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「何だよ、まったくよ。この国の"ご招待"ってのは何か? 招かれた方が奉仕せにゃならんものなのか?」
せっかくお綺麗な顔だのに、不機嫌そうに眉を顰めつつ、大きなボウルに生クリームを泡立て器で掻き回しているのは、お察しの通り(笑)ゾロの相方で"聖封"精霊のサンジである。いかにもな不平顔へ、だが、
「何言ってんだ。来るなりルフィから包丁取り上げたのはそっちだろうがよ。」
冷蔵庫へワインやジュースを補充しながら、ゾロが苦笑混じりに言い返す。そう。お客様として呼んだ彼を、何も最初から"作る側"に据えるつもりはなかった"ホスト"たちなのだが、
『だ〜〜〜っ、危なっかしいな。ほら、貸してみ。』
サラダ用のジャガ芋の皮を剥いていたルフィの手つきが何とも危ないと見かねて、あっと言う間にキッチンの主役が入れ替わってしまったのが小半時ほど前のこと。一応は"お招き"だったからだろうか、いつもとちょっと違うおしゃれなドレスシャツの、オニキスのカフスが手首に光っていたその真っ白な袖を、思い切り肘までまくり上げての参戦で。そして…今はといえば。七面鳥の代わりの"鷄の丸焼きピラフ詰め"のこんがり焼ける芳しい匂いがキッチンとダイニング、両方の部屋中に立ち込めている。ちょっと前には大皿に一杯の様々な形のクッキーたちとシュークリームのシュー、30センチ以上はありそうなスポンジケーキが焼ける甘い匂いがしていて、そちらは現在、テーブルの中央でデコレーションされるまで粗熱を取りつつ待機中。同じテーブルには、エビとカリフラワーのグラタンと、ポテトとカボチャのミモザサラダ、揚げたてカニクリームコロッケにミックスサンド、かぼちゃのパイなどなどが並んでいて。ガスコンロの方では、大きめ野菜をコンソメ風味でよくよく煮込んだ"フランス風おでん"のポトフおいおいが仕上がりつつあるというところ。白くて綺麗な手が器用に動いて、次から次、それは鮮やかに段取りを消化してゆくものだから。しかも、最初に自分たちで考えていたのより数段ランクアップした品々ばかりなものだから、
「凄げぇ〜。サンジ、料理上手なんだ。」
ボウルや調味料の置き場所だの、電子オーブンの使い方だの、勝手の判らないところを聞かれるお役目をすぐ傍らで果たしていたルフィも、完成間近い見事なお料理の数々には、もうもうただただ感嘆の声を洩らすばかりという様子だ。
「まだ喰ってないうちからそのお言葉は早いぜ、坊主。」
「むむう。坊主って言うなっ。」
「あー、こらこら。乱暴にするとブドウが潰れる。」
大きめのテーブルを挟んでサンジと向かい合うようになって、こちらは覚束無い手でマスカットを房から1つずつちぎっていたルフィであり、これは他に準備されてあった…イチゴにラズベリーやブルーベリーといったカラフルなベリー類と共に、生クリームケーキのデコレーションに使われる予定。そんな彼へ、
「おいルフィ。こっちの電飾のコード、コンセントに届いてないぞ。」
手が空いた隙にと、居間の飾り付けを点検していたゾロからの声がかかって、
「あれ? ソファーの後ろから延長コード取ったけどな。」
「あれは、お前。さっきテーブルの電熱器に繋いだろうがよ。」
「あ、そうか。そいで、足んないからって二股になってるの探しかけてたんだ。」
何しろ人手が足りないから、準備の段取りもあって無いようなもの。一通りブドウはちぎったからと大きな眸を向けると、
"判った、判った。"
金髪の臨時シェフがうんうんと頷首して了解してくれたので、手を洗って居間の方へすっ飛んで行く小さな背中。それを待ち受けていたのが、金銀のモールと小さな電球が絡まったコードを大きな両手に抱えたゾロで。
"…ふ〜ん。"
コードと壁を交互に指差す小さな演出家の指図に、ささやかな楽しい企みを分かち合ってる者同士というような、それはそれは穏やかな笑顔で応じてやっている"破邪殿"なものだから。そんな二人をこそ微笑ましいなと、サンジは苦笑を浮かべつつ見やっている。月夜見が支配する陰の世界の仕置き人。精霊刀の一閃で、どんな魔物でさえ浄封滅殺してしまう剛の者。この男には果たして何か楽しみがあるのだろうかと、相棒の自分でさえ理解し難いくらいに物事に関心がなく淡々としていたものが。めっきり殺伐とした仕事だのを、ある意味で精密な機械のようにきっちり容赦無くこなしていた彼が。
「ああ、ほら。じっとしないか。」
少年が不器用にもカーディガンのボタンに引っかけて絡まらせたモールを、早く早くと急かすのを宥めながらその無骨な手で取ってやっていたりするのである。
「あ、ゾロ、頭に…。」
髪についたモールの切れ端を取ってやるからと、シャツを掴んで背伸びをした坊やの、伸ばされた小さな手に合わせて。届くようにとわざわざ屈んでやったりしているのである。あの"翡翠眼の破邪"が、だ。何ともほのぼのと微笑ましい光景に、
"恋の山には孔子も仆たおれ…ってな。"
またそういうややこしい邪推をする。(笑) あ、どういう意味かは、各々で調べるように。次の試験に出しますからね。こらこら
◇
部屋の飾りつけも終わり、お料理も揃って、では、と。きっちり着替え直した面々が、手には一応シャンパングラスを差し上げて、
「乾杯vv」
と声をそろえた。未成年のルフィのグラスにはシャンパンに見立てたサイダーがそそがれており、残りの二人は…、
「…? なんだ? それ。」
幻のようにうっすらとした陽炎のごとく。澱おりのようなものが透明な酒の中でゆらゆら踊っているところを見ると、かなりの度数の酒とみた。ビールやワインはともかく、そんなものは用意しておらず、きょとんとしている少年へ、青い眸を和ませてサンジが微笑った。
「ウチからもって来た特選のズブロッカだよ。」
ロシアだっけそれともドイツだったっけかの、焼酎なみに強いお酒の名前だ。サンジも結構お酒には強いらしい。
「まあ、あんまりがぶがぶと飲む酒じゃあないがな。…って言ってる端から一気呑みしてんじゃねぇよ。」
強い酒というのは、本来は少しずつ舐めるようにして味わうもの。(それか、寒い土地での"気つけ"ですかね。)それを日本酒かワイン、いやいや、まるで水のように"くいーっ"と空けてしまうゾロなので、サンジが呆れて窘たしなめる。
「良いじゃないか。飾っとくもんじゃなし。」
「そんでもせめて有り難く飲めよな。これはジジィの目ぇ掠めて本家から持って来た"サクラ3号"なんだぜ?」
…………なんですて?
「さくら…?」
何だか農協の改良品種みたいな名前だと思ったルフィの横で、
「へぇ〜、幻の"サクラ"の一桁か。」
選りにも選って、ゾロが…いたく感慨深げな声を出したものだから。もしかして、ここは"笑いどころ"ではなかったのでしょうか。
「そうだ。ウチのカーヴにだって、10本あるかないかって品なんだぜ?」
「成程なぁ。そりゃあ有り難く飲まなきゃな。…お代わり。」
「お前…。」
この会話からしても、途轍もない銘品であるらしくて。
"………あっちの世界のネーミングって。"
だねぇ。(笑)
「で。坊主のそのカッコは何なんだ。」
「坊主って言うなってばっ。」
むむうと膨れたルフィが羽織っているのは、サテンのつるつるした光沢がそれっぽい、足元まである黒マント。それの前合わせから手を出して"ふわさぁっ"と肩の向こうに払い飛ばすと、
「吸血鬼だよんvv」
成程、一応きちんとタキシードっぽい黒スーツを着ている彼だ。…とはいえ、
「可愛いなぁ。そういや、日本では"七五三"ってのがあるんだろ? 十一月に。」
こらこら、サンジさん。笑顔のままにぐりぐりと頭を撫でられて、そんな子供扱いへますます"ぷくう"と膨れたルフィだったが、
「吸血鬼なら、ニンニクはダメなんだよな。しまったなぁ。今夜の料理、ケーキ類以外はどれにも少しずつ入ってるぞ。」
「あ…えと、ホントは関係ないもん。大丈夫だよう。」
たちまち"膨れっ面"がほどける現金さよ。ねぇねぇ、食べたいようと縋るようなお顔で迫られて、
「そか。じゃあ、まずはチキンを切り分けような。」
「おうっ!」
無邪気な少年をひょひょいと怒らせたり笑わせたりの手腕も、お料理の腕前に引けを取らず、なかなかお見事な精霊さんだこと。日頃はいかにもクールな大人ぶって、女性との"ラブ・アフェア"以外、本気になんてなりませんというよな澄ました顔をしているくせに、と、
「………。」
相棒の"子供じゃらし"の物慣れた振る舞いへ、微笑ましいものな筈が…こちらはちょぉっと面白くない破邪様な御様子。…頼むから、狼のお耳のカチューシャをつけた姿で不貞腐れないで下さいませな。(笑)
「ほらゾロ、早く来いっ! チキン切るぞっ!」
「ああ、判ってるよ。」
坊やの屈託ない楽しそうな声にあっては、大人げなくむくれている訳にもいかず、手招きに応じて傍へと足を運んだ。居間の方へはミニピザとカナッペと飲み物、ダイニングのテーブルには料理の数々が並んでいて、そこへと見栄えもまた十分に食欲をそそる出来栄えの、ピラフを詰めたローストチキンがお目見えする。天板にしたたる肉汁がじゅうじゅうと音を立てるほどの出来立てを、バターソテーしたニンジンやジャガ芋、香草で飾られた大皿へと移して、さて。細身で小ぶりな牛刀を構えかかったサンジだったが、
「よーし、最初の一刀はお前が入れろ。」
ワクワク見ていたルフィに柄の方を回して手渡してやる。
「え? 良いのか? どこ切るんだ?」
「ここんところをな、下まで"すとん"って切れると思うから真っ直ぐにな。」
「おうっvv ほら、ゾロ。今切るぞっ。」
全開のにこにこ笑顔をいちいちゾロにも振り向けて来るルフィであり、
「…判ったから、切りなって。」
初めての"ハロウィン"を存分に楽しんでいる無邪気なお顔には、詰まらない不満もたちまち立ち消える。ゾロが待ってる家に帰るのが楽しいと笑ったルフィ。周りに誰もいないのだけが"孤独"ではないと、周りに人があふれている中で此処に居ると誰にも気づいてもらえない、そんな切ない"孤独"もあるのだと、この年齢で既に知っている少年。だというのに…お日様のような笑顔で"大好きだよ"と、いつもいつも全身で言ってくれる可愛らしい子供。そんな彼の笑顔こそが御馳走だと、こちらもまた満足げな視線を注いでいた破邪様だったが、
「そういや、あのトナカイはどうしたよ。」
ふと。今頃になってそんなことを相棒に訊いた。サンジがやって来たその時から、何となく気になってはいたらしいが、そのまま"貸してみ"と料理に取り掛かってしまったために、タイミングを逸してしまっていたのだ。
「トナカイ?」
ナイフをサンジに任せてパタパタとゾロの傍らへ戻って来ながら、ルフィが顔を上げて訊く。
「ああ、こいつんトコの使い魔でな。何てったっけ? ちょ…チョップだったか?」
「チョッパーだ。」
少々くっきりと言い直し、何となくでしか覚えてなかったらしいゾロにくつくつと笑ったサンジは、
「用事があるんだと。」
チキンを切り分ける手先から視線を外さぬままに、そうと応じた。
「…どんな用事だよ。主人のお前が此処に来てんのにか?」
サンジからして判る筈だ。ルフィは…妙な言いようだが"魔物"には慣れもあるから、あの小さなトナカイくんなら怖がることもなく、可愛らしい"子供同士"ということで(笑)話も気も合って遊び相手として楽しめるのではなかろうかと。だが、
「言ってやるな。」
サンジとしてはつい、身内を庇ってやりたくなるらしく。
「大方、お前のことを怖がってるんだろうさ。」
「う…。」
初めての御対面以降、そういえば避けられている実体験が幾つか既にあるらしい。そういった心当たりへと、破邪殿が言葉に詰まったその横で、
「ふ〜ん。そいつ、よっぽど怖がりなんだな。」
お皿に"どーぞ"と取り分けてもらった、やわらかそうで大きな足の肉にお顔を輝かせたルフィ坊やが、そんな風に口を挟んで来た。何とも自然なお言いようだったが、面識のない相手へ、だのにきっぱりと断じるような言い回しをしたのが意外で、
「?」×2
大人二人がキョトンとしていると、その視線へ"にかっ"と笑い返して、
「だって、ゾロって凄げぇ優しいじゃん。それなのに怖いだなんてサ。変な奴。」
「ほほぉ。」
「…んだよ。」
「いや、何でもねぇよ。」
ほんとほんと、御馳走様vv これでは亡者も呆れて、寄ってなんか来ませんて。(笑)
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