緑の海、青い陸おか 〜はじまりのこと A


        





  『この子たちを二人で育てよう。四人で家族になるんだ。』



 今にして思えば、最初の一言は余計だったかもしれない。
『"結婚"してくれないか?』
『………はあ?』
 どう持ちかけたら良いのやらと、これでも随分と考えた。その揚げ句、無難な方がよかれと思ったが、良く良く考えたら…一番"無難"からは遠かったようだ。いつまでも変わらぬ、どこかあどけないままな童顔の、その大きな眸をキョトンと見開いて、
『俺、男だぞ? ゾロ。』
『…判っとるわ。』
 よくあるコントにされかけて出端を挫かれたが、剣豪はめげずに言葉を続けた。朴訥で寡黙な男は、日頃ついつい照れに圧
されて口が重い分、一旦"こうするのだ"と決めたことへは結構粘り強い。
『この子たちを二人で育てよう。四人で家族になるんだ。』
 上ったばかりの月が見下ろす宵の甲板には、自分たちの他に…急ごしらえにしては見事な、ウソップ特製の揺り籠へとそれぞれ寝かしつけられた赤ん坊が二人。剣豪に似た男の子と船長に似た女の子が授かってしまったのは、ちょっとした、だが、途轍もない"奇跡"のおかげさまで。まさかに放り出す訳にも行かないからと、周囲からの猛反対を押し切って、この破天荒船長が育ててゆくことを決めたばかり。恐らくルフィなら、何だかんだありつつも、彼なりの逞しさや楽観的な要領の良さ、そして何より天真爛漫な気性と粘り強い生気を発揮して、強かな子らに立派に育て上げてしまえるのかもしれないと、そう思わないでもなかったが。


  『…な? 二人で笑ったり困ったりしながら、一緒に暮らそうや。』


 そうと告げたその途端、
『………。』
 呆気に取られていたルフィが…吹き出すかと思った。笑い飛ばされるだろうと、その覚悟しかしてはいなかったから。ところが…、


  『…っく…。』


 肩を震わせ、大きくしゃくり上げて。見る見る顔をくしゃくしゃにして、たちまち手放しでおーいおーいとばかり、大泣きし始めたのには、それこそ大いに面食らったゾロだった。
『ル、ルフィ?』
『オレ…、オレ、どうしようかって、おも、思ってたから。こんな小さな子供なんて、赤ん坊なんて、抱いたのも初めてなのに、一人で二人も、どうしようって…。』
 ずっとにこにこ、自信満々に、いつものように笑っていたのに。実のところは…こんなにも不安で一杯でいた彼であったらしい。
『自分の、こ、ことだってちゃんと…ちゃんと出来ないのに。ゾロだって、こんなこと、なったから、オレんコト、鬱陶しいってなるかもしれないって…。うぐ…。』
 涙に溺れては撓
たわむ声が、時折ぐずぐずと詰まってはせぐりあげて。小さな子供が、何かにびっくりした弾みで泣き出したような、そんな勢いのある泣き方のまま、立ち尽くしているものだから、
『…馬鹿。』
 つい…照れ隠しに乱暴な言いようになりながら、長い腕を伸ばすと、ぐいっと肩を掴んで引き寄せる。こんなことくらいでこれまでの仲をチャラにしちまうような薄情者だと思ってたのかとか、ちょっとムッとした部分もなくはなかったが。それだけ彼が不安だったのだということに違いはなくって。
『こういう時は、しがみついて泣いて良いんだよ。』
 そうとだけ言うと、
『う、うう"。』
 うんと言ったつもりなのだろう。何度も何度も頷いてから、腕を上げてシャツにしがみついて来て、わあわあと声を上げたままで泣き続けた彼だった。


  ―――この腕の中にいたこれまでの、
     どんな時よりずっとずっと、小さな小さな彼だった。



 母親である彼の声に釣られてか、赤ん坊たちまでが威勢良く泣き出してしまったが、その途端。どこで聞き耳を立てていたやら、それは素早く飛び出して来た"仲間たち"が、実に手際良く抱えて、あやしながらキャビンへと立ち去ってくれて。
『…一体どこから聞いてやがったんだろうか』
と、その辺りが少々気にならんでもなかったが。


            ◇


 ………で。


 他の面子たちの身の振り方が決まってからでないと船から降りる訳にはいかないと、船長であるルフィが言い張ったため、それぞれに個性のあるクルーたちから先に、これからの居場所というのへ乗りつけて、順番に船から降りていくこととなって。


 最初は海賊団自慢の料理人であったサンジで、長年の夢だった"オールブルー"の近場にそれは大きなレストランを建てた。看板に掲げられた名前は『バラティエU』。彼が世話になった"赫足のゼフ"がイーストブルーにて営んでいる海上レストランの"2代目"という意味だ。そのレストランが完成するまで、それと平行してサンジはゾロとウソップへ簡単な食事メニューや離乳食の作り方を伝授し、そして、彼からのプロポーズを受けた航海士ナミは、やはりゾロに…操船法の方はこれまでの航海で既に十分身についていたから、海図の見方を叩き込んだ。二人とも揃って愉快そうに笑いながら、


  『ルフィに何かを教え込むには時間が足りなさすぎるからね。』


 次は、狙撃手と船医。本当はチョッパーには一緒に来てもらうつもりでいたルフィたちだった。医者だから、ではなくて、自分たちほどに理解を寄せている者の傍にいないと生きていくのが辛くはないかと思えたから。だが、彼もまた一端
いっぱしの"海賊"なのだ。そのような杞憂は要らないくらい、心も雄々しく成長していた。グランドラインから出て、ウソップの故郷へと辿り着き、彼の帰りを待っていたカヤという少女が独学ながら医術を修めていることを知った彼らは、あっと言う間に話をまとめてしまったのだ。選りにも選って最後に残るのが…極めつけの方向音痴と世界一の迷子癖がある二人だという凄まじいまでの不安材料へは、目的地までの臨時の船員とガイドを雇うことにして、


  『見てろよ。お前らんトコにまで噂の轟く、伝説の一大病院になるぞ、ここは。』


 永遠の別れという訳ではない。いつか、そう…子供たちが長旅に同行出来るまでに育ったら遊びに来るもよし、こっちから気晴らしの長旅の途中にでもそちらへ寄ってもよし。お互い同じ空の下、精一杯頑張れば気持ちはいつまでも繋がったままなんだぜ…と、夢見がちな狙撃手は、恐らく初めてだろう、現実に限りなく即した"夢多き話"を別れ際に贈ってくれたのだった。………そうそうは再会出来ないと、簡単にはもう海に戻って来られない彼らだと判っていながら、気づいていない素振りを通したウソップであり、そう、それは彼が最後についてくれたやさしい嘘。



 そんな仲間たちと、そして、呪われていながらも大好きだった海とにしばしの別れを告げて、若き『海賊王』は伴侶にやさしく誘
いざなわれ、陸おかへと上がっていったのだった。



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