キミじゃないと、ダメなんだ

       〜かぐわしきは 君の… 9

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日本に於けるマラソンは、
割とメジャーなウィンタースポーツらしいという話題から、

 『ブッダは大会とかには出ないの?』

イエスが自然な流れで けろんと訊いたのは、
日課として毎朝のようにジョギングを欠かさない
そんなブッダだからという、単純な思いつきからだったのだろう。
運動神経も発達しておいでで、根気もあって、
何よりスポーツは基本“大好き”な彼であり。
少しくらいの風雨なぞには臆しもしないで、
生真面目にも毎朝続けているジョギングなのだから、
淡々と長距離を走破するマラソン競技にも
そのまま通用するだろうと思うのは自然なこと。

 だというに、

 「いやあの、私じゃあ無理だって。」
 「え? どうして?」

いやいや いやいやと、
謙遜してだろか、苦笑したままかぶりを振るブッダであり。
驕ることを嫌っているからという範囲に留まらぬ、
“無理”だとまで言い出すのは いかがなものかと、
イエスとしてはそこが腑に落ちない。
何もテレビで中継してるような全国大会とか、
五輪選手選考会みたいのじゃなくたっていい、

 「市民マラソンとか、
  アマチュアの人が出てる大会も一杯あるじゃない。」

そういうのなら、体力もあるし走り慣れてる彼だもの、
きっと いい成績が出せるのではなかろうか。
争いごとを善しとしないから競走はダメというのも、
これまでのブッダには思い当たらぬ道理であり。
そも、スポーツに限ってならば健全な切磋琢磨だから、
ショムジョなどにて むしろ奨励していたのではなかったか。

 「たくさんの人と走るのって楽しいだろうし、
  自分のレベルとかが判るっていうし。」

いきなり尻込みする彼なのが意外だったか、
後押しするよにそれらしい文言を言い足したものの。
それでもやっぱり、

 「う〜ん、でもねぇ。」

やはり、どこか気乗りしないような言いようになるブッダであり。
何でどうしてと、
先程までとは違った“???”を抱えてしまったらしいイエスなのへ、
小首を傾げた様子が可愛いらしかったものか、
自分のマグカップを持ち上げつつ小さな苦笑を1つ。
それからゆるりと口にしたのが、

 「確かに、
  マラソンのトレーニングとして
  ジョギングをって走っている人は多いけど。
  私が毎日走っているのは、
  あくまでも“ジョギング”をこそ主軸にして、だからねぇ。」

 「? マラソンとは違うの?」

規則正しいペースで結構な距離を走っているのだ、
そうそう違わないでしょ?と小首を傾げてイエスが訊き返すと、

 「ちょっと違うんだな、これが。」

今日はブッダのほうが
“ふふー”と楽しそうに笑って見せる。
知らなかったな、やっぱりと、
至って余裕の表情でいる彼であり。

 「ジョギングっていうのは、
  記録を目指すんじゃあなくて、有酸素運動の一環だからね。」
 「“ゆう酸素運動”?」

運動系の知識は がくぅっと少ないイエス様。
判らないフレーズと鉢合わせた途端、
子犬のようにますますと小首を傾げてしまう素直な人でもあり。
キリリとしたイケメンなのに、
そんなお顔するのも何とも可愛いなぁvvとの感慨に、
こちらは頬笑みを濃くしつつ、

 「えっとね、
  いかに効率よく熱量を消費できるかを目指して、
  あくまでもマイペースで走ってるってこと。」

 「マイペースで?」

ブッダの言いようを繰り返すイエスなのへ、
そここそが肝だったらしく、
そうだよとはんなり微笑って見せてから、

 「マラソンみたいに速く走るのが目標じゃあないから、
  ペースも自分本位のそれだしね。
  日いちにち タイムを上げることよりも、
  脈が上がり過ぎないようにとか、いつもと同じペースかなとか
  そういうことへ注意を払ってて。」

沢山の人たちと一緒に走るのは、
確かに楽しいかもしれないけれど、
自分のペースで走っているのを、
早く早く、頑張れって応援されても
趣旨が違うから的外れになっちゃうって言うか…。

 「う〜んと何て言えばいいのかな。」

いい喩えが見つからず、
深瑠璃の瞳を瞬かせ、
それほど高くはない天井を見上げて言葉を探しておれば、

 「…そっか、ブッダは自分と戦っているんだね?」
 「え…?」

此処まではキョトンとしていたお人が、
不意に確信の籠もった、しっかとした声をかけて来て。
はい?と視線を戻せば、
何をどう納得したものか、
イエスがうんうんと、目許を伏せての 妙に深々と頷いており。

 「そうだよね、
  キミは人と争うことを嫌っているのだもの。」

 「えっと、イエス?」

何かしら妙な方向へ突っ走り始めている彼を、
そっちじゃないよ〜と、
引き戻さんというお声を掛けたブッダだったのに。
いやいや、皆まで言うなと、
手のひらをこちらへ向けて制すポーズを取って見せ、

 「日々、孤高で崇高な戦いを続けている君だっていうのに、
  苦行の座禅を 我慢大会の種目と一緒にされては、
  確かに迷惑だよね。」

 「もしも〜し?」

うあ上手いこと言うじゃないの…じゃあなくて。

 「ジョギングは苦行じゃあないし、
  何度も言うようだけど、
  私 苦行が好きな訳じゃあないんだって。」

まずはそこをあらためてほしいなぁと、
困ったお人よという苦笑を零すブッダだけれど。

 「まあ、納得してくれたのなら。」

それでいいんだけれどもねと、
特にムキにはならないで。
自力で納得に至ってくれたイエスだったことをこそ、
やんわりとたわめた眼差しで、微笑ましいと見やっておいで。

 “ま、本音を言えば、
  燃焼効率のいい体でいたいだけのことなんだけどもね。”

何せ、ちょっとでも油断をすると、
天人たちが“ブッダ様は痩せ過ぎです”との言い掛かりをつけ、
過剰な栄養を毛穴から直接注入するなんてな荒業で
人をはんぺん系にしたがる困った境遇にある身なものだから。
そうされたら即ダイエットにかかれるよう、
常にアイドリング状態にしておくのが吉…と。
そんな事情もあって、続けておいでのジョギングなのであり。
ゆえに、マラソン大会なんてな華々しいものへ参加したらば、
そうまでしてのシェイプアップですって?と、
天界からのチェックも厳しく成りかねぬ…というのを恐れてのこと。
進んで出るなんて以っての外と、構えていたらしいブッダ様。
意外にもイエスがこんな方向へと話を振って来たのへは、
内心 おやおやとびっくりしちゃったけれど。
何とか丸く収まったようなので、
甘いミルクティーにてまろやかな笑みを誘われつつ、
ほうと胸を撫で下ろしておいでの、釈迦牟尼様だったようでございます。




     ◇◇◇



さて、一月というとそのままどんどんと寒さも増す頃合い。
暦の上でも“小寒・大寒”という、
いかにも寒そう凍えそうな節季が巡り来る。

 「今日はシチューのパイ包みにしようね?」
 「わvv 嬉しいなvv」

シチュー皿ではなく、耐熱の中鉢へ具だくさんのシチューをそそぎ入れ。
パイ生地で蓋をしてオーブンで仕上げる、クリームシチュー。

 「あれって、真ん中を突付きたいところだけれど。
  縁のぎりぎりのところをクルンと切り離して開けて、
  出来るだけ大きなパイ生地を刳り貫いて。
  それをシチューにつけて食べるのが、また美味しいんだよねvv」

サクサクしたところもありの、
でも、シチューをしっとり染ませた感触も美味しいんだよねと。
シリアルか、はたまた天ぷらカップそばか、
せんべい汁の南部せんべの堅さの好みのようなこと、
ほわわんとしたお顔で うっとり語るイエスであり。
何とも無邪気な彼なのへ、クスクスと微笑ったブッダ様、
じゃあ、それにキャベツ炒めと揚げだし豆腐のあんかけ、
ポーチドエッグを載せたサフランライスとと、
他のメニューを並べれば、

 「フライドポテトも食べたいな。」

はいと手を挙げるイエスへ、うんとあっさり頷いて差し上げて。

 「OK、任せてvv」

そのくらいの追加なら問題ない。
特に買い足すものもないかなと、冷蔵庫の中を思い出しつつ、
ブッダがその手元で縫っているものがあり。

 「? なぁにそれ?」

サテンだろうか、つやのある小さな布を二枚合わせて縁をかがり、
それからそれを二つに畳んで、
その縁をまたかがって合わせて袋にしているらしく。
優しい肩や首から力を抜いてまろやかに丸くし、
何とも嫋やかな手や指先が、
丁寧に柔らかな布を縫い合わせてゆく様は、
それはそれは優美で温かな姿であり。
何か大切なものなのだろと思わせるのは、
その口許が甘くほころんでいたからで。
そちらはパソコンを開いていたイエスが、
おややぁと気がついてその手元をじっと見やったのもそんなせい。
靴下や下着、シャツなどなど、
ちょっとしたささくれや小さな穴ならかがってしまうブッダであり。
そういやそんなときも、同じような
そりゃあまろやかな笑みを、お口へ含んでいる彼ではあったけれど。

 「随分と小さいね。」
 「うん。あんまり大きくてもね。」

つややかな布、それも重ね縫いをしているせいだろか、
ちょっとした神社仏閣で配っておいでの、守り袋にも似ているようで。

 “ブッダが縫っているのだから、
  きっと御利益も大きかろうねぇ。”

そんなつもりはなかろうからと、口に出さずにいたものの、
口の部分を残した三方をきれいにかがってしまうと、
その口の部分へは細口の紐を通すブッダなものだから、

 “あれれ? やっぱりお守りなのかなぁ。”

かっくりこと小首を傾げるイエスなものの、
ブッダは相変わらず、黙々と手を動かすばかりであり。
何を作っているものか、具体的には言わぬまま。
私には内緒の何かなのかな、
いやいや、だったら何で今こうして大公開して縫っているものか。
ふくよかな口許は軽く合わさっての楽しげで、
言わないでいる意地悪を楽しんでいるものか、
いやいや、もっと強引に訊いてよと待っているものか。

 “…うん。訊いて教わるのは何か癪かなぁ。”

せめて出来上がりとなるまでを制限時間にして、
何を作っているものか、当てるというのはどうだろかと。
PCをコタツの端へと押しやって、
指の長い手で両手がかりの頬杖をつき、
何だろな何だろかと、
愛しいお人のこまやかに働く手元を注視するイエス様。
おや、そう来ますかと、一瞬だけ目線を上げたブッダ様もブッダ様で。
あえて自分からはどうのこうのと言わぬまま、
針を進めておいでな辺り、

 やや変則的ながら、
 これも立派な“以心伝心”と言えるのかも

伏し目がちになった目許も優しくまろやかに、
落ち着いて縫い物を続けるブッダ様であり。
それをコタツの差し向かいから、
一応は判じ物へ挑戦という態度を気取って、
う〜ん、む〜んと見据えるイエス様であり。
お部屋へ差し込む冬の陽が、
少しずつ傾いてゆくのを追ううちに、
淡い生なりと淡い緋色、
口が巾着状に絞れる二つの小袋を縫い上げてしまったところで、

 「じゃあ、夕飯の支度にかかるから。」

裁縫道具をてきぱきと片付け、
存分に検分なさいましと暗に言い置く格好で、
その傍らへちょこりと仕上がった袋を並べ。
すくとコタツから立ち上がった如来様。

 制限時間は もちょっとあるよと、
 やっぱりイエス様を甘やかしておいでであったれど

 「……う〜ん。」

手際のいいはずなブッダ様が、
特段に丁寧に手掛けた下ごしらえの間も
推理の糧には とうとう足りなんだようであり。

 「まだ判らない?」

シチューを煮込む優しい匂いや、
サフランライスを炊いている香り、
あんかけに足すのだろ、ショウガとユズの香りがする中で、
む〜んと眉を寄せているイエスなのへ、
しょうがないなぁと苦笑したブッダ。

 「降参する?」
 「う〜。」

ちょっと癪だけど判らないものはしょうがないしと、
頬杖をついたまま、上目遣いに見上げて来るヨシュア様なのへ。
その顔はずるいなぁとの苦笑を零しつつ、
さっきまで座っていた位置に、
かかとは立てたまま再びお膝をついて。

 「これが最後のヒントだよ?」

深瑠璃の双眸を柔らかくたわめながら、
ブッダがその手を自分のセーターの襟元へと掛ける。
少しだけ引いて延ばしたその先へ、もう片やの手を入れ、
指先で摘まみ取ったは細口の銀のチェーン。
それをするするするっと引っ張り出したのへ、

 「…………………………あ。//////////」

やっとのことで、イエス様にも答えが見えたらしかったけれど、
此処までのヒントがあっては、ねぇ?

 「どっちがいぃい? 白い方? 緋色の方?」
 「あ、私のもあるの?」

肘をあげ、うなじへ延ばした両手で輪環を外し、
きらちか輝くシルバーのリングを、
仕上げたばかりの小さな袋へチェーンごと収めるブッダ様。

  そう。
  正解は、銭湯に行っている間、
  例の指輪を入れておく袋だったようであり。

 「硫黄成分の強い“温泉”じゃあないんだから、
  そこまで神経質になる必要はないんだろけど。///////」

どこかへ引っかけてうっかり失くしちゃうのも怖いから、
それでこういうの縫ったんだよと。
含羞みながら明かしたところが、何とも可憐な如来様であり。
指輪を収めた小さな袋、両手で包み込むと、

 「……。/////////」

ふふと、小さく微笑って
胸元へ掻い込む所作が、これまた何とも言えず甘やかで。

 “うわぁあ…。////////”

そうまで大事にされてるなんて、
指輪さんが羨ましいなと思ってしまったイエス様だったのは
此処だけのお話と、しといてあげてくださいませね?




    お題 F “お風呂? ごはん? それとも…”




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  *それとも…の後は“わたし?”でしょうかね。
   バカップル〜とどう違うんだというお題で、
   こんなセレクトばっかの管理人を、どうかお許しくださいませ。


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