3
飛行機のドアに直接連結させて乗客を誘導する"ボーディング・ブリッジ"さえない片田舎の空港は、周辺をだだっ広い平地に囲まれていて。よくよく見れば、カラフルな淡彩の帯のように、いろいろな作物や花の畑が順々に連なって広がっている様子。
『北海道の夕張か富良野あたりみたいだな。』
ターミナルビルまでのバスの車窓からそんな風景を見回して、ついつい零れた感慨を連れの少年が聞き咎めた。
『あれ? ゾロ、北海道に行ったことあるんだ。』
『ああ、高校の時の修学旅行でな。』
『ふ〜ん、良いなぁ。』
そんなやり取りのすぐ後に、
『でも、これってプロバンスにも似てる。』
そんなことを言い出す少年だったものだから。
『…そういや、欧州中を庭みたいにして歩き回っとったんだな、お前。』
例えばで持ち出された地名の、格というか次元が違うことへついついコケかけたものの、そういう事情持ちな彼だったと、ふと思い出す。一つところに長く居られない身で、まるで流浪の民のようにあちこち渡り歩いていた7年間。こうまで広大な風景さえ、彼らを"異分子"として浮き上がらせていたのかと思うと、何となく…不憫なことだと改めての感慨が沸き立ったが、
『ゾロと見れて良かったな。』
ぽそんと。少し窮屈な座席の、隣りに座っているゾロの二の腕へと、凭れて来る小さな温み。当たり前の存在として人々と共にある色々な風景、様々な体験は、彼を置き去りにして流れ去る、どこか現実味の薄い虚構めいた感触のものだった。…これまでは。永遠を生きる身として堅く凍てついていたものが、再び刻み始めた彼の"時間"。途端に彼の小さな身はふわりと抱え上げられて、目まぐるしくやって来る"色々"とのお付き合いが始まった訳で。そういった色々や様々を、他でもない大好きな従兄弟と一緒に体感したり眺めたりして過ごせるのが、殊更に嬉しくて堪らない彼ならしい。そして…そんな甘え方をされるのが、まるで甘いものを与えられた子供のような素直さで、心から"嬉しい"と思えたゾロでもあった。
◇
滞在日数が2、3日を過ぎると"単なる客"とは微妙に違ってくる。屋敷への勝手や近場への土地勘などへ何かと慣れてくることから、ホストの接客や気遣いに任せ切らない、一日の過ごし方・住まい方のようなものが身に染みついて来て、仮の下宿先ででもあるかのような感覚になる。よそゆきから普段着へ。文字通りの"着るもの"は元からさして気取ってもいなかったが、態度というのか作法や振る舞いとでもいうのだろうか、その言動からも肩肘張った何かが取り払われて。
『こぉら、ルフィ。ちゃんと陽灼け止めを塗らないか。』
『大丈夫だよぅ。ここらって日本より涼しいし。』
『紫外線と気温や湿度は関係ないんだぞ。』(でも、緯度は関係ありますが…。)
『む〜〜〜。サンジってば、細かい。』
5日目辺りにでもなればもう、久し振りに帰って来た実家のような寛いだ気分で、素の顔になっている自分たちだなと実感する。
「ルフィだ。」
「遊ぼうよ、ルフィっ。」
「よぉっし!」
閑静な土地だが、さほど"人里離れた"場所ではないらしくて。屋敷の前の大通りでは、車の通行量が殆どないのをいいことに、近所の子供たちがローラーブレードだのスケートボードだのを持ち寄って楽しげに遊んでいる。そして、そういった子供たちを間近に見ると、さすがに"ああ、欧州なんだな"という実感も沸いた。淡い金髪のくせっ毛をぽわぽわと風に揺らしている子。ソバカスの多い、真っ白な頬をした子。鼻梁が細くて、だが、くっきりくぼんだ眼窩の、いかにも"ゲルマン系です"という子供もいれば、睫毛の濃い、浅黒い肌をした、南方ラテンの血を思わせる美少女もいる。一見、どこか鄙びてはいる土地だが、住人には若い世代も多くて、子供達の数も大したもの。
「…で、そこで重心を後足に移して。そう。」
「わっと。あ、出来たっ。」
飛び交う言葉は当然のことながら日本語ではないものの、言葉に不自由していないその上にたいそう人懐っこいルフィは、見かけも充分"同世代"として通用するとあって、初対面な筈の子供達ともすぐに馴染んだらしい。
「ルフィ、こっちっ! 此処まで滑って来れる?」
「よーしっ、行くぞっ!」
初々しい無邪気な笑顔に囲まれて、弾けるような笑顔が傍目にも目映い。誰からも好かれる屈託のない少年。とある事情の故あって様々な知識に通じているし、それはまあ特殊な事情だからと差っ引いても、尚の好奇心と向上心のある彼で。
"………。"
果たして自分の傍らなんぞに繋ぎ止めておいても良いものだろうかと、時々思うことがある。先の章にて"二度と手放すものか"と思ったことと矛盾して聞こえるかもしれないが、こちらは主観的な恋愛感情とは次元を異にした、そう…客観的な感慨というやつで。彼を誰よりも大切に思っていればこそ、庇護する者の義務として先々の展望とやらに触れた場合、どうしても浮かんでしまうとある想い。あんな中途半端な都市の一隅で自分なんぞの世話など焼いていないで、もっと広い舞台に飛び出して活躍出来る彼なのではなかろうか。思うことさえ癪な"例えば"だが…サンジと世界中を渡り歩いていた方が、将来への選択肢も多い、豊かな人間になれたのかも。彼自身の意志から自分の傍らを選んでくれたのは嬉しいことだが、器というのかカラーというのか次元というのか、彼の本来居るべきところ、伸び伸びと羽根を広げて活躍し、正当に認められるべき世界というのが"此処"ではないどこかにあって。今の彼は、窮屈にも遠回りにも、間違った場所にいるのではなかろうかと、らしくもなく気弱な、そんな考え方がどこぞからやって来る。
"………。"
木陰を選んでだろう、道端にまばらに並んだ古びた石のベンチに腰掛けて、ルフィやはしゃぐ子らを何とはなしに眺めていたゾロへ、
「人懐っこい良い子よね。」
「…? あ。」
不意に気さくな声をかけて来たのは、産後2カ月とは到底思えぬスレンダーグラマーなボディの、マダム・ナミだ。明るい亜麻色のショートカットの髪や、華奢な白い肩を出したサンドレスの裾を、時折吹き付ける潮風にはためかせていて。無造作に隣りへ座ろうとしかかったのを、
「あ、ちょっと待った。」
ゾロは片手を挙げて制止すると、Tシャツの上に重ねていたポケットの多いベストを素早く脱いで座面へと敷いた。女性に冷たい石の椅子は毒だと察したらしくて、
「ありがと。」
いかにも"武士もののふ"然とした厳いかつい見かけによらない、ゾロのそんな気配りに小さく笑ってから、だが、ナミは遠慮しないでそこへと腰掛けた。
「どうした?」
「ん? どうもしないわ。ベルはお昼寝中だからナニーに任せてあるの。」
並んで座ったりすると尚のこと、体格の違いが如実に現れる。スーツなぞを着込むと着痩せして見えてすっきりシャープな印象のあるゾロなのだが、リゾート仕様のTシャツに綿のパンツというような軽装になると、たちまち屈強にして強靭なまでの体躯がその頼もしい存在感を示しだす。そんな傍らにちょこなんと腰を降ろしたナミの肢体は、ただでさえスリムで小柄なものが、ますます小さく見えていっそ愛らしい。
「サンジくんは、一応はそれが主旨だった、あなたの持って来た資料と向かい合ってるところよ。…でも、そちらはどこかポーズっぽかったけれど。」
クスクスと笑って、
「ベルが寝付くと必ず傍へ付いていたがるのよ、あの人。ちゃんと息をしてるんだろうか、目を離した隙にむずがり出しはしなかろうかって、色々と心配なんですって。揚げ句には突々いたせいで起こしてしまって、わんわん泣かれてたりもするんだけれど。」
「………☆」
それは、なかなか…可愛いお父さんなんですのね、サンジさんたら。(笑) これまで自分を散々からかってばかりいた余裕の表情しか知らないものだから、思わず吹き出したゾロ同様、くすくすとひとしきり笑ってから、
「そういう訳でちょっと時間が空いたの。」
ナミは両手の指を組み合わせ、くるりと返しながら"う…ん"っと大きく背伸びをして見せる。これを"変われば変わるもの"と解釈して良いものか。それとも、元はこういう人物だったと思う方が良いのか。淡々としていて、冷たいくらいシャープな印象のあった初対面の頃の彼女の面影は、今やどこにもない。昨年の初夏の頃に初めて出逢ったのは、どこか張り詰めていて隙もない、いかにも"追跡者"という感のあった彼女。どんな危険も顧みなかったろう方法で延々と逃亡を続けるサンジを根気よく追い続けた、知的であまり感情的にはならない、あくまでもクールに冴えた"ハンター"だったナミ。それが今は随分と伸びやかな雰囲気のまま、夏の陽射しの中、屈託ない笑顔を見せて笑っている。そんな彼女が、
「ごめんなさいね。」
不意に謝るものだから、
「何が。」
思い当たることがなくてゾロが問い返すと、
「ん…、色々と。」
困ったように眉を下げての"楽しげな苦笑"というたいそう微妙な笑顔をして見せて。
「あの人がルフィくんに何かとちょっかいを出すの、あなたにしてみれば面白くない筈ですもの。」
さすがに彼女の側でも、夫のルフィへのちょっと過剰な執着ぶりには気がついてもいたようだ。
「ベルが生まれて、少しはストップがかかるかと思ったのだけれど。」
肩をすくめるナミに、こちらも少々苦笑気味な顔をして見せる。
「まあ、あんたに愚痴ってもな。」
ともすれば同じような苦笑が、ゾロの側にも浮かんでしまう。何十年もかけて追いかけた末にやっと結ばれて、可愛らしい子供まで成した愛しい夫なのに、選りにも選って男の子にうつつを抜かされてはそれこそ堪ったもんではないだろう。…う〜ん、こうやって字に起こして書いてみると物凄い響きがあるような。(笑)
"笑いごとじゃないのよ、ホント。"
あ、すみませんです。(汗) それはそれとして。
「もしかして、何かに落ち込んでない?」
いやにあっさりと言うものだから、
「何でそう思う。」
否定より何よりという早い間合いで、つい訊き返していたゾロだ。それへと、
「何となく。日本で逢ったばかりの頃のあなたと、丁度同じような背中に見えたし。」
「………。」
相変わらずに機転が利くというか、ややスパイシーなところは健在だというべきか。今、彼女が口にした時期と言えば、ルフィがその素顔を明らかにした途端に再び姿をくらました、混乱と傷心の頃合いだった筈で、
「ちょっとした自己嫌悪だよ、心配は要らない。」
まぜっ返すような口調で言い返すゾロであるのは、大したことではないというのと、君には関わりのないことだという、彼なりの遠回しな言いようだったのだろう。ソフトな突き放しに、だが、
「これは"おのろけ"と解釈してくれても良いことなんだけど。」
ナミは言葉を続けた。
「あのままルフィくんとサンジくんと二人、永遠の逃亡を続けていたなら。二人ともそれこそ永遠に、人としての"幸せ"には辿り着けなかったと思うの。」
「…?」
当時の彼らの身の上を知っている相手だからと、簡略な言いようをしたナミであり、ゾロが小首を傾げたのも、意味が通じていないからではない。その言いよう自体に怪訝なものを覚えたからだ。十分楽しげにやってけたのではないかと、充足していたのではなかろうかと、そんな風に考えてみたばかりだったから尚更に。だが、
「幸せって言葉はそうそう軽々しく定義づけしてはいけないのだけれど、即物的に説明しようとするのでないのなら、いくらでも論じていいと思わない?」
にっこり笑って小難しいことを言い出す彼女で、
「人の人としての幸せっていうのは、物に満たされることではないし、生活環境の安定でもない。何かしら望みに向かって邁進するポジティブな充実感と、誰かに"あなたをこそ"と求められる充足感。この二つが最高峰、いわゆる"双璧"だと思うの。」
「…ああ。」
それは確かにそうではあるが。何だか…全てに満たされた立場の人間なればこそ口に出来る"理想論"っぽく聞こえなくもないのが、ちょいと気になるというところか。まま、今はそういう"揚げ足取り"は置いといて。
「ルフィくんにはルフィくんなりの、感じ方とか価値観とかがあるのでしょうけれど。でもね、他の誰にも代わりの利かない、あなたでないとダメなんだって求められる個別化って、意志や自我をもつ人間には一番の口説き文句だとは思わない?」
それも、こちらからも掛け替えなく見込んでいる人物からの求めであれば、それに勝る至福はない。
「あなたが迷っていてどうするの。ルフィくんはあなたが好きよ? 誰よりも何よりもね。一緒に生きてく相手は、あなたでなければいけないの。」
「…………。」
これが普通一般の会話だったなら、何を芝居がかったことを言うのやらと、一笑に伏されていたかもしれない。だが、彼らが今此処でこうやって、それは穏やかに理想論なぞ引っ張り出しての会話が出来るのも、一夏前のあの騒動という背景があってこそのことだけに、ナミの言葉は痛いほどの現実味と質感をもって、ゾロの胸の奥底へと真っ直ぐに届いた。
「すまないな。そんなに心配されてたとはさ。」
こんな言い方もなんだが、今は自分のことと家族のことに構けるだけでも手一杯な筈だのに。それを思って、わざわざの気遣いへと礼を言うゾロへ、
「勘違いしないでね。私もルフィくんには感謝したいし、彼には幸せになってほしいの。だから、肝心なあなたがしっかりしなさいっていう、これは一種の"梃テコ入れ"よ。」
小粋にウィンク。そうそう甘い人間じゃあないのよねと、可愛げのない片意地を張るところもまた、どこか無邪気に見えるから不思議。そんな彼女に苦笑をし、だが、ふと…ゾロはその表情を仄かに引き締めた。
「…ところで、あの人だけど。」
「ああ。ロビンのこと?」
一見すると仰々しい門はないが、大通りとの境界代わりに立つ背の高いニセアカシアの樹。その天然物のゲイトから出て来たのが当のロビン嬢で、
「…あ。」
目の前ですてんと転びかかった女の子を、素早く、だが自然な動作で差し伸べた腕の中へと受け止めてやり、何も言わないまま、優しく微笑って見せている。主人を持つ"執事"という立場をよくよく心得た、基本的には控え目で大人しい構えの女性だが、
「なんだか油断のならない気配があるなって思ってな。」
ゾロにはどうしても、彼女がただの秘書や執事だとは思えないのだ。存在感があるというのかないというのか。いや、冗談ではなくて。
"独特の消気術。あんなもん、作法に必要な筈がない。"
元"日本一"の座にあった剣道のみならず、各種の格闘技に縁よしみの深い身であればこそ気がついた。いつの間にと気がつかないほど気配薄く行動出来るらしくて、居ると思った位置に居ないというケースはザラで。そうかと思えば…まるで壁に掛けられた肖像画のようにまるきり気配がなかったり。ごくごく普通の事務方の人間だのに、気配を消す術をああまで身につけているのはどこか不自然だと感じたゾロなのである。彼からのそんな言いようへ、
「さすがは武芸者ね。」
こちらに気づくと会釈を見せた当のロビンへとやはり会釈を返しながら、ナミはくすくすと笑うばかり。
「そうね、私も良くは知らないんだけれど、只者ではないのかもね。」
おいおい。良いのか、そんな曖昧な人を執事に据えて。
「ま、悪い人ではないの。あまり警戒はしないであげて。」
自分への用向きだろうと立ち上がり、小さなウィンクを残して屋敷の方へと戻ってゆく。しゃんとした背中は、相変わらずに凛としていて。
"…承知の上ってか?"
良くは判らないが、これは自分のような"部外者"には関係のないことなのかも? そんな彼女とすれ違うように、
「ゾロっ。」
子供達から借りたらしいローラーブレードで、舗装された道をガーッと滑って来たルフィが、そのまま胸元へ勢いよく飛び込んで来た。アイスホッケーのタックルもかくや。
「…っ、おっと!」
鍛え上げられた胸板だったから、こんなに唐突でも余裕で受け止められたゾロだったが、そもそもこんな乱暴な"無茶"を、そうそう人に対して仕掛けるような子ではない。
「何だ? どうしたよ。」
もしかして。この攻撃的な行為は、そのまま彼の不機嫌さを表しているのだろうかと。受け止めたお顔を、懐ろの奥、覗き込めば、
「何かこっち来てから女の人にモテモテだよね。」
唇を尖らせる彼に、んん?と眉を寄せたゾロだった。思い当たりを探って見せて…それからそれから。
「…もしかして、ベルちゃんも数に入れてないか? お前。」
「知らないよーだ。」
「あのなぁ…。」
何なに? それって何のお話?
*
着いて早々、実は小さなハプニングがあった彼らである。
玄関先でまずは"お約束"なこづき合いをやらかしてから通された玄関ホール。高い高い吹き抜けに、ゆったりとしたカーブを描いて降りてくる階段や大きなシャンデリアと、つややかな大理石を用いた床や円柱と来て、まるで高級なホテルを思わせる豪奢なホールだったが、装飾が至って簡素で…花ひとつ生けられていないせいでか、さほど仰々しい空間には見えない。サンジもナミもセンスはいい筈。これは故意に放ったらかして、圧迫感を無くすよう心掛けているものと思われる。そんなさっぱりとしたホールにて、
「いらっしゃい、ルフィ、ゾロ。」
出迎えにと出て来たマダム・ナミとは、まる一年と逢っていない、正真正銘の"ご無沙汰"である。しかも、ひらひらとレースの縁飾りも華やかで可愛らしい、涼しげな生麻の"おくるみ"に軽く包まれた、小さな赤ちゃんを抱えていた彼女でもあって。
「あ、ベルちゃんだっvv」
噂のベイベー(いやホントに赤ちゃんだし/笑)だと気がついて、真っ先にすっ飛んで行ったルフィは、
「うわぁ〜〜〜、凄げぇ可愛いっvvv」
誇らしげに微笑む母上の腕の中、掛け替えのない宝物を覗き込んだ途端に、今にも蕩けそうな声を出している。
「ほら、ゾロも見てみなよ。小っちゃくって可愛いぞっvv」
勿論そのつもりではあったが、そうまで"見物扱い"は失礼ではなかろうかと出遅れたゾロへと、マダム・ナミはやはりにっこりと微笑んで、大切な愛娘を両腕でそぉっと差し出した。
「…え?」
「抱っこしてあげて下さいな。強い人に抱き上げてもらうと、同じように強い子になる"御利益"があるっていうでしょう?」
ナミさん、それはお相撲さん。(笑) とはいえ、
「はあ…。」
差し出された、それも宝物だろう赤ちゃんを無下に拒む訳にも行かない。首が据わったばかりだから、そう、そうやってと、注意されつつ、そぉっと抱いたベルちゃんは、
「…うわ。」
文字通りの"羽根のような"軽さと愛らしさであり、
"こ、これは怖いぞ。"
壊れ易いから取り扱い注意なものの最上級品。単にこの大きさ・重さだというだけなら片手でだって楽勝な筈なものが、思わず知らず大緊張するゾロである。淡雪のような、マシュマロのようなと、そんな言い方をする肌がホントにあるものなんだなぁと、感激さえ招くような、きめの細かなふかふかのお肌に、滲み出して来そうなほどの無垢な光を凝縮させて、蜜に濡らした宝石のようなうるうると大きなアイスブルーの瞳。細工もののように小さくて、だのにしっかりと1つ1つに爪がある、当たり前だがその繊細で丹精な作りが愛らしい小さな手。どれを取ってもじぃ〜っと飽かず眺めていたくなるほどの愛らしさばかりであって、
「ベルちゃ〜ん、良かったねぇ。」
覗き込むルフィがそぉっと頬を突々けば、赤子らしい"きゃう・うー"というはしゃぎ声が沸き立ったりしたものだから、
「わぁ、ベルちゃん、ゾロのこと、好きだって。」
「…おいおい。」
何を言い出すかな、こいつはと、眉を寄せたその傍らから、
「あら、ホントよ?」
ナミまでがクスクスと笑って見せる。
「この子、男の人が抱っこすると泣くことが多いのに。こんなに機嫌が良いなんて初めてじゃないかしら。ねぇ、サンジくん…。」
声をかけられた夫は、だが、
「…………。」
どういう訳だか、呆然自失状態の体を見せていたのだった。(…後で訊いたら、自分でさえお初抱っこではさんざん泣かれたのにと、それが大ショックだったらしい。)
*
サンジさんが"女の子"がらみで珍しくもゾロに敗退した話はともかくも、(笑)
「お前、実は意外と"焼き餅"焼きなんだな。」
「…違うもん。」
見事なまでに膨れた頬に、気づいているやらいないやら。
「とにかく、ナミさんはサンジのだからダメなんだ。美男美女で"お似合い"なんだからな。」
まあ確かに、すらりとした長身痩躯で立ち居振る舞いなどにどこかしらノーブルな雰囲気がある若いご主人と、知的できびきびとしていながらも、どこかコケティッシュな美しき奥方というご夫婦は、傍目から見てたいそうお似合いだし、人の目にも留まりやすかろう。大方、近所の奥様か誰かが言ったそのままなのだろうと思わせる口調なのがなんだか可笑しくて、
「はいはい、判ってるよ。」
くすくすと笑いながら宥めてやるゾロだったが、
「わっ…と。」
不意に海の側から、街路樹たちの梢を鳴らして"ざんっ"と吹き抜けた一陣の強い潮風。塊りのような強さだった大風から、咄嗟に頼もしい腕の中へと庇われつつも、
「………。」
どうも何だか。むむうと尖らせた口許は、なかなか元へと戻らないルフィであったようである。
←BACK/TOP/NEXT→***
*やっとナミさんが登場しましたvv
まったく一体誰のお誕生日企画やら。(笑)
さて、これからどうなりますやら。
はい、まだちょっと続きますvv |