月夜見
桜丘望景D
  



          




 他には何にも見えてはいなかった。あまりに遠く、あまりに無謀な目標で。冗談めかしているつもりはなくとも、誰の耳にもシャレにしか聞こえない“野望”だったから。生半可な決意だけでは辿り着けない、現在・現実と地続きになってるものとは思えないほどのもんだってことは、誰に言われるまでもなく、自分でもようよう判っていたから。外からの評価なんてもんにはもともと聞く耳なんざ持ってなかった。自分へ寄って来られるのがうざったくて、馬鹿かこいつと辟易させるには持って来いの冗談だろうと、場合によってはそんな風に思ってさえいた“切り札”で。

  《 俺かお前か、どっちかが世界一の剣豪になるんだ。》

 約束だと誓い合った相手がいなくなり、ならば自分独りで目指さねばならなくなった頂点。いや、目指そうと改めて誓い直した、遥かなる頂き。あまりに遠い道のりなその上、負けるものかと直接競い合う相手がいないため、苛烈な想いは逸りが過ぎては時に空回りしたりもし。疲れを知らず、ただただがむしゃらに駆けていたものが、やがては現実に追いつかれ。

  『弱ぇえもんに手ぇ出すなだと? 止めたきゃお前が身代わりになるか?』

 他人への意見なんてなぁ、相手をねじ伏せられるほどの一端
いっぱしの腕前になってからの話だろうがよ。したり顔でそう言って高笑いした奴を斬って捨てたのが、初めての“人斬り”だったっけ。なまじ未熟者同士だったから、向こうに避けるだけの勘も余裕もなく、こっちも手加減が出来なくて。自分が手を下した人間が、倒れ伏したそのまま…たちまち“肉の塊”になった事実と直面した晩だけは、いつまでも眠れず、水さえ喉を通らなかった。

  ――― ここはそういう世界なんだ。

 やらなきゃ殺
られるんだよ、弱いうちは なりふりなんてお上品なもんに構ってんじゃねぇ。強くなるには情なんか邪魔なだけだから捨てちまうんだな。微塵にも期待しちゃあなんねぇ。強くなるにつれて、庇って助けた相手からさえ“死神”扱いされるようになったじゃないか。人の皮をかぶった死神、血に飢えた魔獣。気がつけばそんな呼び方をされるようになってた。理想や気概なんてな綺麗ごとを懐ろに抱えているようではダメだと、そんな甘ちゃんでいるようでは、この先 到底 走り続けられないぞと、知ったかぶりの失笑混じりな囁きに搦め捕られて失速しかかり。ぎりぎりの克己心と向かい合うことで根こそぎの闘志を奮い立たせ、自分は違うと何とか頑張ってはみたものの。気ばかり焦ってはその手足をぬかるみに搦め取られて、とうとう身動きさえままならなくなってしまって。


  ――― 他でもない“自分”と真っ向から向き合えばいいのだと。
       それに気づかず、当てのないまま
       答えを探して、身喰いばかりしていた自分。
       あと少し遅かったら、人から鬼へと堕ちていた自分。
       自分の上へと陽が射すのが、あと少し遅かったら………。




     『なあお前、俺の仲間にならないか?』







            ◇



 はらはらとどこからともなく風に乗って来たらしい花びらに注意を奪われる。宵を回っている時間帯だのに、観光の目玉である桜たちへとライトアップをしているせいもあってか、島ごとまだ仄かに明るい黄昏の中を歩いている。
“………桜、か。”
 太古の神話に既にその名が出て来るほど、大昔から和国を象徴する花だったとか。そうまで国民たちを虜にした美しさから、どんな小さな町や村であれ、あちこちにまずは植える樹であったようで。長くてつらい冬が去った里を軽やかな淡いトーンで彩る使者として、春になれば当たり前のものとして、そこここでそれは綺麗に咲いていたものだった。他の土地にも結構あった筈なのだが、よほどのこと印象が深いのか、それとも故郷という印象深いフレーズに直結しているからなのか。思い出すのはいつも、生まれ育った土地の桜だったような。
“思い出したこと自体、滅多になかったけれどもな。”
 梢を枝を覆い尽くして、それは華やかに咲く堂々とした晴れやかな花でありながら、無情の風に撒かれて潔く散るところは、その佇まいだけで ゆく春をゆく時をしみじみと人々に惜しませるような。そんな筆舌に尽くしがたい切なさをも秘めた、何とも趣きのある花で。はらはらと止めどなく、吹雪のように舞い散る様はどんな人をも圧倒した。待ってとどんなに望んでも、制止するその手を擦り抜け散ってしまう、理屈なんか要らない美しさ。人の思惑や力なんてまるで及びはしない儚さの、なのになんと凛然としていることか。凄烈で思い切りよくて、気高いまでに美しくて。俺は…もしかすると未練がましいのかな。ここでは死ねないって、まだ届いてもないのに、陰さえ見えてないのにと、そんな風に足掻く俺は。………そうだな、確かに潔くはないよな。

    「…ゾロ?」

 気がつけば立ち止まっていたらしく、路傍の桜を見上げていた剣士さんだと気がついたチョッパーが“どうしたの?”という声をかけてくる。我に返って足元を見下ろせば、彼もまた見事な桜に背中を押されて広い世間という大海原へと漕ぎ出したお仲間の、案じるようなお顔と視線がかち合って。
「…何でもねぇ。」
 何を感傷的になっているやらだなと、自分へ苦笑しつつかぶりを振った。自分を照らした“お日様”が傍らにいないから、こんな腑抜けたことに捕らわれているのかも知れず、

  「行くぞ、ゾロ。」
  「ああ。」

 舌っ足らずな、されど奮起した想いを重々込めたお声におうと応じて、今度こそ目が覚めたと前を向いて歩き出す。

  “…ったく、世話かけてんじゃねぇんだよ。”

 俺が世界一の剣豪を諦めるしかなくなったらば、そん時は腹を切るって誓いは…全く全然 反故になんかなっちゃいねぇんだからな、と。お気楽船長に言ってやらねばなと思えば、いくらでも現実に立ち返ることが出来るのだとか。
(笑) さあさ、そんなお暢気な船長さんを皆でお迎えにいきましょうやvv







            ◇



 持ち主の名前は伏せられたまま、それにしては…空き家やセカンドハウスという雰囲気ではなさそうなほど、中で立ち回っているらしき人々の気配がくっきりはみ出してもいる、大きくてご立派な洋館に難無く辿り着いた、麦ワラ海賊団ご一行。
「煌々と明かりのついている部屋が幾つもあるわ、玄関前からは離れているとはいえ、埃一つない車が停まっているわ。加えて、お廊下でしょうね、堂々と行き来する足音がしていると来てはね。」
 まあ、住人にこそこそしている意識がないのなら、それもまた道理ではあるのだが。
“でも、船長さんの素性を知った上で連れ込んだのなら、仲間がいることにくらい警戒しても良さそうなもんだろうに。”
 仮にも海軍が途轍もない賞金を懸けた人物。本人がいかにも屈託のない人物にしか見えなくたって、
“それならそれで、それと反比例して…そんな彼を守って余りあるほど、凄まじく腕の立つ仲間がいるのだという簡単な推測が全く立たないのって。”
 それってどうかと思うけどと、ロビンさんがついつい苦笑してしまったほど。
「こうまで油断しまくっているのなら、いっそのことお灸を据えてやろうじゃないの。」
 見たまま暢気な船長のみならず、そのクルーである自分たちにまで油断しまくっているのだとしたら、それって結構腹に据えかねる把握だし。世間を甘く見ていちゃあ、いつかこういう痛い目に遭うのだぞという実際例を、それなりの立場にある人へこそ直接思い知らせてやるのは、善良なる市民への心くばりへも直結するいい薬になるのだろうしと、
「回りくどい奴だな、相変わらずよ。」
「何だよ、お前。ナミさんの寛大にして崇高なお心遣いに感じ入るってことは出来ねぇのかよ。」
 あ〜あ〜、いつものことだとはいえ双璧が仲間同士で睨み合っててどうしますか。額同士がくっつきそうなほどの間近にお顔を近づけ合っての、彼らのいつもの咬みつき合うよな威嚇のし合いへ、
「と〜も〜かく。」
 何とか割り込み、左右へぐぐいっと引き分けて。
「優先するのは我らが船長を奪還すること。こんな静かだってことは、拉致されたって事にさえ気づいてないルフィなのかも知れないけれど、この際は力技でとっとと片付けちゃいましょ。」
 騒ぎを嫌い、いつも用心深い“知将”には珍しくも、乱暴な手で行こうと率先して言い出すナミであり、


  「さあ、行くわよっ! 野郎どもっ!」

  「おうっっ!!」×@



  ………あんたたち、妙にノリが良すぎ。
(苦笑)









←BACKTOPNEXT→***



  *叙情的なんだかギャグものなんだか、
   よく判らない構成になっておりますが…どうかご容赦を。
(笑)