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「…なあ、ゾロ。」
「んん?」
結局、仕方がないからと"今年度の何とかグランプリ"とかいうのを選考する歌番組を観ていて。あんまり関心がないせいでか退屈そうなお顔へ、サンジが横合いからちょっかいをかけて来たのを受けて立ち、TVゲームで遊んで過ごしたルフィである。サンジはテトリスとかパズルものが得意ならしくて、レーシングものが得意なゾロと好対照。………で、二人とも格闘ものではコンボ入力がよく判らないまま、ルフィにひょひょいっと捻られて大敗を帰していたのだが。(笑)
『そういや…お前、期末考査が始まるとか言ってなかったか?』
勉強もせんと大丈夫なのかと、今頃思い出したゾロへ、
『うん。でも大丈夫。』
ルフィは悪びれもせず笑って見せた。
『今からガリガリやったって片っ端から忘れるもん。前日におさらいして、それでも抜け落ちるようなら、それはきっと俺には必要のないことなんだよ。』
『…おいおい。』
そういうもんだろうか。
『それって、あの兄貴からの受け売りだろう。』
『うんっvv 凄いな、よく判ったな、ゾロvv』
エースならそういう豪気なこと、言いそうですね、確かに。(笑) それからどんどんと夜も更けゆき、瞼が重くなって来たらしいルフィだと気づいたゾロが、やや強引にゲームを終わらせて二階の寝室まで運んで来てやっての、このブロックのっけのやりとりで。あらかじめ電気毛布のスイッチを入れておいてやったので、布団の中はほこほこと暖かい。軽々と抱えて来てやったそのままに、そこへと滑り込ませてやった坊やが、何事か言いたげに名前を呼んで来たものだから。頭の側のヘッドボードに取り付けられた、枕灯代わりの小さなZライトを点けてやり、どした?と小首を傾げてお顔を覗き込んでやると、
「んん〜ん。」
仔犬みたいに"きゅうん"という顔になり、何かをねだるような、むずがりのお声を立てるから。
「…あのな。」
こちらさんもピンと来てはいるらしいが、なればこそ。日頃あれほど…鋭角的で、好戦的で、男臭いそのお顔を、戸惑いという慣れない気色に縁取られつつ、
「こうまで近い、同空間じゃあ筒抜けも同然なんだぞ?」
私らには判りにくいまでに言葉を省略して、少々気後れの様子を見せるゾロである。だがだが、
「いいじゃん。それとも、サンジには覗きの趣味があんのか?」
おおう、坊やの方が大胆だぞ。(笑) あ、そか。筒抜けっていうのは、階下にいるサンジさんには丸見え同然だぞという意味だった訳やね。それだと困るだろうがという言いようをしているゾロさんだということは…?(白々しいですかね/笑) そんなお兄さんの首回りへと、幼い仕草で腕を伸ばしてくる坊やのけしからんお誘いに、
「………。」
こうなったら応じるしかないか…などと勿体振ったことを思う余裕もなく。清流を渡る水が高みから下流へ流れゆくように、それはそれは自然なこととして、片腕にさえ余るほどの小さな肢体をするりと抱きすくめ、愛らしい口許へと顔を寄せている。淡雪のような、柔絹の羽二重のような。本当に相手と触れ合っているのだろうかと思うほど、柔らかくて脆そうな唇の感触。確かめたくて…何度か角度を変えては、食はむように小さな唇を貪ると、
「ん、ん…。」
唇の隙間から苦しげな声が洩れて来て、
「…すまん。苦しかったか?」
まだ離れ切らないほどの至近で囁くと、ふうと甘い吐息をついて、ふりふりとかぶりを振る愛しい子供。抱いていた腕を緩めながら…こちらの首にからめていた細い腕を解いて、布団の中へと入れてやる。大人しいが、何か言いたそうな空気を感じて、
「…なにか気にしてんのか?」
訊くと、
「うっと。」
鋭い指摘であったらしくって。途端にルフィは視線をやや逸らした宙へとさまよわせた。甘えん坊ではあるが、こちらの方面での"甘えかかり"は…まだ"慣れて"まではいない。それなりにはしゃいだとか、逆に気掛かりがあるだとか、そんな時に振り向けてくる彼だと、そんなような"呼吸"のようなもの、ゾロの側だってちゃんと把握していて、
「だって…さ。あの人、あんなこと言うんだもん。」
『"導引"の気を感じました。
あなた、邪妖を引き付けてしまう大きな何かを持っているみたいですね。』
ゾロは内心でチッと舌打ちをする。別れ際にしげしげとルフィを見やって、そんなことを言い残した女破邪。自分も胸の裡にて"どうしたもんか"と持て余し気味に転がしていたもの。気にしていないと言いつつ、しっかり気にしている自分なのかもと、ムキになってそっぽを向いてみていたこと。悪気はなかったのかもしれないが、どうもあのたしぎとかいう女性破邪、杓子定規とでもいうのか、懸命が過ぎてついつい相手の気持ちを考え損ねるような物言いをする。正しけりゃあ何を言っても良いのか、真実ならどんなに痛いものでも振りかざして良いのか。破邪としてぶつかるだろう、様々な"特殊なケース"というものへの対応が、あんなでこなせるのだろうかと他人事ながら心配になるほどに。そういったところへの深慮が足りない。天使長と同じくらいに名の知れた存在であるゾロに関してをまるっきり知らなかったくらいだから、転生したてもいいところの、まだ実戦には出してもらえないほどの新米なのだろうが。それにしたって先が思いやられると、そうと思って、
"…う〜ん。"
この自分からそうと思われるとは、途轍もないレベルのうっかり者には違いないわなと、なんだか複雑な気分になったゾロでもあったが。(う〜ん、確かに。)彼女の先々のことはこの際どうでもいい。そんな言われようをしたことへ動揺しているらしいルフィを、何とか安心させる方が先だ。
「あれって俺のことかも知れないじゃないか。」
「ゾロは邪妖じゃないだろがっ。」
おおう、なんて素早いボレーっ! それだけ深く思い込んでいたということなのかも知れずで、
「…怖いか?」
さっき抱き締めたその名残り。小さな体の両側に肘をつくような態勢になっていたそのまま、長い腕で囲うようにし、幼いお顔を覗き込む。静かで深みのある声でのゾロからの問いかけへ、
「う…ん。」
きっぱり否定出来ないような声がして。それはそうだろう。彼はこれまでにも散々恐ろしい目に遭っている。こりゃあまずいことを聞いたなと自分の失点を自覚したゾロが、会話をどう立て直そうかと考えあぐねていると、
「どんな怖いのが来たって怖くないけどな。ゾロが怪我とかしちゃったらって考えたら怖い。」
真っ直ぐに見つめてくる、揺るぎない一途な眼差し。ただ不安なだけでなく、あなたが好きだからと、あなたが大切だからという想いの籠もった、坊やからのそんなお言葉へ、
"………。"
ゾロとして何だか複雑な気分にもなってくる。一体どちらが守られているのだろうかと、ふと思う。日頃あれほど無邪気で屈託のない子だのに、その内心では自分なんかのことをこうまで案じてくれている。大好きな人のためにと精一杯に広げられた腕かいなの幼いとけなさに、泣きたくなるほどの愛惜しさを感じる。邪妖たちの訪問に脅おびやかされていたことを、だが、表向きには全く分からないほど押し隠していたように、彼の懐ろの奥深さは桁が知れないほどのもの。ただ健気なだけではないのだ、この坊やは。どんな想いでも引き受けてやるからと身構えられるほどの、確固たる自負とか根性とか。思いやりの根底にそういう芯を据えた、尻腰のあるやさしさ。男の本当の"優しさ"をちゃんと知っていて体言している。そんな彼だから…そんな切ない"強さ"に惹かれて、惚れてしまった破邪殿なのでもあって。
「大丈夫だよ。」
そうとしか言葉を返してやれない、とことん不器用な自分であることが、堪らなく口惜しくなってしまうのだ。
「大体だ。何であんな女の言うことを鵜呑みにして気にしてんだ。」
間近に寄ったことで低められた深みのあるお声が、どこか甘く響いて。頬を撫でてくれている大きな手のひらが嬉しくて。
「えっと…。」
うう…と言い淀んでいるルフィの耳元、更に顔を近づけて囁いた。
「初対面で、俺のこともろくに知らんかったほどの新米だぞ? 思いつきでいい加減なことを言ったか、単にお前の持ってる"力"の大きさにビックリしたか。そんな所だろうによ。」
柔らかい猫っ毛をくしゃくしゃと、長い指で掻き回し。くすぐったいようという"くすくす笑い"が起こったところで、もう一度ふわりと抱き締めて。大好きな匂いと温みに包まれたことで、うっとり眸を細めた坊やに、
「さあ寝た寝た。眠るまでここにいるから。…な?」
「うんっ♪」
◆◇◆
「寝たのか?」
「ああ。」
階下の居間へ、階段を使ってゆっくりと降りて来たお仲間に気づいて、顎までかかるほど伸ばした金髪の陰から小さな笑みを向けつつ声をかけて来た。そんなサンジへ応じて、差し出されたオンザロックのショットグラスを受け取って。向かい側のソファーに腰を下ろして…。間合いをおいてから、ふと。
「ここいらは俺がいるんだ。他の奴が送り込まれるなんて聞いてもないぞ?」
言外に、自分の力量では安心出来んということなのか?と訊いて来るゾロへ、
「ナミさんが正式に派遣した訳じゃねぇよ。」
省略されていた"さっきの二人の話だ"ということへもさらりと対応してのこのお返事は、さすが天使長直属希望の連絡員。こらこら ナミさんの周辺事情には詳しい彼であるがため、
「見てのとおりの超初心者だ。正式な担当場所への引き継ぎはまだ受けてないってさ。ま、あれだろ。坊主とは遠いながらも親戚みたいなもんらしいし。それで何かに呼ばれて来ちゃったってやつ。」
本来なら自分たちへは"お達しがなかったこと"なのにも関わらず、すらすらと言ってのけた相棒へ、ゾロはその鋭い目許をちょいと眇めた。
「そういう"影響"が出ないようにって、魂は"浄化輪廻"するんじゃなかったか?」
そだね。そんな話をしてましたよね。サンジもその矛盾へは苦笑をし、
「だからサ。詳しいところまでは俺にも判らんってことだよ。彼女が何でまたこの町に、あの子の傍に現れたのかについてはな。」
ビビ嬢も彼女を探し当てて現れたのであって、この町にての待ち合わせをしていた訳ではないらしく。
「ただ。ナミさんから聞いたことがある。あのお嬢さん、特殊な能力があるらしい。」
そうと言いながら…ジャケットの内ポケットから煙草を摘まみ出し、咥わえたその先に眸を伏せて火を点ける。
「特殊な能力?」
「ああ。破邪なのに感応力が異様に強いらしいぜ。まあ、本人でも制御に困るほど、漠然としてるそれらしいがな。」
そんな程度の…ある種、不完全な能力でキャッチした不安な事々を、そう簡単にベラベラと口にしないでほしいもんだと言いたげに、
「………。」
眉を寄せ、目許をますます眇めるゾロであり、
「どうしたよ。帰り際に言われたアレ、気にしてんのか?」
「俺じゃなくルフィがな。それも、俺が巻き添え食って怪我とかしないかが心配なんだとよ。」
「ほほお、そりゃまた御馳走さんだ。」
サンジは器用にも煙草を持ったままの手でグラスを掲げるとにんまりと笑って見せる。
「何だよ、そりゃ。」
「お前がそういう事を"関係ないね"ってシカトしねぇのがさ、良い進歩だって思ったまでのことだ。」
あのたしぎがずかずかと踏み込んで来るタイプなら、この男はその正反対で極力かかわりを持たないでいようとするタイプ。しっかり気に留め、見守っていても、それを態度や口には出さないでいて。何か厄介事が起こったならば、その全てを自分だけが引き受けた上で、いつでも姿を消せるようにと構えているように見えるほど。それが…あの少年にかかわって以降、それってどこのどなたのお話? というノリで。抱え込んででも守ろうとし、それのみならず…坊や本人がよそ見をすれば、こっそりながら不機嫌そうな顔をするほどとなっていて。そんな執着ぶりを微笑ましいと、天使長と一緒にくすくす笑いつつも見守っているサンジにしてみれば、本人に自覚があるのかどうだかながら、そういうことを自分へも語ってくれるのがくすぐったくもちょいと嬉しい。
「先々が不安なのは誰だって同じこと。今一番に信じている心さえ、先では変わってしまうやも、変わらざるを得ないのかもと、不安ってのは並べるとキリがない。」
ましてや、ルフィは"人間"である。その生は自分たちに比べたらあまりにも短い。自分たちがどこか冷めた感覚になっているようなことへも、あの坊やは懸命だったり一途だったり。それはそれは鮮やかなまでに溌剌と、渾身の力と熱と想いをぶつけて立ち向かうに違いない。
「そんな坊やを見ていて、我がことのように歯痒かったり切なかったりするっていうんなら、その微熱は大事にしなくちゃな。」
「…判んねぇこと言ってんじゃねぇよ。」
詩的な表現をされてもよく判んねぇんだよと、戦うためだけに生まれて来たようなこの猛者はぶうたれたが。それでも…何だか甘い眸をして。大きな手の中、グラスを揺らして。良い酒の醸し出す深い香りに、日頃は鋭いばかりな翠眼をつと伏せたのであった。
〜Fine〜 02.12.8.〜12.14.
*ちょっとおさらい&次のステップへの伏線ばらまきなお話です。
実は、一番最初のお話の途中辺りから、
ずっと考えていた書きたいシーンっていうのがありまして。
でも、そんな場面がくるようなお話は無理かなぁと、
消極的になっておりましたの。
一応それなりの伏線というか下敷きを植えてはみましたが、
お花が咲いて辿り着けたらおめでとうということで。
(シチュエーションはまだ内緒だよんvv)
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