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ゾロの知己で、こんな鄙びた土地に引っ込んだ彼と、依然として気さくな交際を続けている人々がいる。単に知り合いだったから、幼なじみだったからというだけでなく、彼のちょいと不器用な気性もよくよく把握した上で、元気でいるの?楽しくやってる?と、遊びに来てくれる、気の置けない人たち。そんなナミさんとサンジさんには、彼らの秘密、一体どうやって伝えたら良いのだろうかと、これが結構、皆の頭を悩ませた。いくら気ざっぱりした人でも、ゾロの孤高の気性をよくよく把握してくれていた人でも。そして…ルフィをたいそう可愛がってくれていた人でも。理解するにはあまりに奇天烈な事実だろうし、人の秘密を外部にやたらと触れ回るような人品・人性ではないと、その人柄を信用してはいるものの、それでも…飲み込めなかったら。そして、理解したとしても…気味が悪いと一線を引かれたら。
『俺は今更だから構わないけどな。』
都心にいた頃からも"人付き合い"というものへの執着は薄かったから、知己が減っても堪こたえはしない。ただ。無邪気に見えてたいそう繊細なルフィが、ゾロにとって何にも替え難い大切な宝物が。彼らからの反応如何いかんで要らない傷心を抱えないかと思うと、
『隠しておいた方が良いのかな。』
『そうですねぇ…。』
彼らから身を隠すについては、遊びに来るのを拒むなり、どこかへ引っ越したことにしてほとぼりが冷めた頃に舞い戻るなり、方法はいくらでもある。それこそ、ゾロの父が取った方法を真似れば良い。だが、
『ですが。隠されなければならない身なんだと、そう感じることも…ルフィ坊っちゃんには辛いことではありませんか?』
ツタさんとしては、そちらが気になったらしく、
『それに、生まれて来るお子様が…まさかとは思いますが、卑屈な感覚にならないようにと考えると、環境の広さや奥行きを保つためにも、理解者は多いに越したことはないと思います。』
同じ環境で、だが、あんなにも明るくて屈託がない、それは愛らしくも素直なルフィを知っているだけに、あまり過保護に構えるのもどうかと思いつつ。それでもね、子供の心は傷つきやすいものだから。
『…う〜ん。』
ゾロは、夫として父として、一晩じっくり考えて。そしてそして、彼らを招いて説明することにしたのが、今年はあまり降らなかった梅雨の最中のとある週末のこと。
一か八かの告白会。妊娠期間3カ月とちょっとというその内の"2カ月目"に入った妊婦をあまり緊張させるのはよくないが、それでも今の"安定期"を逃すと、後はもう"待ったなし"の夏である。例年通り避暑を兼ねて遊びに来るだろう彼らに、子供が生まれてからというのではますます打ち明けにくくなるかもと、思い切って早めに告白してしまおうと構えたこちらの陣営であり、
「ルフィ〜vv お久し振りvv」
いつものようにお元気にやって来た二人だったが、
「…ちょっと。ルフィ、そのお腹はどうしたの?」
細身の小柄な体だからなお目立つ、少年の体型の変化へ真っ先に目が行ったナミが、
「あのね、ナミさん…。」
恐る恐る説明をしかかったルフィの声を遮って、
「見損なったわよ、あんたって人はっ!」
いきなりゾロの頬を平手で打ったという、何とも劇的で鮮やかな幕開けとなった。
「まさか…まさかルフィが女の子だったなんて。しかも何? こんな小さい子を身ごもらせるような蛮行に走ったワケ?」
「あ、あの、ナミさん?」
「さいってーだわっ。少しは見込みのある人だと思ってたあたしが馬鹿だった。」
ぎりぎりと歯を食いしばり、握った拳を震わせて、これは本気で怒っているらしいナミさんへ、
「違うんだってば…っ。」
何とか執り成そうと声をかけるルフィへと ぐりんと勢いよく向き直り、
「可哀想に。…良い? あんな奴の言いなりになんか、なる必要はないのよ? 引き取ってやってるんだからとか何だとか、断り切れないようなこと、引き合いに出されたの?」
………どうやら完全に頭に血が上ってしまったらしいナミであるらしい。
「だから、違うんだってっ。」
頑張って声を張るものの、ルフィの健気さではちっとばかり抑えも利かないなと…素早く読んだのが、
「…ツタさん、悪い、そこ開けて。」
呆気にとられてか、それともナミのまくし立てに口を挟む隙を見いだせなかったか。それまで黙ったままでいた…サンジである。普段ならお客様をご案内するとすぐにも引っ込むツタさんがこの場に居残っていたのも、悶着に発展しそうになったなら、修羅場を見せないがため、ルフィを2階へ連れて行ってもらおうという段取りを構えていたからなのだが、どうもこれは…思ってもみなかった展開に話が捩れてしまっていて。どうしたものか、割って入った方が良いのだろうかとおろおろしかかっていた彼女が立っていたのが、部屋の一隅、丁度バルコニーへ出る大窓の手前。そこを開けてくれますかと手振りつきで声をかけたサンジは、はっとしたツタさんがその通りに窓を開けると、そこへつかつか…真っ直ぐに歩き出す。しかも、向かう途中でナミさんの細腰を"がしっ"と腕に搦め捕り、細みに似合わぬ力でもって、軽々と抱え上げてしまい、
「え? ちょっと、何? サンジくん?」
肩の上へと突然に抱え上げられたナミさんが暴れる隙も与えずに、ウッドデッキのテラスへ出ると、やっと降ろして向かい合った。そして、
「…落ち着いて下さいな。」
興奮の度合いが一時停止した彼女へ、こちらも真摯なお顔を向けて、
「まだ誰も何も言ってないでしょ。」
それは穏やかな、だがしっかりとした伸びやかな声で、そんな風に囁いたのだった。
「あなたが正義感の強い女性で、曲がったことや弱いものへの専横・蹂躙が大嫌いなのは、ゾロだってルフィだってちゃんと知ってます。」
淡々とそう言いながら"ちら"と視線を流して、窓の向こう、居間に並んで立っている二人を見やる。小さなルフィは心配そうな顔をして、だが…自分からゾロの傍らへ、その懐ろへと寄り添っている。こちらを向いたまま幼い仕草で胸元にすがり、長い腕に肩を抱かれるとそのまま"ぽそん"と頬をくっつけて。
「………。」
何かしらの"無理強い"が存在する間柄とは思えないほど、むしろ…頼りにしている大切な人だとありあり伝わって来るような、それは温かそうな擦り寄り方であり、
「…そうね、落ち着かなきゃね。」
そんな彼らを見て、ナミも何とか…肩から力を抜いて見せたのだった。
◇
『これから話すこと、信じるも信じないも二人の好きにしてくれていい。
ただ、他所で口外だけはしないでほしい。
勝手な告白なのに強制するなんて、順番がおかしいかも知れないし、
どうしても、黙っていられないというのなら、
その時は、俺らのこと、もう知己だの友人だのと思ってくれなくていい。
ここから居なくなってしまうだけのことだからな。』
ツタさんに話した時よりも、ある意味、説明は難しいと思われた。ただでさえ口下手で、ボキャブラリーも乏しくて。すぐ傍らにいるルフィへの気遣いも必要だからと、ますます言葉を選ばねばならないと思う"朴念仁"さんで。自分よりずっと世事に慣れ、語彙も思考も感受性も、深くて豊かだろうこの二人を前に、それでも頑張って語るゾロであり。その話に、ナミもサンジも真剣に…最初から最後までじっと真顔で聞き入ってくれて。そして、
『…そうなの。ルフィと"るう"が同一人物だったなんてね。』
やはり、この場で"るう"に変身して見せることが…証明する事が出来ない、口先でだけのお話だのに、
『あのおチビさんがね。…まあ、そういやルフィも小さいが。』
ナミもサンジもそれはすんなりと信じてくれたのが…こういう言い方は理屈がおかしいかもしれないが、何だか肩透かしを食ったようでちょっと意外だった。
『何よ、その顔。』
つい先程の激高ぶりの印象もあったものだから尚更に。キョトンとして見せたゾロや、まだ少々戸惑いと恐れの残るらしいルフィへ、含羞はにかみながらも苦笑して見せたナミは、
『だって、ルフィが言い出すならともかくも、
あんたみたいな堅物に、こんなに帳尻の合う"架空のファンタジー"を、
こうまできっちり説明しきれる筈がないでしょう?』
『…おいおい。』
――― という訳で。
文字通りの"案ずるより生むが易し"ということだったのか。この心優しい二人もまた、彼らの力強い味方となってくれることとなり、
『となれば。い〜い? ルフィ。頑張って元気な子を生まなきゃね?』
もともと それはそれは可愛がってた可愛い坊やだ。それがこの度、人生の上でのある意味"一大事業"に関わろうというのだから、と、その奮起も猛々しく。
『何でも言ってね、応援するわ。良いわね、こいつのことはせいぜい顎でこき使ってやんなさい。あ、でも、ちょっとは運動もしないと、スタミナがなくなるからね。』
『人を指差すんじゃねぇよ、お前はよ。』
『こらこら、ナミさんに"お前"なんて言うな。』
何だかいつもの会話が戻って、ルフィも何だか…泣きたくなるよな嬉しさに、胸の辺りがうずうずした晩になったのであった。
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