こそは、
「サンジっ!」
 ゾロが霊信を送って家の方へと呼び出しておいた、相棒の聖封精霊・サンジさんだ。頼もしいお仲間の登場に、ルフィがワクワクっとして弾んだ声を上げたのへ、
「何だか厄介事の渦中らしいな。何だったら加勢するぜ。」
 にやりと笑って見せるビターなお顔がまた、大人の余裕でかっこいいvv いつもの定番のダークスーツ、今夜は濃灰のツィードで。インナーは臙脂のシャツとネクタイは黒というコーデュネイトが冬向きで、相変わらずの洒落者だ。いきなり"ロールキャベツがどーのこーの"と口走ったお方とは到底思えないほどである。
(笑) そんなノリでいきなり出現したサンジに、それでも一応は視線をくれた破邪様はといえば、
「別に加勢なんて要らねぇよ。」
 おおう、こちらも相変わらず可愛げのないお言葉だ。
「相手はどうやら"身内"らしいしな。しかも新米がたったの一人だ、俺一人でも………。」
 充分なんだよと続けかかったゾロの視線が向かった先。自分の左側で、長い前髪を降ろしていることでちょっと死角になってる方向を肩越しに見やった聖封様だったが、
「…たったの一人って。二人いるが。」
 お前は物の数を数えることも出来んのかとか何とか、いつもの憎まれ口を続けかけた彼の言うその通り、
「…あれ?」
 いつの間にか二人に増えているのへは、ルフィもキョトンと眸を見開いた。
「だって、さっきまでは…。」
 確かに一人だったんだようと言いかかったその声を遮ったのが、
「おやめなさい、分かっているの? こんなところで精霊刀を抜いたりしたら、邪妖たちに要らぬ警戒をさせて、本来の担当者が迷惑をするのよ?」
 最初にいた女性の手元を押さえ込んで、どうやら抜刀を制しているらしき人影が放った声だ。これもやはり女性であるらしく、こちらの気配に気づいてか、肩越しに振り返って来たその姿は。ウェストカットのファー付きショートコートに足首までありそうなフレアスカートという、優しげないで立ちが先に居た彼女とは丸きり系統の違う雰囲気で。しかも、何に気づいてか"ぱぁっ"と表情を輝かせると、


   「あ、サンジさ〜んvv」
   「おやおや、ビビちゅあんvv どしたんだい? こんなトコで。」



   ――― ………おや?






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 *新しいキャラ、それも女の子が登場でございます。
  いや、何だか男ばっかりでむさくるしいかなとか思いまして。
(笑)