月下星群 
〜孤高の昴・異聞

  天上の海・掌中の星 〜南京夜祭 C

 
          




 さて宴もたけなわ。御馳走は美味しいし、お元気な少年の無邪気なお喋りは絶好調だし。それだけで十分満たされて和んでいる"約一名"はともかく、
(笑)
「だからサ、俺は結界を作ったり人や生き物の気配を探すのが得意なんだよ。」
「ふ〜ん。」
 サンジがリードする格好で挑発に乗ったゾロも参戦しての、ちょっとした"方術"のご披露合戦なんぞという"反則技"で盛り上がっていたりする。聖封精霊さんの説明に、大きな眸をきらきらと期待に染めて輝かせている坊やの鼻先、ちょちょいと白い指先を振って見せ、
「その結界術の応用で、こういうことも出来る。」
 撓
しなやかで強かな鞭や、薄刃だが触れれば即座に斬れるカミソリを思わせるような、そんな印象のある痩躯に張りつく黒いスーツもダンディに。ソファーから立ち上がったサンジは、まずはパチンと指を鳴らし、居間の照明を落として見せて、
「わっ。」
「驚くのはここからだ。」
 目の前の宙の何もない空間を、でこぴんなんかをするような仕草でピンっと人差し指で弾くと、あら不思議。その指先から…金色や銀色がかったピンポン玉くらいの光の玉が、ふわふわと幾つも現れる。柔らかな光沢のあるサンジ本人の金の髪を淡く照らし出して、宙へと泳ぎだすそれらであり、
「わ〜っ♪」
 大きめの蛍のような、だが、そーっと手を伸ばして触ってみても何の実体もない光玉。そこらに放出されていたエネルギーを、小さな結界の中に繭玉のように封じ込めて、それを幾つもぷかりと浮かばせたサンジであるのだろう。消えた照明の代わりのように、壁に這わせた電飾が勝手に外れて宙をゆっくり舞っているかのように、光玉たちはゆったり広めの居間中をぽわぽわヒラヒラと漂い、
「綺麗だなぁ〜。」
 ルフィは大きな眸をなお見開いて、伸ばした手の先や目でそれらを追っかけるのに夢中になった。そんな様子を見て、
「………。」
 言葉少ななまま、ちょいと眉を顰めていたゾロだったが。その視野の中で、
「あ、わわっ!」
 いきなり体が宙へと浮き上がったルフィは、最初こそ唐突さに驚いていたが、すぐさまキャッキャッとはしゃいだ声を上げる。
「ゾロ〜、言ってからやれよな。ビックリしたぞ♪」
 こちらは相手を射竦める術の応用らしく、日頃からこれで構われて慣れているのか、宙に浮かんだルフィ本人は、光玉の只中に浮かんで何とも嬉しそうだが…う〜ん。彼らなりの"高い高い"にしても、これはまた乱暴な。
"考えようによっては、これであれほど"あやされてる"方もなかなかの大物なのかも…。"
 そですね、サンジさん。
(笑) ふわふわと空中遊泳をした小さな体は、部屋をくるりと一周してから、3人掛けの方のソファーに半ば寝転び掛けている緑髪の"狼もどき"さんのお膝へゆっくりと下降する。
「あはは…vv 凄げぇ〜っ♪」
 はしゃいだその勢いのまま、到着したゾロの広い胸板へ小さな手を伸ばして来て"ぼすん"と頬を伏せるルフィであり。そんな坊やの頭の真ん中、夜目が利く眸にはよく見えるつむじを見下ろしつつ、ちらりと破邪様が見やったのは壁掛けの時計。蛍たちに照らされた盤面によると、もうそろそろ日付が変わる時刻だ。あまり夜更かしは得意ではないルフィなので、はしゃいで興奮してこそいるが、体の方は眠いのかもしれない。
「る〜ふぃい。」
「や〜だもん。」
 おお?
「俺、まだ寝ないからな。ゾロやサンジともっと遊んでたいもん。」
 寝かしつけようという声を掛けたゾロだと、あんな短い呼びかけ一言で察しがついたのね、あんた。がばっと上体を起こした"腕立て伏せ開始っ"の格好になって、小さな肩と顔を上げ、間近になってる破邪精霊の翠色の眸を覗き込むルフィだったが、
「…あ。」
 光玉が幾つも映り込んだ透き通った眸に、ついつい吸い込まれそうになって。
「………。」
 視線が外せぬまま、言葉もなく"ぽうっ"と見とれている少年へ、
「おいおい、ラブシーンなら人の目のないトコでやんなよ?」
 横合いからサンジがそんな茶々を入れた、そんなタイミングだった。


   《…サンジっ!》


 突然の大きな声の乱入に、何かしらの警戒や緊張感が立ち上がったらしく、居間の空中に浮かんでいた光玉たちが一斉に消えた。
「…え?」
 びっくりした…割にはあまり緊迫感のない、ブレーカーが落ちたかな?くらいの声を出したルフィの腹の下、今度はゾロがパチンと指を鳴らすと室内の正規の照明がパッと点いて、
「…あれ?」
 明るく照らし出された居間にいる顔触れの、頭数が一人増えている。ソファーと大窓の間の空間に、いつの間に、どこから入って来たのか、増えた"約一名"は立っていて、しかも………。

   「えっと…。」

 ルフィには見覚えのない"お客様"である。背丈は小さなルフィのその腰まであるかどうかというところ。赤、いやいや濃い緋色の、大きな大きな山高帽子を頭に乗っけているのと、枝分かれした角が1対、その帽子のつばのところから上へ向かって"にょきり"と飛び出していることから、その分も足せば胸元辺りまでだとサバを読めるかな? お顔は縦にも横にも前にも丸くて、でも本物の鹿やトナカイだったら鼻先がとがって前に出てないかな。これじゃあ"縫いぐるみ"みたいだぞ。何しろ二本足で立ってるし、さっきの声がこいつのなら、人の言葉を喋ってるし。でも、全身を褐色のふかふかの毛皮でおおわれてて、なんか"ぎゅうっ"て抱っこしたくなるよな奴だよな…という姿であり、
「?」
 そんな観察をした少年をよそに、
「おお、チョッパーか。どした。」
 どこかおっとりとサンジが掛けた声で、
"…あ。"
 そういえば。このパーティーが始まる時に、ちらっと話題に上った名前を思い出したルフィだった。

  『そういや、あのトナカイはどうしたよ。』
  『こいつんトコの使い魔でな。何てったっけ? ちょ…チョップだったか?』
  『チョッパーだ。』

 まるで、アニメか何かへのキャラクター用にとデフォルメされたぬいぐるみみたいな体型の、むくむくと可愛らしい存在。これが彼らの言っていた"チョッパー"なのだなと、少年にも合点がいって、さて。当のチョッパーはというと、ご主人様であるサンジにパタタ…と歩み寄り、
「あのな、緊急の霊信がお屋敷の方に来たんだ。大きめの標的が出たから向かってくれって。」
 緊急だったのだろう伝言を告げる。
「…あらら。」
 霊信というのは彼らの間で使われている一種のテレパシーのようなもので、遠い相手や居場所が判っていないような相手へ送るものであるほど、特別な力や技術が要る。この指令を自分たちへと発しているのは天使長様の筈で、パワーにも技術にも問題はない存在である。よって、そんな格のお方の指令が、直接本人たちへと呼びかけるほどのそれでなかった辺りは、さほど急を要する相手では無さそうなレベルらしいと知れる…という理屈になるのだが。それでも"特別A級工作員"に対処を任せると天使長のナミが判断した相手、のんびり構える訳にはいかない。
「ギンがな、霊信でお伝えするよりお前が直接行ってお話しなさいって。俺にも御用があるかも知れないから、お傍に行った方が良いって。」
 以前にも名前だけ出て来た、サンジの配下の使い魔の名前。チョッパーにそんな指示を出したところをみると、きっと執事のような役割を受け持っているのだろうと忍ばれる。そして、
「しゃあねぇな。」
 せっかくのパーティーの途中ではあるが、緊急事態では仕方がない。彼らのやり取りを傍らから引ったくるように…面倒そうに言って身を起こし、その腹の上からコロンと転げ掛けた少年を軽々と抱え直してやって、
「ルフィ、あのな…。」
 声を掛けかけた緑髪の精霊さんへ、だが、皆まで言わせず、
「俺、ついてきたいっ!」
 坊やのよく通る、こんな声が飛んで来たものだから。


   「はい?」×2

    なんですて?


「俺、ゾロやサンジが活躍するトコ見たいっ。だってまだ一度も見たことないもん。」
 眠そうだった気配もどこへやら。実にはきはき、滑舌もはっきりとそんなことを言い出すルフィへ、
「…え?」
 きょとんとしたチョッパーのお口を目がけ、
「ほ〜ら、チョッパー、ラズベリーのシュークリームだ。旨いだろう?」
 サンジが素早く小ぶりのシュークリームを放り込む。とある真夏の夕暮れに、この少年に寄って来た馬鹿でかい邪妖を彼らとルフィの兄上とで退治した話(『晩夏黄昏』参照)を、このトナカイくんもまだよく覚えているらしかったが、その大事件、ルフィの記憶の中からは削除されている。そういう顛末だったことまでもをやっと思い出したチョッパーが、
"あっ、そうだった"
という顔をしたのを見届けつつ、
「じゃあ、俺らは出掛けるからな。お前はまたここで結界を、頼むな?」
「おうっ、任しとけだぞ。」
 こちらの二人は"申し送り"が滞りなく済んだようだったが、
「ダメだ。」
「何でだよ。」
 こちらのお二人はそうそう簡単にはいかないご様子。
「危ないからだ。」
「迷惑になんないようにするからさ。」
「ゴキブリや小バエを追い払ったり退治したりすんのとは訳が違うんだぞ? お前、ムカデが出ただけでひゃーひゃー大騒ぎしてんだろが。」
「………う"。」
 見た目の悍
おぞましさに加えて、刺すと危ないですからね。大概の虫が平気な人でもこれは苦手でしょうから、まあ仕方がなかろう。痛いところを突かれて一瞬怯んだように口ごもったルフィだったが、顔を上げると…黒々とした大きな眸で真っ直ぐ見据えて来る。


   「俺、ゾロがどんなして戦ってるのか、退治してるのか、
    ちゃんとこの眸で見て、知っときたいんだ。
    他の人たちみたいに何も知らないで、
    守られてて当たり前って顔でいたくないんだもん。」

   「………。」


 そういえば。この少年はいつぞや、自分に集まって来る様々な邪妖をゾロがこっそり追い払ってくれていると、その事実を知っていると実兄に断言して彼を庇ったことがあった。だが、はっきりと真っ向から確かめてのことではなかったらしくて。今回、こんな場に居合わせたのをいい機会に、一度で良いからちゃんと見て、どんなに大変なことなのか、どんなに見事に守られている自分なのかを知っておきたくなったらしい。物見高さからくる好奇心程度のノリで言い出した訳ではないらしいと、真剣も真剣、大真面目な彼なのだということならしい………のだが。

   「馬鹿か、お前。」

 ゾロの返事はにべもないほど冷たくて。
「良く考えて物言えよ? 自分から魔の者の真ん前に出向こうってのか?」
 先程までの、やわらかく和んだあやすような眼差しはどこへやら。鋭く尖って斬りつけてくるような視線が、彫りの深い眼窩に冷たく閃く。威嚇と呼ぶにはあまりに重い、裂帛の気魄の籠もった"迫力"という名の力がそのまま物理的な塊になって突き通して来るかのような、ただならぬ一瞥。
「………。」
 だがだが、こちらも負けてはいないから、なかなかの強情っ張り。まるで物凄い強風に立ち塞がってでもいるかのように、むんと握って振り絞った小さな拳を身体の両脇に張り出して、足元だって力強く踏ん張って。真摯な光をたたえた眼差しは少しも逸らされないまま、破邪精霊の恐持てのするお顔を"ぎんっ"と睨み返している勇ましさ。そんな彼らの睨み合いに、
「凄げぇ〜。」
 チョッパーは思わず小声で呟いて、
「なあサンジ。あの子、ホントに守ってやる必要があんのか?」
 あれほど怖い破邪精霊と渡り合えるだなんて、十分強いじゃんかと言いたいらしい。そんな使い魔くんへ、
「まあな。あの坊主はゾロにだけ尻腰が強い子だからな。」
 サンジとしては双方の気持ちが分かるがために、何とも言えない苦笑が止まらない。

   『ゾロって…誰か偉い人から言われて俺に付いてるんじゃないよね?』

 思うだけで泣きたくなっちゃうほど、切ないくらい大好きなゾロなのだと、そんな風に独白してくれた可愛い坊やだのに。いや"だからこそ"だろうか。大変なことなのならそれをちゃんと知っておきたいと、心からそう思っているルフィだろうと判る。だが、そもそも"陰の気"により成り立っている邪妖に妙に寄り憑かれる彼を可哀想にと思って、その傍で彼を"髪一条たりとも傷つけまいぞ"と守っているゾロにしてみれば、何でわざわざ成敗の必要があるほどの手合いがいるところへ連れてかにゃならんと、そう思うのも当然のことであって。
"…だがまあ、今回は、な。"
 サンジとしては事の成り行きも判っているらしく、小さなトナカイくんに向かって、ここに出てるお菓子などなど、あの子と二人で仲良く食べなさいとか、いつもと同じで、何かあったら自分まで霊信を送りなさいだとか、お留守番に向けた諸注意を耳打ちしてやっている。そんな傍で、とうとう、
「そんな分からず屋だとは思わなかった。とにかく、大人しく留守番してな。」
 ゾロが大きなため息混じりにそうと言い置き、彼の周囲の風が鳴ったんじゃなかろうかというくらいの勢いをつけて踵を返して見せる。
「…あっ!」
 そんな様子へ、慌てて手を伸ばした少年のほんの指の先の向こうの空間。背の高い破邪の姿が"すうっ"と掠れて見えなくなった。
「ゾロっ!」
 どうやら"問答無用"で出てったらしく、そんな彼を追うように、サンジもまた空気中へとその姿を音もなく消したのであった。




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