月夜見
桜丘望景C
  



          




 昼間の華やいだ空気がそのまま、出来のいいゼリーみたいにとろりとして来て。ここの看板らしき桜の花びらを愛らしきも封じ込めたまま、春の和菓子みたいに まとまらんとしているような春の宵。一般の観光客たちがそこここで戯れている華やいだ嬌声を聞きつつ、こちらさんたちも羽伸ばしのついで、今夜は町にて宿を取るつもりで打ち合わせていた筈が、

  「まだ戻って来てないって?」

 約2名、チェックインの時間どころか夕食の時間になっても、全然全くその姿を現さない。ルフィのことならこいつに聞けの剣士さんも“知らない”と言うし、迷子になって此処が判らないのかもと案じて、船医さんが自慢の健脚を使って港の船の方へと様子を見に行ったが、そちらにも戻って来てはいないというから、
「船には新しい匂いもなかったから、この島に降りてから一度も戻ってないみたいだ。」
「ったく、何をやってるのよ、あの二人はっ!」
 ちょ〜っと目を離すと すぐこれなんだからっと、さっそく航海士さんが綺麗な眉を吊り上げる。あまりに毎度毎度なもんで“こういうこともある”という意味合いではすっかり慣れたことながら、だからって放ってもおかれない。これまで無事だったんだから…なんていうのは、一番根拠がない安請け合いに他ならず、
「身の危険って方向ではそんなに心配しちゃいないけどね。」
 さすがに腕っ節は認めている。それと、どういう訳だか“悪運”もいいらしいし。ただ、その腕っ節を根拠にして彼の首へとつけられた“値段”が問題。何たって1億ベリーの賞金首だ。海軍のみならず、何処のどんな存在から狙われているやら判ったもんじゃないし、妙な輩から緻密綿密な策謀を巡らされたり…しなくとも、
「好きなだけチョコレートをあげようなんて言われただけで、あっさりとついて行きそうで…。」
 お金の価値なんてまだ知らない小さい子であっても、今時そのくらいじゃあ ついてかないだろう御時勢だけれど、
「ルフィならあり得るな。」
「食い物で釣ったなら“なんていい人なんだ!”って勢いで相手の素性まで一発で信用しかねねぇしな。」
 ナミやサンジのしたり顔な言いようへは、いつだってとりあえず逆らって噛みつく筈なゾロまでもが、鹿爪らしくもそんな付け足しをするに至って。それへ“うんうん”と深々と頷き合ってる顔触れへ、
“…剣士さんまで大威張りなのね。”
 さしもの冷静な考古学者のお姉様も、これには少々呆れてしまったのは…ともかくとして。
(苦笑)

  「けど…そういや、妙な連中がいたな。」
  「妙な連中?」

 初めての土地だから心当たりはないとしたものの、細い顎へと手を当てて、何かしら思い出したらしいサンジであり、ナミから聞き返されて顔を上げた。
「ええ。あなた○○っていう有名な海賊さんでしょう、どうですか? 秘宝館へのご協力を願えませんかって。」
 俺らへって声かけて来た訳じゃあなかったんですがね、と、前置いてから。
「選りにも選って…ある意味“お尋ね者”ばかりの海賊に声かけて回ってどうすんだかって思いましてね。」
 そんな風に説明したシェフ殿に続いて、
「でもな、ちゃんとした身なりのおじさんたちだったんだ。」
 一緒にいたトナカイドクターもそんな一言を付け足した。
「おじさんたち?」
「おお。小さな声での声かけだったけど、カフェや市場のあちこちで。」
 耳のいいチョッパーでさえ、意識して聞き耳を立てて拾えたというほどに、一応はこそこそとした勧誘のお言葉だったのだろうが。ということは、世の中には酔狂な人がいるもんだねぇ…ってレベルのものじゃあなかったらしい。
「何人もへ同時に声をかけてたぞ?」
「ってことは、少なからずな人数の組織立ってる面々がそんなことをしてたってこと?」
 秘宝館なんてあったっけと、観光案内のパンフレットを引っ張り出してるサンジやチョッパーらの様子を眺めつつ、
“でも…。”
 ロビンが怪訝そうに眉を寄せた。冒頭近くでナミと話していたように、此処のような“観光が財源”というよな土地では、普通の土地とは少しばかり毛色の違ったルールやモラルというのが存在し、まかり通っていたりする。上等なお客様を集めたければ、安全な島ですよという治安の維持こそ最優先事項として大切だが、それと並行させてある程度の悪には目をつぶる傾向もなくはない。目に余るような騒動を起こされないのなら、儲けの方を優先して、海賊や盗賊だという怪しい肩書も深くは詮索せず、機嫌よくお金だけ使ってって下さいなと見ぬ振りをするということもあろう。そしてそれを機能させるべく、それなりの防御としての“選別”は、一応 成されているような島であるらしいということは、上陸拒否と断じられたような、凶悪なカラーやレベルの手合いが近づこうとしているのなら、それを追い払う力も必要となろう。
“海軍へのコネがあるのか、それとも…実は途轍もない軍事力を秘めている自治政府が収めている島なのかしら。”
 そういう輩が水面下でこっそりと…海賊に声を掛けて回って何事か企んでいるということなのか? だが、
“極悪な組織が潜んでいるようには見えないんだけれど。”
 大きくて見事な桜の御利益だけで十分に潤っている、にぎやかな観光地。目先の利益ばかりを追求する余り、享楽的で退廃的な、今にも膿み崩れそうな爛熟という悪い方向へは向かわぬままにある辺り、これはやはり海軍か世界政府からの援助なり繋がりなりがあるのだろうに。そんな土地に怪しい組織があって、単なる観光客の耳に入るような呑気な方法で…さして隠れもしないで徘徊し活動している?

  “………どこかで理屈が合ってないような気がするのだけれど。”

 何かがすこ〜んっと抜けてはいないか? そんな物足りない感触があって、却って薄気味悪いものを感じたロビンだったのは、これまで彼女が加担して来た集団が、そりゃあもう周到で、破格なくらいに一線級の悪党たちばかりだったせいだろうか。人々を震え上がらせる“悪意”にもランクがあって、凄腕の自分たちには取るに足らない相手でも十分に一般の方々を困らせることは出来て。そういった“小悪党”な輩たちが徘徊しているということ?
“………。”
 ふむ…と、感慨深げなお顔になった考古学者さんだったが、

    「怪しい館だったら、ほら、山の手に妙に大きな洋館がありますよ、ナミさん。」
    「ホントだわ。こんなに規模があるってのに、観光地図へ名前が掲げられてない。ってことは、レストランやホテルじゃないみたいね。」
    「なあなあ、それって怪しいってことなんか?」
    「金持ちの私有の別邸があっても不思議じゃなかろうが、こういう土地だ、観光地から離れたとこに建てるのがセオリーだろうな、普通はよ。」

 頼もしいお仲間さんたちが、テーブルへと広げた地図の上を指差し、的確なお説を勢いよく立ち上げているのを聞くに至って、
「そうね。商売をしたくないなら、賑やかなところは避けた上で、地図にも載せないで通すことでしょうよ。」
 にっこり笑って自分の見解というところをご披露し、

  「ともかく、動き出すことにしましょう。
   他でもない船長さんの行方が知れないままだなんて、
   落ち着けないことこの上もないわ。」








            ◇



 さて。クルーの皆様からモッテモテの船長さんは、一体どこで何をしているのかといいますれば。
「秘宝館ねぇ。」
「さようでございます。」
 この島のシンボル“オリエンタル・マザー”という大きな桜があるという、観光名所の丘の上の公園へ行く途中の道すがら。それは屈託なく“にこにこvv”と笑う、スーツ姿の恰幅のいいおじさんが、ルフィとウソップの二人を案内してくれたのは。公園にもほど近いが、通りからは少しほど脇道へと入った辺りに建っていた、結構大きな洋館であり。高い天井のその近くまであるような大きな扉を入ってすぐの、エントランス・ホールから既に、上部がガラスのフードをかぶせたような型の、腰くらいの高さの展示用テーブルが幾つも並んでいる。赤い絨毯に漆喰壁という、なかなかに品のある室内だのに、
「こちらの赤いのが“バラバラ海賊団”のバギーさんが特別に誂えさせてたという、赤鼻のスペアです。」
「おおっ!」
「あれって付け外し出来たんか?」
「こちらは“フォクシー海賊団”銀ギツネのフォクシー船長愛用の着ぐるみのレプリカでございます。」
「うわぁ〜、凄げぇっ!」
「…単なる“かぶりもの”だよな、それって。」
 一応は展示用のガラスケースに仰々しくも収められているものの、そしてそして“この人と言えば?”という的は何とか掠めてはいるけれど、

  “なんか怪しくないかい?”

 おおおっとォなんて声を上げつつ、紹介される1つ1つへ素直に感動だか興奮だかしているルフィなのは、まま仕方がないとして。こういった怪しげなバッタもんに、失礼ながら縁が多いウソップとしては…疑わしいぞと言わんばかりの、胡散臭さ満開な話だよなというお顔に既になっており、

  “それに…だ。”

 さっきから並べられてる海賊団のお名前が、こう言っては失礼ながら、自分たちの知らないような小者が大半であり、かろうじて知っていたのが…今のところはバギーとフォクシーだけ。
“こういう“展示”に俺らにも協力しろってか?”
 それってもしかして。そんな程度のレベルの海賊団だと思われてるって事ではなかろうか。
“そりゃあまあ、呑気に観光してるような海賊だから? 怖がられちゃいないのも仕方がねぇんだろけどよ。”
 そもそも…恐持てするような相手に、直接 声を掛けたりなんかしないよなぁと。さすがにそこんところは、日頃おだてに弱いウソップでも判っているからね。
(笑) 舐められ切ってる上での“参加してほしい”というお誘いなのなら、腹立たしくはあるけれど無下に断るほどのことでもないのかもなと、それこそお呑気なこと、思いつつあった狙撃手さんのすぐ前を進んでいた船長さん。
「なあなあ、おっさん。」
 何を思ったか、そりゃあ腰の低い、丁重な態度で案内してくれているおじさまへ、実に気安いお声を掛けていて。

  「なんで“海賊”ばっかなんだ? ここの展示。」

  「………はい?」

 トレードマークの麦ワラ帽子。その天辺を手のひらで押さえて、かっくりこと小首を傾げたルフィは、不意を突かれたせいでかキョトンとしているおじさまへ、尚の言葉を重ねて訊き直していた。
「だってよ、さっき“英雄コレクション”って言ってたろ? 海軍の英雄だっているんだろうに、なんで“海賊”のばっかが飾ってあるんだ?」
「………う。」
 たちまち“ぐう…”と、言葉に詰まったおじさんだったのへ、ウソップもまた、腕を組んだ姿勢から片手を顎へと持ってゆき、
「そうだよなぁ。海賊を称えるような施設なんて作ったら、海軍からの手入れが入るんじゃないのか?」
「うう………。」
 こんな質問が飛んでくるとは思っていなかったのか、つやのいいお顔に妙に脂っこい汗を浮かべ始めたおじさん。ハンカチを取り出すとしきりと額や横鬢を拭いつつ、
「そ、それはですな。…その…そうそう。海軍の方は別の階へコーナーを設けるつもりなのですよ。」
 あはは…と一応は笑いつつも、ここに来て初めて引きつった顔になってしまったおじさんは、
「海軍への呼びかけは出張所へすれば良いのですから案外と簡単なことですが、海賊の皆様からのご協力を得る方は断然難しゅうございます。何せ、どこにいらっしゃるものやら把握のしようがありませんからね?」
 当然のことを言い立てて“わはは…”と笑って見せた、自称“館長”さんだったが、


  “…やっぱ怪しいよな、うん。”


 ルフィはすぐにも丸め込まれるから、俺がしっかりしないとなと。そんな覚悟を固めた狙撃手さんは、訝
いぶかしげに目許を眇めると、まだ汗の止まらないおじさんをじっと凝視するのであった。








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  *ほらね? 浅い底がそろそろ見えてきた。(笑)