ロロノア家の人々
     
温泉に行こう!U A  “Tea time”より


        



 シマさんというのは、彼らの住まう屋敷の家事全般を取り仕切る頼もしき家政婦さん・ツタさんのお姉さんに当たる人で、彼らのいるアケボノの村から も少し山合いの方へ入った小さな湯治場のある村にて、小さな民宿を営んでいる闊達なおばさんのこと。この道場の師範にして実は世界一の剣士"大剣豪"である旦那様のロロノア=ゾロと、その"妻"にして実は"海賊王"という恐るべき称号を持つモンキィ=D=ルフィとが、それぞれによく似たかわいい赤ちゃん二人を連れて、この山野辺の小さな村にやって来て、まだそんなに間がなかった頃。何かと不慣れな陸
おかでの定住生活に何とか馴染んだばかりな年若い夫婦へ、ツタさんから骨休めはいかがですかと薦められたのがその湯治場で、その時にお世話になったのがシマさんだったという訳で。
「詳しくは『
温泉に行こう!』参照ってやつだな。」
「?? 誰に言ってんだ? ルフィ。」
 あははははvv で、そのお手紙が"懐かしい"ものだったのは、最初の年と次の年には二人で訪ねた温泉でありシマさんの民宿でもあったのだが、さすがに子供らが駆け回る年令にもなると、二人きりでの旅行などというもの、のんびり楽しんでもいられなくなったから。人の手も目も沢山あるから、世話をする・面倒を見るという意味合いでは全く問題はなかったのだが、子供たち自身がそれぞれにどこか甘えん坊で。お父さんとお母さんから、片時も…は大仰だが半日だって離れたがらない。坊やは"お母さん"のルフィ贔屓で、寝る前にきゅうっと抱っこしてもらって、甘ぁいお母さんの匂いを確かめてからでないと眠れなくって。お嬢ちゃんの方は"お父さん"にとにかくベタ惚れ。暇さえあれば一緒にいたがり、それが無理でもせめて目の届くところにいて"ぽややん"と見とれているというから、なかなかのおませさんvv 遅くなったからとお友達のお家に泊まるのさえ、寂しくてイヤだと駄々を捏ねては迎えに行かねばならない始末で、

  『そんなまで甘く育てた覚えはないんだが…。』

などと、周囲の人がどうリアクションをすれば良いのやらなコメントを呟いたご亭主だったのはさておいて。
(笑) そんな訳で、旅に連れてくには幼すぎるわ、そんな風に甘えただわな子らを残しての遠出などは到底かなわず、シマさんともお手紙のやり取り程度の"ご無沙汰"が続いていたのである。………ところが。
「この春に、ええ、遠い親戚筋の伯父が亡くなりましてね。身内らしい身内は私と姉の二人だけ。それで形見分けにと譲られたのが、お山が二つほどだったんですが。」
 あの温泉の村のすぐ間近にある、さして大きくもない山の名義を姉妹へと譲ってもらったそうなのだが、
「伯父は果樹園を切り盛りしておりましてね。」
「かじゅえん?」
 耳慣れない言葉へキョトンとして見せたのは、夕ごはん目指してお外から帰って来た長男坊。こちらはまるで父御の容姿をそのまま写したミニチュアのように、淡い緑という珍しい髪の色も、ちょっとばかり利かん気そうな、彫りが深くて鋭い印象の目許口許も師範殿にそっくりな男の子だが、性格はむしろ"母親"の方に似ていて。意外なくらい明るくて屈託のない、たいそう気さくな子供である。そんな彼から元気に差し出された子供用のお茶椀へお代わりをよそいつつ、
「はい。果物のなる木の一杯植わった畑のことですよ。」
 にっこり答えたツタさんへ、
「うわぁ。それって、リンゴとかバナナとかがいーっぱい下がってる木のことだろう?」
 ルフィが子供たちに負けないくらいにワクワクとした声を上げた。そんな母御の発した言葉に、
「えーっ? リンゴもバナナも下がってるの?」
「色んなのが沢山々々、実っているの?」
 子供たちがしっかり勘違いしているのへ"ほら見ろ"と。甘辛の照り煮にされたキジの肉団子を大鉢から取ってやりつつゾロが苦笑して見せる。それへと、
「1本に1種類ずつですよ。」
 くすくす笑いながら訂正をしたツタさんが、
「確か、梨と栗、あと、リンゴと桃、さくらんぼもありましたかね。他にお芋やスイカの畑やハスの沼池もありましたよ?」
 そうと細かい説明をしてくれる。
「凄げぇ〜っ。」
 どうやら本格的に手広く栽培をなさってらした大農家であったらしくて、
「でも、私はこちらで、姉も民宿でのお勤めが忙しいですからね。山や畑のお世話をして下さる人たちとの契約ごと譲っていただいたんで、それならと、引き続きお手入れをお願いしているんですけれど。」
 今夜は囲炉裏端でのお夕食。黒光りしている頼もしい梁
はりや棟木が差し渡された高いめの天井の下、板張りに円座と子供たちにはお座布団を敷いて、手の込んだお総菜や温かい鉄鍋を囲んでの楽しい夕餉である。お椀が空いて来たのを見計らい、かぼちゃと手打ちのおうどんと、秋のお山の幸が一杯煮込まれた"ほうとう"のお代わりを皆によそってくれたツタさんは、
「ただ、それで収穫出来たものを使ってのお商売の方はね。亡くなった伯父が自分で全部切り盛りしておりましたので、遠い市場との複雑な契約を引き継ぐ人もありませんで。穫れたものは自分たちで食べたりお客様にお出ししたり、近場の宿へ卸したりするくらい。そうともなると扱う量だって格段に減りますからね。後は手付かずになるんじゃないのかなって心配していたんですけれどもね。」
 その収穫自体にも人手は要る。だから、冗談抜きに"売るほど"実ったとしても摘まれないものも出ることだろうとのお言葉であったが、
「…そこで、だ。皆さんで栗拾いやら梨もぎやらにいらっしゃいませんかって、そういうお誘いの手紙を下さったんだよ、シマさんは。」
 先程開いたお手紙に書いてあった、それは嬉しいお誘いの内容をゾロが付け足した。
「栗拾い?」
「梨って、甘い甘いのでしょ?」
 たちまち子供たちがお顔を輝かせて、
「わぁ、行くよね、行くよね?」
「お父さん、行こうよ、ね?」
 揃って"おねだり"モードになったのに、
"………?"
 選りに選ってルフィは平然としたもの。ヤマメの串焼きなぞ頬張って、おねだりに混ざらないでいるから、そこは"お母さん"としての貫禄かと思いきや、

  「道場のお休みはいつだっけ。二泊くらいはしたいよね。
   シマさんには電伝虫で前の日にでも連絡しなきゃあね。」

と来たから、
「………☆」
 もう決まったものとして、にっぱり笑うところが、さすがおさすがな奥方でございます。
(笑)


            ◇


 そうして十五夜もお彼岸も過ぎ、めっきり秋らしい時候になったとある日に、何とか道場のスケジュールも空いて、家族四人での出発と相成った。ご近所の居酒屋の女将さんからは元気なお馬つきの荷馬車を貸していただいて、ツタさんからは"一日がかりになる旅ですから"と"長持ち"くらいありそうな大きな行李
こおり一杯のお弁当とおやつを用意してもらい、きゃっきゃとはしゃぐ子らと若夫婦は、山合いの温泉のある村へと出発したのである。朝早くに出て、途中でお昼ごはんを頂いて。ツタさんも門弟さんたちもいない"家族4人きり"という形では初めての遠出だ。ついつい他の大人とのお喋りに、あっち向いちゃうこともあるのが、今は自分たちにだけ構けてくれるお父さんとお母さんで。そんなシチュエーションに、何やら興奮していた子供たちも、ついついその大半をくうくうとお昼寝で過ごした荷馬車での道程だったが、
「…ほら、起きな、二人とも。」
 口調は相変わらずに、ざっかけないというか少々乱暴だが、それと裏腹、それはやさしい甘いお声で囁かれ、母上の手でゆさと揺さぶられて、
「ふに…。」
「はにゃん。」
 それぞれぼんやりと眸を覚ました幼い子たち。
「もう着いたの?」
 まだ開き切らないお目々をこしこしと擦りながら訊いてくるお嬢ちゃんへ、
「もう少しだよ。ほら、あれを見な。」
 前方を指さす母御だ。伸ばされた腕は、御者台にいる父上の頭の傍を通り過ぎ、もっとずっと前を指し示していて。

   「………あ。」×2

 毛布にくるまったままのみおちゃんも、少し寝ぼすけさんなせいで出遅れて、とろとろと半分寝たままお母さんの胸元へちゃっかり腕を回してしがみついていたお兄ちゃんも、お口を真ん丸に開けてその光景へと見入ってしまう。まだ天空の高みにあるとはいえ、そろそろ始まる黄昏の予兆なのか、オレンジ色が濃く感じられる西日の明るさの中。透き通った秋の空気のその向こう、すかんと何にもない青い空の中に聳
そびえて、ポツンと立っているイチョウの木が見える。最初は"何だ、そんだけか"と見過ごすところだが、じっと見ていると。どうしてわざわざお母さんが"ご覧よ"と起こしたのかが分かってくる。ほんの数十メートル先辺りに立っているように見えるそのイチョウの木。けれどでも、それにしては…何だか葉っぱが小さいし、どんなに荷馬車が進んでも全然近づいて来なくって。鎮守の森の一番大きなケヤキは、遠くから見るとパセリみたいに小さく見える。でも、このイチョウの木は、普通にすぐそこにあるように見えて、でもまだまだ全然遠いとこにあって…。


   今まで見た中の一番"大きい"な、とっても大きなイチョウの木。


「…すごい。」
「大っきい。」
 山合いだとはいえまだちょっと早かったせいだろうか、梢に揺れている葉は、まだ完全には色づいてはおらず。濃い緑から黄味がかったものまでの、微妙なグラディエーションが一本の大樹の中で繰り広げられている様が、何とも言えない絶妙さで美しい。秋の乾いた陽射しや空気は、ぽつんとそこにいるイチョウの木を、何だか切ない存在のようにも見せるから、
「きれいだねぇ。」
「うん、きれいねぇ。」
「だろう?」
 坊やだけでなくお嬢ちゃんの方も間近へと引き寄せてやり、3人揃って秋の見事な絶景に見入る。
「……………。」
 ルフィにとっては"お初"ではない絶景だが、今回はまた、別な感慨がある。何かに深く感じ入ってる子供たちの横顔に、胸の奥が"きゅ〜ん"っとなって。とってもとても嬉しそうな、でもでも、その気持ちをうまく表現出来る言葉を知らない身へと切なそうなお顔をする二人を、両方の腕それぞれで抱き締めてやりたくなるような気持ち。自分だってあまり言葉は知らなくて。こんな風な絶景や感動に出会うたび、それを言葉に置き換えられない身をやっぱりもどかしく思った。難しい言葉じゃなくて良いのに。何か言わなきゃ胸がはちきれそうだったから。そして…こんなに切ないのを、胸が痛いくらいの想いを、後からも正確に思い出せるよう、胸にくっきり焼きつけておけるように、何か絶妙な良い言葉はないだろうかとそう思って焦れったくなった。そんな風な、甘くて優しい素敵な気持ちで胸がいっぱいだと良く良く判るだけに。それを察してやってまた、別な感慨が胸の底を静かに浸す。

   子供たちの"初めての大感動"に居合わせること。

 まだ少しは甘えたではあるが、それでも自分たちで駆け回り、少しずつこの腕の外へ外へと飛び出す準備に入ったお子たちだ。これからどのくらいこういうシーンに立ち会えるのかなと、そうと思うとまた別の感慨もあって。そんな家族たちの陶然とした様子を背後に感じて、お父さんもまたくすぐったい幸せを感じている様子。
「さあ、あと少しだ。シマさんも待ってるぞ。」
 手綱を捌いて少しだけお馬の足を速めると、子供たちもワクワクとした声を上げて。秋を満喫するロロノアさんチの家族旅行は、これからがいよいよの本番だった。



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   *何だか芸のない持っていきようでごめんなさいです。
    (しかも、何だか意味なく長いし。/泣)
    自分で書いといて何ですが、このお話の時代設定っていつ頃なんでしょうかね。
    車の類はあるみたいですが、
    あんまり重用されてないみたいで動物に乗ってるし。