月夜見
  
 
夏至白夜 @ “蒼夏の螺旋”より

        *このお話は当サイト唯一のパラレルシリーズ『蒼夏の螺旋』の後日談です。
            設定の説明を多きにズボラしておりますので、
            今回お初にお読みとなられる方は
            ご面倒ではございましょうが、そちらから先にお読みください。
    


          



 起きてなきゃいけない、眠ってはいけないという意識が、仄かにでもあればあるほどに、睡魔は人懐っこくなる。やさしい微笑みと魅惑の囁きでもって"おいでおいで"をして、眠れ眠れと誘いをかける。
「………フィ。ルフィ?」
 伸びやかな声が呼んでいる。低められた、囁くような声。喉から静かに放たれた声に、唇がやさしいビブラートをかけていて。最初は離れたところからの声だったものが、優しい気配と共に近づいて。覚えのあるいい匂いや温かさにそっと包まれて、少ぉし掠れた甘い囁きが耳元で呼びかけを繰り返す。
「ルフィ? …どした? 眠いのか? お部屋まで運ぼうか?」
「うにゃい…。」
 ついさっきまではしゃいでいた反動だろうか、何だかとても気怠い。濡れてたシャツもすっかり乾いて、だのに、髪や肌にまとわりついた水の匂いはさっきより濃くなったような気がする。
「ルフィ?」
 やさしい声に誘われて、重い瞼を何とか持ち上げると、
「んん? こんなとこで寝ていると、風邪をひくぞ?」
 覗き込んで来るのは。やさしいアイスブルーの眸と、あまり陽に灼けていない白い頬にかぶさった、長めのハニーブロンドの髪。
「…サンジ。」
 午後の温
ぬるい熱気を帯びた空気は、夢の中だか現実なのだか、自分が意識を置いている場の臨場感さえ滲ませて。
「おはよう。」
「…んん、朝なのか?」
 朝のご挨拶をされたからといって、そんな言葉を返す少年なのが何とも愛らしかったのだろう。眩しいものでも見るかのように眸を細め、手摺りへと置いた手につい力が入って、デッキチェアをギシッと鳴らす。勢いのある緑の芝生を張った中庭。目映い陽光に白く晒された石を敷いたアプローチ・ロードが、プールサイドとなって人造の泉を取り囲む。いかにも真夏の高級リゾートという静やかな風景の中、陽溜まりを丸ぁく切り抜いたパラソルの下で、泳ぎ疲れてうとうとしていたルフィに気づいたサンジが声を掛けて来たという構図である。
「泳げるようになったんだな。」
 溺れてそのまま彼岸へ攫われかけた経緯があったから、ずっと水を怖がっていた彼しか知らない。それが今日は昼下がりからずっと、ソラマメのような形をしたこのプールの水色の中、お元気に飛沫を上げてははしゃいでいたものだから"おや"と意外に思ったサンジだったのだ。そうと問われて、
「うんっ。」
 にへらと笑いながら大威張りで応じた少年の声に重なって、
「去年からこっち、たくさん練習したもんな。」
 深みのある声がしたものだから、
「…おや。」
 新たな登場人物へ、金髪の青年が仄かに苦笑をして見せた。片や、どこか憮然としたような表情を隠しもしない"彼"だったが、
「ゾロ、お帰り。」
 目許がとろんと覚束無いルフィからの、的を外した"ご挨拶"に、
「あのな。」
 部屋までバスタオルを取りに戻っていたらしい、背の高い青年がこれまた小さく苦笑する。水泳という全身運動でくったりと疲れ、そのまま意識の半分が寝ているせいで良い気分になっているのは先刻承知。しようのない奴だと、微笑ましいばかりであるらしい。それはそれとして、
「ったく、油断も隙もないんだからな。」
 金髪の青年へと放たれたこちらは、わざとらしい挑発めいた言いようだったものだから、
「それは聞き捨てならないな。」
 受けて立つぜと、相手もまた大いに乗ったが、

  「ん〜、ケンカするなら他所へ行ってくれよな。俺、このまま昼寝すんだから。」

  「うっ☆」×2

 泳ぎ疲れたらしいルフィからの一言が、見事に"水を差した"格好になった模様。うぬぬ、これは一本取られましたな。
(笑)

 "………笑うとこじゃねぇっての。"
 "まったくだ。"

 おいおい。筆者へは仲良く二人がかりかい、あんたら。
(笑)



            ◇






 切っ掛けはまたしてもメールだった。

  『契約規約に基づいて、
   貴社の経営システムの自動チェック機構を定期診断させていただきます。
   そのために必要な資料のうち、
   回線上に乗せての情報のやり取りに不安な機密情報、
   及び、契約証書コピー(要、責任者捺印)、
   その他として以下の関係書類を………。』


「こちらが指定する担当者に持たせ、直接の手渡しをお願い致します。当地までのご案内はのちほど…と来たもんだ。」
 かなりの中枢部におわします、顔も見たことのない役員たちによるチェックを受けた厳重な封印書類と共に、直接の内示を受けた栄えある"ご指名社員"のロロノア=ゾロ青年は、
「………聞いてんのか、ルフィ。」
 居間の隣りの予備室の収納棚をかき回している同居人へ声をかけている。
「ああ、ごめん。だってサ、いつもの一泊旅行とは違うんだし。ボストンバッグ、やっぱり新しいの買った方がいいかな?」
 この流れで"…はは〜ん"とピンと来た方は慣れてますね、ウチの構成に。いやさ、このシリーズに。
(笑) 結構大きな商社であるところの勤め先にて、突然、所轄違いの総務部や管理部の担当責任者たち、そして専務、社長などなどといった重役様たちのおわす、特別会議室に呼び出された、営業部企画二課所属のロロノア君(勤務歴1年3ヶ月)は、その飛び抜けた手腕と実績が世界的にも有名な、某"経営コンサルタント氏"直々のメールによる御指名を受けたことを告げられて、特別任務として、その指示の下に関係書類を届ける出張に出ることを命じられた。その場では言葉少なに恭しく拝命を受けたものの、
「…こういうことをホントにやっちまえるところが恐ろしいよな。」
 ゾロとしては"呆れ返って物も言えなかった"というのが正解。何しろ、下されたご指名には、
『同居中の少年を一人残して出掛けるのは心配だろうから、同行させても良いですよ』
 ご丁寧にもこうまでの添え書きがあったそうで。…はっきり言って究極の"公私混同"だろうと思う人、手を挙げて。
(は〜いvv)


            ◇


 とゆ訳で、東京を、いやさ、日本を遠く離れたとある国の、ちょこっと片田舎に位置する邸宅へと招かれた二人は、少しばかり早めの夏休みを堪能中なのである。
「これから買い物に出るんだが、何か買っておきたいもの、あるかい?」
 その頼もしい腕の中、ルフィの小さな温もりを軽々と抱えて立ち去ろうとするゾロの大きな背中へ、世界一の公私混同お兄さんが声をかける。
「ねぇよ。」
 振り返りもせずにゾロがそうと返したのは、喧嘩腰の延長ではなく、超一流ホテル並みに何でも取り揃えられている屋敷だったからだが、
「あ、俺、欲しいもんあるぞ。」
 少しは目が覚めて来たのか、ルフィがそんな風に言い出した。頬をくっつけていた胸板に向き直り、がっちりした肩先へとよじよじ登るように乗り上がって、サンジの方へと声を掛けている。
「あのな、今週号の少年○ャンプが読みたい。」

  「……………。」

 此処は日本から約半日ほど時差がある土地だ。加えて言うと、まだ土曜日である。
おいおい
"え? 俺、いつも土曜に読んでるぞ?"
 …サミさんのコンビニでは、早売りジャ○プが読めるらしい。
(笑) それはともかく。幾らなんでも、実は来週の頭に発売される週刊誌を入手するのは………。
"それは無理だろう…。"
 まだ寝ぼけてるらしいなと、自分から"子供抱き"態勢になっている少年の背中を支えてやりつつ苦笑したゾロだったが、
「よーし判った。」
 はい?
「在日米軍に連絡入れて、戦闘機で空輸、並びにピンポイント投下してもらうから、そうだな、夕方までには手に入るぞ。」
「おいおいおいおい。」
 ちょっと待たんかと、思わず振り返ったゾロがサンジへと声を掛けている。そうだよね。大丈夫か? この国とアメリカ、軍事協定を結んでいるのか? 領空侵犯とかでレーダーに引っ掛からないか? いくら何でも新鋭のステルス戦闘機を使うほどじゃあないだろうしさ。
"…あんたも何言ってるっ。"
 はい?
"それより先に、そういうことに戦闘機を使うか、普通っ!"
 あ、………………………そっか。
こらこら でも、これってある意味で"平和利用"なんだから、良いじゃん、別に。
"平和利用…。"
 意味合いとか物の順番とかが微妙に違うような気がするがと、一応は"一般市民"な感覚のゾロが眉間のしわを増やしている傍らで、
「それじゃあさ、銀たこのタコ焼きも食べたい。」
「タコ焼きなら俺が焼いてやるぜ?」
「え〜、サンジ、タコ焼き作れるの?」
「おうともさ。」
 そういや本誌でも焼いてはりましたな。
"…………。"
 もう、どうにでもしておくれと、ゾロの大きな肩ががっくりと落ちたのは言うまでもないことであった。頑張れっ、婿殿っ! まだこんなのは序の口じゃあないかっ!(こらこら、励ましてないって。/笑)




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