Moonlight scenery

          "The phantom thief appears." E 
 




 真夜中とまでは行かないが、それでも陽が落ちてから随分になる時間帯。これが真昼の明るい陽の下だったなら、ここが灼熱の砂漠の国のすぐお隣りとは信じがたいほど、新緑も鮮やかに若い生気がしとどにあふれる、それはそれは爽やかにして躍動的な初夏の庭園の趣きが思う存分楽しめる空間なのが。太陽が天穹にない今は、その色彩を微妙に夜陰へと奪われてしまうから。宵が更けてから上った月より降りそそぐ、青く冴えた光にのみ照らされて。歴史のある白亜の建物や健やかな木立ち、そこここにうずくまる丹精された茂みたちが静謐な佇まいを見せており。月光を濁りなく素通しさせて、尚の青みを増した夜気だけが、冷ややかに立ち込めていた…筈の庭が。今はまた、まるきり違う様相を呈していたりする。

  「あまり至近へ殺到するなっ!」
  「班ごとに、隊長からの指示を確認して待機っ!」
  「電源確保っ!」
  「通信回線、確保っ!」
  「ライトの直接照射はこれ以上は控えろっ。王子が眸を傷めてしまわれる。」

 緊急非常事態 勃発宣言と同時に一斉に灯されたサーチライトによって、真昼もかくやと言わんばかりに、あちこちが目映く照らし出されているその中を。百人…は大仰だが、それでも数十人はいるだろう、機能的な制服姿の担当官たちが、そりゃあもう きびきびと。総合指令からの通達を受けて所定の配置へついたり、照明器具の他にも緊急脱出用の大きなマットレスを引っ張り出す班があったり。無様にも衝突したり、先に通せのお前ら邪魔だのと がなり合ったりするような、所謂“見苦しさ”は見られないし、そこから察して、規律というのか、一応は統制が取れているようではあるのだが、

  「上を下への大騒ぎってのは、こういう様を言うんだろうな。」

 大勢が同時に一斉に、されど一律ではなく別々な方向性で動き回っている、騒然とした様。そんな状態を目の当たりにした隋臣長様が、ついつい…ちょっと他人事のような口調になってしまったのは、無論のこと、馬鹿にしてではなく。どっちかというと唖然呆然としてのことだろう。どこか悄然とした力ない後ろ姿には、哀愁さえ漂っているようで、同情を禁じ得ない。
(こらこら) 日頃は、せいぜい王子様がやんちゃをして引っ掻き回す以外は、そりゃあもうもうのんびりとした王宮なので、こんなにも躍動的で大規模な大騒ぎなんて滅多にない。
“いや、こんなことが滅多に起きちゃあ困りますってば。”
 まあそうなんでしょうけれどもさ。
(苦笑) ルフィ王子を攫わせていただきますという意味合いの不埒なメールが届いてから、万が一にもそんな一大事を実現させないようにと特別に編成された陣営の下、王宮詰めの護衛官たちが、只今一斉に稼働中。結構な奥行きのある庭園を埋める、なかなか壮観な風景ではあるけれど、
「半分ほどは臨時の部隊だってのにな。」
「ああ。」
「正直言って、こうまでの機動力があろうとは思わなんだよな。」
「俺も。」
 何だか…自分たちはお呼びでないかもというくらいの人海戦術であり、アリの這い出る隙間さえ見逃すなと、人・人・人で中庭を埋め尽くさんという勢い。
“だが、これって…。”
 現場を把握した上での陣頭指揮を執るのは、ここにおわす隋臣長のサンジ…ということになっている筈なのだが、その前の“配置につけ”段階でこの騒動だというのは、
「…ちょっと大仰すぎないか?」
「ああ。人数も、ここまで多いとは聞いてないぞ。」
 もしかして。あの…歴代国王の中で史上屈指の名君との誉れも高く、途轍もない豪胆さで諸外国にさりげなくも睨みが利く、ただならない威容のその大いなる反動か、第二王子には極端に過保護な国王陛下や。はたまた…列強各国の国防総省や秘密情報局等々の、全ての動向をきっちりとその手の中に把握出来るほどもの切れ者なのが、弟王子に関わることとなるとあっさりと甘やかしの権化に転じ、やりすぎをしかねない皇太子殿下が、気を利かせたつもりで、若しくは心配するあまり、自分たちの配下の近衛師団を送り込んでいるのかも?
「これがパーティーを盛り上げるためだったなら判らんが。」
「ああ。そうだったな。」
 そこはそれこそ百戦錬磨の、現国王と次期国王。何よりも大切なルフィの身が危険に晒されんとしているケースなのだから、どんなに心配がつのっても、それこそ…現場を混乱させるような愚行は なさるまいさと。多くは語らぬまま、あっさりと結論に達した、さすがはそれぞれにキャリアも多き、頼もしき“双璧”さんたちで。………ということは?

  「これもまた、相手の仕掛けた小細工だ。」
  「そういうこったな。」

 意志の堅さを映して形よく引き締まった口許を、それぞれに苦々しくも笑う形に歪めたお二人さん。されど、目許の鋭さの方は逆にきついほどにも増したから。その強かな笑顔は“忌ま忌ましい真似をしてくれんじゃんかよ”という意思表示に外ならず。ここまでを相手の策謀であると見抜いたことで、恐慌状態にあった隋臣長様も少しは落ち着かれた模様。

  ――― つまり。

 ルフィ王子の一番間近にてお守り差し上げる担当官のゾロを、ダミーの情報にて本宮へと追いやってから、小1時間ほど時間を稼いだその空隙に自分が居座って、まんまと“成り済まし”を成功させた、先程の『略取』にてご披露いただいた手口の言わば“バリエーション”。恐らくは国王陛下や皇太子殿下の名を騙っての偽指令にて、緊急対策班を勝手に増設し、あまりの手数の多さに却って身動きが取れなくなるように仕向けた“犯人”さんであるらしく。これが“警戒の解除”とか“警戒レベルの緩和”なんてもんだったなら、警備を手薄にして混乱を招くための犯人の罠かもとまずは疑い、指令を下した先への確認にも念を入れようが、
「警備の陣営を厚くするようにという指令なら、あまり疑いはしなかろうからな。」
「ああ。」
 監視を強化して自分の行動に枷を増やすような馬鹿な真似、わざわざ相手が仕掛けはしなかろうと油断する。警戒を怠らなかったにしても、その方向性はきっと少しばかりズレる筈。増員する顔触れの中に怪しい者が隙を衝いて紛れ込まれぬようにと、チェックを厳重にするという方向へ注意が逸れるばかりになり、結果として通達そのものの方は、一応の順を踏まえていれば、そうそう疑われもしないでおかれることだろう。
「よしんば“紛れ込み”があったとして、今から一人一人確認して回る訳にもいかんしな。」
 この中にも協力者が潜んでいて、あの賊の逃亡を助けるつもりかもと疑い出せば、もうもうキリがない話だが、
「それは無いと思うぜ。」
 身動きが取れない状態にしといて、なのにその中にいて何をどう手助けするのだと、隋臣長さんのささやかな茶目っ気発言にあった矛盾へと皮肉を込めて笑いつつ、その雄々しい肩をすくめた緑頭の護衛官殿。スラックスの尻ポケットから指なしのドライバーズ・グローブを取り出すと、キュッと素材の革が鳴るほどに絞り込みつつ、よくよく引っ張りながら両手へと装着して見せる。今から何をおっ始めるやら、彼なりの戦闘準備であるらしく、
「お前は命令系統を改めて絞り直してくれ。もともとの部隊以外の、後から増設された余計な頭数は全て排除。恐らくは偽の通達に踊らされただけの係官たちで、外部から入り込んだ敵やダミーじゃあないと思われるから、気持ちは買うが引き上げてくれるよう、至急命じてくれ。」
「判った。」
 再び携帯電話を掴み出した、金髪痩躯の隋臣長のお隣りで、さてと。自分が取るべき行動をと、シュミレーションに入ったのは、突発事態にこそ実力を発揮する特別護衛官殿。目指すは…四阿(あずまや)の上に陣取って、人質を傍らに眼下の騒動を見下ろしている小癪な怪盗。自分ではさして似ているとは思えぬながら、サンジやさっきの警備官たちに言わせれば“ゾロにそっくり”な謎の賊に、いくら起きぬけだったとはいえ、何故また まんまと連れ出されたルフィなのかが、これもまた引っ掛かっているのだが、そんな“考察”は後でいくらでも出来るから。

  “待ってろよ、こそ泥め。”

 選りにも選ってとんでもないものへ、目をつけ 手を出した、その自分の浅はかさへの大きな大きな代償を、今から たんと思い知らせてやるからなと。ここまでは何とか冷静だった、元・傭兵で鳴らした戦闘工作員“大剣豪”さん。小さくはない決意と闘志を、機能美あふれる頼もしき拳の中へ、グローブの革をぎちぎちと鳴らしもって、堅く堅く握り込んだのであった。








            ◇



 王城本宮の高みに設けられたテラスに出て、防弾ガラス越し、集まっていた国民の皆様へご挨拶する時なんかが、丁度こんな感じだろうか。眼下に集まって視野を埋めている皆が皆、本気で俺のこと、心配してくれてる。なのに俺、今、凄げぇドキドキしてるvv 怖いって方の“ドキドキ”じゃあなくって、ワクワクする方の“ドキドキ”だったから、これって もしかしなくとも“不謹慎”なことなんだろな。ここよりもう少し低い屋根なら、時々自分でも登ってるけど、こっちの四阿の上はあまりに高すぎるから。修理や掃除をするからって組まれた足場もないのに登ってみたのは初めてのこと。
「高いトコは平気みたいだな。」
「おうっ!」
 でも、だからって“おバカ”じゃないんだからなと、極めて速やかに付け足したら。一瞬、眸を見張ってキョトンとしてから、本当に可笑しいって顔をして目許を細めるところが、何ともかっちょいい兄ちゃんなんだよな、ホント。此処に上がったのだって、ワイヤー使っての“ひょ〜いっ”ていう身軽なひとっ飛びでのこと。
『凄げぇ〜、凄げぇ〜っ♪』
 感動のあまりに手足をじたばたってばたつかせたらば、
『こらこら、そんなに騒がない。』
 ま〜だ人を集めるのは早いからと、ぱふんと口を塞がれたけど。そう言う怪盗の兄ちゃんの方だって、何だかとっても楽しそうだったしサ。実際に面と向かって逢ったのは今日のさっきが初めてなのに、十分に信頼出来る頼もしさでもって抱えられたまま、見回りの目を避けて避けて、あちこちの高みを移動しての冒険が何ともスリリングでたまんないvv 何てのか、不謹慎ではあるけれど、安全っていう保障付きでの極上のスリルを堪能してるって感じ? だから、ゾロやサンジや、他の護衛官の皆には悪いけど、凄げぇ“楽しい”んだと思う。そんな安心があるのって、やっぱこの怪盗さんがゾロに似てるから、なのかな? でも、その点って実際のところどうなんだろ。似てると言われれば、少しは似てる…かな? ゾロの写真を見ながら、似てるようにって化粧とか表情のトレーニングとか、して来ましたっていう感じかな? 勿論、そんなこと わざわざしてないのでしょ? なのに、皆は簡単に惑わされてて。これだけの人たちが勝手に間違えてて。間近で一緒にいる機会が少ない係官たちが間違えたのは仕方がないかも知れないけれど、なんとサンジまでが気がつかなくって。そんな大胆なことをしたら絶対に失敗するって、俺、発案したウソップやこの怪盗さんに“それは止めた方がいい”って言ったのにね。ホントに間近で顔を合わせて、少しだけだけどお喋りまでしたのに気がつかないまま間違えちゃったのは、俺でさえビックリしたもんだ。
「…同んなじに見えない、俺の方が訝
おかしいのかなぁ。」
「そんなこたぁないって。」
 こっちを向いてるライトが眩しくて、額の上へ庇みたいに小手をかざしてた怪盗さんが、その視線で示してくれた先には、
「あ…。」
 ゾロがサンジとこっちを見てた。あやや、御大までご登場だねと笑って見せたら、
「あれがそうなんだろうなってのは、髪の色とか着ている制服やネクタイの柄がこれと全く同じだから分かったが。」
 自分のシャツを指先で摘まんで軽く引っ張って見せて、そうと言った怪盗さんは、実は…もっと至近でもお顔を突き合わせていたりするらしく。この混乱の下準備、ルフィ王子の間近での警護に当たるべく翡翠宮へと戻って来たゾロご本人へ駆け寄って、

  『Mr.ロロノア、私は本宮の連絡員ですが…。』

 そんな風に声をかけて戻って来るまでの時間を稼いだのが、何を隠そう、この彼本人。そんな格好で相手の御尊顔もきっちり把握しておきながら、その上で…何だか不服げなご様子を見せており。
「あれと俺とって、こうまでの人間が取り違えるほど、似てるかねぇ?」
「あはvv やっぱ、そう思う?」
 毎日鏡で自分のお顔見て来た人が、不服そうにそう感じるんだもの。やっぱり似てないよねぇ? でもサ、ウソップは、

  『この人に手伝ってもらや、ややこしい作戦は要らないと思う』

 なんて、大威張りで言い出して。凄腕でしかもこの姿だ。特殊な下準備とか面倒な小細工とかが取り立てて要らないのに、凄んげぇ大芝居が打てる、打ってつけの人材だぜなんて。相変わらずオーバーな言い方してよ。そりゃさ、ここまでヒラリと飛び上がった時に抱っこしてもらった頼もしい腕とか、頬っぺくっつけてたちょっと堅い胸板とか。軽々と抱え上げてくれてた間、腕を伸ばして掴まってた雄々しい首っ玉とかさ、頑丈で頼りがいがあって男臭くてカッコいいとこなんか、要素としてはゾロと似てなくもない。タイプで分けたら同じ組? そんな感じかなとは思うけど、真剣に本人と取り違えるほどにも そっくり似てるのかなぁ?
「…大丈夫か?」
 妙に唸ってまで考えごとに深入りしちゃった王子様を、何だか心配して下さった怪盗さんから声をかけられて、
「あ、や…いやいや、何でもないデス。」
 ダイジョブ、ダイジョブと、思わず片言でお返事しちゃった王子様。ああダメだ、この手のタイプには根本的に弱いのかもしれない、俺…とか思ってたりする、困ったおマセさんだったりしますが。
(苦笑)
「さぁて、それじゃあ。あの二人が此処に引っ張り出せたんなら重畳、ここからは“第二段階”と行きますか?」
 あちらさんだって、手をこまねいてはいなかろうからねと言って、男臭いお顔を近づけて来ると、おでことおでこを こっつんこ☆してくれる。キャハハッて笑ったら楽しそうに笑い返してくれて、それから慌てて“しーっ”て口の前へと人差し指を立てるのも“お揃い”だったりして。
「いいな? あくまでも王子様は“誘拐されてる”途中なんだから。怖いよう助けてってお顔でいること。」
「おうっ!」
 小声ながらも威勢のいいお返事をしてから、手際のいい腕が懐ろへと抱き上げてくれるのへ大人しく従うと、お顔が見えにくくなるように懐ろ深くへ頬っぺをくっつける。ゾロと同じシャツだから、あのね? 今度はまた別のドキドキがして、頬っぺもちょこっと熱くなるけど。/////// 今は“作戦しっこー中”だからね。だからあのその…クールに割り切って務めなきゃな、うん。///////


  ――― 何だよ、お前。
       そんな…今にも笑い出しそうな顔で見てんじゃねぇよっ。///////











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  *こらこら、王子様。
   どこぞの案外と胸の大きな女性ピン芸人さんじゃないんだから、
   お客様へそんな失礼な口を利かないの。
   え? そこはツッコミどころじゃあない?
   こりゃまた失礼致しました。
(苦笑)