金曜日 “街からくる人。”
元は都会に住んでいたゾロ。学生時代に打ち込んでいた剣道とは直接的には関係のない、どこぞの商社に勤めていたそうで。無愛想で人付き合いは下手だったという割に、今でも時々、メールや手紙は結構届くし、知り合いが遊びに来たりもする。中でも毎月のようにやって来るのが、シェルティの"るう"にも少年のルフィにも優しい、いかにも都会風のお兄さんとお姉さん。
「やほーっ。ルフィ、来たよ〜っvv」
JRの駅から少しばかり歩くのに、着いたよという電話もかけて来ず、たったか歩いてやって来る元気な二人。
『あら、だって。そうした方が、まだかな まだかなってワクワクするでしょ?』
それは朗らかに言ってのけるのは、スポーティなショートカットも闊達そうな、ナミという女性。帰国子女な彼女は英語、仏語、伊語をこなせ、趣味はスキューバ・ダイビングにテニスという、それはそれは活動的な人で。ここ最近は妙に"他所の人(しかも女性)"へ過敏なルフィも、
「あ、ナミさんだっvv」
彼女へだけはそういう反応を示さないから、
"…まあな、無茶苦茶サバけてる奴だしな。"
ゾロとしても歓待しても良いかなと、敢えていつものようにご招待したのだが。
「よお、調子はどうだい。」
彼女を招くと必ずついて来る"彼"とは、
「おかげさんで絶好調だよ。」
ついつい揮発性の高いやり取りになってしまう。こちらも同じく、元・同僚のサンジという青年で。さらさらと手入れのいい金色の髪を目許を隠すほど伸ばした、長身痩躯の伊達男。洒落っ気もあり、いで立ちもスマートで、何から何までゾロとは正反対なタイプの美丈夫であり、そんなせいもあってか顔を合わすとまずは突っ掛かり合う間柄。
「なんであの二人、ああいう会話しか出来ないんだろ。」
ホントは仲良いクセにねと小首を傾げるルフィへ、その小さな肩を撓やかな腕の中に抱っこして、
「フフ、ホントよねぇ。」
ナミがきれいな声でクスクスと笑った。
いい匂いのする、溌剌とお元気なナミさんは大好きだとルフィは言う。
『サンジさんも好きだよvv 美味しいご飯作ってくれるしvv』
『お前、ツタさんのご飯が一番好きなんじゃなかったか?』
『ツタさんのご飯はおウチのご飯vv サンジさんのはお呼ばれのご飯だもんvv』
同僚とは言っても、サンジの方は…ゾロが会社を辞めたのと同じくらいの時期に、やはり辞めた人だということで。元々からして料理の道に進むつもりでいたのだが、安穏な道を進んでほしがった両親が猛反対。渋々と親孝行のつもりでサラリーマンになったものの、やはり情熱は捨て難く、半ば勘当状態にて、今は前々から惚れ込んでたシェフの師事を受けながら修行中の身なのだとか。
「今日は"るう"はいないの?」
辺りを見回してナミが訊くのへ、
「うん。時々ね、丸1日とか居ないこともあるんだ。」
けろりと応じるルフィも慣れたもの。嘘をつくことになる罪悪感がない訳ではないが、これくらいは最低限の自己防御だ、神様もお許しくださることだろう。
「そうなんだ。あんな小さいのに冒険心は旺盛なのね。」
せっかく玩具を持って来たのにと、鈴の入った小さな縫いぐるみのボールを幾つかバッグから取り出すナミであり、
「後で渡しとくよ。」
ちょこっと…眸が"わくわく"と輝いてるルフィがそうと告げ、さっそく遊びたそうな顔をしてからにと、ゾロがこっそり苦笑した。
◇
週末と連休を利用して遊びに来た二人は、ゾロに逢いに来たという割に、いつものようにもっぱらルフィをあやすようにして一杯々々遊んでくれた。色々なゲームを教えてくれたり、近くの木立ちや美術館へと足を運んだり、木洩れ陽の中のサイクリングを堪能したり。夏場なら川での水遊びや花火や庭でのバーベキューと行くところだが、それらにはまだ季節が早いので、今回は至って大人しめ。最後の1日も午前中は散策に出て、お互いの姿をハンディビデオやデジカメで撮影。午後はそれを編集しがてら皆で見ようという運びになっていたのだが、
"………あ。"
庭先の茂みの陰に。ご近所の"お友達"の気配がした。ルフィのように"放し飼い"にされているワンちゃんは少ないが、屋敷の上に上げられて飼われている子たちは多く、そういった子たちがご主人たちの外出中にこっそりと出て来るケースが結構ある。そんないけないことを入れ知恵したのが誰なのかは…まま置いといて。(笑)
"うっと…。"
何だか緊急という雰囲気のする気配だったため、
「あ、そうだった。」
ルフィとしては残念だったが、ここはやっぱりそちらを優先せざるを得ないというところ。
「今日はお呼ばれしてたんだ。なあ、ゾロ、行っていいだろ?」
そんな訊き方をする時は…とゾロの方でも心得ていて、
「ああ、そうだったな。失礼のないようにな。」
時折、隣町から見慣れない野良が来たりすると、危険な奴か、単なる食い詰め者か、確かめるのにと、まずはルフィが近づく。人を襲ったり、飼われている犬や猫、小鳥などをやはり襲ったりされて、妙な騒ぎを起こされるのは堪らないからで、
「ははん、お前か。半獣の化けものってのは。」
町外れの更地さらちには、持ち主である事業所の立てた古看板と、雨ざらしになった廃材が少し。手入れの悪い、草がぼうぼうと生え茂った物陰から出て来たのは、体つきの大きな雑種の白い野良で、片方の耳が半ばから千切れていた。シェルティの姿になったルフィが近づいてゆくと、目許を眇めて…いやにスレたそんな憎まれ口を叩き、
「人間に飼われてるんだってな、お前。そのくせ、都合に合わせて"人間"の側にも立てるんだってな。良いよなぁ、そんなご身分でよ。」
「…なっ。」
よほど有名になっているらしいルフィの存在を既に知っていたらしいが、その本人を前に端はなから小馬鹿にしたような口ぶりをして見せる。いや、反発的と言った方が近いだろうか?
「友達なんて言ってても、その実、犬なんかって見下げてんじゃねぇのか?」
「そんなことないっ。」
「どうだかな。目の前で"お友達"が保健所に送られたらどうするね。助けて下さるのかよ。」
吐き出すような言い方をし、
「悪いがな、俺はお前らなんぞと馴れ合うつもりはない。別に親戚でも何でもねぇんだ。飼われてる奴らもそうでない奴らも、庇い庇われする必要もなかろう。好き勝手やろうや。」
相手にもならずに立ち去る奴で。
「何だい、あいつ。勝手なことばっか言ってよ。」
ルフィを家まで呼びに来た、小さなテリアがふんと鼻を鳴らした。此処の近所の犬の"お友達"たちもこっそりと集まっていて、
「ああいう奴に限って、物を知らないからさ、詰まんないことでピンチになるんだぜ?」
「そうだ、そうだ。あんな勝手な奴、こっちからだって知らんぷりだ。」
自分たちの友達へ生意気な口利きをしたよそ者に、口々に非難の声が上がった。
「気にすんな、ルフィ。」
「う…ん。」
普段なら。言われるまでもなく気にしないのに。そうさ化けもんさ、それがどうした…くらいは言い返していたかも。なのに、今日は何だか気勢が上がらなくって。
"何でだろ。"
自分でも何か変だなと、何かが引っ掛かっている。
「ルフィ?」
「え?」
反応が薄いまま、どこかぼんやりとしていたことへ不審そうな声を掛けられて。
「あ、ごめんごめん。」
やっと我に返ったルフィは、問題の野良が立ち去った方を透かし見てから、
「あんなことを言ったくらいだから、こっちに直接の手出しはして来ないと思うけど。」
集まっていた顔触れへ、
「何か騒ぎになったら知らせてくれな?」
改めてそうと言い置いた。気立てのいい野良だっているのに、何か起こってそっちの面々が巻き込まれては可哀想だし。ルフィにしても何かしら権限がある身でなし、大したことは出来ないが、それでもいざとなったら…さっき明け透けに言われたからではないが、人の姿になってでも、彼らを庇うくらいは出来る筈。
「うん、判った。」
「また遊びに来てよね。」
最近お見限りだぞと、少し遠い家の子が笑ったのへ会釈して、自分を呼んだ仔犬たちと帰ることにする。
「え〜、ちょっとだけ遊ぼうよう。」
「ダメだよ。キディのトコのおばさんは、きっとビアンカ園芸店へ行ったんだろ? だったらお三時までには帰って来るぞ?」
お店で落ち会ったご近所のマダムたちと一緒に帰って来て、自宅のお庭でガーデニングを楽しむからだ。勝手に出掛けたことがバレたら叱られちゃうぞと宥め賺すかして、パタパタと帰って来た屋敷近く。遠目に望めたテラスに人影が見えた。どうやらゾロがナミと何やら語らっているらしい。
「あれがお客様?」
「あ、うん、そだよ。」
近くまで一緒だった小さなお友達が口々に訊く。休暇という時期ではないのに来ている"若いお客人"が珍しかったのだろう。
「カッコいい人だね。」
「女の人だから綺麗って言うのよ?」
「あ、そか。綺麗な人vv」
「ゾロさんもカッコいいから、バランス良いし。」
「そうそう、バランス良いし。」
自分たちには関わりもなく、せいぜい眺めるだけの対象だからと、評価の言葉もどこか無責任なもの。日頃は気にならないそんなお声が、
「お似合いだよね。」
「そうそう、お似合い。」
――― あれ?
どうしてだろうか。ルフィの側からも、二人とも大好きな人達なのに。今、つきんって、お胸が痛かった。さっき浴びせられた罵声で、心がちょっとだけ緩んでいたからかな?
"………。"
利発で行動派の闊達な女性。美人だし、スタイルも良く、健康で。明るい気性をしていて、だのに十分すぎるほどデリカシーもあって、ルフィにも"るう"にもそれはそれは優しい。"るう"の方と二人っきりの時も、明るくて優しい態度は全く変わらない人だから、まるきり裏表がない人だってことも良く知ってる。
"………。"
「どした? ルフィ。」
チビさんたちから声を掛けられ、
「あ、ううん。何でもない。じゃ、またね。」
「うん。またな。」
笑って別れたいつもの三叉路。生け垣の裾から庭へともぐり込み、細く開けた出窓から中へと入ってゆくのを見届けてやり、さて。
"……………。"
どうしてだろうか。足が重い。すぐそこなのに、お家が遠い。見下ろした小さな白い足。ゆるく握った拳みたいな、剥き出しの足。犬の、シェルティの姿なのだから当たり前な筈だのに、何だか…そんな足をしている自分が居たたまれなく思えた。
"変なの…。"
陽が長くなって、まだまだ明るい昼下がり。春の温かな空気は甘くそよいで。路傍に立ち尽くす仔犬のつややかな毛並みを、それは軽やかに撫でていったのだった。
*何だか妙な雲行きです。
微妙な“お年頃”のルフィくん。
何だか胸騒ぎのする春が来たようです。
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