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「…俺、もうどうしていいのか判んないよぉ。」
そんな小さな声が聞こえた。それも、ほのかに涙を含んだ湿っぽい声だ。
「???」
中途半端にまだ日の出前。こんな妙な時間帯に眸が覚めたのは、やはり昨夜の、どこかぎくしゃくとしたムードの後遺症なのだろうか。ぼんやりしていた頭のピントが徐々にはっきりして来て、
"ルフィ?"
一緒に寝付いた筈の温みが傍らにないことに気づき、こんな朝は近ごろには珍しいなと思いつつも身を起こすと、大きく背伸びを一つしてからごそごそと起き出した。そんな彼の耳へと届いたのがそんな声だったものだから、
"…誰と話してるんだ?"
こんな早朝。しかも、彼の携帯電話は通りかかったところの居間のローテーブルの上に置きっ放しにされてあるし。声がするのはPCを置いている部屋で、さてはあの金髪野郎から何か仕事の急用でも入って叩き起こされたのだろうか。だとしたなら、ちっとは意見してやらなくちゃな。自分は24時間臨戦態勢にあるのかもしれないが、こっちは一般人なのだから、時差ってもん、考えろとだ。
「ルフィ? 何してるんだ?」
「…あ、ゾロ。」
戸口から掛けた声へとこちらを向いた顔には、モニター画面からの明かりでも分かる、目許に光る涙の名残り。それを目にして、まだどこか半覚醒だったゾロの意識が勢いよく目覚めへと身を起こし、
「…っ!」
つかつかと歩み寄ると画面を見据える。そこにはやはり、予想通りの人物の姿。
「何だよ、てめぇ。ナミさんまで加勢にして、朝っぱらから人に説教か? お偉いこったよな、事務所長さんともなるとよ。」
どうやら…彼の経営しているコンサルタント業の何かで不手際でもあって、ルフィへ説教を構えたサンジだと勘違いしたゾロであるらしい。無論、そんな勘違いを、しかも選りに選って"彼"から浴びせられたとあって、
【寝惚けてるんじゃねぇよ、このクソ剣士が。】
サンジの側だって黙ってはいない。原作様ではともかくも(おいおい)このシリーズでは言葉遣いのきれいな彼が、こうまで汚い罵りの言いようをするのは初めてで、
【てめぇ、よくも俺のルフィを泣かせてくれたよな。】
「ああ"? 誰が誰のルフィだって? 勝手なことを言い出すんじゃねぇよっ。」
睨み合う眼光もお互いに全く引かない鋭さで、朝っぱらからテンションの高いこと。とはいえ、
「…ちょっと待て。」
サンジからの言葉をワンテンポ遅れて反芻はんすうする辺りは、まだ頭が寝ているゾロなのかも。こらこら
「俺のせいで泣いてるって?」
丁度向こうが画面を覗き込みつつマダム・ナミをそうしているように、こちらも腕の中に抱き込んだ格好になっていた小さな従弟を…今あらためて覗き込むと、どこか視線を外そうとする。いつもなら、それが自然な呼吸であるように、こちらの胸元、懐ろ深くへ擦り寄って来る筈が、何だか…身を遠ざけようと構えているようだし。しかも、その目許には…やはり確かにうっすらと涙が浮かんでいて、
「…ルフィ?」
そっと声を掛けてもどこか辛そうで、
「………。」
うぐうぐと涙に声が詰まり、噎むせるばかりなルフィであり、自分からは直接言いにくいらしい彼に代わって、
【あなた、もしかして気がついてないんでしょう。昨日、家に帰ってからのずっと、ルフィに素っ気なくし続けたそうじゃないの。】
モニター画面の中からナミが溜息混じりにそんな声をかけて来た。
【あなたが急に冷たくなったって。さっきからずっと泣きそうでいるのよ?】
いかにも"呆れた"という声だったのへ、だが、
「気がつくも何も…。そもそも俺に"亭主関白"をやってみろって唆そそのかしたのはあんただろうが。」
ゾロは"心外だ"と言いたげな声で言い返し、
【それはそうだけど、どうしてそうも極端なのよ。】
マダム・ナミの方でも、そんな言葉を返す、から……………。
……………はい?
「ゾロ?」
【ナミさん?】
モニター画面のあっちとこっち。何やら妙に言葉を省略し合って、だのに話が通じている方々が約2名いるような。筆者からの指摘のみならず、それぞれのすぐ傍ら、愛しい人から向けられた疑問符へ、
「………だから。」
【えっと。】
途端に言葉に詰まった二人だったが、
【…判りました。】
細い肩をすとんと落として見せながら、
【あたしから説明するわよ。】
どうやらコトの元凶さんらしき、マダム・ナミが渋々と口を割る覚悟を決めたらしかった。
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*いえ、あんなところで区切るのはあんまりなので、
一応ここまでUPしとこうかと。
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