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夕食は広々としたダイニングで…ではなく、居間からそのまま庭先へと続く、ウッドデッキのテラスにて。陽の長い盛夏の夕暮れ時から宵にかけてのひとときを、庭園の瑞々しい緑に梳くしけずられて心地よい感触となった潮風を感じながら、美味しい料理と共に談笑しつつ皆で過ごす。
「あのね、箱根の別荘にも行ってみたぞ。」
例のBDプレゼントですな。(笑) にこにこと言い出したルフィへ、向かい側に座っているサンジが眩しげに眸を細めて微笑い返し、
「そっか。どうだったね。」
「あのねあのね、凄い広くて楽しくてね。大きい湖がよく見えて、サイクリングコースとかも近くにあって。でもとっても静かで、夜になったらお庭から蛍が一杯見えたよ?」
芦ノ湖の近くということは桃源台か、それとも元箱根の方か。サイクリングコースがあるということは、さして山間やまあいではないのだろうが、だのに閑静なところだったとなると、そうそう観光地化してはいない、結構"一等地"なのではなかろうか。
「そいで別荘番のおばさんがね、凄いお料理が上手だったんだ。」
本人には何の意識もないのだろうが。小さい頃に様々な瑣事の全てを報告して来た彼をそのまま彷彿とさせるような、愛らしい甘えっぷりを披露しているルフィであり。屈託のない横顔を眺めている分には、その微笑ましさが何とも言えず心温まるばかりなのだが、ただ…まあ、
「そうだろう。何しろ、面接は俺が直に立ち会ったし、契約してからはお前の好みとか好物とか、全部をレシピや資料にまとめて渡してあるし。」
「あ、それでか。何にも言ってないのに毎日大好きなメニューが出たし、お風呂の入浴剤とかボディシャンプーとかも、好きな匂いのだったもんな。」
話しかけている相手が自分ではなく、少々…どころではない敵愾心が沸々な人物だというのはなかなか面白くはないゾロではあったが、まま、今の内だけなのだからとここは我慢する。…うんうん。大人になったね、お兄ちゃん。(笑)
◇
「ゾロ〜?」
それでどうしたんだ? それならこういう話があるけど知ってるか?とばかり、誘導が上手なサンジとたっぷり話していたから、食べるペースも遅くなる。かつて二人きりだった頃からもこうであり、互いの呼吸が相変わらず自然に噛み合ってのことではあるが、そんなせいで…先に終わった食後もナミやお昼寝明けのベルと一緒に居間にいた筈なゾロの姿がいつの間にやら消えていて。部屋へと先に戻ったのかなと廊下に出ると、
"………あ。"
廊下の向こう、探してた彼がいた。…ミス・ニコ=ロビンと一緒に。窓辺に寄って何かしら話している立ち姿が、
"………。"
何だか…胸に閊つかえたルフィだ。
"えっと…。"
ほのかに浅黒い肌とつややかな漆黒の髪。いかにも女性らしい細い肩や腕と華奢な背中。輪郭・造作のはっきりとした目鼻立ちは、だが、知的で手際のいい彼女のてきぱきとした所作には殊更に映えて、凛然とした美しさがいや増すばかり。
"綺麗だなぁ、ロビンさん。"
身近にはいなかったタイプの女性である。コンビニの若奥さんのサミさんは、気さくで温和なとてもとても優しいお姉さんだし、管理系のきびきび闊達な女性といえばのPC教室のヒナ先生だともう少し線が細いし。ゾロと同い年というまだ若い人である分、どこかしら未完成なところがありもする。だが、ロビン女史は…一度として言葉に詰まったり言い淀んだりしないし、撓やかながらも決して引かない、強い表情を時々見せる。経験や教養という、きっちりと裏打ちのある自負に包まれた、大人の余裕と強かさ。女性だからと怯まない、ピンと張った背条が潔くて美しい。そして、
"………。"
一体何を話しているやら、距離があって内容のみならず声の調子さえ聞こえて来ないが。相手の目線から視線を意識を外さずに、一つ一つきっちりと受け止めているらしいゾロの姿は、これまた相も変わらぬ凛々しさで。天井の高い、窓も大きく通廊の幅も広い、いかにも欧州様式の風格ある建物だというのに、縮尺バランスでは全く負けていない上背と体躯。Tシャツの上に開襟シャツを重ね、ボトムはGパンというラフな格好をしていても、存在感の雄々しさ頼もしさはいつもと変わらず惚れ惚れするほど。遠目に見るから尚のことに、重々しくはない、バランスのいい軽快な屈強さだと知れて、それもまたついつい見惚れる要素であり、
"………。"
その壮健で強靭な体の持ち主が自分の想い人なのだということが誇らしかったが、
「…お似合いよね、あのお二人。」
「そうね。まるで映画にでも出て来そう。」
お掃除の途中だろう、若いメイドさんたちが憧れの気配の混じった嬉しそうな声音で、こそこそと囁き合っているのが背後から聞こえた。片やは、どこか…アラブかイスラムの血が入っているのか、たいそうエキゾチックで、知性あふれる凛とした美しさをまとったゴージャスな美女。それに向かい合っているのが、男として申し分のない逞しさをまとったその上、鋭角的に整った面差しの、強い意志と自負によりたいそう落ち着きはらった、これまた凛々しい偉丈夫と来て。
"…うん。お似合いだよな。"
ゾロを褒めてもらえて嬉しかったけど、同時に何だか…チクンと棘が。
"綺麗だし優しいし。よく気がついて、ステキな人だし。"
瞬きが出来ない。ここから離れたいのに、足が動かない。もう分かったからこれ以上、見てたくないのに。胸が、喉が、鼻の奥が、何だか重くて痛くて辛いのに…。
「…ルフィ?」
横合いからの声が掛かってハッとする。我に返ってそちらを向くと、通りかかったサンジがこちらを見やっていて、微かに怪訝そうな顔でいる。ぼんやりしているルフィを、らしくないことだと感じた彼なのだろう。
「どうしたんだ?」
「えと…。」
何を見て凍りついているルフィであるのか、どうやら本人は言いたくないらしく。だが、ちらっと視線を投げれば全容はすぐにも知れた。
"…やれやれ。"
彼が感じたのだろう仄かに苦い想いの輪郭も、その対面にあるのだろう、客観的な"真実真相"とやらの方もあっさり把握出来たサンジだったが、とりあえずはと、
「ほら。こっち、おいで。」
肩を抱くようにして傍の空き部屋に入る。やや鈍重そうに、だが、さして抵抗はせずに従ったルフィであり、明かりのない室内は彼の表情を翳りの中に音もなく沈めてしまう。力なく落とされた小さな肩を、頼りないほど細く見える背中を、サンジはそっと腕の中に包み込み、
「なかなかモテるお兄さんだよな。」
小さな声で囁いて。
「………。」
そのまま消え入るかのように、ますます意気消沈するルフィに苦笑し、
「悪い悪い。そりゃあ気にするよな、大好きなんだから。」
腕の中、抱き締めた小さな身体。いくら"成長期"にあるとはいえ、背丈も身幅もまだまだ大して大きくなってもいないのに。いつの間にかどんどんと深みのある彼に、一見しただけでは見通せないものまで持ち合わせた彼になっている。大人の一歩手前にありがちな、誰もが味わう一種の"地団駄"。自分でもどうと断じることの出来ない、歯痒い感情。もう"子供"ではない、自己の判断に必要な裏書きも随分と準備されて、もうもう"大人"同然になった筈だのに。積み上げた筈の理屈や理性にされど沿わない感情の揺らぎへ、大きく動揺する自分が面憎い…と、そういう"お年頃"なのだろうなという認識を噛みしめつつ、
「あのな? ルフィ。色んな人から好かれたり認められたりするのは良いことだろう?」
「判ってる。もう良いから…、」
何を言われるのか、そんなこと判ってるよと、だから放っておいてと。先回りをして話を遮ろうとするルフィに、
「まあ、聞け。」
サンジは宥めるように、腕にそっと力を込める。駄々を捏ねられるのも久し振り。内容はちと気に入らないが、まま、それは仕方がないと諦めて、
「ああいう場面にいちいち狼狽うろたえるほど、あいつ本人のこと、そんなに信じてないのか?」
俯いたままの少年の黒髪の載った頭を見下ろして、静かに語りかけるサンジである。
「声をかけられりゃあ誰にでもすぐにも靡なびくような、そんな奴なのか? 違うだろ?」
選りにも選ってライバルの弁護をしてやるとはなと、そうと思うと何とも言えない苦笑が洩れるが、ルフィ自身から不安を取り去ることが主眼なのだから仕方がない。
「俺と違ってなかなか気を回せない奴だが、そんでも好きなんだろ?」
いつだったか。彼の傍らにいることがそんなに苦しいのなら、そんなにも辛いのなら、いっそこちらへ…また自分の傍らに戻ってくるかと、そうと誘いをかけた時。形としてはゾロに遮られたのだけれど、ルフィ本人にだって"そうしたい"というよな心積もりは欠片ほどもなかった筈だ。大好きだから。気が利かなくても、まだちょっと若さゆえに青くても、それでも大好きなゾロだから、とばかり。どんなに不安でも傍らにいたいと、そう思っていた彼であるのがありあり判って胸に苦かったっけ。
「………。」
そんなこんなという葛藤を秘めての言い諭しだと、当然のことながら気づかないルフィは相変わらずの黙んまりを決め込んでいて。サンジは声を出さずに溜息を一つつくと、
「それでも、判ってても嫉妬はしちゃうよな。」
そうと付け足した。
「………。」
返事はないが、否定しないのはそのまま肯定だと取っても良かろう。声を出さぬままに苦笑して、
「別に焼き餅はいけないことじゃないぞ? 限度を超えさえしなきゃあな。」
「…限度?」
そおっと顔を上げるルフィへ、大きく頷いて見せて、
「何でもかんでも、やること為すことを細かく勘ぐられるのは鬱陶しくて嫌なことだ。それは判るよな?」
「うん。」
「好きだったら何をやっても良いって訳じゃあない。あなたが好きだっていう気持ちと、あなたも私が好きなの?どうなの?って疑う気持ちと、どっちが良い?」
「…好きっていう気持ちの方。」
「だろ? だったら簡単だ。困らせたい訳じゃあないんだ、好きで好きで堪らないんだってこと。それを忘れなきゃあ良い。」
まだどこか曖昧な顔をするルフィだが、その丸ぁるいおでこへ同じく額をくっつけてやり、愉快な内緒話でもするかのようにサンジは取って置きの切り札を囁いてやる。
「大丈夫。あいつはお前のことが大好きだ。お前のことをいちいち構う俺に、焼き餅を一杯焼いちまうくらいにな。」
「………あ。」
「なのに、疑うなんてのは、先走って不安になっちまうってのは、それこそ下手な勘ぐりってもんだぞ?」
繊細な作りの端正な顔だのに、その半分を長く伸ばした金の髪で覆い、いつも皮肉っぽい笑みを口元に貼りつけてシニカルを気取っている。そんな彼が、いつだっておしゃれでスタイリッシュで隙のない彼が、自分へはたいそう温かく笑ってくれる。んん?と眉を上げて、心配することなんてないぞと、だから笑ってごらんよと。まるでお道化どけるように笑ってくれる。世界中に二人ぼっちだったあの頃に、いつもいつもそうだったように…。
「…サンジ。」
「なんだ?」
「あのね? あの…あのね?」
ちょこっと俯いて、含羞はにかみながら訥々と。胸の中の想いを少ぅしずつ爪繰るようにして。何かしら言いたいらしいルフィを根気よくじっと待っていてやると、
「あのね、俺、やっぱりゾロのこと好きだ。」
一生懸命に言葉を連ねる彼だから。それがたとえ胸に痛くても、笑顔は崩さず、それで?と促すと、
「こっち見てくれないのは…他の誰かとか見てるのはイヤだけど、嫌われるのはもっとイヤだ。好きっていう良い気持ちの方が大事だから、だから、焼き餅焼くの、出来るだけやめる。」
最後には顔を上げ、元通りの笑顔を見せてくれた愛しい子。その健気さへと一際やさしく微笑ってやって、
「上出来だ。今度は今のをそのまま奴に言ってやれ。」
途端にルフィの表情はさっと強ばる。
「え? でも、俺…。」
もしかしなくともゾロにはまだ気づかれてはいないのだろうに。なのにどうして、わざわざ告げなきゃいけないのだろうかと、ルフィは少々混乱して見せる。だが、
「良いから。俺にだけ言っても仕方ないだろが。今のは練習。本人へ言うのが本番。ちゃんと頑張って来い。出来たかどうか、俺にはちゃんと判るんだからな。」
「あやや…。」
どうして判るのかと聞き返すよりも、本番へ向けての緊張の方が大きかったらしい。薄いシャツ越し、いつも…そして今もそれは頼りになったいい匂いのする胸元へ、何かしらのおまじないででもあるかのように、こしこしとおでこを擦りつけてから。やおら身を起こすと、
「うん。言ってみる。」
決意の程もしっかりと。健気な、一途な眸は揺るがない。そんな彼への景気づけにと、おでこの真ん中、小さくキスを落としてやって、
「行ってこい」
と送り出す。小さな背中が、肩越しの笑顔が、飲み込まれるようにパタンと閉じた無気質なドア。
「………。」
そこへ名残りの残像を見守っているのか、しばし黙って立ち尽くしていたサンジだったが、
「もう出て来て良いですよ。」
振り返りもせずの声を静かに放った。すると、
「………。」
返事はないまま、だが、あらあらと肩をすくめて部屋の奥まった辺り、衝立ついたての陰からこっそりと出て来たのは、彼の奥方、マダム・ナミである。
「別に最初から"立ち聞き"しようと思ってた訳じゃあないのよ?」
「ええ。探しものをなさってた。見つかったようですね、香木細工の扇子。」
丁寧に使い込まれて飴色に艶の出た、白檀だろうか、ほのかにオリエンタルな香りのする扇子を手にしている彼女であり、その成り行きに嘘はなかろう。だが、
「…ごめんなさい。」
「何がです?」
にんまりと笑っているサンジであり、それへと"わざわざ言わせるのね"と、こちらはちょこっと唇を歪めるナミさんで。何でも判り合えてる奥の深い夫婦ならではの"わざわざ"であるらしい。
「此処ぞとばかりに悪口言って、いつでも帰っておいでなんて言うんじゃないかって、冷や冷やしたの。」
だとしたなら、またぞろ複雑な気分になるところだったと、まあこれは、わざわざ言えない胸中での独り言。そんな彼女だと知ってか知らずか、
「言えるものなら言いたかったですよ。でもね、ルフィを相手にそこまで男の質を落としたかないです。」
なるほど、そこへは理性が働いた彼であるらしいと納得し、
「………どうして告白して来い、なんて焚きつけたの?」
ルフィも“ええっ?!”と仰天していたこと。別にわざわざ“嫉妬していた”とゾロに報告する必要はなかろうに。だが、
「あの子の側にだけ、辛い葛藤してたって想いを抱えさせるのは不公平ですからね。その原因になって奴にも後学のため、重々自覚してもらわなきゃ。」
飄々とした様子で答えたサンジであり、これはやっぱり………。
“結局、ルフィくん優先なのね。”
肩をすくめてくすんと苦笑。そんなナミへ、金髪の美丈夫はこうも付け足した。
「ああ、そうそう。例えベルが気に入ってても、ルフィを泣かすことになるならやっぱり反対しますからね。」
「………サンジくん。省略し過ぎ。」
も、もしかして勝手な憶測かも知れませんが、今のって。ベルちゃんがすんなり懐いた某男性と彼女との交際とかを指して、反対しますからねと言ってらっさるお父さんなのでしょうか? 愛するベルちゃんを奪られるのみならず、ルフィくんを泣かす結果まで招くからと。
"ベルを奪られることへの警戒か、ルフィくんへの心配か。果たして一体、どっちが本命でどっちが伏線なんでしょうね。"
どっちも"主"じゃないんですかね。(笑)
◇
「どこ行ってた? 庭先とかリビングとか食堂とか、一通り探しちまったぞ?」
部屋に戻ると、先に戻っていたゾロがそんな声をかけて来た。
「うん、ちょっとね。」
まだちょっと、声が強ばっているような気もしたが、落ち着いて入る。中へと足を進め、奥のリビングのソファーに座っていたゾロの姿を見て、
「あの。あのね? さっき、ロビンさんと何か話してたでしょ?」
「ああ。こないだ俺が此処から会社に出したメールが戻って来たらしくてな。それでアドレスを確認して欲しいって言われたんだ。」
サンジの事務所経由で届くようにという配慮が成されてあるシステムの中で、何かしらの不具合に引っ掛かったらしくて。それで確認を取っていたその会話であったらしくて、
「なんだ。近くにいたのか。」
「…うん。」
やっぱりどこか、ちょっぴり打ち沈んでいるルフィで。これがサンジであったなら、すぐさま"ピン"とも来たろうに、
「どうしたよ。」
俯き加減で立ったまま、刳り貫きになった戸口のところからなかなか入って来ないルフィにキョトンとし、ソファーから立ち上がると機敏な動作ですぐ傍らまで足を運んで来てくれて。
「んん?」
ついさっきまで…食事の席ではそれは明るかった彼だのに。その彼がそのまま今の彼に直結しているゾロとしては、中間式を知らないがため、この変わりように思い当たる節がなくって。
「どした。んん?」
すぐ間際まで来てくれた、ぶつかり甲斐の大いにある胸板に、
「…ルフィ?」
首を折るよに俯いて、ぽそんと頭の天辺てっぺんをぶっつける。
「お〜い。」
何にも言わないルフィに、ますます事情が判らないらしい、相変わらずの朴念仁。
"他のことなら、聡いくせに…。"
あれはいつだったか。PC教室のヒナ先生が実は因縁のあった知己だったと全く気づかなかったゾロへと呆れたルフィに、だが、
『俺が意識し出して、ほだされでもして。
やっぱり女の人の方が良いからって彼女の方へ気持ちが傾くんじゃないかとか。
そういう余計なこと、考えてないか? お前。』
そんなルフィの不安定な胸中を読んでみせた彼なのに。どうして今回はまた…こうまで判りやすくしょげている彼を前にしているにも関わらず、全く何も気がつかない彼なのか。ちょこっと焦れったく思っているルフィと同様、やはり不審な方が少なくはないだろうから、敢えてご説明するならば。今のゾロにとって、あの女執事はただただ怪しい人物なのであって、警戒こそすれ"そういう対象"にはなり得ぬ人物。よって、その想像力や洞察力にも"限界"が発生。常にルフィを見守るようにと、頑張っている彗眼も、かつてのような推量にまで達しなかったまでのこと。そして、彼女を警戒するあまりに構えられた…何ひとつ洩らすまい逸らすまいとする関心の深さ、その隙のない真摯さは、ルフィから見れば彼女の魅力に対しての関心の深さや真摯さに見えもした訳なのだが。
「…ルフィ?」
女性執事という家庭内秘書業を完璧にこなすロビン嬢の、完成された大人の女性としての自負や美しさには、到底太刀打ち出来ないから。そんなこんなへますます口惜しくなったルフィだったのだが、今は…何とか平気。
「………ごめん。」
先に謝られて、
「???」
ますます合点が行かないと首を傾げるゾロへ、
「やっぱり俺、ゾロが言ったように"焼き餅"焼きだよな。」
いやに端的。これではまだ、鈍いこのお方には通じないのでは? そうと思った筆者の心配は、どうやら杞憂だったらしくって。
「………。」
大きな手のひらが、肩や背中をいつもみたいにそっと撫でてくれる。
「…えと。」
無理から顔を上げさせはしない彼に、却って…どんな顔をしているのだろうかと気になって。くっつけていた頭をずりずりとずらし、そぉっと額髪の隙間から大好きなお顔を見上げると、
「んん?」
見つめ返してくれた顔。いつもと変わらない、やさしい笑い方な彼なのでホッとする。しかもそんなルフィの耳へと届いたのが、
「少しくらいなら、妬かれるのも悪くはないかな。」
好きな相手にだからこそ、抱く感情。あまりにひどいとげんなりもするのだろうが、この程度のものならむしろ歓迎だと言いたげに笑うゾロへ、
「…少しじゃないもん。」
ゆるゆるとかぶりを振りながら頑張って腕を回して背中へとしがみつき、そのままぎゅうっと抱きついた。
「奪とったらヤダって、泣きたくなっちゃったもん。」
もう既に湿った声になっている少年へ、
「…ば〜か。」
ゾロがそっと、やわらかく低めた声で囁きかける。ま・確かに彼にしてみれば、何か怪しいぞという警戒を関心だと勘違いされていた訳だから、これはまさに"濡れ衣"もいいところ。そんな誤解へ慣れない身であたふたするより前に、ルフィが良い方向へと自己完結してくれてたのが不幸中の幸い。それへと大いに助力してくれたのがあのサンジさんだとは…知らぬが仏というところか。(笑)
「…んんぅ。」
手の温もりへか、うっとりと嬉しそうな小さな少年の、水気の多い髪を肩をそっとそっと撫でてやりながら。そして、
「面倒な間柄だよな、実際。」
腕の中、じっとしている小さな小さな温もりへ、ぎりぎり掠れそうな、だが、やさしい響きの籠もった声でそんなことを語り始めるゾロである。
「俺は鈍いから、今のところはそういう心配したことないけど。そのうち…お前が可愛い女の子と一緒にいるの見るだけで、ムッとするようになるのかも知れん。」
「………。」
じっとしていたルフィが、こっそり顔を上げてみる。そんなことを言ってる割に、けれどもゾロの表情は相変わらず落ち着いていて、
"…嘘ばっかり。"
言葉の額面通りに真に受けることは出来ないよなと、そう思いつつも…。
"………。"
何だかちょっぴり胸の奥がくすぐったい。この、大きな図体の、いつだって余裕綽々な男が"嫉妬"だって? 信じられないながら、その対象が…それほどまで焦がれてしまうと言い切る相手が他でもない自分だと言われたのが、頬がぽっぽとするほどに嬉しい。
「そうそう、そのうちどころか今だって。お前が奴と仲良くしてんのは面白くなかったりするからな。」
ゾロが口にした"奴"。これまではピンとこなかったものが、
「…サンジのこと?」
今回ばかりはすぐに察しがいった。そんなルフィにくすくすと笑って見せ、
「ああ。女にも男にも警戒しなきゃならん。そういうリスクってか難儀ってのかを抱えてる…その………恋愛だってのは、覚悟しておかなきゃならんのだろな。」
ただ"恋愛"の一言に物凄く照れてから、だが、それはにんまり笑って見せるから。大人なゾロのこと、本気で"ヤな奴"と嫌っている訳ではないのだろうと、冗談半分に言ってみせたのだろうと判ってはいるのだが、
"………。"
何だか…さっきよりもっと胸がぽやぽやと暖かくなる。
『少しくらいなら、妬かれるのも悪くはないかな。』
"そっか。こういう気持ちになるんだ。"
焼き餅、嫉妬。好きな相手だからこそ感じる激情。その正体は"愛情"でも、行き着く先は警戒心と猜疑。たくさん好きならたくさん不安。でもでも、猜疑は良くないとサンジが言ってた。それは微妙に"好き"という気持ちではないから。
"………うん。"
しがみついてた手に力が入って、機嫌が良くなったお顔で大好きな恋人の眸を振り仰ぐ。
「やっぱり大好きだ、ゾロのこと。」
ぎゅうぎゅうしがみついて、くすくすと笑って。打って変わってご機嫌さんになってしまったルフィに、こちらも蕩けそうな微笑が止まらないらしいゾロであったが…。
「…で? 誰と仲良くしてたのへ怒ってたんだ? お前。」
「うっと…。/////」
………もしかして、あんたも天然か? ゾロさん。(笑)
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*可愛い焼き餅と、お母様との触れ合いと。
ああ、いかにも“里帰り”のお話らしい展開でございます。おいおい(笑)
さて、これからどうなりますやら。
はい、もうちょっと続きますvv |