南欧と中近東の中間辺り。地中海へチョコリと突き出した小さな半島と、それを取り巻く幾つもの島々とで成り立つ、それはそれは小さな王国。大した産業がある訳でなし、長閑な風土とおおらかな国民性に惹かれて、心安らぐバカンスを楽しみたいという観光客が近隣から羽を伸ばしにくる程度で、世界的にもあまり著名な国ではないながら…実は実は。随分と早い時期から駆使していた途轍もない情報収集力や、それを活用することによって蓄積された莫大な地下資産を誇り、列強各国にも顔が利くという、とんでもない裏の顔を持つ王国であり。そんなせいでか印象や見た目ほど“のほほん”としてはいない、結構 強かな王国へ、
――― 翡翠宮の至宝をいただきに上がります。
そんなとんでもないメッセージが、しかも…選りにも選って王宮の王政執務室の、外交関係の重要機密文書を取り扱うメーラーへと直に送りつけられたものだから。翡翠宮というと、今現在は国王直系の第二子・ルフィ王子が寝起きする宮。歴史も由緒もあるけれど、これといって判りやすい“秘宝”の類はさして置いてない施設であるがため、だというのに“至宝”という描写があるのはもしかして。すなわち“王国の太陽”国民たちのアイドルでもある第二王子を誘拐するぞという遠回しな脅迫状ではなかろうかと、誰もが素早く“最大最悪の危機”へと想いを至らせ…さあそれからの対処が早い早い。早速にも王宮各部署が一体となっての警戒モードに一斉に入りの、これまで迫り来たあらゆる危難を片っ端から防ぎまくって来た“特別警備態勢”が立ち上がりのと、その機動力の素早くも充実したること素晴らしく。我らが“至宝”を持ってゆこうというのなら、この厳重な警戒網をかいくぐってみろ、まずは侵入出来るものならやってみそと、胸を張っちゃうほどの防御態勢を整えて、相手の出方を待ったれば。
「選りにも選って、第二王子専属の特別護衛官に扮するとはな。」
しかもああまで…日頃から懐きまくっている護衛対象の王子本人まで、容易く欺くほどにそっくりだなんて、こんなフェイントがあっかよなと。恨めしげにその“オリジナル”でもある本物さんの方へ棘々しくも言いつのる隋臣長さんであり、
「何だよ、それって俺が悪いのか?」
言い掛かりも良いところだぞという言いようをするゾロへ、
「それはそうだわな。」
うんうんと。そこは逆らわず、サンジも溜息混じりに大きく頷いて見せる。
「お前って存在が此処に居て、その姿をどっかから漏れ聞いたからああ化けたっつんならば、ウチの内宮の情報管理にも問題はあるんだろうからな。」
おやおや。案外と冷静じゃあないですか。まま、理性的にと立ち返れば、少々ややこしい事情があって“居るけど居ない護衛官”という立場にあるゾロなので、そんな彼の素性を、それも外国から来た人間が熟知しているということは、どこからか…しかもあれほどそっくりに化けられるほどにも詳細に、情報が漏れていたのだということに他ならず。それより何よりこんな土壇場ですからね。今ここで並べてもどうしようもないことをグダグタ言ってる場合じゃないってのは、サンジさんとて、さすがに弁わきまえておいでなのだろう。それが証拠に、
「さっき言った通りだ。誘導、よろしく。」
「オーライ。」
何かしらの作戦を打ち合わせての、いよいよ大御所さんが打って出るという段取りになっていたらしい。そんなクライマックスだってのに、いつまでも愚痴ってるなんてのは、確かにいただけない。
「………。」
サーチライトという人工的な光が氾濫する、なのに…どこか現実からは遠い世界のような空間と化した翡翠宮の中庭。ライトの目映さに圧されて存在感を失い、完全に単なる背景となってしまっている緑の樹々や茂みたちが息をひそめて見守る中で、時折駆け寄る分隊長や連絡員へと声をかけ、金髪痩躯の作戦参謀、問題の四阿あずまやの上を忌ま忌ましげに見上げたのだった。
◇
さてとて。こちらさんはそんな隋臣長様が、忌ま忌ましげに且つ、心配そうに見上げていた、白亜の四阿の屋根の上の方。四阿といっても、ごくごく一般の公園などにあるような、屋根がついた休憩所、ベンチを向かい合わせに置いたらもう一杯なんて程度の簡単なものではなく。壁がない吹きっさらしになってるというだけのこと、床にも大理石を敷いてあり、ここでガーデンパーティーくらいは余裕で開けますよというほどに、広くて立派な代物だから。そのお屋根の方も結構な大きさはある。
「テント張って天体観測出来るくらいはあるよな。」
「そうだね。でも、此処まで上るのに手間がかかりそうだ。」
王子の無邪気なご意見へ、くすくすと笑った怪盗さん。風貌も雰囲気もゾロと似たタイプだったから、親しい間柄な相手を例外に、あんまり人とは打ち解けない、クールで寡黙で殺伐とした雰囲気の人じゃあないかって。天真爛漫なルフィには珍しくも、ちょっぴり不安がないではなかったのだけれど。こうやって近間で接すると意外なくらいに打ち解けてくれた気のいい人であり、
「連絡はどうやって取るんだい?」
懐ろへ軽々と抱えてくれて、そのままこちらを覗き込んで来たお顔の男臭さに、こんな場合だってのにちょっとばっかりドキドキしちゃった王子様。
「王子?」
「あ。…あっ、えと、あの。///////」
あはは、焦るな焦るな。(苦笑)
「携帯にワンギリで連絡してくれることになってる。」
「携帯って…普通の?」
「うん。」
そりゃまた異なことをと思われたらしいのへ、こっくりこと頷いて、
「特殊な周波数の電波を使うと却って察知されやすいし怪しまれるって。だから。」
「成程。」
あくまでも奇を衒てらわないで、自然に自然にコトを運ぼうって訳だなと、納得していただいたところで、
「それでは、本日のメインイベントと参りますか。」
「参りましょう♪」
ワクワクした声を出し、そのまま相手の胸元へお顔を伏せ気味にする王子様。聞いてた年齢よりもずっとずっと幼く見えて、
“…うん。そっくりってことはなかったが、色々と重なるところはホント多いよな。”
まとまりは悪いけれど、つややかで さらっさらの黒髪に、溌剌と瞬くたび、こぼれ落ちそうな大きさと物言いたげな潤みとをついつい意識してしまう、何とも大きくて深色の瞳。表情豊かな口許からは、場合が場合なのでと こそこそと低められた声が、まんま子供の企みごとというトーンで会話を紡いであどけなく。それらに加えて…腕へと抱えた小さな肢体の、細っこいこと軽いこと。さっき忍び込んだ寝室で向かい合った時は、頭ひとつ分あるかないかという程度の身長差かなと思ったのに、ひょいと抱えたその身は冗談抜きに…もっと小さな子供くらいの重さしかない。羽根か真綿か、天使の絹衣かと思ってしまうほどのギャップであり、見た目の大きさとの対比があり過ぎての困惑に襲われた。
“やんごとなき王族の方だから、筋肉はあんまりついてはいない体なのだろうか。”
軽すぎて落としかねないなと憂慮すると、気を引き締め直した怪盗“大剣豪”さん。それでも、堅くはならないままに、
「さあ、鬼ごっこの始まりだ。」
「うわいっ!」
こちらもこちらで、何を企んでいなさることやら。とりあえず、王子様の身は無事なままなようでございますが、はてさて?
◇
四阿の周囲をきっちりと、それこそアリの這い出る隙間もなくという勢いで取り巻くように集まった護衛官たち。あまり近づき過ぎれば、追い詰められたと自暴自棄になった賊が間近にいる王子に何をするやら、危険な状況に発展しかねないからと、それ以上は手も出せないまま。そんな彼らという観衆を前に、それでは一体何をやらかすのだろうかと固唾を呑んで見上げていれば、
「………え?」
彼が扮している本物の護衛官殿とそこまで同じく、こちらさんもまた着痩せして見える性たちなのか。至極平凡なバランスのそれにしか見えない背格好を、お仕着せのシンプルな半袖シャツにネクタイ締めてという、これもまた地味ないで立ちでくるんだその懐ろへ。それは軽々と、我らが至宝の王子様を抱え上げた不埒な怪盗。彼らが立っていたのは屋上ではない、単なる“屋根”の上だったから。装飾を兼ねた塑像が幾つか立ってはいたが、人が上がることは想定されていない場所なだけに、手摺りを兼ねた柵はない。そんな場所から突然………何にもない中空へ身を躍らせるようにして、勢いよく飛び降りた賊だったので。
「な…っ!」
「王子っ!」
「ルフィ様っ!!」
包囲していた護衛官たちが、思わずのことだろうにタイミングはほぼ同じ、わあっと大きくどよめいた。確かに、そこまで上がるには足場が要るほどの結構な高みではあるが、だからといって、パラシュートだの簡易グライダーだのを背負ってダイビングをするほどの高さはない。翼代わりの大きな帆を、上昇気流に乗せるなり揚力を発生させるなりして安定させる前に、重力の方に引かれたそのまま、あっさりすとんと地面へ激突するのがオチだからで。憎っくき怪盗の方はどうなろうと自業自得だから構わないが、我らがお守りすべき大切な王子様の身に災禍が降りかかっては何にもならない。唐突な展開へ、だがその手が届かない歯痒さもあって、悲鳴に近い声を発してしまった者たちが、
「………あ。」×@
いかにも悲痛などよめきの後、180度ほども色合いや温度の違う…はっきり言ってちょいと間の抜けた声を発してしまったのは。何もない宙へとその身を躍らせたかに見えた怪盗が、そのまま真っ直ぐ下へと落下せず、何と………空中を右から左へと横ざまに滑空して行ったからに他ならない。周囲にびっしりと詰め掛けていた護衛官たちの頭上を難無くスルーしての、月下の滑空脱出劇。夜陰という漆黒単色の背景ホリゾントと、主役たちを照らしつつ動きを追う目映いサーチライトと来て、それは正に舞台劇の宙乗りのごとき鮮やかさ。猿之助さんのスーパー歌舞伎か、それともホリプロのピー○ーパンか、はたまたジャ○ーズのファンタジーオペラか。
“こらこら、筆者さん。”
ああ…いやいや、ごめんごめん。(苦笑)
「な…なんてことをっ。」
「追えっ!」
王子様が無事なのは重畳だったが、それ以上のどこへも逃げ出せない筈の“袋のネズミ”だったものを、まんまと、しかも楽勝で脱出させたとあって。故意に人海戦術を敷いた訳ではないながら、それでも、こうまで完璧に包囲していた“人間の壁”を事もなげにクリアされたたことへの皆の焦りは只事ではなかったようで。
「てぇーい、速やかに追えというに…っ。」
「そうは言っても、いきなりは動けませんよう。」
「外側に詰めてる奴、早く引かないかっ!」
お庭とはいえ、内宮の、せいぜいが散策鑑賞用のそれなので、こうまでの大人数が一気に集まれば、足の踏み場もなくなり、たちまち身動きが取れなくなっても仕方がなく。ぎっちりと詰めていた面々の大半は、賊と王子は既にいなくなっているその場からさえ、なかなか離れられない混乱を見せているばかり。
“…やっぱりな。”
こうなることを見越していたればこそ、ああまで不利で不自由な場所で発見されても、まるきり動じなかった怪盗だったらしく。
“むしろ、故意に発見されたって感じだったしな。”
そこから既に相手の思う壷だったということだとしたら、これはもう“敵ながら天晴なことよ”と言う他はないなと、隋臣長が浅い緋色の唇を少々歪めてシニカルに苦笑って見せる。
「今度はあっちへ飛んだぞっ!」
「王子っ!」
「ご無事でおいでかっ!?」
どうやら、鋼の鉤型アンカーをつけたワイヤーを遠距離まで射出出来るアイテムを、その腕に装備している怪盗であるらしく。離れた位置の四阿や離宮の屋根から屋根へ、その先を打ち込んでは、やはり自動の巻き上げリールか何かにて、自分の体を引き上げながら、サーカスの空中ブランコもかくやという見事さで、宙空を余裕で渡り歩いての翻弄振り。映画やドラマの活劇シーンなどではお馴染みなシチュエーションだが、実際に自分たちがそれで鼻面を引き回されようなどとは誰だって思いもすまい。あまりの離れ技に目で追うのがやっとな者、唖然とするばかりで声さえ出ない者も少なくはなく。
――― とはいえ。
“こっちだってこれでも百戦錬磨の腕利きなんだよ。”
長く伸ばした真っ直ぐな髪の陰、伏し目がちになったそのままの表情で、
「18部隊、右奥を詰めろ。それから、21部隊は迅速に“スイレンの池”の縁に集合。」
静かに響いて低い声にて、ハンドトーキーへと指示を出す。先程、ゾロと立っていた小高い辺りから、彼自身は一歩も動かぬままでいるサンジであり。出来るだけ全容が目視で把握出来る位置に立ち、的確な指示を出すことが、統合参謀司令として最も効率のいい“やりよう”だからで。
“殺到している陣営がこういう固まり方をしているってコトからあっちへ逃げたのなら、モネの池とオリーブの木立ちのある方角を先んじて塞げば、外回りには逃げられない。”
そこから尚の手を打って、徐々に徐々に行く手を詰めてゆけば、こっちの思うところへ誘導出来る…とは、特別護衛官さんからの提案であり、
『ルフィが向こうの手にあるだけに、完全な“雪隠詰め”にしちまうのは不味い。』
破れかぶれになられては元も子もないから、だから…とゾロから示されたところまで、相手の逃亡の進行状況を見ながら、その行く手を巧妙な先回りにて塞いで塞いで、さりげなくコントロールし、誘導するのが、参謀司令のお仕事で。
「…チッ、アネモネの離宮の屋根へ逸れたか。」
それでなくとも夜陰の中だ。勝手の分からない、見通しもよくないこんな場所を、あんな移動で進むなんて、本来だったなら不可能なこと。すぐにも行く手を見失う筈で、それを恐れて外へと逃げることだけ目指しているものと思ったが、なかなかどうして一筋縄では行かない相手であるらしく。通せんぼを巧妙に回避されてはハラハラしもして、結構息をもつかせぬ攻防が展開されている。
“余程のこと、下調べを入念に済ませていたのだろうか。”
この翡翠宮は、その成り立ちも…代々の皇太子が住処として使って来た、所謂“東宮”であり、対外勢力からの暗殺等々を警戒するなら、中庭の見取り図なんてもの、そうそう簡単に明かしてはならないところだが。昨今の様々な技術革新を思えば、とうの昔に…例えば衛星写真などによってあっさりと調べようもあることなれば、むしろこっちから“こんな見事さなんですよ”と四季折々の風情を撮影し、ホームページであっけらかんと紹介しているくらい。四阿や池、木立ちなどの配置も厳密に極秘にしているものでなし、先に情報をしっかり揃えておいて、頭や体へ叩き込むのもさして難しいことではないのかも。
「08部隊は温室前。31部隊はニレの前から本宮前へ移動。そっちには行かない。」
【了解しました。】
【27部隊です、皆様、退避、終えられました。】
「了解。そのまま、そこで待機。」
【はいっ。】
あくまでも“想定”のルートなので、躱されることも予想の内、慌てることなく新しい布石、部隊配置を刻々と入れ替えてゆく。逃げ回っている賊にこれみよがしに見せつけて、牽制しがてら移動させる部隊もあれば、突然立ち塞がって退路を断つための、こっそりとした部隊配置もあってと、まるで実戦さながらの、巧妙にして的確な追い詰めよう。
“チェスほど気安いもんじゃあないが、それでも…。”
実際に駆け回っている皆さんはさぞや大変だろうけれど、そんな彼らの機動力とモチベーションの高さには常々一目置いてるからこその、時々無茶も混じる采配は、夜空を翔んで逃げ回る怪盗を、少しずつ少しずつ、自分の自由意志からではない逃走経路へと誘い込んでゆき。とうとう、
「………チェック・メイトだ、この野郎。」
目的の一角へと、お見事にも誘い込むことに成功した。
◇
ひらりと夜空から舞い降りて、彼らが辿り着いたバルコニーは、翡翠宮の3階、隣り合う棟の壁にコの字に囲まれた格好になった、袋小路のベランダの一角である。したっと、なめらかな動作で降り立って、一連の逃避行の終しまいをきっちり決めたのは良かったが。いつの間に集めたか、きっちりとサーチライトの十字砲火が飛んでくる周到さもまたお見事で、
「あれ? 此処って翡翠宮だ。」
気がつかなかったよという声を出す王子様へ、
「ああ。結構あっちこっちへ振り回してた筈なんだがな。」
腕の中から王子様を一旦降ろし、取り囲まれっぷりをザッと見回す。一番最初の四阿で囲まれた時よりも効率的な、きれいな同心円を描くようにそれぞれの部隊が配置されてる陣形も見事で、
「ありゃりゃ。こりゃあ一本取られたかな。」
こちらの思う通りという余裕の鬼ごっこをしていたつもりが、知らない間という絶妙な制御で追われていて。いつの間にやら相手の思惑通りに追い込まれていたらしいと、今になって気がついて、
「護衛官の皆さんを上手に誘導して俺の行く手を阻んで下さった、優秀な司令官がいたらしいね、こりゃあ。」
やれやれと苦笑した怪盗さん、抱えていた王子様をそぉっと降ろして差し上げて空いた手で、
「それと。」
すぐ傍らの手摺りを、指し示したのとほぼ同時に“かつん”と微かな音を立て、引っ掛けられたものが。
「…これって。」
薄い群雲がかかってた月が再び現れて、月光を浴びた鉤爪の金具特有の鈍い光がツルリと光る。
「俺が使ってたような鉤だな。これを投げた誰かが、此処へと登って来るらしい。」
「あ、それってもしかしてゾロかも。」
体力自慢の実戦派。
「警備部の鍛練の師範もやってんだぜ?」
凄いだろうと胸を張る王子様であり、
“成程ね。”
格式高く品があり、悪い言い方をするならば…危機管理への意識が甘い、そんなイメージがあった“近衛警護”の皆様だったのだけれども。自分を知らず追い詰めたほどの効率のいい“攻め手”の移動指示へ、それはそれは速やかに対応していた。まとまりのある歯切れのいい動きはなかなか絞られた代物だった。日頃からツボを押さえた訓練をきっちりと受けていればこその、言わば賜物なのだろう。そんなところを噛み締めながら、
“………。”
ちらりと、肩越しに振り返った背後には、だが。どこかの部屋だろうに人の影が無いところから察して、そこまで周到で徹底した“囲い込み”ではないらしく。
“俺が逆上したら、王子様が危険だと踏んだ、か。”
隙をわざとに設けてある辺りも、なかなか奥深い対処だねと、感心した怪盗さんだったのだけれども、
「あやや、どうしよ。」
そういった仔細までは判らないまま、ルフィ王子までもが何故だかオロオロ。もしかしてこれって“進退窮まった”ってやつなのかな。自分は良いとして、この怪盗さんには…ある意味、妙な言い方になるけれど、全く罪はないのになと。それを思うと、どうしよどうしよの恐慌状態にもますますの加速がついちゃって。…って、おいおい。それじゃあ何にもならへんで。(苦笑) 相変わらずと申しましょうか、至って困った王子様だったが、そんなところへ響いたものが。
――― pi pi pi pi pi pi pi pi pi pi ……。
ボリュームは小さく絞ってあってもきっちり聞こえた電子音。はっとしてお顔を見合わせ合た二人は、やはりどちらからともなく“ほう”っと安堵の吐息をついた。
「どうやら無事に終わったらしいな。」
「うんっ♪」
これこそ、彼らが待っていた“合図”であるらしく、一国の王宮を守りし近衛警備部を引き摺り回しての大騒ぎも、これで終止符を打てるらしい。上背のある怪盗さんが、ちょっぴり身を屈めるようにして。何やらこそりこそりと王子様に耳打ちをし、それへと王子様も、
「〜〜〜〜〜〜。〜〜? 〜〜〜〜vv」
楽しそうに言葉を返して、それからね?
「それじゃあ帰るな。」
「うん、バイバイvv」
それはそれはにこやかに。誘拐犯と誘拐されかかった王子様、屈託なく笑って手を振り合った。さっきまで使ってた鉤つきワイヤーを、しぱんっと射出し、怪盗さんが姿を消したそのタイミングへ、
「ルフィっ! 無事かっ!!」
まるで同じ人が ただクリンと回れ右を二回したかのように、寸分違わない姿の男性が、石作りの柵を乗り越え、バルコニーへと上がって来て、
「奴はどうしたっ! 怪盗たらいうふざけた奴はっ!」
周囲を隙なく見回したものの、闇だまりのどこにもルフィ以外の人影はもうなくて。青い月光に照らされて、そんな護衛官さんを黙って見やってた小さな王子様、
「何だよ、ゾロ。まずは俺の無事の確認だろうがよ。」
今は戦闘員じゃあないんだから、護衛官たるもの、そっちが先だろうがと。一丁前に叱咤した小さな王子様であり、
「…あ、お、おう。」
言ってることには間違いもなく、慌てたように視線を戻した護衛官殿の視野の中、小さな王子様、クススと楽しげに笑って見せる。
――― その、サ…。
んん?
怖くはなかったのか? あんなあちこち連れ回されて。
へーきだっvv 何か面白かったぞ?
そか。
見知らぬ怪盗に拉致されて、空中遊泳をさんざん味わったことさえ“面白かった”で片付けるとは、さすがは肝も太っとい腕白な“悪戯っ子”王子で通っている面目躍如というところか。
「それに…サ、あの兄ちゃん、ゾロに凄んごく似てたから。」
逃げ回るコトんなった途中まで、別人だなんてこれっぽっちも思わなかったしさ…なんて。右手の人差し指と親指で今にも先がくっつきそうな“C”の字を作って見せる王子様だったりしたもんだから。
「…ほほお。」
言ってくれるじゃないですかと、緑頭の護衛官さん、目許をぎゅううと思い切り眇めてしまう。
“…ま、終わったことだから、もういんだけどよ。”
出来ることなら同じ場に並んで、そんなにも似てるのかどうかを確かめてみたかったよなと、それこそ大人げないこと、思ってしまったゾロだったらしく。苦虫を噛み潰したようなとは正にこのこと、渋い渋いお顔になった護衛官さんとは打って変わって、こちらさんは逆に…妙に楽しそうに笑っている王子様。思わぬ体験が出来て、殊の外に楽しかったんだよんと、そういう喜色が隠しようもなく出てのことと。相変わらずの冒険大好き王子なんだからもうと、そういうオチにて片付けられそうな表情ではあるものの、
「………それにしても。」
「? どした?」
子供のしたことだし、此処は大人が先んじて察してやっても良いってことばかりではなくって、あのね? 後日のことを考えれば、人生そんなに甘くはないのだと知る必要だってあるのだからして。甘やかして曖昧な片付け方をしてはいけないことってのが、世の中にはやっぱりあったりするからね。
「腑に落ちないことが2つある。」
「…ふ〜ん?」
まるで、ルフィ自身こそが答えを出してくれることだと言いたげに、ちょっぴり真摯なお顔になって、真っ直ぐにこちらを見下ろして来るゾロであり、
「何であいつはすんなりと此処から脱出しなかったのかな。」
「え…?」
鋭く冴えた翡翠の眼差しは、瞬きもしないまま。
「奴は“怪盗”であって“誘拐”なんて真似は母国でもやったことはない。そんな慣れないこと、追っ手に見つかったって時点で諦めて、自分の身ひとつで強行突破って逃げ方をすりゃあ、もっとあっさり脱出出来た筈だのに。」
すらすらと、しかもそんな微妙なところを問題視されるとは思わなかった王子様。
「…そうなの?」
小さく小首を傾げると、ゾロはすかさず頷いた。
「ああ。確かに、サンジに言ってこのバルコニーに来るしかないように誘導させたがな。チェスや将棋じゃあるまいに、途中途中には微妙に…破れかぶれでお前を一瞬だけ盾にしてなら、突き破れんこともないような隙があっちこっちにあったぞ?」
「そうなんだ。」
「それと。」
息つく暇も与えない。そんなノリで畳み掛けるゾロであり。
「なんでメリーは吠えなかったんだ?」
この王宮内の人間へはたいそう懐いており、撫でてもらえばご機嫌そうに尻尾を振って見せる巨きな犬。穏やかな性格をしてはいるが、それでも一応、不審者への警戒はする筈で、
「いくら見た目が似てたって、それこそ犬には関係ない筈。匂いや声はどう似せようと全く同じには出来ない代物だからな。」
だからこそ。人間の目は巧妙な変装による“見た目”で騙せても、嗅覚の鋭い犬を騙すのは至難の技な筈なのに。サンジが言うには、監視カメラに映った偽者さんへ、メリーは懐いた素振りしか見せなかったという話であり。
「そうだね。不思議だねぇ。」
かっくりこと小首を傾げた王子様が、妙にたくさん冷や汗をかいていること。とっくに気づいていたゾロだったが、
“まま、無事ではあったのだし。”
こっそり苦笑した特別護衛官殿。無事に手元に戻って来てくれただけでも重畳と、思うところがないでもないながら、何も見なかったことにしてやることにして。それ以上の言及をしない隙を見てのように、王子様がそぉっと擦り寄るのをそのまま引き寄せて、大きな手で柔らかな髪をくしゃくしゃと、愛しげに掻き回してやったのでありましたvv
――― 何だか色々と、奥が深い何やかやがあるみたいですが、
そこのところは、また後日vv
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*あああ、やっとここまで辿り着きましたです。
相変わらずに、何やら“裏”がありそな騒動でしたが、
種明かしはもうちょこっとお待ちをvv |