夫婦の会話
Tea time


        



  …まだお子たちが小さかった頃のお話です。


 どこで鳴いているのか、恐らくは裏にある竹林からだろう、まだまだ幼いウグイスの声がする。もう少し伸びやかな声になって来れば大人だと、閨
ねやの中、夢うつつな耳元でそんな風に教えてくれた旦那様は、もうとっくに朝の素振りとトレーニングにと道場の方へ出向いていて。
"うう…。"
 船に乗っていた頃は、朝餉
あさげの支度があるシェフ殿の次くらいの早起きで、どんなに夜更かしをしようとも"ぱちぃっ"とすっきり目が覚めてもいたのに。まだ夏に比べるとゆっくりな日の出が、それでももう、濡れ縁の側の障子を白々と明るませているのだが。山野辺の早春の朝の空気はまだ少ぅし肌寒くて、一人で布団から出るには少々億劫な時節だ。寒さ避けにと立て回された枕屏風。そこに貼られた扇面の昔美人をぼんやり眺めていたものの、
"…もうちょっと寝てよ。"
 奥方はがばちょとばかり布団をかぶり直してしまったから…。幸せになると、人は緊張感を忘れてしまい、ついつい怠惰になるものなのね。
おいおい



「あのな。今日、本家の師範代のサガミさんが来てたろ?」
「ああ。」
 本家というのは、ここの道場主であるロロノア=ゾロ殿が少年期に師事していた師範が営む、隣村の剣術道場のこと。特に支部だという看板は出してはいないが、それでも自然と、何やかやの折には手を貸したり貸してもらったりしている間柄なのだ。奥様であるルフィにはまだ、和服を着せたり畳んだりが出来ないので、ご自分で道着から普段着である藍鉄色の紬へとお着替えして来た旦那様が、
「今度、大町の方から親善試合とやらでなかなか強そうな連中が腕試しに来るんだそうだ。そうそう何事かが持ち上がるとも思えないが、何かあってから構えるのでは剣呑だから、一応の審判役に顔を出してほしいって頼まれた。」
 居室の定位置、大卓の床の間側へと腰を下ろしながらそうと説明する。ルフィも大好きな、とっても温厚な大師範は、物静かで暢気そうに見えてもあれでなかなか出来た人物だから、実際の話、何かあったとしても全く心配は要らないのだが、そこはやはり大切な人の御身のこと。いざという時のための安全装置というか、あからさまに言えば"用心棒"とでも言おうか。そういう存在として睨みを利かせてほしいのだという、恐らくは師範代の独断による要請なのだろう。そういう機微を含んだ夫の言いようへ、だが…どこまで分かっているのやら。それこそ一応"ふ〜ん"と頷きながら、
「奥さんもご一緒してたろ?」
 この頃何とか様になって来た口利きで、幼い妻はそうと続けた。
「? そうだったのか?」
「らしいぞ。オレはあいにく薪を割ってたからご挨拶も出来なかったんだけどな。」
 働き者な奥様は、男衆がやるような力仕事にも骨惜しみはしない。だって男の子なんだもん…じゃなくって。
(笑) その手の力仕事、門弟の皆さんは"私たちがやりますから"と言って止めるのだが、暇と力を持て余してロクでもない騒ぎを起こされるよりかはマシだろうとのあはは旦那様からの進言の下、お手伝いさんのツタさんが奥様へとお任せしたお仕事でもある。
「なんか、町の方へお買い物に行かれるんでご一緒してたそうなんだけどな。そいでさ、そりゃあかわいい女の子を連れてらしたんだよな。」
「かわいい女の子?」
 気のせいか、ちょこっと鼻先で笑ったような気配がちらり。日頃、何につけても決して傲慢な態度は見せない師範殿だが、なればこそ…何ゆえの不遜さか奥様にはすぐに判ったらしい。半ば呆れたように、
「はいはい。ウチの姫が世界で一番可愛いんだよな。」
 ああ、そういう意味ね。親バカ師範は…昔の仲間が見たらぶっ飛ぶような、全開のにっこり笑顔で続けた。
「勿論、一番はお前だけどもな。」
「…判ったって。」
 そんなことはないと判ってはいるのだが、それでも…何だか付け足しみたいで、ちょっと詰まらない。そんなせいか少々おざなりな返事でいなしたルフィである。それはともかく。
「やっとよちよち歩けるかどうかってくらいでな。ウチの子らも相手をしたらしいんだが、そんな様子なのが凄っごい可愛かったって、一生懸命話してくれてな。」
 もう夜の二桁の時間帯なので、子らはとっくに寝かしつけられている。ルフィはそこで言葉を区切ると、葉が開くのを待っていた急須を持ち上げて、手前に並べた大小二つの湯呑みへとお茶をそそぎ分け、
「そいでさ…。」
 腕をついと伸ばして、大きくて持ち重りのする方の湯呑みを旦那様の前へと出しながら、ふと、思い出した笑みに言葉が再び途切れる。
「…?」
 怪訝そうな顔になるゾロへ、何とか顔を上げて見せると、
「そいでな、あの娘
がな、自分も妹がほしいって言い出したんだ。」
 ちなみに…息子の方なら単純に"あの子"と言う。こんなずぼらな"言い分け"でちゃんとどっちのことだか聞き分けられるというから、夫婦って偉大だ。こらこら それもまた"ともかく"としておいて。
「妹ねぇ…。」
 成程、奥方がついつい思い出し笑いをしたのも無理はないと、夫も何とも言えない…どこか困ったような笑い方をして見せる。そもそもからして"同性同士"というぶっ飛び奇天烈夫婦で
おいおい、こんなにのんびりした…悪く言えば旧習根強さそうな田舎で、周囲がよくもまあ"普通"に対応してるよなぁと、そちらの方が不思議なくらいだ。こらこら という訳で、それでなくたって尋常でない仕儀によって授かった子らであり、その妹や弟となると…。
「またグランドラインに入って授かりに行くか?」
 まさかな…と小さく微苦笑するゾロに、こちらも"あはは…"と軽く笑ったルフィであり、
「まあ、俺たちが普通の夫婦だったら、今頃1ダースくらいは子供もいるかもしれないけどな。」

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 えっとぉ…。子供が生まれるということへの理屈というか意味というか、判っていて言ってるんだろうか、奥さんたら。大卓に両肘をついて、両の頬を包み込むような頬杖ついて、嬉しそうににまにまと笑っているところを見ると、判って…なきゃ言えないかな、やっぱり。
「あのな、ルフィ。」
 そこはさすがに、おもむろに声をかける旦那様で。そうよね、あんまりこういうことをお気楽に子供たちの前などで口にされても困る…と、厳格な父ならそう思うよねぇ、やっぱり。
「1ダースってことは少なくとも12年だぞ? ちょっと年数的に無理じゃないか? お前、骨盤狭いから、あの子たちみたいな双子がそうそう続くって事もなかろうし。」
「あ、そっか。」
 おいおい、そっちかい!

  …変なオチですみませんでした。


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  〜Fine〜  01.12.24.


  *妙なシリーズがとうとう立ち上がってしまいました。
   いつまで続くことやらですが、
   どうかシャレの通じる方だけ読んで下さいませね?


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