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昔はもっと無茶をしていた自分。でもそれって、自分なんてどうなっても良いって思っていたから? 後先考えない、向こう見ずな あたしだったの? ううん、違う。あたしには使命があるって意識が常にあった。頭の真ん中に、冷たく冴えた“芯”みたいなものが常にあった。あたしにはココヤシ村を忌まわしい魚人たちから買い戻す目標、ううん、絶対にやり遂げなきゃならない“使命”があって。その目的を達成するためには、途中で捕まったり死んだりなんて出来ないって、ちゃんと用心だってしてた。あたしが奔走しなきゃ、あたしが戦わなきゃって思い詰めてて。そこには、しゃにむで大胆でありながらも…研ぎ澄まされたような緊張感に支えられた慎重さもあって。ギリギリの状態にあったからこその、究極の防衛本能が働いて、それでバランスが取れていたのかもしれない。
そんな言いようが出ちゃう最近の方が、むしろ無頓着だったかも? 自分たちに自信があって、仲間を信頼してもいて。だから。あまりに無謀なことへは一応の警戒をしたり忠告もして、でも…結果として訪れるだろうどんな窮地と対峙しても、何とかなるだろうなんて思ってる。緊張感が欠けたって訳じゃあない。むしろ、あたしくらいはしっかりしないと大変なことになるって意味合いから、周囲の状況に加えて仲間内の様子にまで注意は怠らないようにしているけれど…それでもね。そんな楽観的なことを思うほど、どこかで肝が座って来ているあたしだって気がついた。
――― それって………どうして?
◇
享楽的で怪しい歓楽街とやらは、あっても規模が小さいのか、はたまた隠れるように裏通りに集められているのか。町の雰囲気はあくまでも“ファミリー向け”の健康的な観光地という趣きであり。それは見事な“オリエンタル・マザー”の由来を謳った本や写真集、絵葉書などを売る店が並び、名物の桜まんじゅうはいかが? 桜風味の串焼きはいかがと、どこまで本当に関連があるものやら、様々な名物や土産を売る店が大通り沿いに延々と居並ぶ。その“オリエンタル・マザー”が珍座する丘の公園へと近づけば。高級リゾートホテルへの小道やしゃれたレストランへの車寄せなど、ちょっとばかり落ち着いた風情に整えられた街道が設けられ、それを縁取る木立ちなんぞが現れる分、街の雑多なにぎわいが数分ほどの間合いだけ薄められるが、
「島をあげての宣伝を打ってるだけのことはあるよな。人が多いったらよ。」
さあいらっしゃい、おいでなさいましと、港の係官たちからして腰が低いまま、遠来からの寄港者たちを熱烈歓迎しまくっているくらいだから。一般の商いをしている方々の歓待ぶりは、それ以上によくよくこなされた秀逸のもの。予約のお客様を出迎えにだろう、道端に出ている“黒服さん”たちにも、格式高い“山の手”の取り澄ましたような印象は薄く、誰へでも“ようこそ”という温和そうな笑顔を振り撒けるだけの物腰の柔軟さが、いっそお見事なくらい。芋の子を洗うほどとまでは行かないが、それでも結構な人の波になっている公園までのゆるやかなスロープを登りつつ、
「ゾロとは、はぐれちまったのか?」
お鼻の長い狙撃手が尋ねれば、
「? いんや。」
人込みに揉まれてトレードマークの麦ワラ帽子がどっかへ持っていかれぬように、その天辺へ手のひらを置き、童顔の船長さんがキョトンとして見せる。
「今日は最初から一緒じゃないぞ。」
「? そうなのか?」
ウソップからの返事には、それって変じゃないかという含みがあったが、
「何でだか、たったか先に行っちまいやがってよ。」
初めて来た土地だって言ってたのに、何か目当てでもあるみたいな急ぎ足だったから。話しかけても上の空だったし、だから俺も好きにするって思っただけだ。ほんのちょっぴり不満げに、下唇をむいと突き出した船長さんだったけれど。仲がいいことを常に感じていたがるあまりに、何から何まですっかりと同化したがる女の子同士のそれのようなほど、それほど始終一緒にいたいとまでは思っていないらしくって。腹の底から不機嫌だというルフィでもないらしい。
“…ま、俺にはまだ なんか良く判らんことだしな。”
仲良しなのは結構なことで、時々それだけじゃなさそうなほど妙に密着の度合いが深い彼らなのにも…一応気づいちゃいるウソップだったが、関心はそこまで。同性同士なのにどうのこうのなんて、余計な口出しをするつもりは毛頭ないし、それが男女間のものであっても…実は自分にはあんまり良く判らないことなだけに、わざわざ聞きほじろうとまでは思ったことはなく。このスタンスが恐らくは一番なのだろうと心得ている、結構 勘のいい狙撃手さんであったりする。
「あ、あれってドラムで見たのと同んなじだ。」
店先に張られた大きなポスター。そりゃあ大きな桜の樹が、島全部を覆う傘のような枝振りで誇張されて描かれており、あんなのがホントにこの先の公園にあるのか? だったら凄げぇよなぁ〜♪と無邪気に訊いてくるに至って、
「あのな、ルフィ。」
ありゃあ船で見たビラちらしにもあった絵だろうが。それに、だ。船の上からお前だって見ただろう?
「そうまでデカい桜なんてあるもんかよ。」
「判んねぇぞ? 第一、俺らドラムで見たじゃんか。」
我儘王ワポルを吹っ飛ばし、さぁさ先を急ごうかと船出した彼らを見送ってくれた、大きな大きな桜の木。
「だからっ、あれは本物の桜じゃなかったんだってばよっ!」
雪の降る夜、島から離れた船の上からでも望めたほどの壮大さで、神々しくも浮かび上がてった、幻想的なその光景の正体は。緋色の雪と筒型の不思議山がそう見えたという代物だったのだのにと、暢気が過ぎて突っ込みどころ満載の言いようをする船長さんを相手に、さっそくにも裏手での“びしっ”という突っ込みが決まったところへ、
「ほほう、ドラムも通られたのですか。」
不意な、しかも覚えのない声が、だが、的確にこっちの会話に乗って来たのへ、
“え………?”
ウソップが反射的にギクリとし、麦ワラ帽子の船長さんは…にっかと笑い返している。
「そだぞ♪ どこもかしこも雪だらけの、そりゃあ面白い不思議島だったぞvv」
そんなところをも冒険したんだ、凄いだろうと、子供のような鼻高々な言いようへ、
「さようでございますか。それはそれはvv」
最初の声を掛けて来た相手だろう、地味でスタンダードなデザインながら、濃色のスーツをすっきりと着こなした、ちょっぴり太めで恰幅のいい、温厚そうな初老のおじさんが、ふんわか膨ふくよかなお顔をほころばせ、いかにも人懐っこい笑顔で彼らの前に立っている。無理からの通せんぼをしているというような強引さはなかったが、何せ初見の相手なだけに、慎重なウソップの方は胡散臭げに目許を眇めた。
“だってこのおっさん、ドラムも、って言わなかったか?”
極寒の冬島だった あの“ドラム”は、このグランドラインのさして奥まらない位置にあった島だ。此処に長く住まい、対外交易…観光や貿易なんかを商売にしる者ならば、そんなくらいは知ってもいようが。相手がそうまで遠くから来たということへも、こうまで自然ナチュラルに理解が追いつくものだろうか。こんな子供たちが貿易や旅行もなかろうし、商船に下働きとして乗ってるにしたって、そうまで長い行路を行く船なんて、海軍の軍艦か連絡用の巡航船くらいしかない筈で。後は…裏稼業の商船か海賊の関係者くらいのもんであろうに。
“そこまで判ってての、この台詞だってぇことは…。”
だとすれば。紳士的に見えはするが、このおじさん、むちゃくちゃ怪しかないかと、ウソップの心の中にて警戒警報が鳴り始めかかった、丁度そのタイミングへ重なって、
「麦ワラ海賊団のルフィさんですね。
もしも宜しかったなら、
私共の“英雄コレクション”に協力なさっていただけませんか?」
怪しいおじさん、されどそのお顔は…やっぱり温厚そうに福々しいまま、にっこりと笑っていらしたのでありました。
◇
世界一を目指しているのは、別に義務感なんてもんからじゃない。間違いなく、純粋に、自分の野望だ。確かに約束はしたけれど、それは自分を叱咤するため、挫けそうになった時のお守りのようなものだった。
“………だからって、すっかり忘れてたわけじゃあないんだがな。”
今の自分を育み、今現在へと導いたものの中の、間違いなく主要な要素の一つ。なりふり構わず強くなりたかったのも、安穏な生き方よりも波乱の人生の中で自分を研ぎ澄ましたいと願ったのも、間違いなく自分の望みではあるのだが。それを尚のこと色濃いものへと強化したのは…絶対に叶えねばならない野望だと決定づけたのは、彼女の存在とその“死”だったのかも。故郷のことはもうあまり思い出せない。剣の稽古に明け暮れていたことと、彼女に負け続けていた悔しさと、それから。彼女の死をついつい思い出すから。名前だけをなんとなく忘れないでいたそれを、くっきりはっきり、記憶の中からわざわざ鮮明に思い出すのは、実は辛い。思い出せば柄になく感傷的にだってなる。人々の心に豊かな情緒を育む、それぞれなりに美しい色彩と気候とを乗せた四季が巡る和国の片田舎。思い出せない故郷の、それでも風景だけは胸にきちんとしまわれていたらしくって。秋には紅葉、冬には白雪。夏の青葉に…春には桜が、それは見事な存在感にて視野を埋めたと、今の今、眼前に広がる緋色の風景に同調して思い出すものがあるようで。
“……………。”
腰に提げた白鞘の和刀。彼女の形見ではあるけれど、だからといって…身代わりだとか、自分の杖になってくれていただとか、そんな殊勝なこと、一度も思ったことはなかった。自分の腕の延長ではあったけれど、物言わぬ刀に敢えて向き合ったことは一度もない。
――― 元気にしている? 私のことなんか、忘れていたのでしょう?
うううん、責めてるんじゃないの。
いっそ、そうでいてほしいくらい。
だってあなたはまだまだ未熟者だからネ。
何かに気を取られていて制覇出来るほど、
あなたがゆく道は生易しいものではないのだし。
だからと言って虚ろなまんまでいてほしくない。
………そうなの、仲間が出来たの。
手を焼かされてる? あなたが? それはまた。
楽しい道行きになったみたいね、良かったこと。
私のことは いつだって思い出せるでしょう? だから今は…。
数刻ほど、眸が覚めたことに気づけなかったままでいたのは、その直前まで“何か”に接していたから。ある意味でリアルで生々しい、けれど、現実味はなかったような?
“………夢、か?”
自分に都合の良いようにと、知らないうちに自分の頭で織り出した幻想だったのかな。あいつの姿は思い出せず、意志だけのような語りかけ、声だけがどこからか届いて来ていて。ある筈のない存在を、それでも無意識に探そうとしたのか。ぐるりと頭を回し、巡らせた視野に入って来たのは、
“………桜、か。”
辺り一面の空間を、これ以上はない静謐な佇まいのままで見事に埋めている存在。懐かしい故郷にも山々の色を塗り替えるほどに植わってた美しい樹花。先んじて咲いたところから ほろほろとほころび始めていた、凄艶なまでに美しい満開の桜の園の木陰にて、うたた寝していた剣豪さんだったのだった。
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*何だかまたぞろ事件の気配…なのかな?(笑) |