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とんでもない方法にて突入を敢行してくれた王子様。やっとのことで落ち着いたとあって、職員さんたちに寄ってたかってインラインスケートを脱がされ、肱や膝に掠り傷があったのを治療されて、
「訓練用のメール?」
おやつにと、背もたれ用に羽根枕の下に敷く枕ほどもありそうなロールケーキの輪切りを幾つも並べた大皿とミルクティーを出してもらった王子様。あらためての説明をされて、何とかホントの状況を理解なさったご様子。彼らがいるのは診療や治療関係のお部屋ではなく、VIP用の待ち合い室であり、クリスタルブロックで仕切られた廊下の向こう、スタッフの皆さんがバタバタと、分厚いファイルを片手に右往左往なさっておられるのは。王子様が飛び込む格好にて立ち上げて下さった警戒システムを全て、スタンバイ状態に戻すべく“初期化”している真っ最中だから。
「まあね、今まで働かせたことがなかった部分とかが錆びついてはいなかったみたいだねって、確認が出来たって考え方も出来なくはないんだけれど。」
あんぐりと大きく開いたお口へ、ふかふかのロールケーキをねじ込む王子様が“何だ、貢献してんじゃん、俺vv”なんて言いたげに、大きな瞳を呑んだ目許をゆるやかなへの字に細めたのを見やり、
「けどね、例えば…自動車のエアバックって、一旦開いちゃうと、もう使えないから新しいのに交換しなきゃなんなくなるんだよね。」
「そうなの?」
キョトンとしたルフィが視線を向けたのは、王宮でも一、二を争う技術屋のウソップへ。先程の訓練中に(?)ちょいと(???)捻ったらしき手首へ湿布薬を貼られた痛々しさはともかくも、駆動機系は理論開発も整備もお任せな“発明家”さんは、うんうんと頷いて見せ、
「あれはわずかだが火薬で爆発させて、その勢いで一気に膨張させる仕組みになってるからな。」
だから、一度全部開いちまったら、新しいのを付け替えるしかない。あ、勿論、回収されたエアバック自体は工場で再生させられるそうだがな。そうと説明して下さったのへと続けて、
「だ・か・ら。警備システムの中にもそういう仕組みになってるものは結構あるんだ。そういうのを交換しなきゃならなくなるんだからな、本当に何かあった訳でもないのに取り替えなきゃならない、つまりは国家予算を無駄遣いしたことになるんだぞ?」
ビシッと筋の通ったご指摘を受けて、
「あやや…。」
やっとのこと、自分のしでかしたことの意味が少しは判ったらしき王子様。まだ1つしか食べていないケーキのお皿にフォークを戻すと、ちょっぴりしょぼぼんと肩を落とした。時としてその行動に、破天荒な悪戯や無謀で危ない無茶も多い腕白さんだが、この国の国土も国民の皆さんのことも大々々好きだから。それにまつわる迷惑や何や、大きにマイナスな行動だったのだぞと叱られるのが一番堪えるのだそうで。
「そだな。ガラスだって取り替えなきゃいけないし。」
自分からもそうと言い出し、すっかり“ごめんなさい”の姿勢になってしまったルフィには、叱っていた側のチョッパーもまた、
「あ、いや…あの、だからだな。」
ちょっときつく言い過ぎたかなと、面食らって言葉を濁す。素直で可愛い王子様。皆してついつい甘やかしてしまうのは、決してその姿や溌剌とした腕白ぶりにだけ惹かれてのことではなく。こんな風に無垢でピュアで稚いとけない、何とも純情な本質が憎めないからに他ならない。今回だって、ナミがどんな怪我を負ったのか、心配したあまりの勢いからドアが開くのを待ち切れずに飛び込んだのであって、
「ま、お前がパニック状態になってたってのは嘘偽りのない真実ホントなんだし。それにお前にも大した怪我はなかったことだし。」
大きな手のひらがぽふぽふと頭の上へと置かれて、いい子いい子と宥めてくれて。お顔を上げれば…少々しょっぱそうな表情になった護衛官さんが、苦笑混じりに頭を撫でてくれている。
「色んな人たちへ迷惑かけたんだってのが重々分かっているなら、お説教はこれで終しまいだ。」
「ゾロ〜〜〜。」
ちょっぴり情けなくも眉を下げて口許を曲げたお顔がまた可愛い。同席していた二人をよそに、お隣りにいた護衛官さんの懐ろへ、甘えるようにむにむにと頬を埋めて擦りつけるものだから、
“あっ。ゾロずるい。”
“ちっ、旨いこと やりやがったな〜。”
3人共が“もう気にしないで良いんだよ”って構えたのに、これではゾロだけが“よしよしvv”と許したみたいじゃないか。そんなご不満を感じて、残りの二人が少々ムッとしたものの、
「…ルフィ。クリームがついたままだぞ。」
「あ、ごめん。」
制服の懐ろに生クリームでスタンプされたご当人には、そういう意図はなかったものと思われて。冷静なままのお声で“まったく何だかな〜”という語調なところが、ムッとしかかっていたチョッパーやウソップからの苦笑まで誘ったのだとか。
「それにしても…。」
ルフィの翡翠宮脱走&医療センター飛び込み事件はこれでお説教までが済んだとして。
「お前、今日の国立小学校の視察は夕方近くまでって予定じゃなかったのか?」
それが一体どうして、まだ昼だってのに王宮へと戻って来たのか。そこのところの情報まではこちら様に届いていなかったようであり、
「うん。俺も何でかって訊いたんだけどもさ。」
バナナ風味のカスタードクリームがきめの細かいしっとりスポンジによく合う、王宮内スィーツの中でも絶品のロールケーキに再びフォークをつけてた王子様。もぎゅもぎゅとよく噛んで、紅茶でこくんと飲んでから、
「M王室のH皇太子がサ、外遊先で狙われたんだって。そいで、その事件は未遂に終わって、殿下は無事だったんだけれど、犯人も逮捕出来た訳じゃなかったらしくてサ。次か、次の次かにウチにもくる予定になってたからサ。その犯人たちが今度はウチに潜入してたりしないかってことを心配して、とりあえず王宮へ戻りましょってことで予定が短くなったらしい。」
何ともたどたどしい説明だったか、関心がないことだと右から左へあっさりスルーしてしまうルフィにしてはきちんとポイントを押さえたものでもあり、
“H殿下には、可愛がっていただいてるもんな。”
気さくで子供好きな殿下なので、おいでになるといつも、スポーツ観戦や海辺での息抜きなどなどという場でルフィも弟扱いにて遊んでいただいている。それで、それは大変だったねと率直に心配した彼だったのでもあろう。当然のこと、それを聞いた大人たちもむむうと眉を寄せる。
「ははあ、待ち構えてて今度こそってやつか。」
「けしからん奴らだよな。」
それでなくとも“和平の大使”ということで、武力に頼らない、ご本人の心からのお言葉と態度という呼びかけだけでの、惜しみない援助活動に奔走していなさることで有名な殿下だ。大国が進攻中の戦場へでも難民のための援助や補給などの手を差し伸べることで、時に某列強国から煙たがられることもあるそうだが、そもそも歴史の浅い国が“愛国心”を振り回すのは、理論ばかりが先走る型の全体主義へと走りかねなくて恐ろしい…じゃなくって。(剣呑剣呑…)非戦闘員の窮状を救いたいだけ、それへの妨げは止してもらおうかと、ご本人が公式の会見の場で声を荒げたこともあるそうで。なのに、少数勢力の側だろうテロリストにまで、こうやって狙われることがあるという、この矛盾。
「つくづくと、ウチは戦争とかには加担したくはないよな。」
「うん。話し合いで解決出来んからって何も殺し合いを始めなくても良いのにな。」
そうまでしてでも鳧けりをつけたい問題ってのが、広い広い世界にはあるんでしょうねと。ちょいと場が沈みかかったそんな瞬間に、
――― じりりりりりりりり………っ!
さっきも鳴り響いた警報が、再び凄まじい音量で鳴り響いたものだから。
「何だ何だ?」
「作動点検か?」
リセットし直したところをチェックしているのかなと、驚きはしたものの、どこかのんびりとした反応を示していたVIPルームの皆様だったが、
「そんな呑気な話でもなさそうだ。」
ただ一人立ち上がった緑髪の護衛官殿だけは表情が違う。一番の間近でいきなり温度が違う反応を見せたゾロだったことへ、
「…っ。」
さすがは“慣れ”というものがある王子様。華奢な銀のフォークを皿へと置くと、ごしごしとお口の回りを手の甲で拭いながら やはり立ち上がり、少々お行儀悪くも足で押しやって椅子を遠ざけたゾロが伸べた手に掴まり、まるでダンスで淑女がリード役の男性に誘われるように、彼の広い背中の後ろへと回った。それとほぼ同じタイミングで、
――― カッシャーーーンっ!
ついさっきも聞いた、大きな一枚ガラスが砕かれる破砕音が鳴り響く。この部屋にいた面々がつい呑気なことを思ったように、避難訓練だの緊急事態への対処だのという“模擬訓練”をしていた直後だったその上に、困った王子様が突入なんていうオマケまで加わったのが逆に災いしたらしく、ウソップやチョッパー先生と同様な反応を示した職員たちが多かったようで。しかもしかも、警備システム調整中だったがために、センサー各種がオフになっていた間の悪さが加わって。さかさかと速足で駆けて来る人影が視野に入っても気に留めず、そんな怪しい影が施設の敷地の中、治療棟の間際に迫るまでまるで察知されなかったのも痛かった。キャーッという女性看護師の悲鳴が聞こえ、ばたばたドカドカと重々しい軍靴の音が鳴り響いてからやっと、
「…っ、まさか。」
「ゾロっ?」
最低限の職務ということで、真っ先に王子様を庇った護衛官が深々と頷きながら…横手にある廊下側ドアの向こう、給湯用のポットやら茶器やらが収められているカウンターの方を腕で示した。その陰へと二人を駆け込ませ、ゾロはゾロで背後の壁へと素早く後ずさりする。廊下側の反対にあたる対面側は、中庭からの陽光がふんだんに射し込む、大きな大きなガラス窓が壁の上半分全部を占めている構造で。医療棟の奥まったところにある部屋だからと、仰々しい格子や何やでカバーされてはいない。一応は内部に特殊シートを挟んだ防犯耐熱強化ガラスだそうだけれど、機銃掃射でもされたら ひとたまりもあるまい。そうと踏んだらしい護衛官、壁を踵でコンコンと軽く蹴り始めた。廊下からの悲鳴や、時折聞こえる銃声に、自分の背後に庇ったルフィの小さな手がシャツを掴み締める。多少は怖いのだろうし、それ以上に…部屋の外にいる人たちが心配でもあるのだろう。まだ震えてはいないなと、どちらかと言えば強襲をかけて来た輩たちへ“怒っている”彼であるらしいと察して、
「…大丈夫。あれは威嚇の銃撃だ。」
ゾロが静かな声で宥めてやる。
「武器を持ち込み、尚且つ、この王宮内へ潜入出来たスマートな手際からして、チームワークのいい、物慣れた手練れの一味だ。」
壁から返って来るコンコンという堅い音が、不意にこつこつという柔らかい音になった位置がある。そこをぐっと踵で押し込めば、
「…え?」
壁に嵌め込まれてあった“仕掛け”が働き、壁が左右へ開いて、1m四方くらいの空間が現れた。そこへと…張り付いていた背中の支えを失ったルフィがぱったりと倒れ込む。内側はキルティングの素材で埋められてあるのか痛くはなかったらしかったが、
「お前はそこで良い子にしてな。」
「え?」
大きな瞳を見開いて、彼にしては珍しくも反応が鈍トロかったその間に、仕掛けの扉がやはり素早く閉じたから、
「あ、やだっ。ゾロっ、開けろっ!」
中から叩いても外には聞こえないらしい。防音も兼ねてのクッション材の内装であるのだろう。
「よく知ってたね。」
「まあな。これでも特別護衛官、だからな。」
カウンターの上からちょこりと顔を出したチョッパーから、感嘆を含んだお言葉をいただいたのへ。苦笑混じりに返しつつ、ぶんっと左腕を振るうゾロであり。半袖シャツのその袖口から、まずは腕を手首から肘まで覆う“籠手”のような装具がしゅっと飛び出し、その内側、手首あたりから引き抜かれたのは彼の愛用の特殊警棒。
「おおう、それってこないだ渡した…♪」
ウソップが弾んだお声を出したのは、この…どこぞの“特撮戦隊もの”の宇宙刑事なんかが持っていそうな武装アイテムを提供したご本人だからで、
「ああ。一応は付けてたもんでな。」
その道のプロであるゾロには何ともふざけた装具にしか見えなかったものの、ウソップが頑張って設計し作ったものだと思えば…頭から無視する訳にも行かず。今日の訓練中に格闘の模擬訓練でもあったなら、その場で使ってみようかと思って装着していたらしい。
「何だよ、何で今まで隠してやがった。」
「そうさな。シャツの中、肩で待機させてる間、妙にゴロゴロして違和感がするから集中しにくいこととか、一刻も早く言いたいクレームがこっちにだってあったんだがな。」
警棒だけなら縮めれば携帯電話と変わらない大きさだから、ただポケットに突っ込んでおけば済むのによと。斟酌のない言いようをつけつけとなさった護衛官様、
「ルフィが見たら、それでまた一騒ぎ起きそうだったからな。」
あの無邪気な王子様のことだから、こんな仰々しい装備を見たら、非常事態中であるにも関わらず“カッコいい”だの何だのと大きな瞳をキラキラさせてはしゃぎそうだったのでと思った辺り。さすが、良く把握してはるというか何というのか。(苦笑) とはいえ、そんなものと評されたブツを作った方も黙ってはいない。
「何だよ。それってルフィからのリクエストで作ったんだぞ?」
素人相手みたいに偉そうに言ってんじゃねぇよと、拗ねたような口調になっており、
「お前は、防弾ベストさえ“勘が鈍って邪魔だ”なんて言って身に付けないから心配だって。」
そんなこんなと言い合っていたところへ、きぃ〜いんという耳障りなハウリングの後に、ハンドスピーカーかららしき声がして、
【俺たちは“〜〜〜戦線同盟”の強襲部隊だ。大人しくしていれば、危害は加えない。】
どうやらお相手の一団が、医療スタッフや職員たちを一か所に集めて、自分たちのことを語り始めたらしい。“〜〜〜戦線同盟”と言われてもあんまり耳に馴染みのない組織だったが、眇めていた目許を俯けて、何やら頭の中にて検索していたゾロが…心当たりへと辿り着く。
“新興の組織で、確か、例のH皇太子狙撃未遂事件にも一枚咬んでた筈だ。”
その事件がルフィの視察の中断にからんでいたという経緯を知らなかっただけで、ゾロもまた“狙撃未遂事件”自体に関しては、朝の国際ニュースというネットでの第一報にて既に知っており、
“戦果を挙げたくてうずうずしている、頭でっかちな思想集団だって話だったが。”
住まうところが戦争状態にあることで日々の生活を脅かされているとか、虐殺に近い殲滅作戦の只中にあるとか、そういった“命をつなぐこと”という次元で追い詰められての蜂起という、切羽詰まってのものでないらしい分、
“傭兵の集まりだったら、腕が立つだろうから面倒だが。”
きっちりと“常套”を守るようなら食いつく隙もあろうかと、胸の裡うちにて算段をまとめつつ、現状を簡単にお浚いする。
“なだれ込んで来た足音と手際の陣形から見て、内部に侵入したのは8人。”
ぱかりと開いた携帯を操作し、呼び出したのはこの施設の警備システムの稼働状況。幸いにして、今の今という“現状”を中央管理棟へ伝えており、画面にも現在の時間がきっちり刻まれている。それによれば。さっきのルフィの突入で発動してしまったあちこちの“立ち上げ”が、まだ中途半端になっており、殊に階上の入院加療施設へはシャッターをまだ上げていなかったままなので、賊も突入出来なかったらしいというのが知れてホッとする。
「さあ職員の皆様。どうか大人しくしていてもらおうかな。」
一応の一段落ということか、スピーカーは外されたが、リーダー格の声は良く通り、ドア越しのこちらにも十分な声量で聞こえて来て。
“入院施設へ強引に上がらないし、ルフィを探そうともしないってことは。”
どうやら“王族”をと狙っての襲撃ではなかったらしい。大方、この医療センターにも注目していらしたH殿下だという情報を得ていて、ここを待ち伏せの拠点にと考えてのことなのだろう。
“さて、どうするかだな。”
異常事態だというのは首脳部へもすぐにも伝わる筈だ。こういう施設なりの“整備中”だの“消毒中”だのという格好の誤魔化す術を色々と用意していたとしても。職員たちを脅して、強引に口裏を合わせさせられたとしても。何しろルフィが此処へと向かっていることを、あの隋臣長殿が知っている。いつまでも報告がなけりゃあ、その後はどうなったんだという催促の連絡が来る筈で。そういったこの王宮ならではの機微までも、
“こいつらが知ってるとは思えないんだがな。”
そうなったとして。押っ取り刀で駆けつけた彼らに犯人たちが逆上し、大仰な籠城事件に発展したら…人質にされてる職員さんたちが却って危険かもなと思い立ったらしき辺りが。実は大人数での作戦行動の経験場数をあんまり踏んではいない、単独行動中心の精鋭さんだった名残り。
――― さて、頼もしい護衛官殿、
一体どんな手で賊を仕留めてしまうのでしょうか。
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