ロロノア家の人々
     
温泉に行こう!U B  “Tea time”より


        



「よく来たねぇ、待ってたよ。」
 大きなイチョウの木がまるで村全体の天蓋みたいになった、小さな小さな村。鄙びた趣きはあまり変わってはいないが、それでも行楽に丁度いい季節なせいか、もしくは湯治に出ようと誘われるような人肌恋しい時期だからか、ささやかな街路の人の行き来は結構多い。そんな湯治場の懐かしい民宿の前では、更に懐かしいお顔が待っててくれて、
「シマさんだっ!」
 馬車が停まるのももどかしく、ひょいっと荷台から飛び降りたルフィをがっしと受け止め、
「あんまり変わってないねぇ。相変わらず子供みたいな奥さんだよ。」
 くつくつと笑いながら、大きな温かい手でぽふぽふと、ルフィの頬を両手で包むようにしてくれる。その後ろでゾロが一人ずつ馬車から抱え降ろした子供たちにとっては、初めて会う他所のおばさん。
「お世話になります。」
 一番の保護者ですときちんとしたご挨拶をするお父さんに、
「あいよ。実家に帰ったって思ってゆっくりして行きな。」
 あははは…と豪快に笑うおばさんへ、
「こんにちは。」
「こんにちはです。」
 お母さんの両脇に抱き着いて、恥ずかしそうにしていたのもちょこっとの間。あまり人見知りはしない二人なので、促されもせずにちゃんとご挨拶だって出来る。ぴょこりと頭を下げたお子たちへ、
「おやおや、いい子たちだねぇ。」
 小さな二人を交互に見やり、
「ホントだねぇ。ツタから聞いてたが、お父さんとお母さんにそっくりだよ。」
 そうと言うシマさんも、持っているムードこそちょこっと男らしいが
(笑)、優しくて頼もしいツタさんによく似ていて、
「ゆっくりして行きなね。」
 あっはっは…と笑って玄関の方を示して見せた。
「今日はもう遅いからね、軽くお風呂にでも入ってゆっくりすると良いよ。お楽しみは明日だからね。」
 秋口の山間の夕暮れは平地の倍くらい早いようで。頭の上では真っ赤な夕陽が染め上げた大きな大きなイチョウが波打つように揺れていて、まるでお家の傍の竹林と同じような、潮騒に似た音をざわざわと立てていた。


           ◇


 さてさて。到着したその晩は、初めての家族旅行だと興奮したのと、ガタゴト揺れる馬車の旅で少し疲れていたせいとでか、お宿の中のヒノキのいい匂いがする大きな内湯に入って、山菜の炊き込みご飯と猪肉のボタン鍋、自家製のお味噌を塗ったお豆腐の田楽、お芋のお焼きでお腹が一杯になった途端に、あっさり沈没。逗留用にと用意された離れのお部屋でくうくうと寝入ってしまったお子たちと奥方だったが、
「さあ、起きなよ、皆っ。今日は忙しいよ?」
 一応は民宿へのお客様なのに、シマさんが容赦なく起こしに来たのが、まだ6時という早朝だった。
「うにゃい…。」
 寝ぼけ眼のお子たちも、冷たい湧き水でお顔を洗う頃には、ここがどこで何をしに来たのかを思い出したらしく、
「早く早くっ。」
 アユの干物に生みたて玉子の出し巻きと浅漬けとお味噌汁という、贅沢な朝ごはんもそこそこ、今度は逆に大人たちを急っつく始末。その現金さに苦笑しつつ、
「そういや、ゾロ。」
「んん?」
 奥方がこっそりと旦那様に耳打ちをする。
「昨夜。遅くまで起きてたろ。」
「ああ。…起こしたか?」
「そういうんじゃないけどさ。」
 何かの拍子、目を覚ました時に寝床に姿がなかったからで。次に…今度は何かの気配で目が覚めると、ちゃんと床へと戻っていた彼だったのだが、
「何かお酒臭かったからさ。」
「あはは…。(汗)」
 どうやら辛口地酒の美味しいところを、シマさんと"呑みくらべ"をしていたらしい。
「どっちが勝ったんだ?」
 勝負ごととなるとついつい意固地
(ムキ)になるご亭主だと知っている。それでと訊いてみると、
「いくら何でも少しは寝ないとってことで引き分けたよ。」
 少々"面目ない"という笑い方をする剣豪だが、
「…ゾロと引き分けた?」
 ルフィにもそれが"どういう意味"かは判って、大きな眸を見開くと呆気に取られた。
「ふやぁ〜、シマさんて凄い。」
 そうだよね〜。大ジョッキ13、4杯のワインを楽勝で飲み干せた人なのに。今でも、若い門弟さんたちとの無礼講の席で、一番最後までけろっとしているウワバミなのに。それに負けず、しかも他にもお客がいるお宿のお仕事も朝からきっちりこなせてるんだから、これは物凄い女傑だろう。
「…ツタさんも強いのかな。」
 大仰に腕を組んで"うぬぬ"と考え込みかかるルフィに、
「どうだろな。兄弟姉妹だからって、何もかも同じとは限らんよ。」
 背中にお嬢ちゃんをまとわりつかせつつ、ゾロが無難なところを持ち出して応じた。
「そうだな。俺とエースもあんまり似てないもんな。」
 ………そういえば。エースってお酒は"いけるクチ"なんだろうか。大食漢なところは同じだったけれど。
(笑)




「さて。軍手ははいたね?」
「は〜い。」
「お子たちはヘルメット。ちゃんとあご紐を結わえてあるね。」
「は〜い。」
 食休みをとってから、やっと子供たちや奥方待望のメインイベントの場へと軽トラックで向かった一行。陽あたりのいい斜面には、秋空に映える緑鮮やかな梢を揺らして、高からず低からず、中くらいの高さの木々が視野の下半分を埋めるほどに並んでいて。斜面のあちこち、芝草の上のところどころには、落ちた実やイガを受け止めるネットも張られてある。
「栗の実は自然に落ちてるのが食べ頃の実だ。だから、足元を注意して探せばいい。枝に実
(な)ってるのは触んないで良いからね。」
「は〜い。」
「あと、走っちゃいけないよ? ここいらは滋養のある土ばっかりだから、柔らかいし滑りやすいんだ。それとネットも張ってあるから、うっかりしてると足が搦め取られちまうよ? ただ転ぶだけじゃあない。落ちてるイガに顔から突っ込んだりでもしたら、大怪我をするからね?」
「は〜い。」
 何だかどこぞのボーイスカウトの合宿の、朝礼のような趣きである。シマさんの指導ぶりは、てきぱきとした分かりやすいもの。素人さんへの"栗拾いツアー"なんてのを企画しても充分やってけるかもしれないね。
おいおい
「いくら軍手をはいてても、イガイガは掴むと危ないからね。手を出しちゃいけないよ? こうやって、棘の両方の端っこを足で押さえて殻を開くと良いんだが、難しいからそこまでやんなくて良いよ。中身が取れないのはイガごと、この火ばさみで拾いな。」
「は〜い。」
 注意事項を説明して、
「じゃあ頑張って拾うんだよ。」
「はいっvv」
 いざ取り掛かるとなると、好奇心とお元気さが上手く噛み合って、それはそれはよく動き回るご一家である。降りそそぐ陽光もぬくとい、緑の下生えのあちらこちら。そんなに背は高くない樹の足元にばらばらと、母御の曰く"緑色のウニ"みたいなイガに包まれた丸々と育った栗たちが落ちていて、
「わあ、お母さん、見て見て。ほら、つるつるだよ?」
「不思議ねぇ、誰かがきゅっきゅって磨いたみたいねぇ。」
 イガの中から摘まみ出した大きな実に、子供たちがさっそくの歓声を上げる。そういえば、生の実物はまだあまり見たことがなかろう彼らだ。3つ4つも持てば小さな両の手のひらには一杯になってしまう大粒の栗の実に、またまた大感動しているらしく。そんな二人が我先にと差し出す手元を覗き込み、
「へぇ〜、かぶとむしみたいなんだ。」
 母御までもがそんな言いようをするから、
"…おいおい。"
 旦那様も苦笑が絶えない。ルフィもまた、食い気ばかりで調理前の姿は知らなかったのだろう。だが、昆虫の方には詳しい辺りは、男の子だねぇ。
(笑)



 午前中は栗拾いに熱中し、山菜のおこわを握ったおむすびと軍鶏の唐揚げに川魚の佃煮。おやつには甘い柿の実まで揃ったお弁当を食べてから、お次は梨園での梨もぎへ。これは余談だが、歌舞伎の世界のことを"梨園
(りえん)"と呼ぶことがある。これはその昔、中国の皇帝(唐の玄宗)が、梨を植えた庭で自ら役者たちへ俳優の技を教えた故事から来ているそうな。…閑話休題。それはさておき
「とっても甘いね♪」
「しゃくしゃくしてて美味しいねvv」
 水気もたっぷり、果蜜も甘い、それはそれは美味しい梨を。それぞれに3つ4つは食べもしたが、それより楽しいからと、そおっとそおっと…山ほど摘んでしまって。
「おやおや、これは凄いねぇ。」
 手際のよさでシマさんを驚かせた彼らである。何しろこちらにはハシゴ要らずの"ゴムゴム"のお母さんがいる。打ち身をつけちゃいけないよ、丁寧にね…というポイントをよくよく注意して、
『ゴムゴムのガトリング〜〜〜っ!
(ちょこっと改訂版)(笑)
とばかり、一気に摘み取りお子たちへリレー。何かのゲームのように"きゃわきゃわ"とはしゃぎつつ、受け止めるために右往左往した子供たちだが、そこはコンビネーションが違う。お元気に駆け回って結局は1つも取り落とさずお見事に収穫し終えて、
「ねえねえ、シマさん。まだないの?」
 いくら何でもこれ以上は摘んでも勿体ないからとストップがかかって。大きめの背負い籠4つ分の梨を前にして、お子たちは…奥方も加わって
(笑)瞳キラキラ"わくわく"と期待一杯のお目々で見つめてくる。確かに"レジャー"としての"栗拾い&ナシ狩り"としてお誘いしたのではあるが、楽しみながらも純粋な収穫作業ばりの働きをあっと言う間にこなしてしまうとんでもないご家族には、さしものシマさんもちょっぴり呆れて唸ってしまう。
「う〜ん。それじゃあねぇ…。」





 それではと追加された"オプション"にて
(笑) お隣りの畑で丸々太ったお芋も掘って、山道ではキノコやアケビ、山葡萄も見つけた。力自慢の両親が、子供たちをそれぞれに肩車してやりつつ、大籠2つずつのてんこ盛りを担いで帰って来て。予想外の品までもそれは沢山をきれいに収穫出来たものだから、シマさんがこれは助かるねぇとびっくりしつつも喜んで見せた。
「食べられるキノコを良く知ってたねぇ。」
「昔の仲間に詳しいのがいたんだ。」
 ルフィがえっへんと胸を張る。
「人が住んでないような島では、食糧は自給自足で見つけて来なくちゃならなかったからな。そいで、絶対に食べられる安全なのを教えてもらったんだ。」
 ことが"食"に関わることなら、さすがに覚えて忘れない彼だということか。
「よーし、それじゃあ今から、飛びっきり美味しいご飯を作るからね。晩ごはんを楽しみにしてな♪」
 むんっと腕まくりも勇ましく、シマさんは何人かのお手伝いさんたちと厨房へ立てこもる。彼女たちの戦いが、今、始まるのねん。
(おいおい/笑)それを見送った両親の服の裾を引き、
「お母さん、もうお仕事ないの?」
「ねえ、もっとお手伝いしたいよう。」
 いつの間にやら、ただの旅行・行楽というより、収穫のお手伝いをしているという感覚になっているらしい子供たちが急っつくのへ、顔を見合わせた母上と父上だったが、
「………っ♪」
 ぴぴんと思いついたのは同じこと。にっこり笑ってお子たちを抱え上げ、母ルフィが元気の良いお声を張り上げた。


   「よしっ、それじゃあお風呂に入ろう。」


   「…お風呂?」×2



            ◇


 ここで例の"かこーん"という、"桶がタイルに当たって鳴ってエコーが響く効果音"が是非とも欲しかったのですが。よくよく考えたら、あれは屋外では響かないものなんでしょうね。という訳で、
「…わあぁ。」
 ルフィが言った"お風呂"というのは、竹矢来の柵に囲まれた、大きな大きなお外のお風呂。天然の大岩が無造作に配置され、赤ちゃんの手みたいな形の葉っぱたちの彩りも鮮やかなら、湯の表へ触れるほどまで差し伸べられた枝振りも絶妙な、楓の古木に縁取られた、野趣あふれる中にもどこか落ち着いた趣きのある露天風呂のことだ。丁度入れ違いに前のお客たちが上がったばかり。他にはお客があまりいない日だったのか、それともまだ夕方前という時間帯だったからか、まるで貸し切りのような案配で。
「だからって泳いだり暴れたりはお行儀が悪いから無しだぞ。」

  「はぁ〜いvv」×3

「………ルフィ、お前は注意をする側だろうが。」
「あ、そっか。」
 一緒に"良いご返事"をしていてどうするね。
(笑) ここでも"ボーイスカウトごっこ"の延長みたいな雰囲気だったが、
「お外でお風呂入るのって、何か変だね。」
「うん。何か変。」
 こういうお風呂が生まれて初めてなお子たち二人には、何だか勝手が違うらしい。一応は囲われているとはいえ、頭の上には青いお空が広がっていて。吹きっさらしのお庭に池があって、その池にはお湯が張ってある…というよな感覚なのだろう。まだ子供で時には川での水遊びもするとはいえ、屋外でこうまで素裸になること自体、さすがに慣れのないこと。脱衣所から出ても、物の順番が判らず、どこかキョロキョロと落ち着きがない彼らに、
「ほら。いつまでもただ裸んぼさんでいると風邪ひいちゃうぞ。」
 こちらも腰にタオル一枚のルフィが、かかり湯用の小さめの湯泉へと手招きし、手桶で汲んだ湯を肩から少しずつ浴びせてやる。湯船の外は母上、湯船の中は父上という担当になっているのが、ここでもつい発揮されていて、
「おウチのお風呂よりちょっと熱いけど、すぐに慣れるから我慢な。お外にいるから、熱っつくないとすぐ湯冷めしちゃうからな。」
 かかり湯が済んだ子供たちを両脇に抱えた母御から、一人ずつをそぉっと湯船の中で受け取る父御である。
「ふみみ…熱いよう。」
「いい子だから我慢だ。」
「そだぞ、みお。」
「お兄ちゃんは熱くないの?」
「平気だっ。」
 二人してお父さんの大きなお胸に抱えられてのお風呂というのも、思えば久し振りのこと。一番最後はもっとずっと小さくて、赤ちゃんに近い頃の話だから、もしかしたら本人たちは覚えていないかも知れない。
「お父さん、これ、痛いたい?」
 何しろまだ明るいから。父御のお胸の大きな傷もくっきりとよく見える。さすがにもう、白っぽい跡と化しているのではあるが、湯に浸かったりして温まると、薄く緋色に色づくからなお目立つ。お嬢ちゃんの小さな手がそっとなぞるのへ、
「もう痛くないさ。」
 小さく笑って応じた父上だ。目につくたびという"いつもの問いかけ"へ、なればこそ。ちゃんといつも通りに答えてやる律義さよ。
「そだぞ。お父さんは強いから、こんなの全然平気なんだ。」
「そだね。強いんだもんね♪ だから一杯あるんだもんね。」
 …おいおい、それは一体どういう意味だね。
(笑) 妙なことを自慢してくれることにこそ、苦笑が絶えない父御だが。そんな3人を追うように、
「んと…。」
 自分もざっとかかり湯を浴び、実はこちらも…最初のお湯の感触である"熱さ"と"深さ"がちと怖いらしいルフィが、そろそろと湯溜まりへ脚を差し入れる。
「………。」
 相変わらずに。昔に比べるとすっかり陽焼けの落ちた白っぽい身体をしている彼であり、湯の中に白く映えて見える肌目が、何となく旦那様の視線を捕らえて離さなくって。
「……………。」
 夜陰の中の閨房や夜具の上で見るのとはまた趣きが違う。明るい中で隈無く見回せる細っこい肢体は、二十代半ばの男だとは到底思えぬ未発達さがともすれば可憐で、あちち…と眉を顰めながら少しずつ浸かる様子が、傍から見る分にはめっきり子供っぽく映るのに、ご主人様には殊の外 色っぽい様相に見えたのだろう。はふうと溜息を一つこぼして、頬や耳朶を真っ赤に熟れさせて、やっと落ち着いた奥方が、
「? どした? ゾロ。」
「あ…ああ、いや。何でもないさ。」
 問われたことで我に返って、慌ててそっぽを向いた途端。頭上からひらりと舞い落ちた紅葉が、彼の鼻先にぺたりと貼りついた。いやあ、風流ですねぇ………。




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   *働き者の力自慢家族です。(笑)
    それにつけても、温泉か、行きたいなぁ。
    アニメは丁度、お風呂のシーンvv
    間に合ってよかったです。
おいおい